02-10-01 全容視えぬオベロン
セレスティン
それは、神世の時代より存在する、組織であった。
かつて栄えたセレスティアと呼ばれる王国があった。
シエラル国の前身であるシェンラル王国とレンデル帝国よりさらに南の土地にあったとされているが、現在はその場所は海に沈み、そこに国があった事さえあやふやで、伝説となってしまっている。
しかし、たしかにそこにセレスティアはあったのだ。
セレスティア王国は神々の怒りをかい、その領土周辺の空間を切り取られ、次元の違う並行世界に閉じ込められてしまったのだと言う。
元の世界に戻る手段は一つだけ。神々の怒りを治めること。
セレスティンとは元々セレスティア王国がこの世界から消滅した時に他国に渡り無事であったセレスティア人が作った、セレスティア王国を救うための組織であった。
だが、その面影はもうない。セレスティア人はセレスティンにほとんどいない。
かつての目的は失われ、人とは異なる人を差別する世界を壊すなんて大義名分を抱えながらも邪神の復活や個人的な復讐の為に利用される組織となってしまった。
すべて、プルートによるものだ。
邪神を崇拝する、彼によって……すべては変わってしまった。
それでも、諦めきれない者達が居る。
見た事もないというのに、一族の故郷に帰る、ただそれだけの為に戦う者がそれでも居た。
変わってしまった組織に背を向けながらも、組織から離れない者達も、存在した。
「つーか、オレらがアーヴェに行くのかよ」
文句を言いながらも顔には諦めの表情しかない青年は朝早い道を行く。
場所はアルサリオ。大陸の中央付近に位置する国で、多くの街道があり、様々な物流の要となっていることから、流通都市とも言われている。
アルサリオならすべてが揃うなどと言われる国だ。
その外れにアーヴェの本部がある事は有名とはいかないまでも知っている人なら知っている情報だった。
「ミザールは別任務でレンデルから離れられない。人形遣いが一番適した任務だが、現在基地から離れることができない。プルートは別任務だ」
「詰んでるって知ってるよ。でもさ、プルートとか絶対面倒だから行きたくないだけだろ」
そう言って、青年――タツヤは横を歩く背の低い少年を見降ろす。
「あいつに関しては同意する」
寝不足なのかそれとも体調が悪いのか、少し顔色が悪そうな彼だが、返す言葉はいつもと同じ様子だ。
紫の悪魔、と呼ばれる少年はいつもと変わらない様子で道を行く。
これから星原の大本であるアーヴェの本部に行くと言うのに、様子が変わらないのはある意味すごい、とタツヤは見ていた。
紫の悪魔……星原ではマコトと名乗っていた彼は、星原を裏切り、アーヴェの情報を流した裏切り者だ。しかも、星原の少年を一人殺している。
おそらく、星原だけでなくアーヴェ全体でも印象はよくないだろう。
そんな彼が本部に行ったらどんなことが起こるか……。
しかし、まったくマコトは意に介していない。
「ある意味尊敬するよ」
図太い神経に。
タツヤはまあいいかと前に向き直る。
アーヴェ本部がすぐそばまで迫っていた。
いつもと変わらず、多くの人が出入りしている。
顔など、まったく隠すことなくタツヤとマコトは進んでいく。
マコトの顔は知られているためだろう、数人がマコトたちを見てぎょっとした様子で慌てて離れていく。それに、二人は応じずに進む。
彼らの目的はジョーカーを引っ張りだす事。せいぜい騒ぎ立ててもらえればいいとマコトは素顔を晒す。
そして、すぐに騒ぎは大きくなった。
本部の入口の前に、数人の武装した集団がマコト達の行く手を阻むように立ちふさがる。
「こいつら、知ってる?」
タツヤはマコトに視線を向ける。
四人のジョーカーの顔は事前に写真を見せられたが、彼らは知らない。もっとも、三番目と四番目は仮面で顔が分からないためなんとも言えないが、四番目はついこの前までセレスティンの幹部であったファントムなので背丈や声を聞けば分かるだろう。三番目も、印象的な赤い髪だったが、この中にはいない。
「本部の裁き司だ」
マコトは淡々と答える。
裁き司はアーヴェの下位組織である月剣、語部、四葉、星原の組織の不正を調べることを主とする組織だ。そして、五つの組織の中で、最も戦闘人員を多く持ち、シェランを守護を行い、指名手配犯の拘束を行っている特異な場所でもある。
裏切り者のマコトもセレスティン所属のタツヤも、お尋ね者であるため、彼等が出て来るのは当然でもあった。
そして、そのうちの一人が前に出てくる。
「……久しぶりだな、陸夜の弟君」
そう言って近づいてきたのは、蒼い髪に金色の瞳の少女シヴァルーヴァ・ヴィンターであった。後ろには、いつものようにクリーが控えている。
マコトは、彼女よりも後ろに控えるクリーを見る。と、彼は目を細めて視線をそらした。
シヴァとクリーは、二年前――マコトが星原にやってきた時からの付き合いである。
さらに言えば、霧原陸夜と二人はは以前から交流があるため、マコトの事をよく知っていた。そして、マコトも二人の事はよく知っている。
「っと、紫の悪魔と呼んだ方が良いのか? このアーヴェに今さらなんの用だ」
その視線は冷たく、殺気すら含んでいる。
陸夜がマコトの事で連日本部に呼び出され、さらには星原は解体の危機にさらされている。すべてはマコトのせいで起こったことだ。裁き司所属とはいえ、友人を傷つけたマコトにはかなり怒りがたまっていた。
これまで、陸夜は言われるがままに生きて来ていた。星原のキングの称号付きになってから、少しずつ変わって行ったが、それでも何事にも無気力で自分ではまったく行動しなかった。そんな彼が変わったのは、マコトが来てからだ。だから、マコトのことは本当に感謝していたというのに、義弟になっておきながら陸夜を裏切り、恩をあだで返した。
「それとも、蝙蝠のようにアーヴェに戻ってきたいとでも?」
「まさか。ごめんこうむる」
とげとげしいシヴァの言葉にも、マコトは変わらず平然としている。
それよりも、シヴァの後ろで臨戦態勢になる者達のほうが、いつシヴァがキレるかと内心警戒していた。
「なら、なぜここに来たっ!!」
「ジョーカーを、呼べ。お前達に話す事は無い」
「っ!!」
ふざけるな! そう叫ぼうとしたシヴァを後ろからクリーが止めた。
ばたつきながらクリーを睨みつけるシヴァに、彼はそっと首を振る。
そして、道を開けた。
シヴァの知らないうちに、裁き司の職員達はみな、入口を開けていた。そして、中から彼が現れる。
「やあ、お久しぶりだね、タツヤ」
からりと笑いながら手をあげたのは、新しく四番目のジョーカーとなったばかりの、仮面の男ファントムだった。
アーヴェ本部のなかでも最も広いロビー。そこで、奇妙な会談が行われようとしていた。
ロビーの中央にはソファと背の低い机。悠然と座りこんでいるのは元セレスティン幹部、現アーヴェの四番目のジョーカーであるファントム。そして、向かいあうは二人、セレスティンの幹部タツヤと、元アーヴェ、星原所属、現セレスティン幹部のマコト。
裏切り者同士が対面していた。
周囲には数人の武装した者達が控えている。そんななかでも、タツヤとマコトは平然としていた。
「すみませんねぇ、私なんかが現れて、がっかりしたでしょう?」
ファントムは仮面の奥から鋭い視線を送りながらも、顔には張り付いた笑みを浮かべて楽しそうに言った。
「ジョーカーならば誰でも構わない」
「まさか、あんたとこうして会う事になるとはな」
淡々としているマコトとは対照的に、タツヤは愉快そうに答えた。
「なんやかんやでいつの間にかジョーカーになっていました。あ、いま一番目も二番目も戻ってくるのに時間かかりそうなんですけど、本当にいいんですか?」
「構わない。現在本部で最も権力を持つ者だったら誰でもいい。シェラン本人だともっとも好ましいが」
「あ、はい。それ無理なんで」
「知ってる」
マコトは以前シェランを暗殺しに来た事がある。その時は未遂に終わったが、そんな彼の前にシェランが現れるはずが無い。そもそも、シェランはめったことでは自らの住処から出てこない。
「でしょうね。で、さっそく要件は?」
「交渉をしに来た」
「交渉?」
仮面の奥の目がすっと細められた。
「内容は? ……と、聞くまでもないか。日野出流のことですか」
出流を誘拐したというのに、セレスティンは星原とアーヴェになにも要求をしてこなかった。それは、日野家の人間だからかと上層部は思っていたが、そういう理由では無かったようだ。
「地下に捕縛されている者達の解放」
ざわりと周囲にいた者達がざわめく。
「セレスティンの者達が数人、いるはずだが?」
罪人、特に大陸で指名手配中の者達のうち数人がアーヴェに拘束されている。その中に、セレスティンの者達も含まれている。
その場所がどこにあるかまではほとんどの者は知らないはずなのだが、セレスティンはそれも調べていたようだ。
「無理です」
対するファントムのその答えはあまりにも早かった。
躊躇いも考えることもなく、即答をする。
「価値がまったく吊りあわない。なんて言ったらきっと怒りますよね?」
そう言いながら扉が開く音がして横を向く。
一体なにを言っているのかとタツヤがつられてみると、そこには少年少女が立ちつくしていた。すぐ近くの部屋にいたようだ。
「マコ、トっ!!」
栗色の髪の少女――アルトが、マコトを見て顔を歪ませた。
その後ろで、アルトが飛びださないようにとでもいうかのように肩に手を置いて自分の元に引き寄せる潤がいる。
その両脇に、ティアラ達がなんとも言えない表情でマコトを見ていた。
マコトを目の前にして、誰もがそれ以上動かなかった。
いや、たった一人を除いて。
「マコト……なぜだ。なぜっ!!」
朱炎アイリだった。
皇の館が襲われた時、館に不在であったために、どうしてもマコトの裏切りを信じられなかった彼女だけが、マコトの下に向かう。
「なぜなんだっ」
必死に問いかけるアイリに、マコトはようやく顔を向ける。
「……マコト」
そこには、なんの表情も浮かんでいない。
「なぜ裏切ったか? 最初から、裏切ってなどいない。裏切るも何も、元から仲間などと思っていない」
「そういう意味じゃ――」
「てめぇっ!!」
マコトの言葉に、カリスが叫んだ。
駆けだし拳を握るカリスを、傍にいたクリーがさらりと止める。
「放せっ」
「放したら殴りに行くんでしょう?」
「だって、あいつはっ」
「落ち着け、少年」
暴れるカリスに、見かねたシヴァが頭に手刀を振り下ろす。
「今、ファントムが交渉をしている。日野出流がどうなってもいいのか?」
痛みに思わず頭を押さえるカリスに、シヴァは淡々と伝えた。
出流の名前に、カリスは抵抗を止めると、くそっと悪態をついた。
「ずいぶん怨みをかってますねぇ」
「当然だろう」
そんなカリスをファントムはため息をつきながら見て、平然とマコトと話していた。
マコトもまた、気にしていない。
アルト達は蚊帳の外である。
「わざわざあいつらをここに連れてきたのか、ファントム」
「えぇ。セレスティンからの保護と、やって欲しい事がありまして。気になります?」
「別に」
「えー本当にですかー?」
「……帰るか」
「えー! そんなにあっさり諦めちゃうんですか?! わざわざ交渉しに本部まで来てくれたのにっ。ほら、タツヤくんも何か言ったらどうですか」
「えっ、オレ? いや、オレは紫の悪魔の護衛の為に来たようなもんだし」
緊張感のないファントムとタツヤ、マコトの会話にあたりの武装している者達ははらはらと様子を見ている。
「じゃあ、言うけど……なんで日野の姫が助かるってのにダメなんだ」
「日野出流の代えを既にアーヴェが保護している、って言ったらダメですかね?」
「……流留歌に居るって言う従姉の?」
「いえいえ。日野泉美は出流の代わりなんてできませんよ。そちらにもその情報は行ってると思っていたんですが、どうやら一部のヒトしか知らないみたいですねぇ」
知らんぷりを決めているが、確実に知っていたであろうマコトをファントムは横目で見つつ、タツヤの問いに答えて行く。
「代えがいる以上、日野出流と拘束されている犯罪者どもとの価値を考えたら、日野出流を諦めたほうがよっぽどいいかと。まあ、独断ですけどね」
「独断でいたいけな少女を見殺しにするのか! 鬼! 鬼畜!」
「セレスティンのヒトには言われたくないですねぇ」
「うっ……って、お前も元セレスティンだろ!」
「……お前達、仲が良いな」
「はっ? オレはこんなやつと仲良くない!!」
「いやー、そんなことありますー」
「うざっ、ファントムうざっ」
「……」
おそらく、セレスティンにファントムが居た時もこんな事をしてファントムにいろいろごまかされたりしていたのだろうと予想しながら、マコトはしょうがないので指摘する。
「代わりが居るとしても、彼女は唯一の跡継ぎ。独断で日野の姫の生死を決められるとは思えない。なにをたくらんでいる」
「そうですねぇ」
「た、大変ですっ!!」
答えようか思案しているふうを装うファントムの下に、焦った様子で裁き司の女性が駆けよってきた。
「月剣本部より緊急連絡っ。現在、謎の襲撃にあい交戦中。おそらく、セレスティンの構成員だと思われます。月剣本部は奇襲と称号持ちの不在によって劣勢に立たされ、アーヴェに援護を求めて居ます」
「なに?」
ちらりとマコトとタツヤを見ると、二人は予定通りとでもいうように、ファントムがどうするのか見ている。
「さ、さらに、聖フィンドルのグランドアースの森にも襲撃あり、呪いの解析をおこなっていた 呪術班と一番目フィーユさまが交戦、フィーユさまから『援護は要らない』と最後の連絡が来てから、まったく通信ができませんっ」
「封印を……いや、ジョーカーを狙った……?」
どうすれば……と裁き司の者達がファントムからの指示を待つ。
が、さらに、悪い報告は終わらない。
ボロボロになった青年が女性とは別の場所から壁に寄りかかりながら歩いて来ると、倒れながら言った。
「本部に、本部に外部からの侵入者あり! 何者かの襲撃により、一部の情報が……奪われ、ました」
腹部の出血を抑えながら、青年が倒れる。
ファントムは嗤いながらマコトとタツヤを見た。
「やってくれましたね」
「オレ達は、一度も二人だけで来たとは言っていないぜ」
ファントムは笑うタツヤを睨みつけ、すぐに視線を外すと周囲の者達を視認、誰が居るのか、誰に指示をすればいいのかを考える。
時間は少ない。マコト達にかまっていられないとばかりに立ちあがると指示を出して行く。
「メミット、シアン、他の裁き司をまとめて本部に侵入した賊を捜索、同時に被害状況を調べてください。シヴァ、クリー、あなた達は星原の子と他の一般職員を安全な場所に誘導をお願いします。リリアン、先ほどの連絡は称号持ちの会議にも言ってますね?」
「は、はい」
一旦声をとぎらせ、マコト達を見る。そして、宙に目線を走らせた。
「テアニン、カテン、聞こえてますね? シエラルで調査中の二番目に月剣に至急救援に行くよう連絡をとってください」
『了解しました』
どこからともなく聞こえてきた声は、すぐに聞こえなくなる。
バタバタと周囲が動く中、マコトとタツヤ、ファントムは向かいあったまま動かなかった。
実は、現在本部には各組織の称号持ちが数人づつ集まっている。音川の姫と神殺しの一族の末裔の扱いについて話し合っているのだ。セレスティンがそれを知っていたのかは分からないが、狙われた月剣はいささかまずい状況にあるだろう。
「……これが、狙いでしたか? 私達の視線をあなた達に注目させ、他の者に本部の情報を奪わせ……さらには、月剣本部と一番目への襲撃の援護に人が裂けない状況を作り出す……」
「交渉をしに来た事は本当だ。ただ、別に交渉が決裂しようが成立しようが、どちらでもよかっただけだ」
マコトは立ちあがると何事もない様に歩きだす。慌ててタツヤもその後を追った。
「どこに行くつもりですか」
「これ以上、交渉しても意味は無いだろう」
「ここまでアーヴェをひっかきまわしておいて、帰るつもりですか」
すらりと剣を抜いたファントムに、タツヤも常に背負う槍をすぐ手元に移動させる。
「いえ。こう言いましょうか? このまま無傷で帰らせると思いますか?」
セレスティンと裏切り者達の戦いが、始まろうとしていた。
本編とは関係ない話
ギウスくん、剣士ですが実は魔術師としての才能もあり、洗脳系や認識操作、魔術解析など得意。でも、攻撃魔術などには適性が無かったので現在のような感じに。
ギウス、ミスティル、ムラクモの三人はマコトと神様討伐する時のパーティメンバーとして生まれたキャラで、名前の由来も似ています。ギウスはゲオルギウス、ミスティルはミストルティンの矢、ムラクモはアメノムラクモノツルギから。この三人組は、もう少し出て来る予定。
ちなみに、ムラクモくんは星原の称号持ち、草薙守くんと同郷。会ったことはなかったので二人とももしかしたら同じ郷出身か?と疑問に思っていたり。二人の故郷は神殺しの武器を作った人の子孫が暮らしていて、そこで作られる武器には神を殺すほどの力があると巷では有名。ただ、隠れ里を見つけるのは非常に困難で、本当に存在しているのか疑われていたり。なぜ二人は郷を出たのかは不明です。




