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騙る世界のフィリアリア  作者: 絢無晴蘿
第二章 -神騙り-
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02-09-04 すべて手の内の遊戯、それぞれの決意

潤は吹雪いている外からリスティ宅へあがると、玄関の前で立ち止まった。

外にはまだカリスがいる。が、他にも十二神がいる。凍えて死ぬようなことはないだろうとおもいつつも心配で少し後ろを見る。

「上手くいくといいけど……」

実は、潤は事前に天后や太裳からいろいろと話を聞いたのだ。

カリスに話しかけづらいので、それとなく様子をうかがって欲しいとのことだったが、彼等がちゃんと話し合えば大丈夫だろう。それでも、万が一のことがあるので少し心配しながらも、のろのろと進む。

一人住まいにしては大きめの家だ。

玄関から二、三歩先に三つの扉があり、それぞれ部屋に繋がっている。

そのうち、先ほどまでアルト達が居た部屋に行くと、少年が慌てて振り返った。

「カリスっ……あっ、すみません、潤さんでしたか……。あの、カリスを知りませんか?」

「あぁ、さっき外で会ったよ。たぶん、もうすぐ戻ってくると思うよ」

部屋にいたのは眼鏡の青年、テイルだ。

こちらもこちらでやっかいな事になっているようで、テイルの目は赤く疲れきった様子だ。細かい事は知らないが、セレスティンがらみでなにかあったのだろうと潤は推測する。

「そうですか、ありがとうございます。あっ、夕飯たべちゃいました? 潤さんが帰ってきたら温めて食べられるようにって、用意してあるんですが」

「おっ、まじか。ありがたくいただくよ」

返事を聞くとてきぱきと用意を始めるテイルを見て、潤も何かしようかとお湯を沸かす。

白峰のもとに遊びに行っていた所から来たので、いろいろとお土産に持たされた食べ物やら茶葉などを持っていた。そこら辺にあった茶こしと似た様な物を勝手に借りると、二人分の茶を入れる。

「お茶飲む? というか平気か? 入れちまったけど」

「大丈夫ですよ。ありがとうございます」

カリスはまだ来ない。二人は静かに過ごす。

食べ終わり、のんびりと潤がお茶をすすっていると、静かに扉が開いた。

「カリス?」

テイルは今度こそカリスかと座っていた椅子から腰を浮かすが、開けたのはまったく違う人物だった。

「アルト、まだ寝てなかったのか」

「あっ、潤にぃ! お帰り」

中を確認して、潤とテイルが居るのを見ると、すぐさま部屋に入ってきたアルトは、潤に抱きついた。

「どうしたんだよ、寝たって聞いてたけど」

にこにこと子どもをあやすように潤はアルトの頭をなでる。

寝たと聞いたからアルトの所には行かなかったのだが、アルトが来てくれたので機嫌が良かった。

「あー、ちょっと部屋に居づらくて。テイルとカリスなら起きてるかな―って、避難しに」

「アイリとなにかあったんですか?」

久しぶりに会ったアイリと一体何があったのかとテイルは心配そうに聞く。

「アイリが、まだ皇の館が襲われたこと、ちゃんと聞いていなかったみたいで……それを聞かれたの」

「それは……そうでしたか……」

皇の館の襲撃事件で、裏切り者であったマコトが玻璃を殺したことをアイリはまだ知らなかったことにテイルは驚き、そしてそれをアルトに説明させてしまったことに目を伏せた。

きっと、辛かっただろう。出来れば、テイル達が気づいてあげるべきだった。だが、おそらくテイルは気付けなかったことに気付き自分を嫌悪する。アルトやカリス達の中で年長者だと言うのに、自分のことで一杯でまったく周りが見えてなかった。

落ち込むテイルに、アルトは慌てて首を振った。

「あっ、話したのが嫌だったとか、そういうのじゃないんだよ! そうじゃなくて、アイリがすごい取り乱して……いろいろ言って、突然黙って考え込んじゃって、居づらくなったの」

「アイリが?」

「うん。裏切る、わけが……ないって」

アイリが独りにしてくれと言った訳ではない。だが、アルトはアイリの傍に居たくなかった。

普段取り乱すことなどめったにないアイリが取り乱す姿を見れなかった。そして、マコトの無実を信じたがるアイリを見て居たら、アイリとどう接すればいいのか分からなかったからだ。

落ち込むアルトに、静かに聞いていた潤はさりげなくお茶を出すとコップを握らせた。

「ありがと、潤にぃ」

「この辺りの夜は冷えるから」

「うん」

ほかほかと温かく、湯気が立つそれを両手で握りしめた。

「あっ、テイル、ごめんね!」

「え?」

「テイルもいろいろあったみたいなのに、泣き言みたいなこと言って」

「……いえ、大丈夫ですよ。それに、私が一番の年長なんですから」

アルトは驚いた様にテイルの顔をまじまじと見た。

何度か瞬きをして、口を開く。

「でも、辛い時は泣いてもいいし、泣き言言ってもいいし、怒ったり不機嫌になってもいいと思うよ」

「……そう?」

「うん。お兄ちゃんだからって、そんなに頑張らなくていいんだよ」

アルトはついこの前、ようやく沢山のことを話すことができた兄の事を思い出す。

ヒイラは、アルト達の為に家を出て行ってしまった。

メイザース家ではきっと大変だっただろう、月剣に所属して称号付きになるためにどれだけ努力しただろう、影で音川家を守る為に必死に走り続けていたヒイラ。そんなこと、しなくてもよかったのにとアルトは思う。

もちろん、その事を知った時はとても嬉しかった。今も、感謝している。

ただ、すぐそばにいてくれるだけでも、よかったのにとも思うのだ。

「…………うん」

少しだけ切なそうに、テイルは頷いた。

そんなテイルの頭を、アルトはしずかに撫でていた。





痛みが走った気がした。

しかし、少しずつ覚醒して行くと、気のせいだった事に気づく。

確かに痛かったような気がしたのだが、今はもうなんでもない。


目を開けると、知らない部屋だった。

窓から朝日が差し込み、眩しい。窓の外が一面雪景色のせいだろう。

太陽の光が、きらきらと反射しているのだ。

なんでこんな場所にいるのかと、また悩む。

そもそも、いつ眠ったのかと……そして、つい先ほど、体感では本当にさっき、戦いがあったことを思い出した。

「痛かった……」

普通では考えられない様な速さでどんな怪我でも再生すると言っても、痛いモノは痛い。さっきの痛みは、すでに完治しているが、痛かった記憶を思い出していたのだろう。

そして、話さなければならない存在を思い出す。

「ソード」

『今、テイルもアイリも隣の部屋にいる。みんな、無事だよ』

「……ソード」

聞きたいのはそんな事じゃない、確かに気になるけど、それは今じゃなくていい。そう、ティアラは強めに名前を呼ぶ。

『……ごめん、ティアラ』

すると、しょんぼりと首を垂れるソードがベッドのすぐ近くに座りこんでいた。

珍しく、姿を見せていた。契約しているティアラにしか見えない状態にもかかわらず、彼は姿を現すのを嫌う。

「別に、うちは気にしてないよ」

すうっとティアラの表情が消える。

これは、ティアラがかなり怒っている。数年の付き合いであるソードはすぐに気付いた。

「ただ、アイリをおいてったのは怒ってる」

『ごめん』

「あたしに言っても意味ない」

『……』

アイリに直接謝れ、ということだろう。

ソードは下を向いてうなだれる。

『それでも、すまなかった。……動揺して、暴走して、結局負けて』

「分かってるなら……分かってるなら、もうしない? ちゃんと、あいつがなんなのか、教えてくれる? こんどは、ティアラも一緒に戦えるように」

ソードは、驚いてティアラを見た。

ティアラは、怒っていた。

ソードがティアラの事もアイリの事も考えずにプルートに一人暴走して突撃してしまったことを。そして、ティアラになにも言わなかったことを。

プルートとソードの間になにがあったのか、簡単にも分かっていれば。少しでも事情が分かっていれば、そしてソードがティアラを少しでも頼ってくれれば、アイリを危険にさらす事は無かったかもしれない。もっと違う戦いがあったかもしれない。

それで、怒っているのだ。

『……あぁ』

ティアラは、誰かを失うことを極端に恐がる。

戦争に巻き込まれ、失った過去を思い出すから。

だから、ティアラは自分の事よりも他人のことを優先してしまう。

そんなティアラをソードは守ろうと思っていたのに、自分のほうが暴走してしまった。それが申し訳なくて、そして恥ずかしくて小さくなってしまう。

「長い、話しになるかもしれない」

「いいよ」

「オレの事、どれくらい話したことがあるっけ」

「ソードが元は人間で、助けたかった人を助けられなかったから、神様と契約してこの槍になっちゃったのと……その助けられなかった人が、ラピスさんだったってことまで」

ソードは、静かに目を閉じた。

ティアラは本当に少しのことしか伝えて居なかったから、どこから話そうかと迷って。

ティアラだけではない。ティアラの前の、ずっと前の契約者達、全員に、全てを話す事は無かった。

「あと、ラピスさんが昔、とっても悪いことをしたから、監視しているんだって、言ってたよね」

監視をする手伝いをずっとして貰っていたけれど、ラピスの罪を話す事だけは避けて来てしまった。

あの時、きっと自分が気づいていれば、防げたのだ。そうすれば、ラピスは罪に問われることもなかった。自分が一番いけなかったのだ。そんな自責の念から、話せなかった。

「……最初から、話すよ、ティアラ」

最初から話さないと、きっと彼女は納得しないだろうから。

なんせ、ティアラにとって大切な友人を失いかけたのだ。へたないい訳なんてしたら絶対に今度こそ許さないだろう。

「神世の時代、アレクという子どもが居たんだ」

ソードはティアラのことを気にいっている。彼女と契約を破棄する事はしたくない。だから、それまで話したことの無かった名前を言った。

「名字も家も、家族もいない。ちっぽけな孤児よ。彼は、ある日暴漢に襲われている少女を助けた。どこの物語かと思ってしまうほどに都合よく、その少女は、王国のお姫様で、助けた彼はそのお姫様に拾われたて、名字までもらった。それが、ソードブレイカー」

ティアラはプルートが言っていた名前を思い出す。彼は、ソードの事をソードブレイカーと呼んでいた。

きっと、ソードと名乗っているのは、ソードブレイカーを略したのだろう。アレクでは、ラピスに気付かれてしまうから。

「なんで、ソードブレイカーなのよ」

「暴漢の持っていた剣を壊したからだよ。後から聞いたら、暴漢じゃなくて殺し屋だったみたいで、肝が冷えたけど」

懐かしそうにソードは笑うが、ティアラはしかめっ面だ。

「そんなわけで、オレは姫様の小間使いになって、必死に武術を習って、どうにか姫様の護衛になったんだ」

「それが、ラピスさん……」

まさか、お姫様だったとは思わなかったとティアラはラピスの事を思い出す。

いつも仕事に追われる彼女に、お姫様の要素はまったくない。

「……姫様には、妹が居た。オレも最初は知らなかったが、生まれてすぐに双子だからと隠されていたらしい」

双子が不吉だと言う話しは昔からよくあることだ。だが、そんな話しは嫌いであるティアラは複雑な顔をした。

「でも、姫様は何も知らないまま、その妹姫も自分の姉であることを知らないまま、二人は出逢ってしまった。そして、二人はオレたちに秘密で遊ぶようになり、双子の神を見つけてしまったんだ」

もしも、その時誰かが気づいていたら、この後の悲劇を止めることができたかもしれない。そんな後悔が言葉尻から滲みでる。

「そのうち、姫様は他国に嫁ぐことになった。が、その時すでに姫様は双子の片割れの兄神に恋をしていた。望まぬ結婚、しかもシェンラルから離れたセレスティア王国へ……ひたすら、耐えて、たえていた……そこに、スフィラは付けこんで来たんだ」

かつて大陸にあったはずのセレスティア王国、そしてスフィラ。セレスティンがここでも関係しているのかとティアラは眉をひそめる。

「当時、スフィラは封印されていた」

「今も封印されてるはずでしょ?」

「そうだ。けど、今の封印とは違う封印だ。スフィラはもっと昔から存在していて、神の不興をかって小さな箱に封印されていたんだ。その箱の中からちょうどいい者達を探して甘い声をかけて封印を解こうと誘惑していた。そこで、姫様は知ってしまったんだ。いつも一緒に遊んでいた平民の少女が、自分の妹であったことを。彼女はなにも知らずに双子神と共にシェンラルにいる。それが妬ましくて、悔しくて……つい、願ってしまったんだ。自分が妹姫だったらよかったのに、こんな世界壊れてしまえ。って」

ソードが話しているのはラピスの過去である。彼は名前を絶対に言わないが、姫様がラピスであることはティアラは理解していた。

だが、話される過去は今のラピスからは思いもつかない様な事だったが、ティアラはソードの話しを黙って聞いていた。

「そして、封印を解いてしまった。オレは、すぐそばにいたんだ。姫様は寂しがりやで、自分の周りには誰もいないと思っていた。そうじゃないって、伝えられる場所にいたのに、オレは何もできなかった。だから、封印を解いてしまった罪を問われ、時を止められて永遠を生きなければならない姫様の監視役になった。また、同じ間違えをしないように、もしものときは止まってしまった時をも切り裂いて貫く事ができる槍となって」

それが、巡り巡って、ティアラの元へと来た。

ラピスを監視して殺すために幾人もの手を渡り、ここまで来たのだ。

もしかして、ソードは姫様の事が好きだったの? そう、ティアラは聞こうかと思ったが、聞けなかった。

きっと、姫様は孤児の少年の気持ちなど気付いていなかったし、結ばれることは絶対になかっただろうから。

「プルートは、姫様に封印された小箱の事を『願い事を叶えてくれる箱』だのなんだのと嘘を伝えて封印を解かせた張本人だ。さんざん姫様で遊んで、傷つけたんだっ。あいつはっ」

大切な人を弄ばれたソードにとって、プルートは憎むべき宿敵だ。

ばらばらにされ、今度こそ封印されたスフィラを、またもや封印を解こうとしている忌まわしい相手。

何千年もの時が立ったと言うのに、ラピスは未だに大罪人として世界に囚われているというのに、彼はのうのうと生きている事が悔しくて、ソードは両手を握りしめる。

「だから、許せなかった?」

「そうだよ!! ……負けた挙句にティアラの信用まで失ったけどな」

「そりゃ怒るし信用なんてマイナスからだよ」

「ごめん」

「うちに言わない。……次は、もう勝手に行かないでね」

「あぁ」

機械的に答えたソードは、思わず顔をあげてティアラを見た。

ティアラはそっぽを向いている。

「ちゃんとアイリに謝って。そしたらあのいけすかないプルートとかいうのぶっとばす作戦立てるよ!」

「でも、ティアラにはプルートの事は関係……」

「関係あります!! 大ありです! だって、確かプルートって陸夜さんと守達を襲った魔術師の黄泉還りと関係あるんでしょ!? テイルの事を狙って皇の館で襲ってきた奴だし、アーヴェの組織を襲ってるセレスティンの幹部だって話だし、セレスティンと言えば出流を攫った奴らだし、なによりあの胡散臭い笑顔が気にくわない!!」

怒涛の勢いで言い募るティアラは目を白黒させるソードに指を突き立てた。

「気にくわない相手に負けっぱなしなんて嫌だよ」

「オレは……でも、オレは契約主の体の破損を戻す事は出来る、けどっ。心臓を壊されたらお終いだし、首と胴体が離れればお前は死ぬんだぞ!!」

「まさか、ソードはあたしがあのプルートに殺されると思ってるの?」

「プルートだけじゃない、セレスティンの奴等もいるっ。あいつらはアーヴェの組織を潰そうと幾つもの支部が全滅させてるって、聞いただろ!」

「知ってる。でも、あたしは死なないから! だって、まだ全然やりたい事終わってない! まだまだあたしにはやりたい事がたくさんある。こんなところで死んでたまるか! それにっ……ソードとあたしだけじゃない」

「え?」

「今度は、みんなで戦おう? 強いのなら、みんなで協力しようよ。独りではできないことでも、みんななら絶対大丈夫」


『貴女は一人ぼっちじゃない!!』


かつて、そう叫んだ今はもういない少女を思い出して、ソードは口を閉じた。

その少女の面影を見た様な気がして。

「そういえば、プルートに斬られた所、なんだか再生がかなり遅くなっていたけどあれなんだろう」

彼女とティアラはまったく似ていない。髪の色が似ているぐらいだ。

「あいつ、よくわからない攻撃して来たけど、アーヴェのほうになにか情報とか無いかな」

でも、彼女も大切にしていたことを思い出す。

「ちょっと、ソード聞いてる?」

「聞いてるよ」


家族が大好きで、友人が大切で、仲間たちを信じて姉を助けようと戦ったシェルリーズ。

沢山のモノを失ったから、失う事が恐くて、そして失わないために仲間たちと歩き続けた。


「……ティアラ、本当に戦うのか?」

「あのさ、ソードには感謝してるんだよ。死ぬはずだったあたしを生かしてくれた。だから、これは借りを返すだけ。それにぶっちゃけ、あたしは人生を楽しみたいの! プルートはそれを絶対妨害するでしょ。だから、絶対倒して何もできないようにしてやるんだから」

最後の言葉に、ソードは小さく笑った。

やっぱり、全然似ていなかったと。

ただひたすら全力で人生を楽しむティアラは、とても眩しいと。

「分かったよ。絶対プルートを倒すぞ」

「そうこなくっちゃ!」

満面の笑みを浮かべる少女に、ソードもまたニヤリと笑ってかえした。





暗い墓場に、青年が一人歩いていた。

黒いコートを羽織った青年は特に警戒する様子無く奥へと歩いて行く。

時刻は夕刻。曇天の視界が悪い中、彼は進む。

よく見なくても彼は異様な人物だった。

顔全体を白い仮面が覆う赤い髪のおそらく青年。


彼は、三番目のジョーカーと呼ばれている。


ここは不気味な場所だ。表には出さず、彼はそう辺りを見渡す。

ここはフルキフェルの辺境の村の墓地なのだが、なぜ三番目のジョーカーが来ることになったのかと言うと、ここを待ち合わせの場所にされたからだった。

人の行き交いなど皆無に等しいこの墓地に呼びだしてきたのは、アインと名乗る女。

茶髪に同色の瞳の彼女は、黒い喪服姿でジョーカーの前に現れた。

「情報屋のレガート・レントから聞いた。なんでも、こちらと取引をしたいとか?」

三番目は、時間が惜しいとでも言うように、すぐさま本題をきりだす、

事実、彼には時間が無い。今だって限りある時間を削り、ここにきているのだ。

最近は忙しすぎてシェランと会うことすらない。

「あなたが、三番目の、ジョーカーですか?」

「そうだ」

「……あぁ、やはり……あなたはあの時の……」

「……」

こちらの疑問には応えず、彼女はなにやら勝手に自己完結をして頷く。

マイペースな彼女に三番目は静かに待つ。

しばらくしてから、彼女は静かに聞いて来た。

「……あなたは、ツェーンを助けたいですか?」

「……」

三番目が、無言で腰元の剣を抜く。

「私は、あなたの正体を知っている。私は、三年前のあなたを知っている。私は、あなたの今なしたい事を知っている。……あなたは、ツェーンを助けたいですか?」

その剣を、アインに向けた。

「貴様、『魔術師』の『アイン』(黄泉還り)か」

「半分正解で、半分不正解です」

後ろ暗い世界の人間ならば知らない人ないないだろう、魔術師と呼ばれる禁術の研究者。彼女の禁術によって造られた黄泉還りの人体実験の被験者たちは造られた順番の名を名乗ると言う。たとえば、(フィア)。たとえば、(アハト)。たとえば……(アイン)

(アイン)と名乗る彼女に、三番目は殺気すら纏いながら近づいていく。

災厄の魔女(音川シルフ)に破壊されたと聞いていたが」

「はい。事実、消滅寸前まで殺されかけました」

そう、彼女は音川シルフによって殺されたことになっている。そんな彼女が、なぜ今頃姿を現したのか、本当は殺されていなかったのか、まさか彼女の偽物なのか。どちらにせよ、彼女が三番目の下に来る理由がわからなかった。

「その、音川シルフからの推薦で、あなたの下に来たのですが……どうやら話は行って無かったようですね」

「は?」

初耳すぎる案件に、仮面の下で三番目は半眼になる。

「あなたなら、私の探し人も探しだし、望みを叶えてくれるはずと。彼女から聞いたのですが」

「…………」

「まったく話は行ってませんでしたか」

「まったく」

「そうですか」

「そうだ」

「……すみません。話が行ってるものとばかり」

「………………とりあえず……理解した」

頭を抱えながら三番目はゆっくりと剣を腰に戻す。

そして、明後日のほうを向いた。

「……あの女」

こっちはいろいろと案件がたまって忙しいと言うより、もう殺される寸前なほど大変な状況だというのに、さらになにをさせるつもりなのか。というか、なんでよりにもよってこんなタイミングなのか。言いたい事がたくさんありすぎて言葉にできないし、言葉にできても音川シルフはおそらくこの辺りに居ない。

行き場のないこの怒りを静かに収めつつ、三番目はアインに向き直る。

心を落ち着かせながら、静かに聞いた。

「そうか。それで、探し人と望みと言うのは?」

「私の兄……ヘンゼルを探して欲しいのです。私が死んで何十年たったのか分からず、すでに兄の魂も冥界に渡ったと思っていたのですが、いまだ現世に留まっていることが分かり……望みは、ヘンゼルに気付かれないように会う事です」

「………」

またしても三番目は半眼になりつつ頭を抱えた。

どう考えても彼女の願いは三番目よりも情報屋バラッドに頼んだ方が早いし確実だ。それがなぜ三番目に頼めとシルフは無責任なことを言ったのか。まさか、相談内容を聞かずに進めてきたのか。だとしたら非常に迷惑この上ない話しだ。内容を聞いてもなお、三番目を推薦したのなら見る目が無いと言うかなんというか……それか、なにか思惑があってのことだろう。

「それならば、バラッドの店主に頼んだ方がいいと思うのだが」

どうにかそう言うと、アインは静かに首を振った。

「私の望みは、もう一つ。あの魔術師を……殺す事」

「……なるほど」

それを聞いて、ようやく合点する。

「あなたへの報酬は、ツェーンの事。そして、黄泉還りに対する戦力と情報。いかがですか?」

右手を差し出すアインに、三番目は応えない。

静かにその手を見て、首を振る。

「なぜ……?」

まさか、断られるとは思っていなかったアインは、不思議そうに聞く。

行き場のない手は、静かに降ろした。

「あなたの言葉だけでは信用できないことが一つ。そして……時期が悪すぎる。一応は取引の内容を聞いたが、やはり時期が悪すぎる。今は、取引するつもりはない」

「……そう、ですか」

「話はそれだけならば失礼させてもらう」

「……」

うなだれる彼女を残して、三番目は元の道を戻る。

決して、振り返ることは無かった。

こうして、アインと三番目の最初の邂逅は終わることとなる。



帰る道すがら、三番目はふと立ち止まる。

後ろから追いかけて来るような気配はない。アインは、今回は諦めたのだろうと三番目はほっと息をついた。

「逃げたのね」

突然の女性の声。

三番目は内心驚きながらも、決してそれを表に出さない。動揺を見せないように、彼は声の出所を見た。

近くの木の上――そこに、ずっといた様子で音川シルフが座っていた。

「お久しぶり」

「……なぜ、いまさら来た」

事前にアインのことを言えばいいモノをと言葉尻に伺わせながら、彼は聞く。

「私、物語は幸せに幕を閉じるのが好きなのよ」

「……」

アインの取引の内容、そしてその言葉、音川シルフのしたい事に三番目は気付き、嗤った。

乾いた笑い声だった。

心底、どうでもいいような笑いだった。

そして、ぴしゃりと言う。

「余計なことをするな」

仮面に隠されて見えないが、おそらく彼はひどく冷めた目をしていたことだろう。

「あなたの以前、三番目であったスカラムーシュとよく似ている。結局、親友に殺された哀れな子……あの子も、あなたと同じように誰にも頼らず、誰にも言わず、たった一人で戦って殺された。あなたもその二の舞いを踏むつもり?」

「あなたには関係ない。……音川アルト達の事ならば、巻き込むつもりはないから気にするだけ無駄だ」

「そういう事じゃ……」

三番目は根本的な勘違いをしている。

音川シルフは娘たちが巻き込まれるのが嫌で三番目をきにしていると思っているようだが、違う。そう言う訳ではない。そう言う訳ではないと言うのに、彼は気付かない。

それほど追い詰められているのか、シルフを信用していないのか、心配されることに慣れていないのか。

「音川シルフ。私はこれ以上話す事は無い」

シルフがどう言おうかと迷っている内に、彼はさっさと歩きだす。

結局、シルフの誤解を解く事は無く、三番目のジョーカーは歩き続ける。






そういえば、シエラル王国守護神リアの正式名称は『途切れぬ焔を永遠に紡ぐ炎鳥』と書いてリアと読みます。

リアの双子の兄弟であるルカや同朋であったプルートにも正式名称が……。プルートに関してはいつか物語の中で出て来る予定。

この三柱(?)については、他の神と名前の成り立ちや出身が違うとかいろいろあるのですが、プルート関係で明らかになっていく予定です。


今回、もうちょっと続きます。

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