02-09-03 すべて手の内の遊戯、それぞれの決意
一度止んでいた吹雪が、また吹雪いている。
真っ白な都の中心、巨大な石碑の前に、吹雪を苦にした様子無く美女がいた。
真っ赤な髪に真っ赤な瞳は、真っ白な都に浮いて見えた。そして、相当な風が吹いているにもかかわらず、彼女の髪も服も少しも風に乱れる様子は無い。
彼女は、辺りの戦闘の跡を見ていた。吹雪が隠してしまったため、ほとんど分からないが、魔力のあとは残っている。
ふと、彼女は顔をあげて前を見た。
「竜王どの?」
吹雪にあおられながらも青年がやってくる。彼女は、少しだけ驚いた様子で彼が来るのを待った。
「久しぶりです、途切れぬ焔を……」
「わざわざそんな長ったらしい名前で呼ばないでもいいですよ。こちらこそ、お久しぶりです、竜王殿」
竜王、潤。リアと潤は知り合って数千年もの時が流れているが、こうして一対一で会うことはめったにない。どこか他人行儀な二人であった。
「潤、でいいですよ、守護神リア殿」
守護神という言葉に、少しだけ複雑そうな顔をするリアだったが、すぐにいつもと変わらない表情に戻る。
フィンア神とリーテ神が聖フィンドルベーテアルフォンソ神国の守護神であるように、彼女はシエラル王国の守護神であった。
神世と呼ばれた時代に当時シェンラル王国と呼ばれていたシエラル王国に迷い込んだ双子神。その片割れであるリアはこの地に留まり、守護をしている。
その時のことを、当時先代の竜王補佐であった潤はよく知っていた。
「すぐにでも潤殿の所に赴こうと思っていたのですが……」
「お気になさらず」
「プルート……あの黒犬が、まさかこの地に入りこむとは……本当に……あの時、殺しつくしてやればよかったっ!!」
溜めていた物が一気に噴き出したかのように、リアは先ほどとは別人のように悪態をつく。
「ルカを殺しておきながら、のうのうと生き延びおってっ! あぁ、胸糞悪いっ。侵入に気づかぬ私も許せぬっ。プルート、プルートっ、絶対に許さぬ。二度とこの地に、我が守護地に入らせてたまるか」
怒りに叫び狂うリアを中心に、雪が溶けていく。吹雪いていると言うのに、彼女の周りは熱いほどだ。
竜王ですらリアの近くにはいられない。人間であったら、あまりの暑さにやけどをしていただろう。
「リア、殿」
「あっ……す、すみません、潤殿。熱くなってしまって……今回は、プルートを追い払って下さりありがとうございます」
潤が呼びかけると、すぐにリアは元に戻る。そして、先ほどの熱さが嘘だったかのように、周囲の温度が元に戻っていく。
彼女は、炎を司る神なのだ。冬はずっと雪に閉ざされ、周囲は海と林ばかりのシエラル王国には似合わない神だが、彼女は何千もの間この国を見守り続けていた。
「オレはなにもしてませんよ。向こうが時間切れだと勝手に帰って行っただけですから」
「あなたが来たから、逃げたのです。そして、あなたが知らせてくれなければ、私は気付かなかった……プルートの侵入に」
「……しかたがないですよ。オレだって、アルトが誰かが戦っていることに気付かなければここに来なかったし、プルートが居た事に気付かなかった」
リアはプルートの事を憎んでいる。近くに来れば、すぐにでも殺そうと目を光らせている。だというのに、彼は見事な穏行で毎回逃げのびるのだ。それがリアには悔しくてたまらない。
おもむろに、リアは歩きだす。
魔術で壊れた様子の建物をそっと触り、目を細める。
「アルト……音川の末姫と聞きましたが?」
「はい」
「そう……シエルに連なる子が……あの、リンゼのいる村に」
木蓮の村の辺りを、リアは眺めた。
「どちらかというとあのいけすかない巫五の神子に似てますけどね」
「まぁ。では、きっと……強いのでしょうね、心が」
会いに来るかと潤が問えば、彼女は首を振った。会うのが怖いのだ、と笑って彼女はずっとそこに佇んでいた。
途切れぬ焔を永遠に紡ぐ炎鳥は、かつて同朋であったはずのプルートの痕跡を、ずっと辿っていた。
また、吹雪いている。
アルトはカーテンで閉ざされた窓をそっと見た。
一度は止んだ雪が、また降りだしていた。
先ほどとは違う部屋。そこにはアイリとアルトしかいない。アイリはなにか迷うように目を伏せていた。
カリスとテイルは先ほどまで皆で集まっていた部屋で寝ることになっている。
リスティはなにかあったらすぐに対応できるようにとティアラの眠っている部屋にいる。
潤はまだ帰ってきていなかった。
だが、竜である彼がこの雪に立ち往生する事はありえないだろうとアルトは気にしていない。
「なあ、アルト」
「なに、アイリ?」
アイリは迷いながら、言葉を選びながら、ゆっくりと聞いて来た。
「教えて欲しい事があるのだ。こんな時にカリスにもテイルにも聞けないのでな……ティアラやラピス殿は私の負担にならないようにと、なにか隠しているのは知っている。だが、それが分からないのだ」
「……? 隠してる?」
なにか隠し事でもあっただろうかとアルトは考えるが、思いつかない。アイリの顔を見る限り、とても深刻そうなのだが、それでも心当たりが無かった。
「教えてくれ、アルト。玻璃とマコトは、どこにいる?」
「……っ!!」
その問いに、アルトはすぐに答えられなかった。
言葉を失い、混乱しながらアイリを見る。思わず、一歩下がってしまうが、すぐ後ろは壁だ。これ以上離れることはできない。
そんなアルトの様子に、アイリは驚きどうしたらいいのかと困惑していた。
まさか、アルトがここまで動揺するとは思っていなかったのだ。
「すまない、アルト……答えづらいのならば別の者に……」
「いや、大丈夫。ただ、アイリはまだ知らなかったことを、知らなくって」
その言葉はたぶん、本当だけれど嘘も混じっているのだろうとアイリは気付くが、気付かなかったふりをする。
アイリが星原に戻った時、アイリはまともに話せるような状態ではなかった。
どうにか立ち直っても、痛ましい様子だったアイリにティアラもラピス達も、星原で起こった事件を全て伝えることを躊躇ってしまった。中途半端に少しだけ伝えて、そして本当のことを伝えるのに機会を失ってしまい、そして今まで至っていた。
そう、アイリはマコトが星原を裏切り、玻璃を殺したことを知らない。そんな彼女に、事実を伝えなくてはいけないことに、アルトは動揺していた。
たとえ、受け入れ、立ち直った今でも、あの事件を話す事はまだ勇気が必要だった。
「星原が襲撃を受けた事は知っている、よね?」
「あぁ」
「星原とかアーヴェの情報を流していた裏切り者が手引きをしたの」
「な、に?」
裏切り者がいた? 驚愕と、そして嫌な予感がアイリの脳裏をよぎる。
ほとんど涙声でアルトは言う。
「その裏切り者が……マコトだった。そして、マコトが玻璃を殺した!!」
「……………………は? うそ、だろう?」
アイリは、それしか言えなかった。
「うそ、うそだろう? アルト……そんな……うそだ」
壊れた機械のように、繰り返す。そんなアイリにアルトは首を振る。
「わたしの目の前で、玻璃はマコトに殺されたの」
「……そんな」
「だから、マコトはいま……セレスティンにいる」
アイリは、力を失ったように座りこんだ。
アルトを見上げ、口を開く。
「そんなこと、ありえない。だってマコトは――――――――――――――。マコトが裏切る訳、ない。だって、――――、―――――。まさか、そんな……」
なぜか、アイリの言葉が、上手く聞こえない。
「くそっ、そういうことか! ――――、―――――――――っ!! 」
やはり、聞こえない。だが、アイリの言いたい事は解る。
アイリは、マコトが裏切ったことを信じられないのだ。
「なぁ、アルトっ。マコトは、――――――。あぁっくそ! なんで言葉にできないんだっ。あの女、この為にわざわざ契約を科したのかっ!」
「あの女……?」
「なんでもない。アルト……本当に、マコトが裏切ったと思うか?」
「……」
必死な顔で問いかけるアイリに、アルトは静かに頷いた。
目の前で見てしまったのだから、頷くしか出来ない。だが、アイリは悔しそうに哀しそうに目を伏せる。
「そう、か……そうだよな。すまん。玻璃を亡くして辛かったであろうに、このような事を聞いて……」
「大丈夫だよ。ただ……わたしは……裏切り者だったマコトを許せない」
「……アルト」
玻璃がアルトの事が好きなのは感が良い者なら星原の皇の館に居るほとんどが知っていた。
アイリも、それを理由に玻璃をいじっていたことだってある。
なら、アルトはどうだっただろうか。
アルトもまた、玻璃のことを好きとまではいかなかったかもしれないが、大切な友人として接していた。彼があげたリボンを嬉しそうに付けていた。
そんな彼を目の前殺した相手が、裏切り者として憎いのは当然だろう。しかたがないことだ。
だが、アイリは信じられなかった。アルトが目の前で玻璃を殺したところを見たと言われても。マコトが裏切ったと言う事実を信じられなかった。
だから。
「……頼むから、無事でいてくれよ……マコト。私にお前を……――――――――」
小さな声で、アルトに聞こえないように、アイリはそう願った。
これは夢だ。
カリスは、半ば現実逃避しながらそう思った。
なぜか天乙貴人が畳の上でくつろいでいる。
そして、覚えもないのにカリスはその目の前で正座をして座っていた。
周囲を見回せば、広々とした和室の中に十二神将が勢ぞろいしていた。
めったに現れない、というか呼びかけても姿を見せない少女の様な姿をした太裳までいる。
「えっと、いったい……?」
ここはおそらく、夢の中。なんどか来た事があるし、そもそもカリスはテイルと一緒にリスティの家の部屋で眠っているはずだ。
「カリス……大切な話がある」
くつろいでいた天乙貴人が、突如身を正した。
めったにないことだが、彼女が正座をして、さらにカリスを真正面から見た。
こんなこと、初めて出逢って仮契約をした時以来である。
カリスは何事かと身がまえた。あの、天乙貴人がこんなようすなのは、なにか絶対裏があるはずだと。
「カリス、仮契約を終わらせよう」
「え……?」
突如語られたのは、あまりにも衝撃的な話だった。
カリスと十二神将達は正式な契約を行っていない。理由はいろいろとあるが、一つは正式な契約をする暇も無く急いで仮契約をして茂賀美家から逃げなければならなかったからだ。
「妾たちの我がままに、突然巻き込んで生家から逃げる結果となってしまった。このままでは、カリスは家族に満足に連絡を取り合うことすらできまい。だから――」
そもそもカリスは……カリスは十二神将と契約するはずが無かった。カリス自身にもそんなつもりこれっぽっちも無かった。
十二神将の契約の譲渡の儀式を眺めていただけだった。
なら、なぜ十二神将を式神として契約したのか。
突然巻き込まれたからだ。
十二神将と茂賀美家、そして突然現れた風術師の争いに巻き込まれたのだ。
茂賀美と契約する事を拒否し、どこかへと行こうとする十二神将を、風術師が止めた。そして、なぜかその風術師は隠れて見ていたカリスと契約すればいいと言ってきたのだ。
十二神将が見知らずの陰陽師を、しかもまだ見習いだったカリスを受け入れるはずが無いとカリスは思っていた。だと言うのに、なぜなのか十二神将達は受け入れた。その場で仮契約までされて、その場で茂賀美家から身柄を狙われて、捕まる訳にはいけないと叫ぶ十二神将と共に逃げ出した。
そのずいぶん後。アマーリエに拾われて、陰陽術を修め、星原で働きながら茂賀美家から身を隠す事になって、それからようやく彼等は教えてくれた。あの契約譲渡の夜になにがあったのかを。
十二神将はカリスと契約する前にある陰陽師と契約をしていた。彼は良い契約者だったと彼等は言う。十二神将達を友として扱い、決して彼等を無理やり使う事は無かった。彼等がどれ程望んでも、決して戦場には立たせなかった。なにかを殺すことをよしとしなかった。
そんな彼が死に、茂賀美家の十二神将への扱いは変わった。
あくまで式神として扱い、心すら否定し、道具として殺しを強要し、様々な約束事を破ろうとしていた。それに彼等は我慢できず、茂賀美を見捨てて別の場所に行こうとしていたのだと言う。それを風術師は止め、カリスを契約者にすればいいと勧めてきたのだ。
今なら、分かる気がする。
十二神将がどこへ行こうとしていたのか。
天乙貴人とプルートとの会話……きっと、彼等は……。
「カリス、聞いておるか? おい、カリス」
どうやら現実逃避をしていたらしいカリスは、ぺちぺちと天乙貴人に叩かれて目を覚ます。
「ちょっと、まってくれ。それは、オレが……力不足だからか? いや、そんなことどうでもいい……それより、オレと契約破棄して、まさかセレスティンに行く訳じゃないよな? あの茂賀美に戻る訳じゃないよな?」
「そんなわけがあるか、たわけ。そうではなく――」
「そ、そうか。なら、いいんだ。仮契約の破棄、だろ? あぁ、覚悟していたから、いつでもいいぞ」
「話しを聞けっ」
「すまん。ちょっと、ちょっとだけ、独りにさせてくれ」
いつ仮契約を破棄するのかとずっと悩んでいた。
自分が陰陽師になった所で、十二神将を扱いきれるわけがないとしっていながら、もっとふさわしい人がどこかにいると分かっていながら、それでも契約を破棄できなかったし、十二神将も主としては扱わなかったが、それでも契約の破棄を言ってくることは無かったから。
だから、もしかしたらこのままでいられるかもしれないと高望みしてしまった。
そんなわけ、あるはずがないのに。
朱雀や青龍がなにごとか言っているが、それを聞かずにカリスは目を瞑った。
この、自分にはふさわしくない場所から、逃げ出したかった。
「カリス、カリスっ?!」
テイルに揺さぶられ、カリスは覚醒した。
周囲は暗く、どうやら寝てからあまり時間は立っていないらしい。
「あっ、よかった……悪夢を見ているようだったので……」
「すまん、起しちまったか?」
「いえ、起きていたので気にしないでください」
テイルは気丈に笑う。
だが、きっと昼間の事で眠れなかったから起きていたのだろう。
テイルの家族の仇が、そしてその殺害理由が分かったのだから、当然かもしれない。
あんなふざけた理由で家族が殺されたのなら、カリスなら絶対に許せない。
「そうか……起こしてくれて助かった。ありがとう」
「……カリス、なにかありましたか?」
「ちょっとほんと嫌な夢を見て……すまん、ちょっと外で頭冷やして来る」
アレは夢ではない。精神だけ十二神将が普段存在する場所に招かれたから、実際に怒ったことだ。だが、これいじょうテイルに心配をかけたくなくて、カリスはそうごまかすと外へと歩きだした。
「あっ」
テイルは手を伸ばし、そして引っ込めてしまう。
カリスの後ろ姿が、拒絶をしていた。
外は、雪が降っている。だが、カリスは外に飛び出ていった。
少し歩くだけで体の芯まで冷たくなる。思わず、魔術を使おうとした。
「……くそ」
直前で、やめてしまう。
カリスは、もともと魔術師だ。親や親戚一同が陰陽師だったためにその基礎を習って幼少期は陰陽師になるつもりだったが、そのうち陰陽師になるのを諦めて魔術師になろうと方向転換してしまった。だというのに、なぜか十二神将と契約し、陰陽師として星原に在籍する事となってしまったことにカリスは複雑だった。
カリスは陰陽師に向かない体質だ。
魔力は多い。家族の中では飛びぬけている。だが、その魔力は陰陽術には向かない。
普通の陰陽師なら少しの魔力で足りる術を、その倍、下手したら三倍、四倍の魔力が必要なのだ。そういう、体質。召喚術などは得意な方だったが、それも得意な方だっただけで、本当にできる者たちからすればお粗末もいいところだった。
治癒術は得意だけれど、攻撃系の術はまったく使えないと言う人が、よくいる。逆もまたしかり。身近な例で言うと、たとえばアルトもまた魔力の保有量は多いが、風術特化であり、どれだけ地術を極めても、一番得意である風術のほうが威力は高いだろう。アイリは呪術を得意とし、他にも巫術や陰陽術にも高い適性を持っているらしい、だが、魔術はからっきしなのだという。
それと同様、カリスは陰陽術よりも、魔術のほうが得意な体質であり、さらに言えば精霊使いのほうが適性があるのだ。
「くそ」
式神を顕現させるための魔力は普通の陰陽師とけた外れで燃費が悪いし、式神たちも思うように動けないはずだ。
もし、またセレスティンと相対する事になったら、その違いはきっと致命的な物になるだろう。それが容易に予想できた。
だから、カリスとの契約を破棄するのだろう。
そんなこと、分かっていたことなのに、傷ついた自分が居る。それにカリスは思っていた以上に驚いていた。
「……あーあ」
ずるずると家の壁に寄りかかったまま座りこむ。そして、空を見上げた。
暗い。月の明かりもない空から、沢山の雪が降り注いで来る。
十二神将達は、カリスと契約破棄したとして、どうするのだろうかと考える。おそらく、次の契約者が決まっているのだろうと勝手に結論を出してまた堕ち込む。
「おい、どうした……風邪ひくぞ?」
顔を伏せていると、突然辺りが温かくなり、青年の声が聞こえてきた。
「あ……えっと、うる、さん?」
顔をあげると、アルトと一緒にシエラルに来た潤がいた。
どうやら、野暮用がようやく終わって戻って来たようだった。
彼の周りに熱の結界の様な物が創られ、外気を遮断している。その範囲内に、カリスは入っていた。
「あぁ。君はあの茂賀美の陰陽師だろう? 君の噂には聞いていたよ。まさか、これほど若いとは思っていなかった」
「……今は、最上カリスと名乗ってる」
「そう、じゃあカリスくん。大変だったね……あのシルフに巻き込まれたんだろう?」
「…………まあ、そうですね」
カリスは、アルトの事をずっと知っていた。彼女が星原に来る以前から。
十二神将継承式をぶっ壊し、さらにはカリスを巻き込み、十二神将と仮とはいえ契約を無理やりさせ、他国に放り出した張本人が……アルトの母である音川シルフだったから。
当初はあまりのことに頭がついて行かず、少しずつ状況が分かってきて、ようやく彼女がしたことの重要性と巻き込まれたせいで故郷に戻ることはおろか家族と顔を合わせることすらできなくなってしまったことへ困惑し、次第に恨みに変わっていった。
彼女を許せるまで、一年かかった。
アマーリエと出逢い、陰陽術を一から学び直して、星原に入って、そのうち気にならなくなったが。
「ところで、その十二神将達となにかあったか?」
「えっ……?」
なんで分かったのかとカリスはうろたえる。潤もまた、困ったように眉をひそめてこそこそと小声で言う。
「周りに数人、こちらをうかがっているぞ」
それに、カリスもこそこそと十二神将に気付かれないように口元を隠して小声で言う。
「……気付かなかったっ」
よくよく周りを見渡せば、木々の影に隠れている。が、服が見えるし神気も隠れていたり隠れていなかったり。どうやら、彼らも動揺しているらしい。
「どうするんだ?」
「…………今はちょっと、彼らと会いたくないんだ」
「んじゃ、少し結界作るか。風が寒いしな」
潤は、カリスの返答を聞かずにさっさと結界を作る。少しくすんだ白い結界が二人を囲む。これだと、外が良く見えないが、それは外の者達にしても同じだ。
「で、どうした。オレでよければ話しを聞くぞ? まったく知らんじじいに話したくないのなら、口を閉じといてやる。このまま外で独りにさせるのはさすがに気が引けるんで隣にいるが」
「ありが、とう」
「……」
それから、本当に潤はなにも言わなかった。静かに、カリスの横に立つと、一緒に前方を見ている。
それだけ。
「……どうして、まったく知らないガキにそんなことしてくれるんだ」
「ん? まあ、オレくらいになるとさ、おせっかいな年齢になって来るんだよ」
一体、この青年は何才なんだ。おもわず心の中で突っ込む。
外見と年が一致しない異種族も多いからそこまで驚きはしないが、彼は一体何才なのかまったく見当もつかない。
「まあ、一番の理由は、あいつらが必死だからかな?」
そう言って、また潤は木々の間に隠れてこちらを見ている十二神将に視線を向けた。
「心配しなくても、契約は破棄するのに……」
思わず、カリスは呟いてしまった。
十二神将達は、そのことを心配してこちらを監視しているのだと思って。
すると、潤は驚いてカリスを見た。
「君……あぁ、そう言う事。もしかして、仮契約を破棄してくれって言われて、お払い箱だと思ったの?」
「いや、そうでしょ。……きっと、知らないと思うけど、オレは陰陽師になるくらいなら魔術師になった方がいいって……今まであったどの陰陽師にも言われて来たんだ。あいつらと契約し続けて良い様な奴じゃない」
「それは、他人が決めることではないと思うよ」
それにたいしてカリスは無言だった。
「だったら、どうして茂賀美家から逃げ切った後に契約を破棄しなかったんだ? さっさと破棄していれば、自分の身の丈にあった魔術でもなんでも修められただろうに」
「……」
「律義に陰陽術を学んで、茂賀美家から逃げ回って」
「あいつらが、契約破棄するまではどうでもよかったんだ。別に、本家のほうになにされてもどうとも思わなかったし、家族のほうは結構めちゃくちゃな家だったからオレが一人居なくなった所でどうにかなるような家じゃなかったし」
堰をきったように、カリスは話し始める。
「へぇ」
「それに、あいつらが困ってたから、当分はいいやって」
それを聞いて、潤はため息をついた。
「……まったく、シルフの人選は」
「え?」
「いや、なんでもない」
小声の独り言はカリスには聞こえなかったようで、潤はごまかして笑った。
「とりあえず、ちょっと落ち着いたならもう一度、十二神将と話しときな」
そう言うと、ささっとリスティ宅に入ってしまう。
ご丁寧に、カリスの周りには結界をはったままだ。
少しの間、カリスはそのままだった。どこを見るでもなく、宙を眺めていた。
そのうち決めたのか、近くに隠れていた騰虵を見る。
「すまん、話が途中になっちまって」
『……突然の話で驚くのは当然だ。ただ、我々がどうして仮契約の破棄を願ったのか、その理由ぐらい話させて欲しい』
「あぁ……」
他に、いい陰陽師を見つけたのか、ありえないとは思うが、茂賀美に関わらず、人に愛そを尽かしてこの地を去るつもりなのか。ちゃんと理由を聞いて、それで笑って別れればいいと、カリスは思った。
『……以前の主の死は、おそらくセレスティンが絡んでいる。プルートがわざわざ示唆してこちらをあおって来たが……おそらくだが、目をつけられている。この先、どのようなセレスティンの妨害があるか分からない。だから、仮契約のままではこの先カリスが危険だと皆で結論を出した』
「そうか」
十二神将の弱点はカリスだ。カリスが死んでは元も子もない。その結論は当たり前のことだろう。
カリスは頷いて――。
『だから、我々との仮契約を解き、仮ではない契約を結んでもらいたい』
「は?」
言葉を失った。
いつの間にか、近くには十二神が揃っている。
天乙貴人が少し怒った様子で、カリスが彼女の姿を気づくとするすると近寄りぽかりと頭を叩いた。
『まったく、早とちりをしよって。妾達とちゃんと契約をしろということだ』
「えっ、だって、オレは」
『ずるずると仮の契約を伸ばしてしまいましたが、これ以上仮では貴方を守りきれないでしょう』
長身の美女、天后が普段閉じている目を開けて、薄眼でこちらを見ながら言った。
その後ろには、小柄な太裳が隠れるように佇んでいる。
「ちょっとまてよ、だって、オレ」
『まったく、十二神の主になれると言うのに、何を躊躇するの』
朱雀の口を塞ぎながら玄武がうっとうしそうに言う。
「……お前たちの、主人になる様なうつわじゃねえだろ」
『器だのなんだの、なんの関係がある。妾達が決めたのだ、それでは不満か?』
上から目線の天乙貴人に、カリスは呆れながらも周囲を見る。
皆、一様にカリスを見ていた。無表情だったり、少し怒ったような顔だったり、懇願するような視線。
次に言う言葉を、皆待っている。
「……オレでいいのかよ」
「カリスがいい、妾達の主は。この先、妾達と契約した事でいろんなことに巻き込むだろう。だから、悩んでもらって構わない。むしろ、悩んで欲しい。今まで、妾達のわがままを聞きっぱなしだったのだから」
下を向いて無言になってしまったカリスを、十二神は静かに待つ。
ずいぶん時間が立った。
顔をあげたカリスの緑眼には、もう迷いはなかった。
そして、彼は口を開く。
「一つだけ、いいか?」
本編とは全く関係ない話……。
カリスと十二神将と家族の話しはほとんど本編で出す事が出来なかったので補完する話しを二章が終わったら書きたいです。
カリスの姉は上から朧、莉沙、霞で、霞はカリスと同い年です。
本編とまったく関係ないですが、朧と霞はお母さんが、莉沙と迦莉朱はお父さんが名前を付けました。
カリスいわく……莉沙ねぇが修行大好き人間、霞がちょっと人間から脱線してる、両親共に忙しくてまともに家にいなくて朧ねぇが一生懸命家事をしてくれたからあの家は成り立ってた……。ちなみに、オレが八歳の時に家事の全てをオレに託して行方不明になって、数年後にどっかの国で友達と企業立ちあげて大成功したっぽい。この前、もうすぐ結婚もするって手紙来たから今度お祝いに行きたいんだがいつになるやら……。らしい。
今月は三回更新、できたらしたいです……!




