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騙る世界のフィリアリア  作者: 絢無晴蘿
第二章 -神騙り-
84/154

02-09-02 すべて手の内の遊戯、それぞれの決意



こんなふざけたことがあるだろうか。



カリスは思う。

テイルは、テイルの家族は、かつて神殺しの一族を差別し、憎み、殺すべきだとする過激派の者達に襲われ殺された。

そのはずだった。

それなのに異端な者達を集め、復讐を謳うセレスティンにその主犯がいた。

これはどういうことなのか?


セレスティンが、神殺しの一族を殺したのだ。


テイルの家族を過激な人間達の仕業に見せて殺したのだ。


そして、何食わぬ顔でテイルを人間達に復讐しようと手をのべたのだ。


そう、全てはセレスティンの自演。


「お前達はっ、ふざけるなよっ、なんなんだよっ!!」

カリスが叫ぶ。

いつのまにか雪は止んでいた。

清蓮と人形遣いの顔がよく見える。

少しだけ驚いた様子で人形遣いを見つめる清蓮と、変わらない酷薄な笑みを浮かべる人形遣い。先ほどの発言からして、その体は人形なのだろう。

彼等をカリスは睨みつけ、アイリは無表情でテイルの身を案じるようにすぐ傍にいる。

テイルは、なにも言わなかった。ただ、青い顔で人形遣いを見ていた。

立ちあがることもできず、動くことを忘れたように、戦う事を知らないかのように。

「なにが人間に虐げられた者たちだよっ、なにが差別に苦しんだんだよっ。てめえらのほうがよっぽど残酷なことをしてんじゃねぇかよ!!」

動かないテイルの代わりとばかりに声をからしてカリスが叫ぶ。

しまったなぁ、と頭を掻く人形遣いには反省も後悔もなにも無い。カリスの叫びも彼の耳には雑音にしか聞こえない。

「まぁ、いいか。殺せば」

炎に巻かれて燃えて消えた黒い仮面の者達が、またもや現れる。それも、先ほどよりも数が多い。

「なんとか言えよっ、くそ野郎!! 来い、天空(てんくう)!」

十二神将、その中でも普段はまったく姿を現さず、そしてカリスもまた呼ぶことは無かったもしくは利用されている式神の名を叫ぶ。

だが、彼は現れない。

おや? と、にやにやと人形遣いが笑う。

代わりに、朱雀と騰虵が襲い来る者達を消し炭にしていく。人形らしき彼等は、すぐに壊れるが、きりが無い。

「茂賀美の陰陽師、君の事は聞いているよ。なんでも、その身に不相応な神を使役しているとか? でも、使いこなせてないみたいだね」

「余計な御世話だ!」

そう言いつつ、カリスは自分の表情を意識する。

本心を悟らせてはいけない。彼らに意図を見抜かれてはいけない。

カリスは自らの使役する十二神将を彼らがほとんど知らないことに感謝しながら、人形遣いと清蓮を冷静に見る。

ただ怒り、喚き散らしているわけではない。

カリスは腐っても陰陽師なのだ。大局を見極めるために、彼はどこか冷静を保ちながらも怒りに震える。

十二神将、天空。彼に形は無い。彼は霧や砂嵐として姿を現す。

そう、吹雪が止んだと言うのに、いつの間にか周囲には霧がかかっていく、この周囲の様な状況をもたらす。

白虎(びゃっこ)

実は数柱の式神を戦闘が起こっていることに気づいてから傍に穏形(おんぎょう)させている。そもそも、アイリの元に頭上から降りて来た時、白虎の力を借りて着地していた。ちなみに、フルキフェルからここまではローズの式である鳥を借りて来ていた。

「アイリとテイルを。玄武(げんぶ)、ティアラを頼む」

微かに頷く気配がした。小さく頼むと言うと、カリスはちらりとソードとプルートの様子を見た。

が、それはちょうど終わるところだった。

真っ赤に染まったプルートが立ちつくしていた。

「ティ、ティアラっ!!」

プルートの全身を汚すのは彼の血ではない、ティアラの返り血だ。

「くくっ、ははははっ」

狂った様な笑い声が響く。

プルートの前で、ソードがやはり血まみれで倒れていた。

プルートと違うのは、その血が自分の血であることだけ。

彼は、動かない。そして、その姿が少女へと変貌していく。

髪は長く、背は縮み、まだ幼さの残る少女へ。

ティアラの姿に戻るが、彼女も動く事は出来なかった。

カリスの場所からでは、ティアラが生きているのかまさか死んでいるのか確認する事ができない。

と--、その視線に気づいたのか、プルートの目がカリスを捕らえる。

思わず、カリスはその身を震わせた。

「周囲に霧をはって逃げようったって無駄だ。お前たちは、殺すっ」

「っち」

気付かれていたのかと、舌打ちをする。

しかし、準備は整った。白虎はアイリとテイルの下で指示を待っている。ティアラの前には玄武がこれ以上の攻撃を通さないとばかりに守っている。

「天空っ、頼む!!」

周囲の霧が一気に広がった。乳白色の世界が視界を遮る。

「退くぞっ」

逃げようとした。

プルートから少しでも距離を取ろうと、逆方向へと走りだし――目の前に、霧を切り裂いて彼はカリスの下に現れた。

『カリスっ、止まれ!!』

さらに、カリスを庇うように女神が顕現する。

カリスがいくら呼んだ所で姿を現さない気まぐれな十二神将の長、天乙貴人がプルートの攻撃をしのぐ。

やはり前回同様、天乙貴人はプルートの攻撃を抑えることしか出来ない。

だが、彼女の顔には不敵の笑みがあった。

『あの時は痛み分けとなったが、此度は決して退かぬぞ』

なんせ、あの時とは状況が違う。プルートは十二神たちにとって言ってはいけないことを言ったのだ。

『カリスを殺すことは、許さぬ』

カリスは彼らの希望なのだ。それを失わせる者ならば、たとえ何があろうとも、何者であろうとも、退く事は無い。

「やっぱり、何度も契約者を殺されるのはごめんかな?」

『……』

「この前気付かなかったみたいだけど」

『なるほど、そういうことか』

テイルをちらりと見て、天乙貴人は目を細めた。

『なるほど』

天乙貴人の姿が霞む。

一瞬のうちに距離を詰め、天乙貴人はプルートに殴りかかった。

地面を揺らすほどの衝撃。

避けられた拳は、地面を抉り円形の穴を作っている。

『妾たちとも浅からぬ因縁があると言うことか』

「ふふっ」

睨みあう天乙貴人とプルートの後ろで、カリスは逃げるために必死に思考を廻らしていた。

前にはプルート、後ろには清蓮と人形遣い、そして周囲には人形遣いの人形がわらわらと湧いて出て来ている。対するカリスはまだ真実から立ち直れないテイルと戦闘は苦手なアイリ、気絶したままのティアラと彼女を運んで来た黒髪の少女――玄武。朱雀と騰虵が周囲を牽制して人形達が襲ってくることは無いが、清蓮や人形遣いが何をして来るか分からない。これ以上ここに留まる事は出来ない。

青龍を呼ぶ? 空に逃げても、清蓮の水龍が襲ってくるだろう。なにより、すぐに居場所が分かってしまう。

「カリス……」

小さく、震えた声でテイルがカリスの袖を引っ張った。

「……?」

「ごめん、もう大丈夫です」

「でも」

「大丈夫、です。だから」

心配げなカリスの視線に、テイルは弱々しく微笑む。

ならば、とカリスは頷いた。

「頼むぞ、テイル」

「えぇ……アルファっ!!」

地面が揺れると、地面が隆起してそのまま大きな手が現れる。さらにもう一つ。頭、胴体、土で出来た体が現れ、そして遂にその巨体を露わにする。

ゴーレム。テイルが父から受け継いだ使い魔、アルファだった。

人の様な形をしているが、その体は人の倍以上。少しずつ土は固まり、レンガの様になっていく。

一斉に襲いかかる人形達をその手で薙ぎ払い、叩きつぶす。そのたびに地面が揺れた。

そして、その隙にとばかりに白虎と玄武が人形遣いと清蓮の元へと走る。

術者を倒せば人形はただの人形になる。ここにいる人形遣いは本体ではないようだが、それでもこの中で一番力を持っている。ならば彼を倒せば少しは良いはず。

迫りくる式神を見て、清蓮が水龍を召喚すると、白の虎に放つ。水龍に襲われた白虎は、清蓮の下に辿りつけずに水に流され近くの塀に叩きつけられた。

「……私は人形遣い。そんな私にゴーレムなんて」

ほんのりと笑う人形遣いが、軽やかな体さばきでゴーレムの元へと向かう。

それを止めるのはカリスよりも背の低い幼い外見の少女―否、式神玄武。

彼女の目の前で人形遣いは軽やかに飛び上がると、そのまま玄武の方を踏みつけてさらに飛び上がり、後ろにいたゴーレムへと飛び乗る。

ゴーレムが人形遣いを振り落とそうとするが、彼は離れない。

そして、服の袖からなにかを取り出す。それは、手のひら大の大きな針の様な物だった。

それをゴーレムにつきたてる。

強固な防御力を誇るはずのゴーレムの体に、それはやすやすと突き刺さった。

「えっ?」

ゴーレムと繋がっていた魔力のパスが斬られたことを感じたテイルは、すぐにパスを繋ぎ直そうとした。

が、何度試しても手ごたえがない。

「アルファっ」

ぐるりとゴーレムの向きが変わる。

その肩に飛び乗った人形遣いは、相変わらず笑っていた。

「さあ、蹂躙しろ」

ゴーレムの手が、テイル達に振るわれた。

すると、それを拒むように黒い巨大な石壁が瞬時に出現する。一瞬で砕け散ったそれはかけらさえ残さず消滅する。テイル達は無傷だ。

そして、ゴーレムの前に小柄な玄武が立ちふさがっていた。

「潰せ」

ゴーレムは、テイルの制御から完全に離れ、人形遣いに支配されていた。

その両手を握ると玄武に振り下ろした。

小柄の少女が潰される。そう誰もが思った。

が、その巨大な拳は――小さな手のひらに止められていた。

何とも無い様子で玄武はゴーレムの手を両手でつかむと、そのまま持ち上げる。

いくら神の末席に名を連ねる者とはいえ、少女姿の玄武やゴーレムを持ち上げ、そのまま振り回して投げ捨てる姿は異様だった。

飛ばされるゴーレムからひらりと降りると、人形遣いは玄武に迫る。

なんの流派なのかは分からないが、体術を修めているらしい彼は玄武に拳を握る。が、その前に金色の蛇が人形遣いの身を囲む。振り払おうとするが、金色の蛇勾陳は逆に締めあげていく。

その時だった。


「……残念。まさかの時間切れだ。退くぞ」


突然空を見上げたプルートが、そう本当に残念そうに言うと、突如その身をひるがえしたのだ。

彼に続いて、人形達が姿を消して行く。

人形遣いは、勾陳から抜け出すと、さっさと逃げていく。

最後に残った清蓮は、静かにテイルたちを見ていた。

そして、ゆっくりと去っていく。

「待って!」

そこに、見知らぬ女性の声が響いた。

息を切らせて、灰色の髪の女性が現れる。その身は髪と同じ灰色のローブをまとい、古びた箒を両手に持っている。

「待って、清蓮!!」

その名を呼ばれ、清蓮は思わず立ち止まる。

一体何者なのかとカリスとアイリはその女性を思わず見た。

二人とも知らない相手だが、どうやら魔女のようではある。

「生きていたの?! 生きていてくれたのねっ!!」

途中で息を切らせて、女性は立ち止まり肩で息をしていた。そして、ゆっくり清蓮の元へ近づこうとする。

清蓮の知り合い、のようだった。

もしかしたら、清蓮は白蓮の都に住んでいたのかもしれないとアイリは思い当たる。

清蓮のように純粋な人間ではないヒトにとって、シエラル王国は最期の砦。どんなヒトでも受け入れてくれる場所だ。

一部の宗教色の強い国家やしきたりや伝統のうるさい国では亜人は差別の対象となり、国を追放されることも多い。そうなると獣人たちの国であったダスク共和国やシエラル王国ぐらいしか行く場所は無い。清蓮もまた、その道を辿ったのだろう。

「空夜が、空夜が死んで、あなた達は見つからなくて……ずっと、ずっと心配していたのよ。清蓮。ねぇ、どうして木蓮に来てくれなかったの」

涙を浮かべて、その女性は語りかける。

「どうして、私を見てくれないの?」

清蓮は振り返らない。が、ようやく女性の言葉に返した。

「もう、決めたんです。私は、もう、あそこには帰らないって」

「……清蓮?」

それ以上語ることなく、清蓮は振り返らずに去っていった。

少しすると、騒がしい声が聞こえて来る。

それに、カリスとテイルは顔を合わせ、アイリはほっと息をついた。

「リスティさん、ちょっと待ってって!! あ、れ? みんな?」

そこには、見知らぬ青年と一緒に、音川アルトがいたのだった。



こぽこぽとお湯がわく音が聞こえる。

暖炉の周りに集まったアルト達は、灰色の女性リスティから配られた薬湯を手に休んでいた。

部屋の中は薬草などが上からぶら下がり、奇妙な虫や生き物がビンに詰められている。不快ではないが、何とも言えない香りが部屋に充満していた。

そのなかに、ティアラの姿は無い。

ティアラは未だ目覚めない。リスティが隣の部屋で治療をしてくれているところだった。


「そんなことがあったんだ……」

アイリの話を聞き終わったアルトは、さりげなくテイルを見た。

両手に抱える薬湯に視線を落としたテイルは、落ち着いてはいるが気落ちしている様子だ。

「でも、なんでプルートは逃げたんだろう」

「時間切れって言ってたぜ?」

わざわざ神殺しの一族のために星原の本部、皇の館を襲撃したセレスティンが、当の本人であるテイルがいたというのに簡単に去って行ってしまったことに、アルトは首を傾げた。

皇の館でも、テイルがセレスティンを拒否すると殺そうとしたと聞いている。

「おそらく、オレの事に気づいたんだろうな」

そう言ったのは、潤である。

「そういえば、あなたはアルトと親しい様だが、どなただ?」

アイリが潤を見て首を傾げた。本当はもっと前から気になってはいたのだが、その前にいろいろと話さなければならないことがあったため、後回しになってしまっていた。

「あっ。あのね、しろちゃんの友達で、よく流留歌に遊びに来る潤さん」

「あんたたちのことは何度かアルトから聞いているよ、よろしくな」

そう握手を求める潤に、アイリは応えながら考える。

「ふむ。しろちゃんとは白峰殿の事だろう? 土地神であらせられる白峰殿の友達と言う事は……?」

もしや神では? とアイリはおそるおそる聞く。

「神ではないよ。神話と呼ばれた時代から生きてる竜ってだけだ。プルートの野郎とも何度か戦場でやりあったことがある」

「そうでしたか」

そう、潤は竜である。あまり自分の立場を離したがらない潤だが、彼は竜達の中でも竜王と呼ばれ、竜達を束ねる者である。そんな立場であるとしがらみが多く、竜達の中ではあまり気楽にできない。辛くなるとそれをまぎらわすように知り合いの神たちの下に遊びに行く潤は、その中でアルトと出逢ったのだ。

「あっ、リスティさんは潤にいとこのあたりに住んでいる人を探していたら会ってね、いろいろお話していた所に白蓮の都のほうから戦闘音が聞こえて来て……急いで来たんだけど、遅くなってごめんね」

「いや、本当に助かったぜ。人形遣いもあの清蓮とか言うのも本気出してなかったしな……」

疲れた様子でカリスは言う。式神を二、三体出すくらいならあまり問題ないのだが、今回はかなりの数を顕現させて戦闘までさせた。今さらながら魔力の枯渇と疲労で椅子に座りこんで今にも昏睡しそうな様子だ。さっきの話も、時々説明を入れるくらいで、ほとんど会話に参加せず聞いているだけだった。

「なぜ彼女が清蓮を知っていたのかは知らぬのだな……」

「……うん」

アルトの脳裏に浮かぶのは、先ほどの清蓮の姿。とても、つらそうだとアルトは思った。

リスティに聞けば、彼女の事が分かるかもしれない。

なぜ、あんなにも人間を憎むのか。そして、彼女をどうすれば救えるのか……。

「まあ、それは後でゆっくり聞けるからいいだろ。アルト、少し野暮用ができたから、行って来る。帰るときは呼んでくれればすぐに駆けつけるから、間違っても一人で流留歌に飛んで帰るなんて真似だけはするなよ?」

「わ、分かってるよ。お兄ちゃんにも怒られたし、ちゃんと潤にいに言うから」

口をとがらせながら言うアルトに、潤は苦笑しながら頭をぽんぽんと叩いて部屋を出ていった。

ここに来る前、スバルにシエラル王国へ行くと話すと、かなり怒られたのだ。大和国からシエラル王国は大陸を横断しなければならない。そこを最初、一人で風に乗って行こうとしていたのだから、さすがのスバルも考えなしだと怒る。潤が連れて行ってくれるからよかったが、もし一人で決行しようとしていたら、絶対に許さなかっただろう。

「んじゃ」

少しだけ早足で潤は部屋を出て行く。

なにかあったのだろうかと思いつつも、後で聞けばいいとのんきにアルトは考えた。

「あら、潤さんはどうしたの?」

そう言って入れ違いにリスティが入ってきた。

「手当は終わったわ。すごい回復力ね、あの子。明日には目覚めそうよ」

「あ、ありがとうございます!」

「なんとお礼を言ったらいいか……助かった」

「ったく、暴走しやがって……」

「よかったぁ……」

歓びにほっとする四人に、リスティは微笑む。無くしてしまった何かを見守る様に。

「さて、なにから話したらいいかしら……私も聞きたい事があるのだけれど……」

だれなのか分からないが、大きな音がしてリスティは笑う。

「とりあえず、腹ごしらえといきますか」


シエラル王国は二方が海に面し、さらに現国王の后が海神の娘であるため、海産物が有名で貿易にも力を入れている国である。だが、白蓮の都は海から遠く離れた内陸部に存在する。針葉樹の森がどこまでも続く常緑(じょうりょく)の森のすぐそばにあり、王家の別荘や雪月花祭、この地方でしか見られない花が咲く、観光地として有名だった。

リスティが作り始めたのは雑炊。干した魚やホタテで出汁をとり、森で採れた薬草や保存していた野菜を入れる。食材を切ったりかき混ぜたりと手伝いながら、アルト達はこの村の話を聞くこととなった。


この村は、木蓮の村と呼ばれていたそうだ。

白蓮の都から少し離れた森の中にひっそりとあるこの村、今はヒトはリスティしか住んで居ないのだと言う。白蓮の大虐殺の時、たまたま王都のほうへ用事があって出かけていたことで生き残ってしまったのだと言う。

この村には、都の様な種族に関わらずヒトがたくさんいる場所に様々な理由で住みずらい者たちが住んでいたのだと言う。たとえば、無罪で追われていた指名手配犯だとか、ヒトに恐れられる吸血鬼だとか、人間が恐ろしく都に住めない者だとか。

そんな村に、十二年前、夜神空夜と名乗る青年が現れ、住みついた。彼はお人よしで、生き場のない精霊を拾ってきたり、動物を保護したりしていた。彼が来てから半年後、ぼろぼろの少女を連れて来て一緒に住み始めたのだと言う。それが……夜神清蓮だった。

「さあ、出来たわよ」

鍋を掻きまわして、リスティは微笑む。

アイリがお椀を出すと、リスティがよそり始めた。

「その半年後にさらにもう一人拾ってきてね、三人で四年前のあの日まで、この村で暮らしていたのよ……」

五人で雑炊を食べながらも、リスティの話は続く。

「あの事件の夜、おそらく巻き込まれて……空夜くんの遺体だけは見つかったのだけれど、あの子たちだけは見つからなかった。もしかしたら生きているのかもしれないと思っていたのだけれど……一体、彼女はどうしてしまったの?」

その言葉に、アルト達は答えられない。しょうがないので、アイリが知っていることを話す。

「セレスティンという組織をご存じか?」

「えぇ。噂程度なら聞いたことあるけれど」

「彼女はその組織に入って、人間を殺して回っている。話しを聞いた限りだと、あの事件の後から人間を憎むようになったようだ。今回も、セレスティンの用でここまで来たようだが……私達にもなにが目的なのか分からなかった」

「そう……」

寂しそうにリスティは下を向く。

「寂しいわね……せめて、私達、村の仲間に会いに来てくれてもよかったじゃない……」

独り言のようにリスティは言う。

「あの子は元々、両親を人間に殺されたらしいわ。そのせいもあるのでしょうね……でも、それでも、村の仲間たちと少しずつ交流していって、都に行っても人前で笑えるようになったって言うのに……」

大虐殺のせいで人間を憎むようになったのか、リスティには分からない。だが、彼女はかつて人間に怯えていた清蓮が少しずつ変わって行ったのを知っている。少しずつ歩み寄って、人間にもいろいろな人が居るのだと知って、人間全体を憎んだ所で意味が無いことを知って……それよりも、大切なのは心なのだと分かった彼女はよく笑うようになった。そんな彼女が、なぜまた人間を憎むようになってしまったのか。涙ぐみながらも考える。

「リスティ殿……一つ、聞いてもいいだろうか」

「えぇ、なにかしら」

目元の涙を拭い、気丈にリスティは応えた。

アイリは、少し迷うように視線を彷徨わせ……そして決意したように聞く。

「夜神空夜とは、黒髪に黒眼の青年で……安寿(あんじゅ)国の出身の者だろうか」

「えぇ、身体的特徴はその通りよ。大和のほうだって聞いたけど、出身国までは聞いたことなかったわね」

「そ、そう。そうか……その、もしあればなのだが、写真などがあったら見せてもらいたいのだが」

「いいわよ。空夜くん、写真が好きでね、事あるごとに写真を撮ってくれたから……えっと、これよ」

薄いアルバムらしきものを棚から出すと、ぱらぱらとめくってアイリに見せた。

「ほら、この人が空夜君」

「……」

アルトやカリスも一緒になって写真を覗き込む。

そこには、この村の写真が何枚も保管されていた。

年配の白髪の男性やシスターの服を着た少女、写真を撮られるのを嫌がっているのか、後ろ姿の青年、珍しい事にわざわざ写真に移りこんで来る精霊、村人と一緒に笑うリスティ、そして……清蓮。

今では考えられない様な、優しい微笑みを浮かべていた。そんな彼女の横に、黒髪黒眼の青年の姿があった。

それに、アルトもカリスも息を飲む。

「えっ、ちょっとまって、この人って……」

「おいおい……アイリ、知ってたのか?」

「……あぁ。……よく、知っている」

その青年は……霧原陸夜とそっくりだった。

いや、髪色も瞳の色も陸夜とは違う。だが、優しい笑みを浮かべる彼は、陸夜と似ていた。

一体どういうことなのか、アイリに視線が集中するが、彼女は静かに写真を見ていた。

結局、答えを言ったのは、テイルだった。

「彼は、陸夜さんのお兄さんですよ。そして……十二年前、当時のジャックとキングの称号持ちが星原のエースを殺した。その、片割れ……」

「は……? この、人が? いや、確かにおんなじ名前だけど」

アルトは本当に少ししか聞いたことが無い。たしか、そんな話を聞いたことがあるような無い様な状態だ。が、カリスはその話を知っているのか、驚きに目を見開く。

「行方不明になって久しいですが、まさかシエラルにいたとは……」

そう言ってテイルはアイリを見た。

アイリは未だに写真を見つめている。

「アイリ……?」

十二年前、ということはテイルもカリスも星原にはいない。だが、アイリは違う。

アイリはそれ以上前から星原に保護されていたのだ。

「知り合い、だったの?」

「……そう、だ。いや、彼は……私の恩人だ」

そう言って写真に手を伸ばす。

「まさか、な、亡くなっていた、なんて」

その手も声も、震えていた。

めったに驚いたりすることのないアイリの様子に、彼女にとって空夜という人物がどれほど重要だったのかが痛いほど伝わってくる。

「……そうだったの。もし、もしよかったらなのだけれど、空夜くんの事を知っているヒトと、会ってみない?」

「しかし、ここには人はもう貴女しか住んで居ないのではなかったか?」

「えぇ。人間は私一人よ」

意味ありげに微笑むリスティは、それ以上応えず、ただ疲れただろうから早く寝るようにと勧めてさっさと部屋を出て行ってしまう。




シエラルでの話がかなり長くなりそうな予感……。

あと三回ぐらいシエラルでの話が続きます。

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