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騙る世界のフィリアリア  作者: 絢無晴蘿
第一章 -日常-
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01-01-05 それは、星原の日常で

「あの……茜さん、その……そろそろ機嫌を直してはもらえませんか?」

本人不本意ながらメガネのっぽの優男と呼ばれていた青年、テイル・クージスはおそるおそる一応年下であるはずの少女に声をかけた。



「嫌ですっ。だって、こんな……こんな新鮮さに欠けた野菜で私達に料理しろなんてっ、許せません!! 食に対する冒とくです! 私とマコト君は断固拒否します!」

「え? あ、え? その、機嫌悪い理由は? え?」

こ、これは一体、どんな罰ゲームなんでしょうかっ。

いつもならにこにこ笑って料理をしている彼女は、神様もびっくりな恐ろしい形相で私の友人である(友人だと信じてます)マコトと結託してキッチンにバリケードを築こうとしていました。

いつも、無言無表情無気力無関心のなんだかもう本当に不思議すぎるマコトまで不機嫌そうな顔なのは……き、気のせいですよね?



思いだすのは数時間前。


なぜかアイリに突然頼まれたのは、皇の館での食事を全て一手に引き受けている茜さんとマコトの説得でした。

「それよりも、この聖域(キッチン)に入ってこないでください! 入ってくるのなら、その手を早く洗ってくるんですよ!」

「は、はいっ!」

茜さんいわく、聖域であるキッチンに入ろうとしていた私は、思わず敬礼しそうになりながら水道に向かいました。

すでに心が折れそうです……。


「うぅ、なんで私が……」

アイリの頼み事だから、どんなに大変なことなのか分かっていたはずなのに。

でも、断り切れなかったし……。己の優柔不断が招いた事ですし……。

「が、がんばろう」

うん。これはきっと何かの試練ですね。

これを乗り越えれば、心身ともに成長できる気がします。本当に。はい。

特に心がいろいろと強化されそうです。


丁寧に手を洗った後、茜さんとマコトの元に再戦しに向かうと、状況は少々改善されていました。

「り、陸夜さん!!」

た、助かった!

キッチンの入り口近くにいたのは、マコトのお兄さんでした。

あの無の体現者のようなマコトでも、お兄さんの言葉だけは従います。

「あ、テイル。なんかいろいろうちのマコトがやらかしたとか? ほんと、すまん!!」

「い、いえ。それよりもこのキッチンの中にマコトと茜さんが居るんです。どうにか説得してマコトだけでもどうにかできませんか?」

キッチンの中を見ようとすると、私が居ない間にいろいろな者が入口に置かれて中に入れないようにされていました。

たぶん、全部茜さんがやったのでしょう。マコトはこういう力仕事は出来ませんから。

よく考えて見ると、女の子よりも力が無いって事ですか、マコト。

少し気になりましたがそれよりも。

「陸夜さん、お願いします」

「あ、あぁ。出来る限りはやってみよう。マコトー、聞こえるか?」

キッチンから答えはありません。

しかし、マコトはほとんど口を開かないので大丈夫です。聞いていると思います。

「さっさと出て来い。あと茜。そろそろ妹が帰ってくる時間だと思うが、そんな所に閉じこもってて良いのか?」

「……」「……」

無言ですが、話を聞いているであろう気配がします。

「それに、野菜が新鮮じゃないからってストライキ起こすのもいいけど、それをどうにか工夫するのも料理人として必要な能力なんじゃねぇのか?」

「えっ。そんな理由で閉じこもっていたんですかっ」

「なんだ。まさか、何も知らないで説得をしようとしてたのか」

「アイリに無理やり頼まれて」

「なるほど」

ようやく、先ほど茜さんが口走っていた意味がわかりました。

よく考えれば、二人がなんで閉じこもったのかもぜんぜん知らなかったんですよね。

そんなんで、どうやって説得するのかと言われたら何も言えませんが。

そんな会話をしていると、中から何かが動かされる音が聞こえてきました。

「……りくや」

「マコト。まったく何やってんだよ」

ひょこりと顔を出したマコトに、陸夜さんは破顔します。すぐにびしっといつもの顔になって、マコトを叱ります。

陸夜さんと、マコト。性格もなにもかもまったく似ていない兄弟ですが、仲だけは良いんです。

羨ましい。弟がいた身としては、目に毒です。

「茜も出て来い」

「……はーい」

妹である菫さんの名前を出された茜さんも、しぶしぶ出てきます。

彼女もまた、妹と仲がよろしいようで。

なんだか悲しくなってきた。

「さてと、一件落着か? そろそろ買いだしに言った奴が戻ってくるところだろ?」

「さぁ?」

そう言う話もアイリから全然聞いていませんから、何も言えません。



キッチンを封鎖していた物を陸夜さんと茜さんと共に元の場所に戻していると、そのうち廊下が騒がしくなってきました。

たぶん、この声はティアラさんと出流さん、それに新しく来た音川の方でしょう。

「あれ、そう言えばマコトは?」

茜さんがマコトが居ないのに気づいた様子です。

実はさっきどこかに行くのを見たんですが、何も言いませんでした。

マコトがここにいてもあんまり意味なさそうだったので。

「あ……あいつ、逃げやがったな」

陸夜さんは、そう言って走ってどこかに行ってしまいました。

たぶん、マコトを探しに行ったのでしょう。

「なんだか、一気に騒がしくなった気がします」

「いつものことだよ、テイル」

なぜか、慰められました。

一応、私の方が年上なんですが……。

「茜、マコト君、いるー?」

そう、買い出しから戻って来たらしい出流さんがやってきました。

それと、なぜかティアラさん、それと噂の音川さんも一緒です。

「マコトならどこかに行方不明ですよ」

「え……そうなの? どうせ、マコト君の事だから図書室にいるんでしょう?」

「さあ?」

陸夜さんが探しに行ったばかりだと言うと、出流さんはため息をつきました。

「じゃあ、私探して来る!」

「えぇっ?!」

出流さんが止める前に、音川さんは走りだしてしまいました。

なんとも、活発な人のようです。しかし、彼女はマコトのことを知っているんでしょうか?

「あぁっ。もうっ。マコト君と会ったことないくせにっ」

「あははっ。なにそれ。私、アルト探して来るー。ついでにマコトも」

なぜか出刃包丁と槍を構えたティアラさんはそう言ってアルトさんの後を追いかけました。

「……」

なんでしょうか。みなさん、どうしてこう、つっこみを入れないといけないようなことばかりしてるんですか。

いや、つっこんでほしいんですか。

「あれ? アルトの声がしたと思ったんだけど……」

おや、もう一人の新人の千引君も来たようです。

「図書室のほうに行ったよ」

「あ、ありがとう。……あ、君は?」

「出流。よろしく」

「あぁ、泉美の妹か。なるほど、思いっきり似てるわ。んじゃ」

そう言うと、千引君も図書室に向かいました。




来るモノを拒まぬ星原。

そこに来る者は皆一様に問題を持った者ばかり。

音川さんは一体どんな理由でここに来たんでしょうかね。

千引君も、なぜ戻ってきたのでしょうか。


まあ、本人に尋ねることは決してありませんが。

お互いの為にも。






初めてのお使いという買いだしが終わると、アルト達はすぐに皇の館に戻って来ていた。

別段問題も起きず、と言っても、戻って来た時にはすでに夕刻近くになっていたが。


アルト達がキッチンに行くと、メガネの青年とアルトと同い年ほどの少女がなぜか家具やキッチンに置いてある機材を片付けているところだった。

「そう言えば、あの人達覚えてる? あっちのメガネのやさお君がテイルで、あっちが茜ちゃん。茜ちゃんに逆らうと、食事が恐ろしい事になるからね」

「りょ、了解です」

ティアラが表立って話している出流の後ろで、こそこそと紹介をする。

「ティアラ、なんか言った?」

茜がどこか目を光らせてティアラにつっこむ。

「イヤ、言ってないヨー」

「棒読みですけど」

「イヤ、言ってないヨー。この地獄耳料理好き迷惑人」

出刃包丁がティアラの顔の横を通り過ぎた。


「茜、マコト君、いるー?」

そんな乱闘が起こっていることに気づかず、もしくはあえて無視して出流はテイルに問う。

「マコトならどこかに行方不明ですよ」

「え……そうなの? どうせ、マコト君の事だから図書室にいるんでしょう?」

「さあ? でも、今陸夜さんが探しに行ったばかりです」

「はぁ」

「じゃあ、私探して来る!」

ため息をついた出流に、不意打ちでアルトが横から出てきた。

そのまま、図書室へ繋がる階段へ向かう。

「あぁっ。もうっ。マコト君と会ったことないくせにっ」

出流の悪態は、アルトに届かなかった。





そう言えば、まことって誰なんだろう。

案の定、走りだしてからアルトは考えていた。

「ま、いっか」

いや、よくないだろう。出流やティアラがいればそうつっこみを入れただろうが、そこにいるわけもなく。

ただ、アルトは図書室に向かうのであった。



皇の館の地下。そこに図書室はある。

元々は本の収集家が収集して来た本をとりあえず放り込んでいた物置で、それが数年前に片付けられ、図書室として開放された場所だった。


「あれ?」

誰も、いない。

図書室は意外と広い。

見回しても誰もいないみたいだけど、もしかしたら奥の方にいるのかもしれない。

薄暗い図書室をちょっとどきどきしながら本棚の間をゆっくりと歩いてみる。

「誰か、いませんかー?」

一番奥へ向かうと、本が積み上げられていた。

整理していないのか、いろいろな本が、これでもかというくらいの高さになっている。

これは、私の部屋よりもひどい。

その間に、何かがいた。

「……まこと?」

女の子、かな?

季節外れの黒い手袋をした少女が、本の間に埋もれるように寝ていた。

その青みがかった長い黒髪が、一面に広がっている。

私より、年下みたいだ。

「おーい」

起きる気配すらない。

なんとなく、頬をつっつこうと腕を伸ばした途端、彼女はカッと目を開けた。

「……さわるな」

「あ、ごめん」

なぜか、無表情。

でも……あれ?

この子、男の子?

それ以上は何も言わないで、彼女は立ちあがると私の横を通り過ぎ――。


「お前、なんで……ここに」


振り返ると、ティアラと一緒に玻璃がいた。

今日は一度も会っていなかったが、どうしてここにいるのだろうか。

それに、マコトの事を知っているようだ。

「はり、知りあ――」

知り合いなの? そう最後まで言えなかった。

呆然とした玻璃の横を、マコトは無視して通り過ぎた。

「ちょっと待て!」

「……触るな」

玻璃の手を振り払うと、マコトはそのまま図書室を出ていってしまった。

残されたのは、色を失った玻璃と、どこか冷静なティアラ、そして、私だけだった。


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