表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
騙る世界のフィリアリア  作者: 絢無晴蘿
第二章 -神騙り-
76/154

02-06-01 君にこの風の音が届きますように

音川家の居間に、数人の来客があった。

来客は、若い青年と少年。彼らをもてなすのはこの家の当主に就任したばかりの音川アルト。さらに、その兄スバルもいる。

青年の名は、エルバート・フォン・メイザース。そして、彼と少しばかり似た容姿の少年はウィルト・フォン・メイザースと言った。橙色の髪にそれと同色の瞳の少年は、メイザース一族が殺された現状を見たと言うのにそれでも明るくよく笑う少年だった。

彼等が音川邸に現れたのはつい数分前の事。シルフから預かり物と話し合わなければならないことがある為に彼等は来たのだ。

エルバートは先日のアルトの当主就任時に音川家に来た青年だったが、ウィルトはアルトの母シルフが保護した神楽崎によるメイザース家襲撃の唯一の生き残りだった。

彼等は今の机を囲んで座っていた。その中央には、透明な水晶が小さな座布団の上に置かれてある。

『ごめんなさいね。ほんとうはちゃんとお話ししたかったのだけど、いろいろ忙しくて』

四人がエルバートの持って来た水晶を覗き込むと、うっすらと人の姿が映し出されて行った。

そこに現れたのは、アルトとよく似た女性。そう、音川シルフだ。

「しょうがないですよ。それで、話とは……神楽崎のことを、教えてくれるんですよね」

少しばかり他人行儀なスバルの様子に、シルフは少しだけ唇を尖らせて不満そうな顔をする。だが、今はその事について言う時間は無いと諦めて口を開いた。

『えぇ。……そもそもの問題、スバルとアルトには私の妹の話してたっけ?』

「たしか、一つ下の妹が居て、子どももいる……一応、従兄弟がいると、聞いたことがありますけど」

「うん。わたしも」

『ウィンディーっていうんだけどね。私が嵐ならあの子はそよ風みたいな子だったわね……どんなことでも受け流していつもにこにこ笑ってる様な子だった』

「シルフィーヌ様とウィンディー様って二人揃って家出しちゃったって聞いたけど、本当なんですか?」

ウィルトが手をあげて質問をする。

アルトもその話は知っていた。そもそも、シルフは家出の途中でアルトの父である玖朗と出逢って結婚をしたのだ。では、ウィンディーは?

『えぇ。私が家を飛び出したらあの子も真似をしてね。私は次期当主になれって期待されていたから追手がかかってね、結局見つかったんだけど玖朗との結婚をおど……了承してもらったのよ。生まれた子どもをメイザースに引き渡すって約束して。まあ、約束は破ったけど』

「……母さん」

スバルが遠い目をしている。一応アルトがメイザースに行くか行かないかとすったもんだの末に結局は音川家当主となったにはなったのだが、その話を聞くと本当にそれで良かったのかとスバルは目頭を押さえる。

「アルトが生まれる前まではヒイラ兄さんが逝く予定だったんでしょう?」

『えぇ。ヒイラが行くって話だった。数年はメイザース家に住んでいた。アルトが生まれた後もあの子はメイザースにいるつもりだったみたいだけど……あの子は、不器用だからね』

「……」

ヒイラがなぜ家出をしたのか、アルトは聞かされていない。きっと、それはそのことに関係しているのだろう。だから、アルトは水晶の奥の母の顔をじっと見つめた。話すその言葉を、聞き洩らさないように。

『……ヒイラがどうしてメイザースにいるつもりだったのか、私が言ったらきっと彼は怒るでしょうね。だからそれは、アルト、貴女が聞きなさい』

「えっ、でも」

理由を教えてくれるかもしれない、そう期待していたと言うのにその言葉にアルトは愕然とする。ヒイラとアルトはアーヴェの本部で会ったが、その時はほとんど話を出来なかったし、今も会おうとしても難しいだろう。だが、シルフは一度言ったことを訂正する事は無いだろう。

『ヒイラはね、不器用だから』

そう、シルフは優しく繰り返す。その言葉の意味をまだ、アルトは分からない。

『……私が約束を破ってもメイザースのやつらはあんまり怒らなかった。その時、私がちゃんと対処しておけばこんなことにはならなかったのかもしれないわね……メイザースはアルトとヒイラよりもいいものを見つけたのよ。ウィンディーの忘れ形見の風音(かざね)……。ウィンディーはとっても聡い子だったから、私よりも上手くメイザースからの追手を撒いて、それは楽しく旅をしていたみたい』

「えっと、たしかシルフィーヌ様は行く先々で問題を起こしたから見つけやすかったって」

『……仕方ないじゃない。問題が私のほうに来るのよ』

ぼそっとウィルトが呟く。どうやらメイザース家ではシルフの事はよく噂されたり話題になっていたようでいろいろと逸話があるらしい。その話にスバルもアルトも興味津々だが、本格的に話し始めそうになるとシルフがむりやり話題を変えた。そして、もう離すなとばかりにエルバートにウィルトは口を塞がれる。

『とにかく、ウィンディーは旅人と結ばれて子どもも生まれたらしいわ! それが、神楽崎……神楽崎風音と神楽崎卓だった』

「……」

神楽崎、その名にアルトは息を飲む。

神楽崎がアルトと、メイザース家と因縁があるとは知っていたが、まさか従兄弟だとは思っていなかった。そして、ようやく本題に入ったことに気付く。

神楽崎――セレスティンの幹部の一人である彼が一体何者で、どんな理由でメイザース家を襲ったのか、なぜアルトを憎むのか、その理由がようやく分かるのだ。

「ウィンディー様とお相手の方は旅の途中でお亡くなりになったそうです。それで、身寄りの無くなった二人は仕方なく母親の生家を頼ってメイザース家に訪れた」

『……その後の事はエルバートのほうが良く知っているわね。お願いできるかしら』

「はい、シルフィーヌ様」

軽く礼をすると、エルバートが話し始める。

いつも破天荒な母親がスバルと同じくらいの年の青年から敬われているというのはなんともいえない光景だった。スバルもアルトも少しばかりエルバートの様子に驚いていた。

音川シルフは尊敬されるような母親では無かったが、シルフィーヌ・フォン・メイザースはメイザース家の若い者達にとっては畏怖と希望と尊敬の対象だったのだ。

「カザネ様はアルト様と同じく風の愛し児でした。メイザース家は風の愛し児一人いれば事足りると、ヒイラ様とアルト様をいらないと判断したんです。……そして、同じく風の愛し児であったアルト様よりもその能力を伸ばそうとした。音川家よりもどの風術師の一族よりも高みに、そんなことをメイザース家の人達は何時も考えてばかりでしたから」

どこか遠い目でエルバートは語る。

「本当に、カザネ様はよく耐えました。おそらく、兄であるあの人がいたから。そして、事故が起きた。当時はまだ戦争の真っただ中で、メイザース家のあるシェルランドも戦禍に巻き込まれ、メイザースの一族は風術師の腕をかられて戦場に立たされました。カザネ様は次期当主として戦場に出る事は許されませんでしたが、陰ながら戦場の補佐をしていた。そしてあの方は戦場を飛び回って戦っていた」

エルバートは神楽崎のことを決して名前で呼ばなかった。しかし、その存在を話すたびに眉をひそめ、憎いとも苦しいとも後悔とも言える表情をしていた。

「四年前の事です。あの白蓮の大虐殺が起こった直後のことでした。……カザネ様はメイザースの所有する山の中で落盤事故に巻き込まれて一緒に居た長老衆を庇いお亡くなりになった。……詳細は私程度には知らされませんでした。ただ、密かに私達の間では噂になりました。その山は修行の場、カザネ様は無理な修行を強いられていつもその山に閉じ込められていましたから。……本当はカザネ様はメイザースを牛耳る長老達が無理やり危険な修行を行わせて結果死んでしまったのではないかと」

壮絶な話だった。アルトは言葉を失っていた。

四年前……戦争が終わる直前にアルトは何をしていただろうか。

……鎖国し戦争から離れた大和国で、アルト達はなにごとも無い様に暮らしていた。

「なんで、メイザース家はそんなに力を求めるんですか」

スバルがアルトの様子を見ながら聞く。

「昔からの習慣ですよ。風術師としてメイザース家は昔からその名を轟かせてきたその矜持。私の父や祖父たちの時代には力を失い風術師としての名家の名は少しずつ廃れて行っていた、けれども、それを曽祖父やさらに遡った人達は許せなかった。かつての栄光を取り戻して風術師としての名家の名をもう一度響かせたかったんでしょうね。父も祖父も子どもの頃から言い続けられてきたその言葉に逆らえなかった。そんな中、シルフィーヌ様とウィンディー様は希望だった。天才という言葉では足りないほどの才能と魔力を持ったシルフィーヌ様と風の愛し児だと言われても遜色ないほど風術にたけたウィンディー様、きっとメイザース家を復興してくれるとメイザース家に閉じ込めて結局逃げ出されてしまった。その時の絶望は、私達の代へのさらなる重圧になった。メイザース家はきっと、力を求めて狂ってたんですよ」

エルバートは、明るくそう言う。心の中ではもっといろいろな感情が渦巻いているのだろうけれど、それを見せない。

ウィルトは、それを聞きながら笑っていた。

「逆に僕みたいな風術師の才能のないやつには目もくれなかったから、すごく楽だったけどね」

お気楽そうに言う。本当にそうなのだろうかとアルトは疑うが、きっと彼は今のアルト達との関係では言う事はないだろう。

「まあ、そんなわけでカザネの兄であるあの人は、カザネの死の噂を信じて怨みの言葉を吐いて姿をくらませたんですよ」

『それで、久しぶりに表舞台に出てきたと思ったら、すでにセレスティンに入っていた』

エルバートの言葉を継いでシルフが話す。

そんな中、スバルは怒りに顔を歪ませていた。

「でも、なんで神楽崎はアルトの事を恨んで居るんだ! アルトの事は関係ないじゃないか!!」

『風音が死んだ間接的な原因だから、でしょうね。メイザース家は音川よりも風術師として優れた術者を育てたかった。噂通りなら、アルトよりももっと強い風術師に、その為の修行で死んだ――アルトが居なければ死ななかった』

「そんなの、逆恨みもいい所だ!」

『それでも、許せなかったのだろうね』

これが、セレスティンの神楽崎の話だった。

アルトの知らなかった従兄弟の、復讐の話。

神楽崎卓はメイザースを恨み、アルトを恨んで、セレスティンに入った。

復讐の為に、メイザース家を襲って一族を殺した。

「今、神楽崎はどこにいるの」

怒りに震えるスバルの横で、アルトは静かに言った。

不思議なほど心の中は落ち着いていた。

『どうやら、生き残ったメイザースの一族を殺しまわっているみたい。とりあえず居場所の分かるメイザースの一族を廻っているのだけれど……』

それを聞いて、アルトはすぐに決断する。

「私も、手伝わせて」

凛としたアルトの姿に、シルフは目を細めて見つめる。かつて友達を殺されて泣きくずれて心を閉ざしたあの少女はもういないのだ。

そして、スバルは息を飲む。

『……どうして?』

「神楽崎卓と、会いたいの」

『そう』

シルフは拒否しなかった。それに慌てたのはスバルだった。

「アルトが危険な場所にわざわざ行く必要はない!」

アルトの腕を掴み、剣幕に言い募る。

「神楽崎はお前の事も恨んでいるんだぞ!」

「お兄ちゃん……私、神楽崎卓と、ちゃんと会って、話したいの」

『なら、その覚悟が本当なら……ヒイラの所に行きなさい』

「母さん!」

『スバル。アルトはもう子どもじゃない、一人の人間なの。音川家の当主でもある。あなたに、止めることはできないし、私は止めるつもりはない』

それでもスバルは納得できないとばかりに立ちあがると、乱暴にふすまを開けて部屋を出て行ってしまう。

「……お兄ちゃん」

『アルト、ヒイラの所にはメイザースの生き残りであるグラントって奴が居るわ。なんでも二人そろってシェルランドの国王の所に行って帰ってこないらしい。こっちはこっちで生き残りを探すのに急がしくてそこまで手が回らないの』

「分かった! でも、シェルランドってどこにあるのか……」

今まで大和国からすぐ行ける場所くらいしか行ったことのないアルトは少し困ったように首をかしげる。

一応星原の依頼でシェルランドに行ったことがあったが、それは扉経由だったためにどの辺りに国があるのか詳しく知らないし、城の場所もわからない。

『案内はエルバートにお願いしていいかしら。ウィルトは星原の本部のほうに保護してもらうわ』

こくりとアルトは頷く。

「よろしくお願いします、風破様」

「……アルトでいいです。あと、様は無しで。よろしくお願いします、エルバートさん」

エルバートとアルトはお互い向き合う。アルトが手を出すと、戸惑いながらもエルバートは手を出して握った。

『神楽崎はどうやら風術だけじゃなくて闇属性の魔法やなにやら怪しげな術を使うらしいわ。とにかく、気をつけて』

「わかった」

『……アルト』

シルフの顔を、初めてここまでまじまじ視たかもしれない、とアルトは思う。

シルフは、後悔しているような顔をしていた。いつも自信たっぷりで、笑っていて、なにがあっても変わらないシルフが、初めてアルトに弱さを見せた瞬間だった。

「なに?」

『神楽崎卓を、お願い』

「うん」

間違った方向に進み続ける神楽崎卓を、アルトは止めるために頷いた。






シェルランド王家の住まう城は首都の中心から少し西側にある。さらに西には首都を外敵から守る鎮守の森、そして東側は海に面し港がある。にぎわうその国は数年前までの戦火の傷跡をようやく隠したところだった。

至る所に新しい建物がある。戦争で壊れた場所だ。

そして、その城に音川ヒイラとグラント・フォン・メイザースはいた。

来客用の部屋に二人でばらばらの場所に座っている。そして、待っていた。

二人とも積極的に話すような性格ではないので静かだ。

そして、ようやく目的の人が現れる。

疲れた様子の男だった。

しかし、その服装はこの国の中でも上位を示す色と高価な布を使われ、そのたち振る舞いは高貴な人のソレ。疲労を見せながらも威厳を保つ彼は、シェルランドの国王ゼルシアだった。

彼は二人を見て、頷く。

「先ほど、決まった。……あの事実を、公表しよう」

「本当ですか!」

あまり表情を見せないヒイラが驚き、そして歓びの色を見せていた。

「あぁ……もう、四年もたったのだ。あれから、四年……長い間、辛い思いをさせて来てしまった。そして、今回の事件だ」

メイザースの一族が皆殺しにされた事件はゼルシアの元にも届いていた。そして、その原因や神楽崎兄妹についてもゼルシアは知っていた。

そもそもの問題……メイザース家に風音の死の真実を公表しないようにと頼み込んだのは彼なのだ。

「白蓮の大虐殺、その事件によりシエラル王国は魔石の輸出を戦争の停戦を条件に停止、それによりようやく百年も続いた戦争は終わりを見せた……だというのに、あんな事件さえなければ」

そう悲痛そうな顔をするゼルシアに、グラントとヒイラもまた顔を伏せた。


四年前に起こった白蓮の大虐殺、それは百年ほど続いた戦争の中でも多くの民間人が殺された最も有名な虐殺だ。

シエラル王国に白蓮の都と言われた町があった。王家の別荘も建てられている有名な観光地だった。その町に数年に一度の祭りが開かれた夜、シエラル王国は中立であったにもかかわらず白蓮の都は襲われ都にいた人々は虐殺された。周囲にあった小さな村の住民も残さず殺されたという。その知らせが王都に届き、軍を派遣した時にはすでに都は滅ぼされて、死体しか残っていなかった。

それに激怒したのはシエラル王国と周囲の中立国だった。

シエラル王国付近でしか取れない魔術や魔法の触媒として使用される魔石は戦争の中で重要な攻撃手段として重宝されていたが、それの輸出をシエラル王国は完全にたち、さらに周囲の国々も戦争中の他国に様々な物資の輸出を拒否、戦争をやめない限りそれを続けると公言した。百年もの戦争に疲れ果てていた多くの国々が戦争から手を引いて行った。結局、戦争の中心だったレンデル帝国と聖フィンドルベーテアルフォンソ神国、フェリス皇国が停戦を宣言して百年もの間続いた戦争は終わった。しかし、今でも虐殺を行った者達の正体は不明で、そもそもなぜ白蓮の都が襲われたのか原因も分からない。


中立国による物資の断絶、それが長い戦争を終わらせるきっかけとなった。だが、もしも……もしもなにかしらのきっかけがあったら、戦争は継続していたのではないかと言われている。




「だから、どうしたってんだ」

冷たい声が、響いた。

「あの戦争があったからなんだ。どうせ、お前たちは風音を殺したんだろう」

暗く、深い恨みの声。

三人しかいないはずの部屋の中に響くその声に、ゼルシアもグラントも顔をこわばらせた。すでにシルフから神楽崎がメイザース家の人間を殺しまわっていることを聞いていたが、それでもまさか城に現れるとは思っていなかった二人はとっさの事に動けない。そんな中、二人を庇うようにたちあがったのはヒイラだった。

神楽崎の狙いは分かっている。グラントの命だ。もしかしたら、メイザースに引き取られるはずだったヒイラの事も恨んでいるかもしれない。

「知ってるぜ。お前も、お前らも、風音と最期に一緒にいたって」

部屋の中が暗くなる。日が落ちたのかと窓を視ると――一面が暗くなっていた。さらに、部屋の中に闇が侵入して行く。

「な、なんだ、これは」

ゼルシアが扉の外にいたはずの近衛を呼ぶが返事は無い。おそらく、既に殺されたか無力化されている。

ヒイラは部屋の中に風を走らせる。逃げ道を探すが、すでに全ての出入り口を闇が塞いでいた。闇がどれほど深いのか解らないが、どうにか破れないかとさらに風を周囲に展開して行く。

グラントもようやく落ち着きを取り戻すと、風を周囲に張り巡らし始めた。しかし、どこにも神楽崎はいない。

この部屋の中に居ないと言うのか。ヒイラは舌打ちをしながら小さな声で呼びかける。

城の外を巡回していたはずの自分の分身ともいえる存在に。


城の外は白い雪が積もっていた。季節は冬。後もう少しで一年が終わる。そんな中での一大事だった。

城の中では大混乱が起こっていた。近衛は倒れ、国一番の魔術師たちが束になっても扉を塞ぐ闇は消えず、主君であるゼルシアの生死は不明。客として来ていたヒイラとグラントも生きているのか解らない。そんな様子を窓の外から見つめる存在が居た。それは、銀色の手のひらに収まる様な小鳥だった。

金属で出来た小鳥の様だが、違う。ヒイラと契約した風を司る妖精だった。空を映す目はヒイラの目となり、自由の翼の起こす風はヒイラの風となる。

そんな妖精の目に旅人らしき二人の姿が映った。

旅人と言っても、簡易な装備しかしていない二人組の姿に、妖精の目を通して部屋の外に居るはずの神楽崎を探していたヒイラは息を飲む。そこにいたのは紛れも無く、音川アルトだったのだ。

先日、遂に音川家の当主の座を引き継いだ少しばかり年の離れた妹。彼女と会ったのは数か月前のアーヴェの本部以来だ。

その隣にいるのは何度かメイザース家で見たことのある顔、確か少しばかり遠い親戚のエルバートと呼ばれていた青年だ。彼等は城の騒ぎに気付いたのか走ってこちらに向かっている。

なぜ、この組み合わせで事もあろうかここに来たのか。思い当たるのは神楽崎が居る、ということぐらいだ。まさか、この二人は神楽崎を追ってきたのか。しかし、なぜ?

推察をしようとしたが、その前にヒイラは現実に引き戻された。

「ぼうっとするな、ヒイラ!」

グラントがヒイラの腕を引いていた。

直前までヒイラが居た場所を闇色の鎌が横切り、床を抉る。

部屋の中は闇が充満し、そしてヒイラ達を襲おうとしていた。

グラントがゼルシアの周りに風の結界を造り出す。神楽崎はグラントを狙っているとはいえ、いつその怒りの矛先がゼルシアや周囲の人々に向くか分からない。

――と、一気に闇が部屋に溢れて行く。ヒイラとグラントの周囲を守る風の鎧に何度も視えないなにかの攻撃がおこなわれるが、音を立てて防がれる。

「とにかく、ここから脱出するぞ」

グラントの言葉にヒイラは頷く。

どれほどの闇だろうと、グラントとヒイラの二人ならば吹き払えるはずだ。

なんせ、ここにいるのはメイザースの一族の中でも実力者であるグラントとヒイラなのだ。

部屋が狭まり、闇がさらにグラント達を圧迫するように広がっていく。そして、三人を呑み込もうとした。

それを風が吹き払う。力強い風が三人の周囲に吹き荒れ、闇を近づけさせない。

しかし、それでもいつまでも闇は三人を呑み込もうとする。

少しづつ、ヒイラたちは抑え込まれて行く。

「なっ……」

これでは、脱出どころではない。風を放っても闇はそれを吸収してしまう。

「……おかしい」

継続する術の発動に少しつらそうにグラントは言う。

「なぜ、あやつは闇属性の魔術を使っているんだ」

メイザース家は風術師の一族。それに特化した魔力を持ち、ほとんどの者が風術師としての才能しか持たない。

神楽崎卓はメイザースの一族の例にもれず風術師だ。そして、今まではそれ以外の術を使ったところをグラントは見たことが無かった。それなのに、なぜ神楽崎は闇属性の魔術を使っているのか。

一瞬、考え込む。それは、ほんの一瞬。ほんとうに、ただ少しの油断だったのだ。――その瞬間、すぐそばの影からぬっと飛び出した剣がグラントの脇腹を切り裂いた。

「くっ?!」

「グラント? どこからっ?!」

さらに、周囲を見渡そうとしたヒイラの足元が切り裂かれる。

視えない敵ほど厄介な物は無い。

どこからともなく現れる剣によって、傷が増えて行く。

そして、闇は勢いを増して三人を呑み込んで行く。

二人の風術師で止められない? ヒイラが焦り始めた時だった。


「……お兄ちゃん!!」


最初、それは空耳かとヒイラは思った。

「ヒイラお兄ちゃん!!」

しかし、違う。それは確かに聞こえて来る。

焦った様子のアルトの声が遠くから聞こえて来る。

部屋が闇に呑み込まれてすでに方向感覚が無くなっていたヒイラはアルトの声の方角を見る。

「アルト……」

「っ! そこから、動かないで!」

小さく呟いた声がアルトに届くとは思っていなかったヒイラは驚いていた。

「今から、助けるからっ」

無理だ。そうヒイラは思っていた。

グラントとヒイラが無理だったのだ。

「すぐ、そっちに行くからっ」


そして、本当に一瞬のうちに闇が晴れた。


「ヒイラお兄ちゃん!」

光が射した。

闇に包まれていた部屋に、一瞬にして清廉な風が吹きその闇の片鱗を吹き飛ばして行く。

あぁ、これが風の愛し児なのか。そう、ヒイラは納得した。

常人では決して越えられない壁を突き破り、十年以上の年の差も簡単に越えてしまう不条理。天才にして天災。それが、愛し児というモノだ。

ヒイラの妹は精霊の愛し児だ。風の精霊達に愛され、その加護を一心に受けた風術師。おそらく、本人自覚は無いだろうが、この大陸でもっとも強力な風術師の一人。

でも、まだ齢16の少女。

「音川アルト、なぜお前がここに来た」

嬉しそうに駆け寄るアルトに、ヒイラは冷たい視線を送った。






どうにかこうにか2章の折り返し地点に来ました。

今月は二回投稿します。

第2章のプロットを整理していたら、今のペースだと2章だけで1年半以上時間かかることに気づき、ちょっとペースを早くしたいと思っています。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ