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騙る世界のフィリアリア  作者: 絢無晴蘿
第二章 -神騙り-
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02-05-02 まがつもの

「君の名前を考えたんだ」


彼は、会うたびに様々なことを教えてくれた。そして、彼は居場所を、名前をくれた。

暗い屋敷から連れ出してくれた青年。

ほんの少し不幸で、時々遠い場所を見ていて、なんでも知っている彼は、世界があまりにも様々な色彩で溢れていることを教えてくれた。

彼の名は、優闇(ゆうやみ)空夜(くうや)と言った。

「僕の故郷で咲く花の名前なんだけど……君にとても似あうから」

そう言って、彼は赤い小さな花をくれた。

わざわざ彼は持ってきてくれたのだろう。

あの時はただ、ただただ本当に……本当に、綺麗な花だった。

「アイリって言うんだ」


それから、名前をもらえなかった少女はアイリとなった。





誰かが呼んでいる。体が揺らされている。

何事かと目を開けると、目の前によく知った少女が居た。

「ティアラ、か?」

「ア、アイリー!!」

なぜか今にも泣き出しそうなティアラがアイリを押しつぶしそうになりながら抱きしめる。

どうやら、いつのまにか眠っていたらしく、窓の外は暗い。そして、部屋には少し前に何度か顔を合わせたことのある精霊瑪瑙がいた。

ほっとした様子でこちらをうかがっている。

「なぜ、お前が……いや、星原に瑪瑙殿が行ったからか……」

「そうだよ! もう、連絡もしないで……ほんとに、心配したんだよ」

泣きそう、というよりも、もはや泣いている。いくらなんでも、そこまで心配されるとは思っていなかったアイリは、ぽかんと口を開けてティアラを見ていた。

「ほんとに、ほんとに……死んじゃったんじゃないかって……もう……ばか!!」

「そんな、そこまで心配するようなことでは」

「あるの! そこまで心配する事なの! 普通は!!」

一ヶ月も行方不明で心配されないはずが無いのだが、そのあたり思いつかないアイリだったがゆえに連絡を取らなかったのだろう。

「それに、ほんとに、アイリが居ない間に……いっぱい、いろんなことがあったんだよ……」

そのただならぬ様子に、ようやく自分がしたことの大きさに気付く。そして、居なかった間になにがあったのかとその時はあまり気にしていなかった。どうせ、ティアラがまたなにかやらかしたとか、カリスが依頼を失敗したとかだろうと思っていた。

「なにがあったのだ?」

「……いろいろ。ごめん。ちょっとまだ整理できないから、さきにこっちの問題を話してからでもいい?」

「ああ」

こっちの問題とは、おそらくグランドアースのことだろうとあたりをつけて頷く。瑪瑙はアイリのことと星原にグランドアースの呪いについて星原へ赴いたのだから、当然だろう。

「……アイリ、とりあえずいろいろ時間がないってことだから、私とアイリへの依頼について説明するね」

「分かった」

「地の大精霊であるグランドアースが呪いに侵された事について、アーヴェの本部のほうでも大きな問題として取り上げられて本部が指揮を執ることになったの。私はアイリへの連絡と護衛として派遣されることになった」

「アーヴェが? それに、なぜ護衛がでてくるのだ?」

「大精霊を呪う存在が万が一アイリを狙うかもしれないってことだけど……ただ、ちょっと様子を見た限りだとそれ以外にもいろいろありそう。私にはぜんぜん情報を回してくれなかったから分からない。もう! 酷いよね!! っと、それで、アーヴェの本部が出張ってきたのは、やっぱりグランドアースが大精霊だからってことが大きいと思う」

世界に十人しかいないとされる精霊を束ねる存在、大精霊。彼等が表舞台に出て来ることは少ないが、その影響力は大きい。グランドアースもそのうちの一人であることを、アイリは実は知らなかった。

「とりあえず、アイリには今まで通りグランドアースの呪いの進行をすこしでも送らせてもらいたいって。明日にでもアーヴェの本部から呪いに対して専門家チームを派遣して呪いの解析と解呪方法を探す事になると思う。それと、この森のすぐそばに聖……なんだっけ、すごく名前が長い国」

「聖フィンドルベーテアルフォンソだろう?」

「そう! その首都があるでしょ? その国と連携を取って呪いの解呪に取り掛かることになりそうって」

「そう、か……」

アーヴェの本部には優秀な人々がいる。彼らならばアイリの解けなかった呪いを解析できるかもしれない。自分の無力さに目を伏せながら、アイリは力なく答える。

そんなアイリの様子に、ティアラはこの騒動が終わるまで、星原の事を言わないことを決めた。これ以上、アイリを追い詰めたくは無かった。少なくとも、今は。


アイリ達が話している間、少し離れた場所で瑪瑙、琥珀、翡翠が集まっていた。

今までのことを三人で話し合う。

「……琥珀、翡翠……先ほど連絡があった。あの方が、今晩いらっしゃる」

「ほ、ほんとう?」

「まさか、でも、どうやって」

以前よりなんどか会いたいという話を聞いていた琥珀と翡翠はただ困惑しながら瑪瑙を見る。

大精霊と最期に会いたいというのは……。

「世界樹フィーア様は世界の中心に在らせられる。条件さえそろえばそこから一時でも離れることは可能だ。護衛として何人かの大精霊が集まるそうだ」

そう言うと、森の中心――グランドアースが居るはずの場所へ視線を向けた。

琥珀も翡翠ももう森には入れない。そして、瑪瑙も入るのは危険だ。

アイリとティアラの話が終わったらしく、二人は瑪瑙達に合流する。

「そういえば、一つ聞いてもいい? なんで、瑪瑙さんとか森に入ると危険なの?」

瑪瑙はティアラに呪いについてざっと話しただけだった。詳しい話はアーヴェの本部所属だと言う者に話したが、ティアラにまで情報は来てなかったらしい。

琥珀と翡翠が瑪瑙に視線を向ける。二人には瑪瑙が話してはあるが、それでも二人は『当時』のことを知らない。

「あの呪いは、ただの呪いではない。精霊を堕とすものだ……ずいぶん昔の話になる。かつて、一代目の精霊王が居た頃、邪神の影響を受けて精霊達は狂った。存在そのものが異質となり、他の精霊達にも伝播させ、精霊王の力でしか消滅する事の出来ない存在となり世界を壊したそうだ。あの呪いは、その時精霊が狂った症状と同じような現象を起こす。そして、周囲の精霊達をも狂わせる……私達力なき精霊達では、その影響から逃れられない」

そう言って、瑪瑙は口を閉じた。

彼はそれ以上の事を知らない。当時の事を瑪瑙もまた、グランドアースから伝え聞いたことしかないからだ。

だから、グランドアース達が隠していたことを知らない。

一代目の精霊王が行方をくらませ、二代目の精霊王までもその姿を消した頃、精霊達が狂う事は無くなった。だから、年若い精霊達は精霊が狂うことを知らない者も多い。人々は、そんなこと聞いたことも無いだろう。

「……神話と呼ばれた時代のことだ」

あの邪なる女神、スフィラが封印されたころの話である。




夜の森の奥深く。晶は静かにグランドアースの元に寄り添っていた。

グランドアースの時間は少しずつ少なくなっている。一分でも長く、傍に居たかった。

晶は人間だ。この森に捨てられた。

捨てられる前の事はあまり覚えてはいない。名前すらも、分からない。ただ、母親らしき人が泣いていたのだけは覚えている。顔も覚えていない彼女が、晶を抱きしめて泣いていた。

それだけだ。

そんなあやふやな存在よりも、グランドアースの事が大事だった。

自分を捨てた人よりも、育ててくれた彼女が好きだった。

琥珀と翡翠と、そしてグランドアースと、ずっと四人で暮らしていたのに。なんでこんなことになってしまったのかとなんど後悔したか分からない。

グランドアースがなぜ呪われたのか、晶は知らない。ただ、「プルート」と名乗る青年がグランドアースを訪ねてきたことが原因だと考えていた。

胡散臭い青年とグランドアースはなにやら真剣な様子で子ども達を離して話をしていた。それから、グランドアースの様子がおかしくなったのだ。しかし、彼女になんど言っても「プルート」の事を晶達に話してはくれなかった。瑪瑙はなにやら知っている様子だったが、彼も同様口を閉ざしていた。

まだ子ども扱いされているのだ。

もう、人間ならば大人とみなされる年頃だと言うのに。グランドアースは、琥珀と翡翠同様に、晶の事も子ども扱いするのだ。人と精霊の時間は違うのだ。それなのに。

握りしめた手は、もう少年の物ではない。

『晶』

明るい声が響く。

心なしか嬉しそうな母の様子に、晶は驚いた。

「……なに、おかあさん」

『どうやら、フィーア様がいらっしゃるようだ』

「え?」

フィーアとは、世界の名。そして、この世界を司る世界樹の精霊の名だ。

瑪瑙から、グランドアースの元に来るかも知れないとは聞いていたが、まさか本当に来るとは思わず、グランドアースの顔を見た。

その目に、力が戻っていた。かつての母が戻ってきた様な気がして、思わず目をこする。しかし、現実は変わらない。呪いはいまだ進行し、体を起こすことすらできない。それでも、その心は変わっていた。

しゃらんとなにか鈴が転がる様な音が聞こえる。

暗い森の中に、一筋の光が指した。

そこから、精霊達が現れる。

何度か見たことがある水の大精霊とよくやって来ては世間話をしていく風の大精霊である風李、あとの精霊は晶が見たことのない者達だった。彼等は無言で道を開けると、最後に儚げな女性が現れた。今にも消えてしまいそうな存在。

黄緑がかった銀色の髪に漆黒の瞳……彼女が歩くたびに、その周囲に植物が突如芽生え、そして枯れて逝く。

「グランドアース」

声が静かに森に響いて行く。

『フィーア様……この様な姿を見せることとなるとは本当にお恥ずかしい限りです』

「……」

哀しげにフィーアは首を振る。そっと、彼女はグランドアースに近づくと、その体に触れた。

かつて自慢だった毛並みに艶は無く、美しさが損なわれているのはとても辛かった。

「ごめんなさい。グランドアース。貴方を助ける術は……あの人の残した物を見つけられなかった……」

『いいのです。これも運命……それよりもあなたに禍物の穢れが影響してしまうのではないかと心配で……』

「私は精霊ではないから、大丈夫」

いつもと違うグランドアースの様子に、晶はそっとその場を離れようとした。おそらく、自分が居ては話せない事もあるだろう。後ろに控える精霊達の視線が、そう語っていた。

フィーアとグランドアースに背を向けて晶が歩きだした時、ちょうど晶が向いた方向でそれは起こった……。

あまりにも眩い光が空高く貫くように一瞬、現れた。

「いまのは……?」

なんだったのだろうと、晶は目をこする。

そして、明らかな違和感に襲われた。

「これは……まさか、リーテが死んだっ?!」

フィーアが困惑した様子で叫ぶ。

その間にも、違和感はどんどん大きくなっていく。土地が、なにかに書き変わっていく。

「母さん……?」

思わず、去りかけていた足を止めて、晶はグランドアースを振り返った。

これはいったいなんなのだと。この土地を守る精霊であるグランドアースならば分かるのではないかと。

「かあ、さん?」

そして、その光景に言葉を失った。

『……あき、ら……ここから、逃げなさい!!』

呪いが、急激にグランドアースの体を侵食して行く。

呻き声をあげながら、グランドアースは倒れ伏す。アイリが必死になって作った呪いの進行を抑えるための陣が黒い煙を上げながら壊れて行く。

「バルジーク、マナっ森全体に結界を! フォント、咲闇、場の流れを出来うる限り整えて!」

フィーアの声が響く。

フィーアが命令をした大精霊達の動きは緩慢で、はっと気がついたかのように遅れて動き出す。晶もまた動けなかった。

「なんでっ、こんな時に!!」

フィーアの両の手から光がこぼれた。その仄かな光は周囲を照らし、グランドアースの体を包む。が、呪いの進行は止まらない。

体が、音を立てて朽ちて行く。傷口から黒い穢れがしみだして土地を汚す。どれだけ止めても止まらない。

「な、なんでっ」

なぜ呪いの浸食がいきなり加速したのか。先ほどの光が原因だと言うのか。

だが、晶はグランドアースの苦しむ姿を見ることしか出来ない。彼に呪いの進行を止めることはできない。

グランドアースはその身をよじらせ、奇声を上げる。狂気と苦痛がその身を蝕んでいた。

「誰かっ」

大精霊達は必死になにかをしているが、呪いは止まらない。フィーアの力も届かない。

こんな理不尽で、誰かによってかけられた呪いのせいでグランドアースが死ぬなど、狂うなど、到底許せない。それでも、自分は何もできない。

「たすけて……!」

だから、晶は叫んだ。


「グランドアース殿!!」

「えっ、なにこれ?」

そこに駆け付けたのはアイリとティアラの二人。

アイリが手早く呪いの進行を止める陣を書きなおし、術を発動させた。

呪いの進行が……目に見えて遅くなる。が、それでも先ほどの落ち着いていた時よりも進行はあまりにも早い。

「いったい、なにがあったのだ」

「分からない。突然、突然こんな事に!!」

晶はアイリの問いかけに叫びかえす。

「どうしてっ」

アイリの力では、この呪いを解くことはできない。

このままでは――

「そこを、どいてください」

グランドアースの目前に居たアイリとティアラ、晶の元に、フィーアが現れた。その手には、先ほどまでなかった剣が握られている。

「フィーア様? な、に……を?」

晶が震える声で聞いた。それにフィーアは、優しくも残酷に答える。

「彼女を、精霊であるうちに……」

殺すつもりだ。そう気付いた時、アイリは崩れ落ちた。

このまま呪いが進行すれば、グランドアースは狂い、精霊ならざるまがつものとなるだろう。だけれでも。

「なんで、私は何時もっいつもっ……何もできないのだ!!」

視界が歪み、頬を濡らす物に気付きながらも、アイリは拭う事も無く知りうるすべての術を試して行く。それでも、呪いの進行もフィーアが近づくのも止められない。


『貴女のせいではないわ』


苦しげな声が聞こえた。

正気に戻ったグランドアースは、周囲を見回して、フィーアの剣に目を止めた。

『よか、た……わたしが、狂う前に、ころしてくださるの……ですね』

「……こんな方法しか無くて、ごめんなさい」

『いいのです。あきらたちが、ぶじ……なら……』

その目は、晶に向かう。

優しい母の眼差しに、晶は思わずその手で目を覆った。

『あき、ら……』

「いやだ、お母さん」

聞いたら、グランドアースが消えてしまいそうで、晶は首を振りながら耳を塞ぐ。

『あなたはヒトなのだから……ひとの、世界を……いきていい、の……』

「いや、だよ」

『このもりにしばりつけて、ごめん、ね』

その瞳から、少しずつ光が失われて行く。

『あいり、さん……ありが、と……』

最期に自分の名が出るとは思わず、アイリはその目を見開いた。


『さいごに、はな、せて……』


よかった。










地の大精霊、グランドアースは……世界樹フィーアによって殺された。


その身がまがつものに堕ちる前に殺して欲しいと彼女たっての願いゆえに。






大精霊さんの名前


炎の大精霊バルジーク

  補佐 緋焔(ひえん)

水の大精霊マナルルリアレイナトルーナ(通称マナ)

  補佐 波凛(はりん)

風の大精霊風李(ふうり)

地の大精霊グランドアース

  補佐 瑪瑙(めのう)

氷の大精霊セルシアス

雷の大精霊雷華

樹の大精霊樹蘿(きら) 現在行方不明

      代理 ドライアド

闇の大精霊咲闇

   補佐 アルリーア

光の大精霊フォント

   補佐 日昇(にっしょう) 月嘩(げっか)

音の大精霊ティルクスノート 現在他の音の精霊達と共に行方不明


次代の大精霊として、仕事を受け継ぐために若い精霊が補佐として大精霊の元にいることがある。ちなみに、現在は補佐をしていないが、アルトの母シルフと契約した精霊嵐朧は風の大精霊風李の元にいた。


あと一話、続きます

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