02-05-01 まがつもの
ティアラは今日も、独りだった。
「ただいまーっていっても、やっぱりいないんだよなー……」
しょんぼりとしながら庭園を歩きまわり、結局いつも皆で集まっていた場所へと向かう。
現在、星原本部にはほとんど人が居ない。
同年代のカリスとテイルはスワーグ支部へと移り、菫と茜は他の支部に派遣、アルトは実家に帰っている。アルトが戻ってくるかは分からない。出流は攫われたまま。そして、アイリは未だに消息不明だ。
他にもたくさんの人が働いているのだが、他の支部に移ったり依頼で遠出していたりと人が居ないのだ。
『……ごめんな』
ティアラの持つ槍……ソードがティアラにだけ聞こえる声で囁く。
周囲に誰かが居る訳でもないのだが、それでも彼はティアラにだけ声を届ける。彼は、ティアラ以外に声を聞かれたくないのだとティアラには語っていた。
『ほんとはお前も動きたいんだろ』
「……まーちょっとはね」
ちょっとはというが、ティアラは正直に言えばアイリを探したかった。出流を探したかった。玻璃のことを調べたかった。マコトの事を、知りたかった。だが、それは出来ない。
ティアラは星原の本部から離れられない。だから、テイルやカリスと行く事が出来なかった。
それを知っているソードは少しだけ罪悪感があった。
ティアラが星原の本部から離れられないのはソードとの約束だからだ。
好奇心の強いティアラがいつまでも星原の本部から離れないのはそのためだ。
「でも、本部で常に情報を仕入れられる人が居たほうがいいだろうし。ソードが気にする事じゃないよ。星原っていろんな所に支部があるから情報が集まりやすいしね」
そういいながら、ティアラは古びた机に何枚もの紙をひろげてペンやらインクまでだすと近くにあった椅子を持ってきて座りこみ、手紙を書きはじめる。テイルとカリス、そしてアルト達に本部の状況を連絡するためだ。
『それにしても、星原の解体か……まったく面倒なことをしてくれる奴等がいるもんだな』
「そうだね。まあ、星原は今まで見逃されてきたのがそうも言えなくなったってことなんだと思うけど……」
アーヴェの下位組織、月剣が同じくアーヴェの下位組織である星原の解体について語ったのは星原皇の館の襲撃事件の後の話だ。その事で、最近は連日フィーユや陸夜、守がアーヴェ本部に呼び出されているのか何なのか知らないが出向いている。
星原は以前も解体の話が出ている。その時は問題の一つであった人員の不足が解消されたことで無かった事にあやふやにされたが、今回はどうなるのかとみな不安そうで、星原本部はいつもよりも暗い。
こんな状況だと言うのに、星原のエースは未だに姿を現さない。エースになる代わりに時期が来るまで姿も正体も明かさないと言う約束の元エースになったと言うその人物は、一体何を考えているのだろうか。かの人物が姿を見せないことも解体を進める一つの理由になってしまっていると言うのに。
『今はそんなときじゃないっていうのに』
「……まあ、ね」
『まだ、出流の捕まってる場所もアイリの消息も不明なんだろ? それとも、上の奴等は子どもが二人いてもいなくても同じって事なんかな』
「皇が襲われる前にも、沢山の人が襲われて死んだっていうのに、ね」
皇の館が襲撃される前にもアーヴェの下位組織は様々な場所を襲われている。月剣も語部もどちらも被害をこうむったはずだ。
『そこらへんは、オレが生きてた時代と変わらんよな……っと、なんか来たな』
「えっなにがっ? 面白そうなものっ?!」
『なんで面白そうな物になるっ。まあ、珍しいっていったら珍しいけど。門番に捕まってるみたいだな』
「おっ分かった!」
ティアラは乱暴に書いていた紙をまとめてアヴィアの庭の入口――巨大な門のある場所へと弾むように走りながら向かった。
『……元気そうでなにより』
少しだけ最近のティアラの様子を心配していたソードは、ぽつりと呟く。ティアラにも聞こえないように、心の中で。
ソードはティアラが大切なのだ。
自らの主人であった少女よりもかと聞かれると答えられなくなってしまうが。
ティアラが門に近づくと、声が剣呑な声が聞こえてきた。
どうやら、やってきた人と門番がもめているらしい。
現在、星原本部の門番はもともとこの館を守っていた守人が続けている。門に飾られた二体のガーゴイルだ。なんでも、何百年も昔に創られたらしいく、あまりにも古い為か若干九十九神化しかけているとかなんとか。
その彼等が門を通ろうとする者を止めていた。
「確かにここは星原本部」
「しかし、何故そなたのような存在がここへ」
二体のガーゴイルが口々に問いかけると、彼は眉をひそめて不機嫌を隠さずに言った。
「先ほども言ったはずだ。夜神空夜と会いたいと」
「やがみ、くうや……?」
思わず呟いたティアラを、彼は見定めるように視線を送る。
どうやら、彼は人ではなかった。濃緑の髪に金色の瞳の彼は、人に擬態をしてはいるが気配を隠すことなく堂々としている。
『精霊か……。しかし、夜神空夜とは……また厄介事の様だな』
ソードはティアラにだけ聞こえる声で伝える。
「いないのならば、リース嬢と会わせていただきたい。彼女ならば居るはずだ」
「そのような人物は、星原本部には所属していない」
「会わせろと言われても、いないのだからどうにも出来ぬ」
困ったようにガーゴイルはティアラに助けを求めるように視線を送る。
彼等は知らないのだ。ガーゴイルの居るこのアヴィアの庭は何十年も前に星原本部が置かれていた場所なのでそれは仕方が無いのかもしれない。ティアラもまた、伝え聞いたことでしか知らない。
「あの、リースさんは数年前にお亡くなりになられたそうですよ。夜神空夜って人は、確かアイリがその時に行方をくらませて未だにどこに居るのか分からないっていってたような……」
少しだけ真実を伏せてティアラは助け船を出すように言った。
ティアラが星原に来る少し前にあった星原のエースであるリース殺害事件。その時の犯人が夜神空夜と夢条響という青年だったことは有名だった。しかし、二人がそんな事になっていたと知らない彼にそれをわざわざ伝える必要はないと思ったのだ。そもそも、詳細を知らないのでつっこんで聞いてきたら困るし面倒だった。
「な……リース嬢が死んだ? そんな、彼女が殺されるなどと……皮肉か?」
「え? えっと、よく解らないけど、私もそれを聞いただけだから……よく知らないんだけど……」
彼は明らかに気落ちした様子で声に力も無くなっていく。
仲が良かったのかもしれない。しかし、すでに殺されて十二年ほど経っているのに知らなかったというのはどういうことなのだろうかとティアラは思う。が、相手は精霊。人とは違う時間を生きているので仕方が無いのかもしれない。
「……では、ラピスの姫は」
「姫? えっと、普通のラピスさんならいるけど。今日は居たっけ?」
「もう、なんでもいい。とりあえず、ラピスの姫かアイリ殿の友人だと言う御仁に会いたいのだが」
「えぇっと……えっ?! アイリ?!」
なぜ、精霊の口からアイリの話が出て来るのか。突然の事に叫んだティアラは、思わず精霊に詰め寄っていた。
「ちょ、どうしてアイリの話が出て来るの?! アイリが今どこに居るのか知ってるの?!」
「うっ、やめ、やめてっ。知ってる! アイリ殿のことは知ってる! 彼女のことで私はここに来たのだ!!」
がくがくと揺らされて、精霊の彼は目を回しながら叫ぶように言った。
深い森の中、アイリはじっとその森の主を見ていた。
目の前には、巨大な狼の姿をとった精霊がいる。
森の主、グランドアースと名乗るその精霊は、死に瀕していた。
後ろ脚はほぼ壊死し、動かない。前足も少しずつ動かなくなっている。
すでに何度も倒れ、今回もようやく目覚めたばかりだ。
ほっとした拍子にふらりと倒れかけるアイリを、慌てて青年が支えた。
「アイリさん、少し休みましょう」
「しかし……しかしっ、このままでは」
辺りは幾重にも重ねて呪術の陣が張りめぐらされている。それは、すべてグランドアースの命を繋ぎとめる為だった。
「これでアイリさんが倒れたら、ほんとうに母は死んでしまう。お願いですから」
青年に懇願され、不服そうではあるが、アイリはその場を離れた。
それを見送り、青年は母と呼んだ精霊の元へと身を寄せる。
『晶、あの娘は本当に良い子だね……』
かすれた女性の声が響く。
「母さん……」
青年――晶は人間だったが、目の前の精霊を母と呼んだ。
彼は、グランドアースによって育てられたのだ。
『翡翠と琥珀は……?』
「……兄さんも姉さんも森の外れに居ます。彼女と共に星原と呼ばれる場所に避難してもらおうと……」
『しかし、あの娘は納得しないだろう』
「でも、これ以上は……彼女を巻き込めない……」
『今さらすぎるわ。きっと彼女は最後まで残るのでしょうね……』
彼がアイリを見つけたのは偶然だった。
アイリがちょうど星原へと帰還する際に、彼らは出逢った。
呪いに侵される母を助けるために駆けずり回っていた晶達は、呪詛返しの術師と名高い人物が近くに居ると聞き、説明も少なくなかば強引に連れて来たのだ。誘拐だと責められても仕方のない様な事をした。しかし、アイリは呪いに侵されたグランドアースを見たとたん、解呪を試み失敗した。それからというもの、休むことなくずっとグランドアースの呪いを解呪しようとしている。
どうにか呪いの進行を遅らせることは出来たものの、呪い自体は解呪出来ていない。それが、あまりにも悔しくてやるせなくて、アイリは自らの意志でこの森に居た。
アイリは晶に説得されてしぶしぶと森の端にある小屋に来ていた。三、四人住めるほどの少し大きめのその小屋は、なんでもグランドアースがかつて作った小屋らしい。
そこに入ると、すぐに駆け寄ってくる者が居た。
「アイリ!」
「ようやく戻ってきてくれたんだね!」
二人してアイリを離さないとばかりに抱きつく。避けられなかったアイリは、二人をひきはがすほどの体力は無く、ただ力なく笑った。
「あぁ、心配かけてすまない」
「ほんとだよ! 僕等は森に入れないから、ずっと心配してたんだよ!」
「僕達と違って人間なんだから、もっと体を大事にしないとっ」
そう口々にいう二人はそっくりで、いわゆる双子だった。どちらも灰色の髪をしている。群青の髪に蒼の瞳の晶とは似ていない。人の形こそ取っているが、二人は地狼と呼ばれる精霊だった。
そして、グランドアースの子どもでもあった。
「あぁ……翡翠、琥珀」
名前を呼ぶと、二人は揃ってニコリと笑う。が、どこかその笑みには影が差している。
二人は森に入ることを禁じられていた。
グランドアースは呪われたと同時に、狂い始めているのだと言う。アイリは詳しくは教えてもらえなかったが、ただそれは周囲の精霊をも巻き込むモノとだけ説明をされた。だから、この二人は母を看取れない。
「あっ、瑪瑙お兄ちゃんがホシハラと接触できたって。そしたら……アイリはホシハラに一緒に来てくれるよね?」
深緑の瞳の翡翠が問いかける。
瑪瑙とはグランドアースに拾われた精霊で、翡翠達よりも長く生きている。彼は翡翠達の兄貴分のような存在だった。彼もまた、方々を廻ってグランドアースを助けるために調べまわっているのだが、未だ良い報告は聞かない。いつまでも帰らず連絡も自ら取ろうとしないアイリの事を星原に伝えるために彼は星原本部に赴いていた。そして、未だ森の外へ出たことが無い翡翠達を星原に送る為に瑪瑙は戻ってくることになっていた。
「何度も言ったが、私はここに残るぞ。私が残らなければ……」
「でも……その……」
一緒に来て欲しいのだが、なんと話せばいいのか分からず、琥珀が言い淀む。
そんな琥珀を見て、翡翠が代弁するかのように言う。
「私達、貴女を勝手に連れて来て、連絡もさせなかった。きっとホシハラの人達が心配している」
「事情が事情だったのだ、仕方が無い。連絡をさせなかったのではなく、連絡手段が無かっただけなのと、私が連絡しなかったからだ」
アイリは依頼を完遂した後、星原に帰還しようとして、その道中に晶に声を掛けられた。呪いによって死に瀕している精霊。彼女を助けて欲しいと懇願されて、ここまで来て、必死に解呪しようとした。しかし、出来なかった。どうしても悔しくて、星原に連絡する暇も無くずっとグランドアースの呪いの解呪を行っていた。それが、アイリ失踪の真相だった。
しかし、グランドアースの呪いは日々悪化している。翡翠と琥珀はこれ以上森の傍に居る事も出来ない。
それが悔しくて……助けられないことが、悔しくて……アイリは顔を手で覆った。
何も言えない琥珀は顔を伏せ、翡翠は唇を噛む。
「アイリ……自分を、責めないで。母さまはこの呪いで死ぬのだろうって知ってた……」
「それでもっ、私は諦めてはならないんだ。絶対に……」
アイリは人殺しだ。
ずっと、暗い屋敷の中で、人を呪い殺してきた。
それがどういう意味を持つのかも知らずに。
ただ、自分は道具なのだと言われ続け、ただ人形のように。
生ある者の命を奪う、それがどういう意味なのか知ったとき、ただただ恐かった。
今まで自分は何をしてきたのか、その罪が襲いかかってきて、息が出来なくなった。
そんなアイリを救ったのは……当時星原のキングの称号付き、夜神空夜だった。
その彼と約束をしたのだ。
「もう、二度と……誰かが死ぬことは、耐えられない……」
目の前で失われる命を、決して見捨てはしないと。
夜神空夜は当時の星原のエースだった女性リースを夢原響と共に殺したと言われている。それがために星原から失踪、現在も行方を捜索されているが、生死不明。彼は、星原を裏切ったと言われている。でも……たとえそうだとしても、いや万が一にもそんなことはありえないのだが、それでも……たとえなんと言われようとも、彼との約束を破りたくは無かった。
ようやく晶君が出てきた!実は出番少ないのに出て来るキャラクターの中でこの話を考えていた初期からいるもっとも古参のメンバーのうちの一人です。設定やら名前が変わったりしましたが。
晶君は四章五章あたりで活躍!……するはずです。
ちなみに、他の古参メンバーはアルト、出流、泉美、テイル、カリス、マコト、ソプラノ(ソフィー)、ラゴウくん、ラピスさん、レナさんなど、他数名いたような。ラゴウくんとか本編での出番がないのでいつか番外で書きたいです。
Q.ところで、霧原陸夜くんのお兄さん、なんで夜神空夜って名前なんですか? 夜が重複していておかしくないですか?
A.元々は優闇空夜という名前だったのですが、いろいろあって母方の姓を名乗ることになり、気付いたら夜が重複していました。本人もおかしいと思っています。そっとしておいてあげてください。陸夜くんも優闇陸夜と名乗っていたのですが、いろいろあって母方の姓に。二人は腹違いの兄弟です。




