02-04-04 張りめぐらされていく罠
「っち、逃がしたかっ」
ノランがとめるのにも関わらず、侵入者――マコト達の元へと走ったラミリアは舌打ちをしながら刀を鞘に戻した。
すでに部屋の中には誰もいない。魔法が発動すると同時に彼等の姿は消えてしまった。おそらく、ここから逃げたのだろう。
悔しげに辺りを見回すラミリアとは対照的に、ランジュはただじっと部屋を見ていた。
「リーテ、さま?」
呆然と名を呼ぶ。が、応える声は無い。
いつもならばここに居るはずだと言うのに。
「冗談はよしてください。リーテ様、早く、姿を……」
いつもならば周囲に満ちていたはずの彼女の神力すら、少しずつ消えて行く。
「なにがあったのか、調べましょう」
ノランがそう言って中に入る。続いて、テイル達も後を追った。
マコトが、いやセレスティンの彼等が何をしていたのか知りたかったからだ。
と――テイルの前に、見知らぬ女が突如姿を現した。
あまりにも突然のことで、テイルは思わず女をまじまじと見てしまう。女の出現に驚いたカリスは、一瞬動きを止めてしまった。が、すぐにテイルをその女から離そうと手を伸ばした。しかし、それは遅すぎた。
止める暇も無く、女がテイルの顔に手を伸ばすとその眼鏡を弾き飛ばした。
「えっ?!」
慌てて左目を隠すテイルを突きとばすと、女はニヤリと嗤ってやはり一瞬で姿を消す。
ほんの数秒の出来事だった。
ラミリアもノランも何もできずに女が消えた瞬間を見ていた。
その女が、先ほどまで部屋に居た侵入者の三人のうちの一人だった事に気付いたのはその後のことだった。
「リーテ様が神殺しの一族に殺された!!」
戸惑っている間にも、自体はあまりにも急速に動いて行く。
「なっ、誰だっ?!」
ラミリアが顔を歪めて言った。
まだこの部屋にはランジュ達しか着ていない。リーテ神がいないことを知っているのはこの五人だけだ。
「神殺しの一族? さっきの侵入者が?!」
ランジュが困惑しながらも言った。
「さっきの、女の人? それよりテイルさん、まさか目を怪我したんですか?」
ノランが未だに左目を抑えるテイルの元へと駆けよる。
怪我、ではない。だが、ノラン達に見せられない。
テイルの左目には神殺しの一族の特徴である印が刻まれてしまっている。
そして、早急にここから離れなければならなかった。
ばたばたと人々がこの一番上にある部屋を目指して駆けあがってくる音が聞こえる。
「テイル」
カリスが苦々しそうに部屋の外を見ながら声をかけて来た。
このままここに居れば、本当にリーテ神殺しの罪をかぶせられてしまう。たとえ、ランジュたちがテイルが犯人ではないと知っていてもどうなるか分からない。
なぜなら、テイルは神殺しの一族だから。
神を殺す事ができる人間なんて限られている。そして、それを為してしまったヒトを、人々は畏れている。
神が消え、そこに神殺しの一族が居れば、自然と神を殺したのは神殺しの一族だと人々は叫ぶだろう。
それを、テイルは知っている。星原に辿り着くまでに、もうなんども経験して来たから。
「逃げるぞ」
カリスがテイルの服を引っ張った。
「でも、どうやって……」
「こっち」
「カリスさんっ?」
勝手に部屋から飛び出したカリスとテイルを、ノランとランジュが追いかける。
「半日、世話になった! すまねぇがここらでおいとまさせてもらう!!」
テイルが口を開く前にカリスがそう言って廊下にあった窓を開くと、そこに足をかけた。
下を見れば、外に居る人が米粒になるほど高い。
「えっ、えっ、あの、そこ」
止めるノランを無視して、カリスはそこからテイルを巻き込んで飛び降りた。
「カ、カリスっ?!」
突風が落下する二人を襲う。
風の音にその声はカリスに届かない。
「白虎!!」
風が吹き荒れ、テイルは思わず目を閉じた。気持ちの悪い浮遊感。
ほんの数秒のことだったが落ちる恐怖からか何分も感じる。
そして、唐突に地面に足がついた。どうやらカリスがなにかをしたらしく、衝撃もなにもなく、むしろ今までここに立っていたような感覚だった。
がやがやと周りから声が上がる。
この一大事に塔の上から突如落ちてきたのだから当然だろう。
あまりの人の量にカリスの動きが止まる。塔から脱出は出来たが、それ以上の事は考えていなかった。しかし、このままでは塔から追手が来てしまうだろう。
そこに救いの手が差し伸べられた。
「カリス! いったいなにやらかしたのっ!!」
さらに周りから驚きの声が上がった。
みなが落ちてきたカリス達よりも空を見上げている。その先には、黒く人の何倍もある巨大な鳥が何羽も塔を旋回していた。
そのうちの一匹が下りて来るとその上に乗っていた女性が顔を出した。
「早く、乗りなさい!」
「ローズねぇ!?」
カリスはその女性を見ると驚き、そして笑みを浮かべた。
「助かった!」
「カリス、この人が……例の?」
「そうだよ。とにかくこっから離脱しよう」
慣れた様子でカリスは鳥に捕まると登っていく。そして、上から手を出してテイルを引き上げた。
二人がしっかり登ったことを確認すると、茶髪の女性が鳥を操り浮上する。
彼女こそがこの首都で明日落ちあう予定のローズだった。
「いたぞ! 逃がすな!!」
「あいつだ! あいつらがリーテ様を!!!」
丁度塔から何人もの神官や騎士が現れる。
罵声が響く中、飛び立つ巨鳥の横を魔法が幾つもかすっていく。その中には、困惑顔のノランと静かに見つめるラミリアやランジュ達の姿もあった。
ほんの数分の間にあまりにもいろいろなことがありすぎて、みな混乱と困惑をしている。
そしてローズからやはり困惑した様子で声を掛けられた。
「どうしたのよ、この騒動。……とにかく、この首都からでて大丈夫?」
「あぁ。この国からも出てった方がいいかも知れねぇ……」
「……わかったわ」
地上からどんどん遠ざかり、遂には塔の最上階よりも高く巨鳥は羽ばたいて行く。首都から出ようとローズは巨鳥を操った。
あまりの高さに下を見ないようにカリスはしながら後ろのテイルの様子をうかがった。
片目を手で隠しながら、彼はぼんやりと手元を見ている。
「えっ、ちょっとなにあれっ」
声をかけようとしていたカリスは、下を見ていたローズの声に思わず下を見た。
「は?」
人が、駆けあがっていた。塔の壁を。
ほぼ垂直に建っている塔の壁をだ。それも、怖ろしい速さで。
それはセオドアが着ていた騎士団の制服を着た青年だった。黒髪に眼鏡をした彼はどこかノランに似ている。
装飾をされた剣を片手に、彼はすぐ近くまで駆け上がってくると、落ちることなど何も考えずに跳び、ローズの巨鳥の元へと迫った。
おそらく下で仲間たちが落下を受け止めようと準備しているだろうが、あまりにも危険な突撃。それを慌てて旋回して避ける。
ほっとローズは息をついた。が、青年はニコリと笑って落ちて行く。
「ローズねぇ! 回避だ!!」
下を見ていて、いち早く察知したカリスが叫ぶ。
青年の姿を遠ざかるのとともに幾筋も光が巨鳥に向かって来ていた。おそらく青年の存在に注目させることで魔術の発動を気付かせないようにと言う計画だったのだろう。
「うそでしょっ?」
大量の光線が届く。それも途切れなく何度も繰り返し。
ひらりひらりと巨鳥は避けるがそれでもあまりにも体が大きい。ローズが直接操る鳥の周囲を飛ぶ巨鳥が一羽、二羽、と翼をあるいは体を撃ち抜かれて堕ちて行く。
が、突如その攻撃は止まった。これ幸いとローズは首都から離れようと巨鳥たちを急がせる。そして、そろそろ首都から出るかと思われた時、周囲――首都から少し離れた場所にある森を見たローズは唖然とした。
カリスもテイルも気付いてはいなかったが、すぐに気付くだろう。
「あぁ、もう。今日は本当にどうしちゃったの……」
少し涙目になりながら、ローズは呟く。
首都から離れた場所にある精霊が住むと言う森……グランドアースの森の木々が、急速に黒く染まっていた。中心辺りから、裾へ。まるで呪いの様に。鳥が逃げる様にそこから飛び立ちどこかへと散らばっていく。小動物達もまた、森から逃れる様に群れて移動をしているのが見える。
「なん、なんだよ……」
あまりにも禍々しい空気が上空のローズ達の元へも届き、カリスは疲れたように力ない声で呟いた。
広大な森は、死に瀕していた。
一方で残されたランジュ達はグランドアースの森がそんな事になっているなど知らず、混乱の中に居た。
だが、それでも騎士団の人々は団長からの命令を守り、一人がおとりとなっている内にと魔術の用意をしている。
「だから、あの人達が犯人ではありません!」
少し離れた場所でランジュが箱をかぶったふざけた格好の副団長に抗議をする。しかし、彼は困惑しながらも首を振る。
「しかし、逃げたのは事実。ランジュ様の言うとおり無実だとしても、なにかしら裏があったのは確実でしょう」
「でもっ」
魔術が完成しはるか上空の巨大な鳥へ攻撃が開始される。それと同時におとりと為っていた団長その人が落下してきた。それを慌てて副団長が魔術で落下の速さを緩めるがかなりの速度で堕ちている。大きな落下音と共に団長が着地した。周囲に煙が巻き上がり、数秒後無傷の青年が立っていた。
「あー、お前ら、攻撃中止だ! それよりもリーテ様の部屋に行く」
そういってひょいと剣を肩に担ぐと何事も無かったように歩きだし塔へと向かう。あまりの突然の事に騎士たちは呆気に取られていたが、それでもすぐに攻撃を中止すると団長の元へと駆けよる。
「シリルさん!」
そこに、ランジュ達もいた。
少しだけ緊張した様子でノランも続く。
「ランジュ様、ご無事でしたか」
「えぇ。それよりも、先ほどの人達は……その……」
「犯人ではない、ですか? 大丈夫ですよ。相対してみましたが彼らではリーテ神を殺す事など不可能、犯人のはずが無い。それよりも真犯人を探さなければ……」
そう言ってさっと進んでいく。それを、ついて行こうとしたランジュはセオドアに止められ、ノランは何も言わずに見送った。
「テイルさんとカリスさん……大丈夫でしょうか」
もうなにも居ない空を見上げながら、ランジュは言った。
「つーか、本当にあいつら白だったのか? どうもあの部屋に居た奴等の事を知ってる風だったけど」
そうラミリアが言うと、ランジュは口を閉ざす。
「どちらにせよ、今はこの事態をどう収拾つけるかでしょうね……」
夜とは思えないほど、辺りは明かりがこうこうと燃やされ、人々がざわめいている。
城と二つの塔が襲われたと言う事態に人々は恐怖し、一部は恐慌でいざこざが起こっていた。教会と騎士団総出で対応に回っているがそれでも限度がある。
この騒ぎは一夜では収まりそうにない……。
マコトは独り、白い廊下にいた。
セレスティン本部に戻ってから三十分もたたないうちにミスティルを癒術師の元へ連れて行き、着替えて準備をした彼は疲れた様子も見せずにスフィラの元へ報告をしに急ぐ。
夜と言う事もあり辺りは静かで誰もいないように感じる。
歩く音が無駄に大きく聞こえる。
そして、辿り着くと扉に手を伸ばした。
「あぁ、よかった。間にあった」
開けたと同時に後ろから声をかけられる。振り返ると、笑みを浮かべたプルートと静かにその後ろについている朱月が居た。
それを一瞥し、マコトはさっさと部屋へと入る。
「報告でしょう? 私も一緒に聞きます」
そう言うとマコトの後ろについて部屋へと入ってくる。
マコトはノックもせずに入ったが、部屋の主はそんなことを気にせずに窓から外を見ていた。そして、ゆっくりと振り返りマコトを見て微笑む。
「あら、どうしたの?」
どうしたもこうしたも、自分が神を殺して来いと命令したのも忘れたのかと呆れながら、マコトは答える。
「リーテ神を消滅させてきた」
「そう。じゃあ、あの森も堕ちるのネ」
そう言うと、スフィラはまた外へと視線を移す。もはや、興味が無いとばかりに。
それ以上は聞く気が無いと判断し、マコトはさっさと部屋を出る。すると、またプルートが後ろをついて来る。だが、なにもないようにマコトは歩いて行く。
「紫の悪魔」
「……なんだ」
通り名を呼ばれ、仕方なく止まるとマコトは振り返った。
やはり、廊下はマコト達以外誰もいない。
「本当に、リーテ神は消滅したんですか?」
「そこの子飼いに聞けばわかることだろう。失礼する」
さっさとプルート達の前から去りたかったマコトは、くるりと身をひるがえすと歩きだそうとするが、プルートはにこやかに言う。
「あぁ、それともう一つ……頼みたい事がある」
またかとマコトは内心ため息をつきながら、立ち止まり顔だけプルートを見る。
「どうやら、セレスティンに裏切り者が居るらしい」
「……」
「君が居た黒の騎士団とは違ってここは裏切り者は処刑と決まっていてね」
「知っている」
「そう。なら良かった。それで、その裏切り者を殺して欲しい」
こともなく、彼は言う。
「いや、違うな。これから裏切り者になる彼を、これ以上面倒になるまでに殺して欲しい」
そう言って、紙束を雑にマコトに渡すと、マコトが進む方向とは反対側へ歩きはじめる。
受け取ったマコトはそれをざっと見て、そして何事も無かったようにまた歩きだした。
早く、部屋へ戻りたかった。
部屋の前に来ると、そこにはなぜかギウスが居た。
斬られた場所は大丈夫なのか、もう治してもらったのか、服を着替え汚れを落とした彼は壁に寄りかかりマコトを待っていた。
「……なんだ」
「……ミスティルが、死にかけたって」
文句を言いに来たのかとマコトは目をそむける。
ミスティルが腕を失ったのはマコトのせいだ。神が死んだ時、唯では死なないだろうと予想できたはずなのになにも対処しなかった。それにギウスはなにかしら言ってくるかもしれないと思っていた。
「でも、お前が助けてくれたって。あ、いやミスティルがさっき起きた。別に命に別状はないらしい」
「……」
「お前の事は嫌いだが、ミスティルの事は感謝してる。それだけだから」
「……そう」
なぜか早歩きでギウスは歩きだす。マコトは見送りながら、文句を言われなかったことに気付かず、礼を言われたことにショックを受けていた。
ギウスにとって、ミスティルはあまりにも大事な存在だった。だからだろうと思いだす。
ギウスもミスティルもムラクモによって引き取られた孤児で、兄弟のように育ったらしい。
彼から視線を外すと、そろそろ自室へ戻ろうかとマコトは扉に手をかけた。
ふと、視界が暗転した。
ギウスはなんとなくマコトの近くから早く去りたいと道を急いでいた。
ミスティルのことへの感謝は言った。だからさっさと去りたかった。それと同時に悔しかった。マコトに助けられたことに、ミスティルを守られたことが悔しくてマコトの前に居る事が出来なかった。
だが、後ろからなにかが倒れた様な音がして、思わず後ろを振り向いた。
「……?」
最初は、なにがあったのか分からなかったが、すぐに気付く。
そこには、扉に寄り掛かる様に崩れ落ちたマコトがいた。
「お、い?」
ゆっくりと近づいていく。
彼はなかなか立ちあがらない。
「なに、してるんだよ」
その声にも反応しない。
「お、おい」
思わず駆け寄るがそれでも彼は動かない。それどころか、目を瞑ったままだった。
「おい、嘘だろ。まさか、し……」
「さすがにまだ、しなないわヨ」
起き上らせようとギウスが手を伸ばすがそれを急に弾かれて彼は顔をあげる。すると、そこには畏れ多くも女神スフィラが先ほどからそこに居たかのように存在した。
思い出したかのように神力のプレッシャーがギウスを襲う。動けずに身を震わせるギウスをスフィラは一瞥し、そしてマコトを見た。
そして、その体を起こす。
「開けてちょうだい」
「え、あ」
最初何を言われているのか分からなかったが、理解するとギウスはぎくしゃくとした動きで扉を開ける。あの女神にいわれて動けないではなにが起こるか分からないとばかりに必死だった。すると、生活感のない部屋が見える。
そこにスフィラは入っていくと、ベッドにマコトを転がす。
そして、勝手に椅子を持ってくるとベッドの横に置いて座りこむ。
「あら、いつまでそこニいるの?」
彼女はふと気付いた様に、扉の前で固まっていたギウスに声をかけた。
「あ、の。そいつは……」
「眠っているだけヨ。大丈夫。心配しても無駄ヨ」
そう言って、ギウスに興味を失ったように彼女は視線をマコトに移す。
いつまでいるのかと言われてしまい、出て行った方がいいのだろうとギウスは扉を閉めた。そして、深呼吸をする。
心臓が激しく音を立てていた。
マコトが倒れた。そして、間近で女神を見てしまった。さらに会話してしまった。
なにがあったのか夢なのか、部屋の中を確認したくなるがそんな事は出来ないと首を振る。
「なんだったんだ」
そう言って、その場から歩きだすより他になかった。
「それで、なんで彼等に神殺しなんて無謀なことをさせたの?」
誰もいない廊下で、歩きながら朱月は問いかけた。
プルートは立ち止まると、そのすぐ近くにあった部屋に入る。
そこは、なにかの実験室なのか幾つもの瓶や呪具が転がり魔法陣が床に敷かれ、独特の匂いが充満していた。
そこで、彼は朱月を振り返る。
「報告を聞こうか」
「……私は誘導をしてから黒の塔に行ったから詳細は知らないわ。ただ、ムラクモが倒れ、ギウスが負傷、ミスティルが命令されて後退してきたところに合流して戦闘不能だった二人をこっちに移動させた。その間にミスティルが戻って、リーテ神に止めを刺したみたいね」
「それで?」
「……」
まるで、なにかを待つ子どもの様に彼は催促をする。
あぁ、やはりと朱月は納得した。彼は、その先が聞きたいのだ。
神を殺した経緯などでは無く。
「リーテ神は消滅する時にその相手を殺すための術を仕込んでいたのでしょう。黒い呪いの炎に襲われたミスティルを一度はあの子が止めたけど、結局無駄で、炎に巻かれて二人は死にかけた……けれど」
その時の様子はそっと扉の外から見ていた。あの炎が届かない場所で、彼女は助ける訳でもなく彼等を見張っていたのだ。
「あの二人を中心に……おそらくあの炎をなにかが吸収した。ここから先は私の推測だけど」
「へぇ」
楽しそうに、プルートは嗤う。
その様子を気味悪く思いながら朱月は自分の考えを述べて行く。
「そして、その吸収した力を取り込み、呪いを中和して二人の命を守った……誰がなんでそんなことをしたのか分からないけれど」
「そう」
そっけない返事だが、プルートは嬉しそうに嗤う。
「それで、二人を回収して戻った」
「報告すべきことがまだ残っているんじゃないのか?」
「……戻る時に星原のテイル・クージスと茂賀美迦莉朱を見つけたから、もう一度あの塔に戻ってちょっかいをかけたわ。これでいいかしら」
「あぁ。よかったよ。本当に君に頼んで良かった……やっぱり、あのクソガキが生きているって分かったから」
そう言うと、彼は部屋を出て行く。朱月は、慌ててその後を追った。
「あのクソガキ?」
「そうだ。君には……いや誰にも言って無かったか。俺の女神を奪ったあの、クソガキを」
顔は嗤っている。だが、その様子は明らかに触れてはならない。殺気だっている。
「今度こそ、殺してやる」
復讐なのか、それとも憎悪なのか。
近寄りがたい殺気を放つプルートに、朱月は思わず足を止める。
「……へぇ……あのプルートが、そこまでいうのは一体誰なのかしら」
そう言って、距離を置きながらもプルートの後を追った。
「……可愛いプルート」
マコトが眠る部屋で、スフィラはぼんやりと呟いた。
「本当に、可哀想なプルート。追い求めてイる相手はもう存在しないことも気付かないで、鏡像に踊らサれて。まったく、あいくるしいワ」
そう言いながら、立ちあがると部屋から出て行く。
「もう、ずっと昔に、私が、殺してしまったのニ……」
独り言を、彼女は繰り返す。
「どこの世界の者でも、みな、愚かしいということネ」
時は少し遡る。
「君は本当にバカだね」
そう、言い放った少年がいた。
彼には友達がたくさんいた。両の手では数え切れないほどの友人がいた。彼は人が好きだったから。
でも、たくさんの友人に何も言わないで、少年が命をかけたのは一番新しく友人となった少年のためだった。
たった一人の親友。大事な相棒。だから、助けるためならなんだってした。
でも、それが間違いだったと気づいたのは取り返しのつかなくなった後。自分自身が死んだ後。
彼は間違えた。
友人を命を捨てて助けるべきではなかった。
彼が死んだが故に暴走を始めた友人を、死者となった彼に止めることはできなかったのだ。
どれだけ叫んでも無駄だった。
必死に手を引いても気づいてはもらえなかった。
泣いても怒っても……彼は死者で、友人は死者を視ることはできなかったから。
なんて事をしてしまったのだろう。そう思っても後の祭り。
だからと言っても未だにそれ以上の解決策は思いつかない。自分が命をかけなければ、彼を助けることはできなかった。
諦めていた彼を生かすためにはそれしかなかった。
「なんで、ボクなんかのために復讐をするのさ……」
そう言っても友人は気づかない。
ボロボロの体で、倒れた少女を背負うと立ち上がり、部屋の外へと行こうとする。
「ねぇ、マコト」
紫の悪魔に殺されたという暗殺者灰かぶりは、聖フィンドルベーテアルフォンソ神国から帰還したマコトを見送りながらいう。
「君はボクの事を救いようのないバカだと言ったけど、君こそが救いようのないバカだよ」
その時、不意にマコトが振り返った。
視線があったように感じて、灰かぶりは一瞬どきりとする。けれど、彼は何も反応せずにまた前を向いてしまった。
「当たり、まえか……」
マコトは見鬼の才を持っていないから、死者を視ることはできない。きっと、気配すら感じることはできないだろう。
親友を見送り、灰かぶりは息を吐く。
「まったく、世話のかかる親友だ」
口元に笑みを浮かべながら、亡霊は姿を消した。
これ、今年中に二章終わるのだろうかと思い始めています。
プロットがどんどん長くなっている。
次は絶賛放置中、行方不明のアイリさんと唯一星原本部に残るティアラちゃんの話になるかと。




