01-01-03 それは、星原の日常で
「いきなりだが、おまえ、背、縮んだ?」
「いきなりだな。しかも人が気にしてることを……」
人の心を抉るような質問をしてきやがったのは、案の定、あいつだった。
「よっ、噂の千引玻璃クン」
「よぅ、カリス。噂ってなんだよ。つーか、お前のおかげで、オレの硝子のハートがパリーンなんだが」
振り返れば、最上カリス。なんだかんだの悪友みたいなやつがいた。
皇の館の中でも、一部の人間しか使わない談話室。そのサボるのに便利な穴場で、よくたむろっていた友人の一人だ。
ちなみに、背が低いことで有名だった。
それを散々馬鹿にしてやったのはいい思い出。
しかし、
「ちょ、ぱ、ぱりーんって」
そう絡んでくるカリスは、三年前よりもでかくなっていやがった。オレよりも。
……いいんだよ。オレ、永遠の十七歳だから、身長伸びてなくてもいいんだ。
そんな事を考えていることを悟られないようにしながら、疑問に思ったことを聞いた。
「笑うな。で、噂って?」
星原に戻ってきてここ数日、別に噂になるようなことはしてなかったはずだ。
「笑うわ。でもって、噂っつのは、がらすのはーとの持ち主が女の子と舞い戻って来たって話。しかも、その女の子、音川のあの御方の娘様だって」
「お前らの中で、シルフさんはどんな奴なんだよ……」
確かに、シルフさんはいろいろヤバイ。
昔、彼女には注意しろって散々言われたっけ。
「でも、けっこう優しかったぞ、あの人」
「被害に遭えば解るぜ」
カリスは、どこか悟ったように言った。
遠い目で、回想しているらしい。
キャラに合わねえことすんなよ、と言いたくなった。
「そうかよ」
何があったんだ……。
「で、そのアルトちゃんだっけ? 彼女とはどうゆー関係で?」
「い、いそう、ろう?」
「居候、だとっ?! おまえんちにあの子が?!」
「いや、あいつん家にオレが」
「なんでだ!」
「……」
行きだおれたなんて言えない。言いたくない。
絶対馬鹿にされる。
「……いろいろだ」
「へー」
カリスはあっさりと引き下がる。それ以上聞いてこなかった。
なんだかんだいって、探ってきたりするかもと気構えていたんだが。ちょっと拍子抜けして、気が緩んだ。
「それにしても、がらすのはーと君変わってねーな」
「人は早々変わるもんじゃないだろ。うわさ好きの陰陽師」
「いや、がらすのはーと君に限っては、背とか背とか背とか」
「黙れ」
こいつ、最初の話を蒸し返しやがった。
「おまえが散々馬鹿にした仕返しだ」
ニヤリと嗤う。
さっきつっこんで来なかったのは、そう言う事か。
三年前、オレよりも背が低かったこと散々こけにしたからその仕返しかっ!
「……昔はオレよりも小さかったくせに」
「今は俺の方がでけーぞ。っへ」
わざわざ胸を張るカリスに、笑顔で殴りかかる。
「その身長よこせ!」
「どうやってだよ! てめーこそ、散々苔にしやがって。この怨み、倍にして返す!」
「てめっ」
陰陽師であるカリスはそれらしく札を数枚取り出し、オレはとりあえずそこら辺にあった掃除用具を手に取り臨戦態勢をとった。
掃除用具で術に抵抗できるとは思わないが、何も無いよりマシっ。
そして問答無用に、
「ふむ。そこまでひま人で元気があるのなら、私に付き合え」
吹き飛ばされた。ちなみに、カリスと共に。
「ひぃっ?!」
「えぐはっ?」
なんかしらの術の用だが、目の前にいたカリスはただ札を用意してただけ。カリスがやったんじゃない。
じゃあ……まさか……あいつ?
おそるおそる見ると、予測通り。
「いきなりなにするんだよ、アイリ!! 吹き飛ばすとかっ」
「玻璃、すまない。手元が狂った。しかし、丁度よかった、カリスを見なかったか」
「てめー、ざけんな!! 俺への謝罪はないのかっ?!」」
「ほう、カリス。いたのか? 小さくて見えなかった」
「て、てめっ」
朱炎アイリ。
同じくここでたむろっていた、術師で女のくせにカリスよりもでかい。一センチ弱しか変わらないらしいが。
彼女は談話室に入ってくると、笑顔を浮かべる。
さっき吹き飛ばされたのは、アイリがなんかしらの術を使って攻撃して来たからだろう。
味方相手に、なに攻撃してきてんだよ。
現在の彼女を見ると、特徴的な赤色の瞳がどこかきらめいているように見えた。悪い意味で。
カリスの頬がひきつる。でもって、オレの頬もひきつる。
その笑み、見覚えあるぞ。主に、でかい問題を押し付けられたときとか、巻き込まれたときとかに。
「あ、俺、今すごく重要な用を思い出した。じゃあな」
「奇遇だな、カリス。オレもだ。一緒に行くか」
「んだな」
カリスと一緒になって部屋を出ようとすると、二人揃って肩を掴まれた。
「楽しい依頼だ」
「いや、俺、用があるんだ!」
「オレもあるんだ!」
「とても大切な話だ。異常事態でストライキが起きた」
「はぁっ?!」
ダメだ。意味不明だ。だ、誰か、誰か助けを!
そう願った時だった。ある意味、救世主は召喚された。
「なになに? 楽しそうなことやってんねー」
ひょこりとティアラがアイリの後ろから現れる。
いつからこの部屋いたっ? てか、いたとしてどこにいたっ?!
いや、この際いつでもどこでもなんでも関係ない。
「ティ、ティアラ、お前がアイリにつきあってや――」
「あ、出流だ。アイリ、楽しそうな話はうちに言ってね。じゃー」
「うむ。了解した」
「……」
「……」
救世主と思われたティアラ・サリッサ。やっぱりたむろっていた友人の一人は、非常にもオレ等の前から姿を消した。
去った後には、笑顔のアイリのみが残った。
「さて、二人は私に付き合って貰おうか」
「……ついてねーな、がらすはーと君よ」
「……言うな。んでもって、いつまで引っ張るんだよ硝子のハート」
ついてないのは、昔から。だけどなぁ……。
アイリに拉致られ、途中扉の間にいたテアンに笑われ、なんだかんだの末に連れてこられたのはどっかの農村。
なんだか、寂れてて人影もない。
「ふむ。ここだな」
「なにが」
……扉まで使って、なんでこんな所に来たんだよ。
依頼って言ってたけど、そもそもなんの依頼だ。
「気づかんのか?」
「いや、だからなにが」
アイリさん、アイリさん、主語と動詞をお使い下さいませ。
「カリスは気づいているようだが?」
「は?」
横にいるはずのカリスを見る。
なんか黙ってると思ったら、まじめな顔をしてやがる。
「おい、カリス。どういう事だ」
「……見ろよ」
なぜか、近くの畑を指さす。
「?」
枯れた植物っぽいもんが植わったままだった。
いや、よく見ればおかしい。枯れているんじゃない。
腐っている。
「酷いな……」
ひからびて茶色くなっているんじゃない。腐って変色していやがる。
見た目から判断するに、触ればねっとりと気持ち悪そうだ。
普通じゃ、ありえない。
なんかしらの病気か、よっぽど気候が悪かったか、それか……。
「今回の依頼は、この原因不明の異常事態の解明と、解決だ」
「そういうこと、早く言えよ」
解明とか言ってるが、どうせもうすでに原因は分かってんだろ。だからこそ、アイリとカリスが来たに決まってる。
二人は術師だ。どちらも、呪詛関係が得意な。
カリスはどっかのなんとか流陰陽術の使い手で、アイリはよく知らんがよく呪い関係の依頼を受けている。
つまり。
「なんかの呪いか魔術か」
この二人にかかれば、なにかしらは解るだろう。
「うむ。だからこそ、私とカリスが来たのだ」
突如、アイリは気持ち悪そうなその植物だったモノを素手で触って、じっと見つめはじめる。
ゆ、勇気がありすぎる。
呪いとかの関係で腐ってるやつを、ふつうに触って大丈夫なのか?
「テイルには可哀想なことをしたがな」
何か知らんが、テイルは犠牲になったのか。
ご愁傷。よく知らんが、合掌しておこう。
……ん?
「ちょっとまて、なんでオレまで」
「ノリだ」
「ノリかよっ!」
「その場にいたからだ。不運だったな、硝子のハートよ」
「聞いてたのかっ!」
上から目線なのは、背の高さのせいだけでは無い。
ちょ、ちょっと背が高いからってっ、いつか追い抜――けないだろうな……。
これ以上背が伸びる見込みないし。
いや、うん。これでもアルトより高いし、まあまあ高いほうだし、そうだよ、いいんだよ。
……牛乳飲みたくなった。
「で、誰がやったとか、何が目的とか、解ってんのか?」
辺りを見回していたらしいカリスが、ようやく話に入って来た。
それにアイリは大きく頷く。
「解っていたら、こんな所でたむろっていないぞ」
「……」
「……」
大きく頷く必要性が見当たらないのだが、つっこんだ方が良いのだろうか。
つっこんだらつっこんだでいろいろ言われそうだ。
カリスとアイコンタクトで何も言わないことを確認する。
「だからこそのカリスだろう? 私は人への呪い専門だからな。日頃日向の陰陽師、その真価を示せ」
「りょーかい、りょーかい。どうせ俺に全部押し付ける気だろ」
「……」
「めぇ逸らすな」
そんな二人のやり取りを見つつ、アイリって怖いな。敵に回したら呪われそう。……と思っていたのは秘密だ。
人への呪い専門か。アイリからの呪詛対策として、こんどカリスに何かお守りでも作ってもらうか。
しっかし、なんで呪われたんだここ。
呪われる要因は……まあ、関係ないか。
結局、呪いの根源を発見すると、アイリの解呪で一応は事件は終わりを見せた。
ただ、土地が元通りになるのは数年先のこととなる。
そして……なぜ呪われたのかなどの理由は何も分からなかった。
理由などは、ない。
ただ、
「一応、あの方たちへの警告ということでしょうか?」
呪いを解呪している少年少女の様子を見ながら、青年は呟く。
その後ろに現れた仲間に気づくが、動かない。
「なーに勝手なことしてんだよぉ」
「ふふっ。いえいえ、プルートさんから頼まれたことですよ」
じっくりと、獲物を見定めるように彼らを見ていた。