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騙る世界のフィリアリア  作者: 絢無晴蘿
第二章 -神騙り-
67/154

S0-00-01 紫の悪魔と灰かぶり


突然ですが、ここで過去の番外編を投稿します。

黒騎士時代のマコト君と、その相棒だった灰かぶり君の話となります。




これは、真実の物語。『紫の悪魔』が星原へ至る軌跡。


空っぽだった少年と虚ろを埋めようとした少年の結末。



















目覚めると、其処にいた。


真っ赤な世界。

人々が逃げ惑い、泣き叫び、呻き、怨み、恨み、憾む連鎖の声……。

其処で、真っ赤な剣を持っていた。


わからない。


目の前には、やはり、赤い女。

真っ赤な衣装は血に染まって朱に染まっていた。

なぜか歯をくいしばり、痛みを耐える様な顔で笑う。


「貴方は戦うために、ここにいる」


そう、なのだろうか。


分からない。


「そう言う、契約だもの」


そう言って、その白い手を差し出す。


「さあ、行こう?」


哀しい微笑みを浮かべる。



白い手に、朱に染まったその手を重ねて僕の世界は始まった。








『code001 模擬(sham)戦闘(battle)方式(system) 時間(thyme)無制限(unlimited)』


白く広い空間のような部屋に、無機質な機械の音声が響いた。

そこに立つのは、まだ幼さを残す少年が一人。

青みがかった黒髪は肩まで届き白い肌によく映える。

鋭くも中性的な顔立ちに、薄紫の双眸。

どこまでも無感動なその表情。

黒を基調とした歳にそぐわないコートと共に、暗いイメージを見る者に与える。

その手には低い背にそぐわない長剣。

どこにでもあるような安物だ。

それを、おもむろに構えた。


『戦闘(battle)開始(start)』


その声が合図だった。

そこから飛び退き、後ろに一閃。

銀の煌めきと共に、呻き声。

先ほどまで彼がいた場所には、大きなクレーター。

彼の一閃は、いつの間にか後ろに潜んでいた人間にヒットする。

血飛沫を上げて男は斃れる。しかし、それだけでは終わらない。

さらに移動。

前方より現れた人間がその手に持つ得物を振りあげる前に、切り刻む。

さらに、出現する人間は増え続ける。

それを、斬って切って伐ってキリ続ける。

もちろん、斬られる側は黙って斬られる訳ではない。

ある者は剣を振り上げ、ある者は矢を番え、ある者は術の演術し、ある者は逃げようと抗う。

数人が彼を取り囲んでいたのが、湧きだすように人数が増えて行く。

一人二人から数人、十幾人、数十人。

それを、彼は淡々と殺し続ける。

まるで、それが仕事のように処理をし続ける。

さすがに、数十人を一人で捌き切るのには無理があるらしく、剣がかすり、矢が服の端を捕らえ、魔術が体を焼くが気にしない。

人間と形容できない人外が混じり始めても、少年は止まらない。

五分としないうちに、白い部屋は紅蓮の地獄になり変わる。

彼の眼に一切の迷いは無く、彼の顔に一切の表情は無い。


パン


軽い音が響く。

誰かが手を叩いたようだ。

すると、彼を囲んでいた人間たちは動きを止め、一瞬姿が揺らぐと消える。

まるで幻だったかのように。

いや、幻だったのだ。

散々飛び散ったはずの血飛沫は消え果て、真っ白な部屋に戻る。

そこで、やはり彼は一人っきり。


『戦闘(battle)強制(compulsion)終了(end) 戦歴ハ記録情報施設ニ記憶サレマシタ』


始めの声が響いて、少年は無言で壁を見る。

その視線の先の壁の一画に線が出来ると、そこが扉になっていき開いた。


「お疲れ様。やっぱり、私の目に狂いは無かったわ、ムラサキ」


現れたのは、赤よりの鮮烈な緋色の髪の持ち主。

優雅というよりも、活発で芯の通った美女。

その瞳は深緑の翠。

対する彼――ムラサキは、なにも言わない。

無言で剣を鞘におさめようとして、止まる。

「あっちゃー。やっぱり、支給品じゃ駄目だったか……」

女性の声と共に、剣にひびが入った。

最初は刀身の真ん中あたりの刃こぼれから、徐々にひびは大きくなり、柄まで来ると、完全に割れて壊れた。

それに、眉も動かさずにムラサキは佇む。

「やっぱり、『彼女』を使うしかないかしら?」

女性はムラサキに近づいて、その壊れた剣を見る。

「あんまり乗り気じゃないけど……良いわよね?」

誰に確認をしているのか、独り言なのか。

女性はムラサキの手を引いて部屋の外へと歩きだした。


「さあ、行きましょう、私の可愛いお人形」


彼の名は、無い。

コードネームは、紫の悪魔。

通称、ムラサキ。

心の無い人形のようにふるまう暗殺者だった。





黒騎士。

ソレは、ギルドの名である。

そのギルドは、世界中に名を知られていた。悪い意味でだが。

彼らがおこなうのは、暗殺。

黒騎士とは暗殺を請け負うギルドだった。

そこに所属する暗殺者は、名を名乗ることはめったにない。

各自が持つコードネームで呼び合う。


コードネーム『紫の悪魔』は自室に戻ると、傷だらけになって穴のあいた服を脱ぎ捨てた。

真新しいベッドとクローゼット、テーブルとセットのチェア……最低限の家具しかない質素な部屋。

ただ、何かの資料や本がテーブルに置かれていた。

そのまま、ベッドにあおむけになると、目を閉じた。

動かなくなった彼の様子を見ているかのように、ちょうどその上の天井の板が外れ、ムラサキよりも年上の少年――十五・六だろうか?――がその姿を現す。

そして、そこから剣を構えて飛び降り、ムラサキにつきたてた。




「紫の悪魔

年齢不明。外見年齢は十三かそれより下。

青みがかった黒髪に、薄紫の瞳。

半年ほど前より黒騎士に所属。

 その特徴的な瞳の色と、冷徹な性格から『紫の悪魔』と呼ばれる。

 それから、三十八の任務を受け、全ての任務を達成。

 しかし対人関係に問題アリ……?」

カーテンの閉め切られた、薄暗い部屋。

そこに、二人の人影があった。

赤みがかった茶髪に、緑の瞳の青年。

そして、彼と似た年上の女性。

彼女は先ほどまで紫の悪魔と話していた女性だった。

「彼を、本当に今回の試みに?」

「そうよ、竜胆」

「……姉さんの考える事は分かりません」

「そう?」

コードネームは、蒼嵐の竜胆と残虐の紅破。

有名すぎる二名は、姉と弟であり、黒騎士の革命派と保守派で争う派閥の代表同士であった。

凛とした紅破とどことなくパッとしない竜胆。

容姿は似ているが、性格は似ていないと散々言われていた。

「僕達は、やはり、彼に決定しました。すでに彼には連絡してあります」

紅破に竜胆は写真を渡す。

「彼なら、適任でしょう」

そこには、黒髪に灰褐色の瞳の快活な少年が笑顔で写っていた。




天井より来たる少年の攻撃は、ベッドのシーツに穴があいただけで終わった。

灰褐色の瞳が、驚きに染まる。

ムラサキは既に彼に気づいて、剣をかわしていたのだ。

慌ててベッドに突き刺さった剣を抜こうとした少年に、どこに潜ませていたのか、長い針金を素早く少年の首に巻きつけてた。

それに、少年は蒼くなって冷や汗をかきながら叫んだ。

「ぎ、ぎぶ、ぎぶぎぶ!! まいりましたっ!」

「……」

ムラサキは、無表情でそれを聞いていた。

「な、なんか、つっこんでください!!」

「……」

ムラサキは針金を少年の首から外すと、そのまま部屋を出ようとする。

「って、ちょっとちょっと! まってよ!」

「……なんだ」

「いや、もっとなんか反応を……」

「……きえろ」

「お、おう……ほんと噂どうりね……天上天下、唯我独尊、傍若無人、人間不信の鉄面皮……よくもまあ、こんな肩書きをたくさん持っているよね」

ぶらぶらと部屋の中を物色し始める少年に、ムラサキは目で追う。その目は、次第に剣呑になっていく。

「あ、心配しないで、ボク、黒騎士の暗殺者だから」

黒騎士には暗黙のルールのようなモノがある。

そのうちの一つが、黒騎士は黒騎士を決して殺さない。

そういう意味で、かの少年は言ったのだろう。

「……コードネーム、灰かぶり」

彼が黒騎士所属であることは最初からわかっていた。

「え、うそっ! 僕のこと知ってんの?!」

「……」

知らなければ紫の性格上、その場で斬り捨てていたことだろう。

コードネーム、灰かぶり。

緑がかる黒髪に、灰褐色の瞳。

灰かぶりというと、有名な童話のお姫様を思い浮かべるが、彼は男だ。

奇しくも、現在進行形で紅破と竜胆が二人の事を話していることを、二人は知らない。

「そっかー。なら話は早い。今度、君とコンビを組むことになりました。だから、今回は君に御挨拶に来ちゃったぜ!」

「……」

御挨拶が襲ってくるという事か、とムラサキは無言で見る。

「よろしく、紫の悪魔」

快活な笑顔で、少年はその手をムラサキに差し出した。

それを、ムラサキは無言で無視をした。



黒騎士には、二つの派閥がある。

新たな道を模索する、革命派。

い現状の維持を選び革命に反対する、保守派。

新たなことを取り入れようとする革命派と、何事も規律や伝統を重んじる保守派のそりが合わないことはどこも同じで、黒騎士でも保守派は竜胆を、革命派は紅破を筆頭として勢力争いを水面下でおおなっていた。

その歴史はあまり古くは無い。が、どうにかしなければいけないという考えは昔からあった。


黒騎士とは望まれて出来た組織である。

現在はギルド形式をとっているが、昔はある王国の裏の仕事をする工作人だった、以前力を振るっていた貴族の飼っている暗殺者集団でもあった。

時代の流れに流されて行くうちに、支配者や雇い主が滅ぼされ、捨てられ、見はなされたモノ達が多く現われた。

ある者は表の世界にもどり、ある者は新たな雇い主を見つけた。

しかし、それはごく限られた者のみ。

夜盗や盗賊、海賊……そんなことをする者達も現れた。

その者達を、黒騎士の創設者は集め、独立した組織を作った。

それが、黒騎士である。


「そして、黒騎士の創設者は紅破さんと竜胆さん姉弟の先祖なんだよね」

何やら黒騎士のパンフレットを持って、灰かぶりはムラサキに向かって話していた。

灰かぶりがムラサキを襲撃して、もしくは灰かぶりがムラサキに返り討ちにあって数日。訓練から戻って来たムラサキの部屋の中で、灰かぶり我が物顔で居座って菓子やら何やら持ち込んでいた。

「……」

それを見て聞くムラサキは、無表情。

ちなみに、そんなことは知っているので聞き流している。

「だがしかーし!現在黒騎士は分裂の危機に向かっている!!」

ボリボリもってきていたスナックを食べて、粉を飛ばしながら力説するが、全く説得力が無い。

「保守派と革命派の確執……それに竜胆さんは哀しみ、一つの案を考えたのである!!」

今度はなかなかの絵で描かれたお手製紙芝居を持ち出して、説明を始める。

「保守派代表の中でも希望(ホープ)と呼ばれるボク、灰かぶり。そして、革命派の新人(ルーキー)の君、紫の悪魔!その二人を懸け橋にして二つの派閥を少しでも良好な関係にしようではないか!!」

「……」

「そういう事だから、よろしく」

「断る」

にべもなく、断るムラサキに、灰かぶりは我関せずの如く気にしない。

「そういえば、いつまでも『紫の悪魔』じゃ、ダメだよね。君の名前は?」

「……」

無言。

「……」

笑顔のまま待ち続ける灰かぶり。

「……」

無表情。

「……」

それでも笑顔で待ち続ける灰かぶり。

「……」

反応はない。

「……えっと、教えて?」

しばらくして、ようやく反応が返ってくる。

「……無理」

「無理ぃっ?!」

「……」

「なんでだよ。そんなに信用ない?」

しかし、思い出したようにムラサキを見た。

ムラサキは、教えないなんて言って無い。

ただ、無理だと言ったのだ。

「えっと……」

無理という意味。

それは

「無い、の?」

「……」

無言の肯定。

紫の悪魔に、名前は無い。

「そっか」

黒騎士に、そういう人がいない訳ではないし、時は戦乱。百年ほどの大戦が大陸を荒らしている。

この時代に、名前の無い子どもなんてごまんといる。

其の一人なのだろうと、灰かぶりは考えた。

「名前って言うのは、大切なものだよ。その人を証明してくれるだけじゃない。呼ばれたら、嬉しいし……ふっふっふ、ボクがつけてあげようか?」

「断る」

「ですよねー」

何やら脇道にそれまくった話を中断して、灰かぶりは先ほどの本題に入った。

「とにかくこれ、紅破さんと竜胆さんの決定だから。よろしく」

そして、めくられた紙芝居の最後の頁に封筒が張られている。


「さーて、タノシイお仕事の時間だよ」







灰かぶりとムラサキは森の道なき道を歩いていた。

森は枯れ、木の葉が散っている。

葉が茂っていないおかげで、遠くまで見る事が出来る。

逆にいえば、遠くから見る事も出来るが。

「ある施設から逃げ出した被験者を捕らえるーってのが、今回のミッションです」

仕事内容は初めてのコンビという事で、かなり簡単な任務であった。暗殺でもなんでもない。

「……」

軽く言う灰かぶりだが、その足は止めずにその被験者を追う。

そこの、ふつうなら気付かないような印を見つけて、その被験者を追う。

地面に残った足跡、草の踏まれた後、枝の折れ具合。

それを、追っていく。

「それにしても、知ってる? その施設って、禁術の実験施設なんだよ」

「……」

「うーん。ムラサキ君が何も話してくれないと寂しいぞ」

「……黙れ」

「ふぇーい。もう、ムラサキ君のいっけずー」

「……」

ため息をつくムラサキをおいて、灰かぶりはどんどん進んでいく。

が、足を止めて木々の後ろに潜んでムラサキに合図を送る。

「ターゲット見っけたー」

静かに、声を潜めて灰かぶりが言った。

「さてと、任務(mission)、開始(start)……」

その声が、合図となる。

任務の目標(target)の確認。

被験体・1097。

年齢は二十代前半。女性。

施設からの逃亡者とだけあって、そこで着させられていたのかボロボロの白衣を着ていた。

森の中を、一心でどこかに向かって走っている。

しかし、その足取りはどこかおぼつかず、走っているというのにあまりにも遅い。

木の根や枝で躓き、傷ついていた。

それでも、懸命にどこかに向かおうとしている。

任務内容は、彼女の捕獲と施設への送還。

「行くよ」

「……」

灰かぶりの掛け声とともに、二人は彼女の元に駆けた。


「止まれ」

灰かぶりの声に、女性は歩みを止めた。

虚ろな顔で、どこに向けているのか分からない視線を彷徨わせる。

「……だ、れ?」

「テメェを捕まえに来た、騎士様だよ」

乱暴な声。

まるで人が変わったような……灰かぶりだった。

それを、ムラサキはじっくりと観察するように灰かぶりを見る。

「嫌……あんな所……」

女の顔に、怯えが走る。

「い、やっ」

手を伸ばす灰かぶりに逆につかみかかって跳ね飛ばし、逃亡をする。

「ぐっ……おい、ムラサキ! 行け!!」

「……」

飛ばされた灰かぶりを置いて、ムラサキは走って逃げる女を追いかけた。

「……っ、なんだよアレ」

クソっ、と毒づいてありえないほどの力を見せた女を目で追う。

跳ね飛ばされた時、妙な感覚があったのだ。

魔術?魔法?それとも……考えても該当する物が見つからず、首をかしげる。

「『あそこ』は今、何やってんだよ……」

どうにか立ちあがって、彼は先行するムラサキを追いかけた。


女をムラサキは追いかける。

と言っても、すぐに追いつく。

「……」

潜ませていた短剣を抜き、無言で襲いかかる。

捕獲する際に、傷つけてもいいと言われているため、容赦はしない。

刃が切り裂こうとするが、妙な手ごたえと共に弾かれ、飛ばされる。

そのまま一回転、無事に着地すると、短剣を構える。

そんなムラサキに、女は目もくれずに逃げる。

「いやっ、かえる……帰る!!」

「……」

どこになんて言葉は言わない。

興味がないし、ただ、任務を遂行するだけだ。

再び短剣で斬りつけるが、またも弾かれる。

「きゃあっ」

悲鳴を上げて女は逃げる。

なにかしらの術だとしたら厄介である。今回は簡単な任務と術対策はあまりしてきていない。せいぜい攻撃魔術を防ぐ結界くらいである。

「わたしは、ワタシは……!」

しかし、女は森の中を走り慣れていないせいか派手に倒れた。這いながらも逃げようとするが、そこで捕まってしまう。暴れようとする女に、ムラサキは容赦なく手刀をいれた。

「あ、もう捕まえちゃった?」

遅れて来た灰かぶりは、戦果を見て驚いた声を出した。

「じゃあ、さっさと施設に行こうか」



施設までは約一日。

歩き続けてだから、捕虜の女がいる事も考えると二日間ぐらいはかかるだろう。

転位魔法のような便利な魔法は使えない。

「だからって、これは無いだろ。これは……」

ロープで手首足首を強く丁寧に結び、絶対に逃げられないようにと細心の注意を払われているそれを見て、灰かぶりはため息をついた。

場所は、森にあった山小屋のような無人の小屋。

そこの床に転がされた女を、灰かぶりは律儀に世話をする。

「こういうのはね、きちんとこういうのをやってあげないと」

「……」

ロープをとくと、その下に布を当ててからまた縛り直す。

ムラサキの縛り方よりも少し優しめに。

「はい。オッケー」

結び直したそれを、にっこり笑って灰かぶりは確かめた。

「ムラサキは、もっとレディに対する優しさを覚えなくちゃ」

「……紅破に優しさ何ぞ与えていたら、殺される」

レディである紅破だが、手加減していたら間違いなくコテンパンにされる。

むしろ、殺される。

「ぶっ……す、すみません。ごもっともです。……あははっ一本取られた!! でも世間一般的に紅破さまなみの女性は居ないとおもうよ」

何故か爆笑して大笑いをする。

笑うようなことを、何か言ったか。

「ムラサキって、結構天然でしょ」

「……」

知るか。とばかりにムラサキは無視する。そんな様子に、灰かぶりはほほえましいモノでも見るかのような視線を送っていた。

「お……起きちゃったみたい」

見ると、呻き声と共に女が目を開けて、虚ろな瞳で空を見た。

そして

「あ、あっ、きゃ、きゃあ!!」

「うわぉ!」

「……」

女の悲鳴に、灰かぶりは嬉しそうに驚く。

「なっ、なっ……」

女は縛られた手首を見て、襲って来た謎の二人組を見る。

その顔に浮かぶのは恐怖。

まあ、当然だろう。

こんな正体不明の男に襲われ、さらに攫われたのだから。

しかし、ムラサキはなにも言わない。

そういう説明は、灰かぶりに任せてしまえばいいとおもっていた。

「はじめまして、ボクは灰かぶり。被験体・1097さん、君を迎えに来ました」




被験体・1097は、怯えと共に、何かを言う事は無かった。

ただ、異常に怯えてどんな言葉にも答えない。

「うーん。ムラサキがもう一人……」

「……」

「……」

灰かぶりの視線から逃れるように、女は身じろぎをする。

ムラサキはなにも言わない。

「あーあ……ねえ、ムラサキー。つまんない」

「……」

無言で目をつぶる。

「……ぶぅ」

「……」

「ねえ、君もそう思わない?」

「……」

声をかけられたことに、女は怯える。

「うーん。そんなにおびえられると……あ、ボク灰かぶり。はいかぶりって呼んで。あと、こっちの無表情がムラサキ。一晩だけだけど、よろしくね」

「……」

「そんなおびえないでよ」

「……なんで……わたしを」

とぎれとぎれに、女は問う。

「そりゃあ、1097が施設から逃げたせいだよ」

「……」

「だから」

「……わたしは……ちがう」

「?」

「ちがう……違う!!」

「なにが」

「違うの!!」

突然暴れ始めた女に、灰かぶりはたじろいでムラサキを見る。

が、ムラサキは既にそこには居なかった。

いつの間にか女の後ろに立ち、首筋辺りを軽くたたくと女はぐったりとした。

「おみごと」

「……」

黙って女を床に転がした。

「って、ちょいと!減点!!」

思わず女と床の間に滑り込んだ灰かぶりは、呻き声を上げながら言った。

「もう、ムラサキは乱暴なんだから」

「……」

馬鹿か、こいつ。

思わず夢灰かぶりの顔をまじまじと見てしまう。

今思うと、灰かぶりの顔をよく見るのは初めてだった。

森の奥、木々の一番古い葉のような濃く黒い緑の髪は肩に届くか届かないかの所で切られている。そして、その瞳は銀にも見える灰色の冷たい色だというのにどこか温かい色を放つ瞳。

幼さの残るその顔は童顔で、いまは一応不機嫌ですとでも言い上げに口を尖らしていた。

「……なぜ、庇う」

「なぜ? だって、誰かが困ってたら助ける者だし、傷つけられそうなら庇ってあげるものじゃない?」

「……」

暗殺者である少年が言う言葉ではないが、ムラサキはそんな事を知らない。

そんなムラサキを、灰かぶりもまじまじと見る。

曇りの無い灰色の瞳に見つめられる。

それは、とても……

「……」

とても、恐いものだった。

「ムラサキ?」

「……」

腕をつかまれる感覚が、現実に引き戻す。

灰色の瞳が見かえす。

「どうしたの?」

「別に」

女を一瞥して、ムラサキは先ほどの場所に戻った。

灰かぶりを直視できなかった。

ほんの一瞬、灰かぶりが誰かに重なって見えた――


「……」

目をつぶって眠りについてしまったムラサキを、灰かぶりは無言で見つめる。

まだ、成人もなにもあったものではない幼さを見せる少年。

なんて、哀しいのだろう。

本来なら同い年の少年たちと笑いあい、ふざけ合って社会を学んでいるような歳のはずだ。それを、黒騎士で育った灰かぶりもよくは知らなかったが。

少なくとも、感情を殺し機械のように動き続ける彼が、哀れだった。


彼の過去を知りたい訳ではない。

なぜそうなったのかは知らない。

ムラサキには紫の悪魔にならざる得ない事情があったのだろうから。

自分が灰かぶりであるのと同じように。

灰かぶりには、現状のムラサキの姿が真実のようには見えない。

全てに無関心で、全てを諦めている。


それが灰かぶりのここ数日での評価だった。


「まったく、困った子どもを引き受けちゃったな……って、ボクも子どもでしょ」

一人突っ込みをするが、虚しくなってすぐにやめる。


若干十五歳。黒騎士の保守派代表竜胆と前灰かぶりが手塩を掛けて育成したという噂の暗殺者……灰かぶりは、厳しい目でムラサキを見ていた。


「紫の、悪魔ね」


北の王国で語り継がれる、残酷な童話の名を与えられた少年はそんな事、気づく訳もなく……。


夜が開けると、簡単な軽食を取り施設に向かう。

女は無言。ムラサキも無言。

重い空気の中、三人は施設に向かって歩くだけだ。

だが独り、そんな空気に負けない奴がいた。

「そう言えば、1097さんは、どうして逃げたの?」

灰かぶりは、手首を拘束された女に気軽に声をかける。

それに、女は無言で灰かぶりを見た後、口を開いた。

「帰りたかった」

「どこに?」

「……」

女は応えない。

「……どこ、だっけ」

小さくつぶやいた言葉は、灰かぶりにも聞こえなかった。


昼を過ぎたあたりで、目的地に到着した。

何人かの研究者が現れて、灰かぶりと一言二言話すと女は引き渡される。

これで、任務完了。

黒騎士は暗殺組織だが、年がら年中暗殺活動している訳ではないのだ。

すぐに被験体1097は本格的に拘束され、中に入っていく。

そのとき、後ろを振り返って口を開いたが、なにも言葉に出来ずに女は消えた。

何を言いたかったのかは分からない。

そのまま、ムラサキと灰かぶりは来た道を戻った。









「はーい、終わりましたよ。りんどーさーん!」

黒騎士本部に戻った灰かぶりは、自分の上司である竜胆に報告をしに行く。

「終わったか」

「うん。それにしても、おもしろいね~。紫の悪魔」

「そうだったか?」

「なんて言うか、すごく危ない」

「危ない?」

「危なくて、危うい。なんだか、死んじゃいそう」

「そう、見たか」

保守派で灰かぶりが選ばれた理由。

年が若いのもある。

しかし、一番の理由は、その人を見る目にある。

「灰かぶりがそう見たのなら、そうなんだろうな」

「……彼は、一体?」

「そうだな。ボクは答える事は出来ない。姉さ……紅破の管轄だからね。あと……彼自身が記憶喪失らしくて、ほとんど情報が無いんだ」

「え……」

その瞬間に、あの時のことが脳裏をよぎる。

名前を訊いた時、彼が


『……無理』


そう、言ったのを。

教えない、じゃ無くて、無理。

無いのではなく、覚えていない。

自分が自分の名前を知らなかったからだ。

「二年間だけの契約で、引き取ったとも言っていたな」

「契約?……つまり、ここにいるのは二年間だけ? 引き取った?」

おかしい。何かがかみ合わない。いや、全てかみ合わない。

灰かぶりと紫の悪魔は、保守派と革命派の間を取り持つためにどうの云々と言われて共に任務に就く事になった。

しかし、灰かぶりはともかく、紫の悪魔本人はそんな気微塵もなく、むしろ保守派も革命派も関係なく自分から壁を作っている。

しかも、今の話を聞く限り、二年間だけしか紫の悪魔はこの黒騎士に居ないことになる。

そんな彼を普通、間を取り持つ橋役にするだろうか?

適任は他にもたくさんいたはずだ。

考え込む灰かぶりを、竜胆は心配そうに見ていた。


紫の悪魔の事を知ってから、出来れば彼をこのたくらみに参加させたくはなかったのだ。しかし、現状最も適役は彼しかいない。

姉である紅破がなにかをしようとしている。それが、灰かぶりにまで害がでないようにと祈ることしか出来なかった。


灰かぶりは、いずれ黒騎士を辞める。その願いを叶えさせてやりたかった。








暗い部屋。ムラサキはベッドの上で寝がえりを打つ。

目は冴えている。

当分眠れそうになかった。

「名前……」


――君の名前は?


「名前は……」



目をつぶると、灰かぶりのまっすぐな眼を思い出す。

それが、苦しくもあり、どこか懐かしくもあった。




今回、不注意で手を骨折してしまって今月中に投稿が出来なそうだったので、この話を投稿しました、

じつはもともと二部が終わったら幕間として投稿しようと思っていた物です。

二話以降は二部のネタバレが少しはいってくるので、来月は本編のほうをちゃんと投稿できるようにしたいと思います。

片手でタイピングって、こんなに大変だったんですね……。


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