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騙る世界のフィリアリア  作者: 絢無晴蘿
第二章 -神騙り-
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02-03-02 彼らを巡る風の音


それは、遠い過去。

黒髪の、自分と同じくらいの年の少年は、言った。


「なんで、泣いているの?」


これは、アルトが『彼ら』と出逢った時の物語。








また、独りになった。



あの真っ赤な着物を送ったのは、親族じゃなかった。

親族どころか、誰なのかすらわからなかった。

あの着物は、目印だったのだ。

音川アルトが、誰なのかという。

それに気付かず、千種はその着物を着た。

殺しに来た者も、まさか別人が着ているとは思わず、アルトでは無く千種を切った。


アルトがそんな事をしなければ、千種は間違えられなかった。

アルトがその着物を着ていれば、千種は死ななかった。

アルトが、殺した。


自分で自分を責めて。

人との係わりを絶った。

怖かったのだ。

大切な人が目の前で死んでしまったのを、見ることしか出来なかった自分が。

恐かったのだ。

また、アルトと関わって、誰かが死んでしまうんじゃないかと。

初めてのトモダチはアルトのせいで死んでしまった。

それが、幼い少女を傷つけていた。

忘れられない傷を作っていた。


人と関わるのが恐くて、否定して。

人と関わるのが恐くて、心を閉ざして。


ふと、どこかでよく似た人を思い出しかけるが、すぐに忘れる。


アルトはその後、最低限の会話すらしなくなり、心配したスバルに流留歌の町に連れてこられた。

離れて暮らしていたスバルとヒイラ、父のいる家。その頃は、まだヒイラは家にいた。

しかし、シルフは既に世界中を飛び回っていて家には居なかった。

優しく接してくるスバルと、いつも厳しいがそっとアルトを見守るヒイラ。父は仕事で家を開けていることが多かった。

でも。

馴れない家。

馴れない町。

馴れない……家族。

逆にどこにも居場所が無くて、独りでこの丘に来た。

誰もいないし。誰かと会う事もない。

誰かが来ても近くの木の後ろに走って隠れた。

そこで、一日の大半を過ごした。

そんなある日、アルトより少し年上の、少年に会った。

家族で旅をしている様子で、町じゅう走りまわってここまで来てしまったらしかった。

息を切らせて休憩していた彼は、隠れていたアルトを見つけて、無遠慮に声をかけて来た。


「なんで、泣いてるの?」


それが……玻璃だった。



「ないてなんて、ない」

慌てて涙を隠すアルトに、玻璃は不思議そうに首を傾げた。

「ほんと?」

「……ほんとう」

「じゃあ、いいや」

無邪気に笑った少年に、アルトは警戒した。まるで、千種のようだったから。

もう、二度とあんなことになるのは嫌だった。だから、その時は早く消えて欲しいと願った。さっさと帰るべき場所に変えればいいと思っていた。

「ねえ、君ここの町の子?」

「……」

「ぼく初めてきたんだ。お兄ちゃんとお姉ちゃんと」

「……」

だからどうしたとでもいうように、アルトはなにも答えなかった。


次の日も、次の日も、彼は来た。

「ねえ、名前なんていうの」

しつこくしつこく聞いて来る彼は、嫌でも千種の事を思い起こさせた。

それでも、家に居る事も出来ず丘に来てしまっていた。

もしかしたら、そのときすでに彼の事に気を許してしまっていたのかもしれない。

「なんで答えてくれないのさ」

ぷっくりとふくれっ面になる彼に、アルトは顔をそむける。

「あ、ねぇ、この町のみこさまって会ったことある? まいひめさまとうたひめさまがいるって聞いたんだけどどんな人なんだろう」

勝手に語り始める玻璃は、とても楽しそうだった。

「山には神様が屋敷に住んで居るって言うし、すごいよな!」

「そう、なの?」

他の場所では違うのかと声をかけると、目を輝かせて彼は応えた。

「そうだよ、オレ、父さんに連れられていろいろな町に行ったけど、町の近くに住んでる神様とか聞いたことなもん!」

「そう、なんだ」

勝手に語っていく玻璃の話は、どれも聞いたことが無い話ばかりで、しだいにアルトもその話に耳を傾ける様になった。


そのうちに、名前を教え合って。

「あると?あるとっていう名前なんだ」

「……うん」

「それで、なんでここにいつもいるの」

「……」

「言わなくてもいいけどさ。……大丈夫?」

「……べつに、なんでもないから」

「そうなの?」

少しずつ話をするようになった。

「なんで、ここにきたの?」

「え?あぁ……と―さんのしごととどうらく」

「どうらく?」

「ゆうめいなるるかの町がどうのこうのってさ」

「?」

やがて、その話は、なぜアルトがこの丘に来るようになったのかという話になって。

「そう……友達が……」

「うん」

「そっか……ねぇ……人は、いつ死ぬと思う?」

「え?」

「人がね、その人を忘れた時。その時、人は死ぬの」

「……」

「ちぐささんは生きてるよ。だって、あるとはまだ、忘れてないもん。だからなんて言わないけど、そこまで自分を責めないで」

アルトの知らない死を、彼は教えてくれた。

「それにさ、もしも自分が死んで、誰かが自分の為に泣くのなら、泣くよりも笑ってもらいたいって、おれなら思うよ」



それが、玻璃との出会い。

たった五日間ほどだったと思う。

なにしろ昔のことで細かいことまでは覚えていないが、最後に玻璃に言われた言葉は、今もアルトは覚えている。



泣くよりも、笑っていてもらいたいって思うよ



「あ……」

「どうしたの、アルト?」

そう、玻璃は――そう言ったのだ。

「いや……今まで、なにしてたんだろうって」

「え?」

少しだけ、先ほどとは違うアルトに、雷華は首を傾げた。

「そうだよね……うじうじしてたって嫌なだけだよね……」

「うん! 本当にその通りだよ! 悩んでもいいことなんてないっ」

「雷華、私決めたっ」

何時もの、いやそれよりも少しだけ真剣で少しだけ張り詰めた雰囲気で、アルトは笑った。

「なにを?」

それに、思わず雷華も微笑む。

アルトは普段悩まない分、一度穴にはまると抜け出せなくなる。でも、きっかけがあれば自分で立ちあがれる。

きっと、アルトはもう大丈夫だ。だから、雷華は嬉しくなって笑う。

だって、アルトは雷華の一番大切な友達だから。

「なんで玻璃が死ななきゃいけなかったのか、どうして星原が襲われなくちゃいけなかったのか、調べる! それで……マコトと、もう一度、会う!」

そんなアルトを、雷華は眩しそうに見る。

「うん。……アルトはやっぱり、笑っていないと、ダメだよ」


そう言って笑う雷華は、アルトの話の矛盾点に気づくことはなかった。

そして、アルトもまた自分の記憶の矛盾に気づかなかった。

幼いころのあやふやな記憶だったがゆえに、アルトは見逃してしまった。

真実を――。





当主就任前日。アルトは定例通りに白峰の屋敷に訪れていた。

いつもと変わらない様子で白峰は出迎えたが、アルトは少しだけ緊張をしていた。

今日は当主と一部の者にしか伝えられていない口伝、それを直接白峰から告げられる事と為る。

神聖な儀式とされているが、周囲には誰もおらず、アルトと白峰だけだ。

何時ものように白峰がお茶とお茶菓子を出して、いつものように世間話を始める。

「しろ……あっ、白峰様! あの、そろそろ……」

さすがに数十分世間話を続けていたのではらちが明かないとアルトは伏し目がちに白峰に声を賭けた。

「ん? あぁ、そうでしたね。今日は、あの子たちの話をしないと。あと、いつもみたいに敬語とか辞めてもらえると」

「でも、今日はちゃんとしなさいっておばあちゃんが」

「話しづらいです」

さすがに今日は儀式なのだからと江宮の町から流留歌に訪れている祖母から口を酸っぱく言われていたのだが、白峰はにべもなく断る。いつも友達の様な感覚だったためにたしかに話しづらいが、さすがに相手は神なのだが、アルトは何時もの様に接する事にする。

「えー、うん……。それで、あの子って?」

「あぁ。君達の……音川家と日野家の先祖である(くれない)夜月(やづき)と……シエルの事ですね」

「あっ、知ってるよ! シエルってシェルリーズさんのことでしょ? 嵐の巫女と言われた人だよね? それで、夜月さんはその人の……」

「はい。まぁ、これは初音から聞いてますね」

初音とはアルトの祖母のことだ。

しっかり音川の歴史を学んでいること満足そうに白峰は頷く。

「彼等は、この白峰の山にある邪神を封印しました。その封印が解けないように、彼等は数年ごとに封印を強化する儀式を行う事にしたのです」

「そうなのっ?! 知らなかった……」

祖母から音川家の歴史を習っていたが、そこまでの話は聞いたことが無かった。

おそらく、それが口伝なのだろうとアルトは一言一句聞きもらすまいとする。

「ええ。アルトだって毎年参加しているでしょう?」

「えっ?」

「毎年、音川家と日野家で舞いと歌を行うでしょう」

「えっ」

「それが、その儀式です」

「えっ……え?」

それはおかしい。と反論をしたいのだが、言葉が出ない。

「……表向きは、白峰の土地神たる私に奉納をする、と言う事になっていますがね」

「ちょ、っと、まって。じゃあ、うそだったの?」

「はい」

これまで、アルトは音川と日野は白峰の神に仕える巫女の一族だと教わってきた。その為の修行や学問を修めてきた。それなのに――それは、偽りだったのだ。

自らのお仕えする神だと思っていた白峰すらも。

「私は、表向きはこの土地神ですが……本来はその封印を守る為に存在しているのです」

「……」

「アルト……今まで、騙していて申し訳ありませんでした」

「ちょ、ちょっとまって! 頭なんて下げないでよ! う、嘘だったのはびっくりしたけど、それでもしろちゃんは神様で、封印を守りながらも流留歌を今まで守ってきてくれた土地神さまでしょ。お礼を言わないといけないのは、きっと私達のほうだよっ」

「え?」

今度は、白峰が驚く番となった。今まで、当主就任の口伝の儀でそんな事を言われたことが無かったからだ。

「それに、言わなかった理由があったんでしょ?」

「……はい」

流留歌に住まう者達を不安にさせないため、そして、ここに封印があることを隠すためにこうして秘密にしてきたのだ。

「封印されている存在を、隠すために……」

「その、封印をしている邪神さんって、誰なの?」

「……彼女の名は………………スフィラといいます。かつて、神世の時代を終わりに導いた神々の争いを起こした張本人にして、現在も世界の崩壊を願う、女神……です」

「…………う、そ」

スフィラ? アルトにとって、忘れがたいその名は、すでに恐怖に刻み込まれている。

マコトと共に皇の館に現れた……あの、黒の女神。彼女こそ、スフィラ。

「ちょ、っと、まって。でも私、その神に、会った、よ?」

「えぇ。彼女は幾つもの場所に、力を分かたれて封印された。私達が護っている封印はそのうちの一つです。すでに、数十年前に封印の一つは解かれてスフィラ自体はこの世界に存在しているのです」

「他にも封印があるの?!」

「えぇ。私は……他に幾つ、どこに在るのかを知りませんが。今のところ解かれたのはその一つだけだと聞いています」

「そう、なんだ……」

繋がる因縁に驚きつつ、アルトは呆然と白峰を見つめる。

まさか、ここでセレスティンと繋がるとは思っていなかった。

「アルト……彼女を信奉する者が、彼女を復活させるために世界を巡っています。気をつけなさい。貴方は封印の要を担う音川家の姫。必ず、彼等は貴方を狙って来る」

「……」

「本当なら、貴方を私の手が届く流留歌から出したくはない」

「でも、私……」

昨日、セレスティンについて知りたいと雷華に話したばかりだ。それが、まさかこんな形で横やりが入るとは思っていなかった。

居づらそうにアルトがもぞもぞとしていると、雷華からすでに話を聞いていた白峰は少しだけ哀しそうな顔をする。

そして立ちあがると、隣の部屋へと行ってしまった。

「それでも出たいのならば……手を出しなさい」

そう言ってアルトの手に落したのは、どこにでもある様な扇だった。

「これを、持っていきなさい」

「これ……」

見た目は唯の扇だが、触るとその中に内包されている魔力にアルトは目を見張らせる。

「これは、風璃といいます。風の大精霊たる風李どのに頼んで、力を籠めてもらいました……せめて、お守り代わりに」

「ありがとうっ!!」

「……」

笑顔のアルトに、白峰はなんとも言えない顔をする。本心は、行って欲しくはないのだ。

だが、アルトは当主になったとしても自分で決めた道を行くだろう。

それを、幅見たくはない。だが、それでも心配で仕方が無い。

もしも、自分が白峰の土地に囚われて居なければ、おそらくついていってしまっただろう。それほど、心配だった。

「アルト、貴方は……紅夜月によく似てる」

「そうなの?」

「えぇ……その赤い瞳を視ていると、思いだす。あの生意気なクソガキに」

「え?」

若干最後の辺りが聞こえず、アルトは聞き返すが白峰は笑ってごまかす。

「でも性格はどちらかと言うとシエルですね。ほんと、あいつに似なくてよかった」

「もしかし、しろちゃん紅夜月さんのこと……」

「でも、泉美と出流はシエルに似ていますねー。ほんとうに懐かしい」

「えっそうなのっ?!」

いつの間にか、白峰の昔話へと話は変わっていく。

なんとも締まりはないが、こうして口伝の儀は終わっていった。




日が暮れた頃、アルトは白峰の屋敷を出た。

話しこむうちに、当初よりも時間が経ってしまっていた。

「じゃあねっ、しろちゃん!」

「えぇ……」

別れ際、白峰は少しだけ、寂しそうに笑う。

なにかを迷い……そして、今にも帰ろうとしていたアルトを呼びとめた。

「アルト……この地にスフィラが封印された時……いや、私とシエルが出逢う以前から……この世界は……この世界たる世界樹は、狂っていました」

「世界樹? フィーア様のこと?」

「えぇ。この世界たる世界樹フィーア……彼女は、今でも狂っています。もしも彼女と会い見えることとなったのならば……気をつけなさい」

「う、うん」

世界のどこかにあると言う世界樹。そしてその世界樹である創世の女神フィーア。彼女と出逢うことなんてきっとただの人間であるアルトには関係ない話だろうと、アルトは頷きながらも思っていた。

しかし、どうして白峰の神が今、口伝の儀の最期になって、そんなことを言ったのか……ましてや、この世界の中心である神を狂ってるなどと称したのか……少しだけ不安になっていた。

それでも、最後は何時もの様に笑って別れる。

明日は、アルトの当主就任の日となる。





アルトが白峰の言ったその意味を知るのは、ずっと先の話となる。






今回はいろいろと外伝につながる話が多い回でした。

夜月くんと白峰さんはとても仲が悪いです。そしてアルトが白峰さんからもらった扇は最終的に……。

それにしても説明が多い……次も多めの予定。

4話は久しぶりの人たちをバトルさせたい……。



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