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騙る世界のフィリアリア  作者: 絢無晴蘿
第二章 -神騙り-
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02-03-01 彼らを巡る風の音





むかし、雷を司る精霊がいました。

人間が大好きで、よく人里に下りては人と交流を持っていました。


仲間たちはそんな彼女を止めました。

精霊と人が交流を持ったせいで世界樹に危険が迫ったことが記憶に新しかったからです。

そして、その頃はまだ、精霊と人が契約をするという概念も無かった時代だったからです。


仲間たちの不安は最悪の形で的中することとなってしまいました。


邪な考えを持っていた人間が、人に好意的な精霊の話を聞いて、その力を利用しようと考えたのです。

その人間は、精霊を利用して、利用して、利用して、利用して、利用して、利用して……精霊がボロボロになるまで、人を信じなくなるまで、人を憎むまで、人に絶望するまで利用して、使えなくなったら、捨ててしまいました。


それは、今は昔の話。


雷の精霊の、忘れたい過去の話。




でも、そんな精霊の元に、ある少女は現れました。


底抜けに明るくて、少し天然で、友達思いの優しい女の子。

友達になりたいと人間嫌いの精霊の元に通って、邪見にされても、無視されても、笑って友達になろうと手を差し伸べる子ども。

そんな彼女はある日、とびっきりの笑顔で精霊に言いました。


「あのね、こんどお祭りがあるの。精霊さんも、いっしょに遊ぼうよ」


精霊は、もちろん何も言いませんでした。

もちろん、行く気なんてありませんでした。

それに、迎えに来ると言った少女は、結局迎えに来ることなんてなく、それからというもの、その少女も精霊の元に現れる事はありませんでした。


結局彼女は嘘をついた。約束を破った。

あぁ、ようやく静かになった。

嘘つきな人間なんて大っ嫌い。

さっさと忘れてしまおう。


本当は、精霊は少しだけ期待をしていたのです。

もしもあの子が約束を守ってくれるのなら、もう一度人間を……彼女だけでも、信じてみよう。

そう、思っていたのです。

だから、未練がましく少女の事を忘れられずにいました。


そして、季節が巡ったある日、見知らずの少女が現れました。



そこで、精霊は自分の思い違いと、もはや取り返しの出来ない自分の失敗を知ったのです。



それは、ほんの数年前の出来事。

やっぱり、精霊にとって忘れてしまいたい物語。

そして、絶対に忘れられない後悔の話。






村の外れにある丘。その丘には一本の木があった。

何年も孤独にそこに立っていたのであろうその木はとても大きい。

その樹の下に、栗色の髪の少女がいた。


音川アルトにとって、この木は思い出深いモノだ。

生まれはこの流留歌の町だが、物心つく頃には祖母のいる江宮の町に住んでいた。ある事件から移り住んだ時から、いつも辛いことがあるとここに来ていた。

ここには、あまり人が来ない。

流留歌の町にやってくる旅人や、隣の町に行こうとする人ぐらいだ。

だから、ここはアルトの秘密の逃げ場所となっていた。


そして、ここで初めて……千引玻璃と出逢ったのだ。



「アルト……お帰り」

だが、今回は誰もいないし来ないと思っていたその場所に、彼女は現れた。

小さな、手のひらに乗るほどの大きさの精霊。

どこかの民族衣装をまとった彼女は、雷華と言った。

「……ただい、ま」

「玻璃のこと……聞いたよ」

雷華は、アルトと玻璃の事を良く知っている。

そもそも、雷華と出逢うきっかけとなったのが玻璃だった。

「あれから、もうずいぶん時間が立ったね」

「あれから?」

「アルトが玻璃と出逢って、そしてあたしと出逢ってから」

「……うん」

「今にして思えば運命的だよね。小さい頃に一回会ったきりの男の子が、出逢った時と同じ場所で再会するなんて」

「…………うん」

アルトは玻璃と出逢った時の記憶はあいまいで、正確な時期は覚えていない。けれど、彼が言ってくれた言葉は覚えていた。


『あのね、ちぐさちゃんは生きてるよ。だってね、おにいちゃんが言ってた』


『いつまでもうじうじうじうじ、なやむんじゃないって』


『人はね、忘れられた時に、死ぬんだって。だから、まだ彼女は死んでいない』


『そんなに泣いていたら、嫌われるぞ』


『それに、気休めでしかないかもしれないけど、きっと……』


「まだ、雷華には話して無かったね」

「なにを?」

千種(ちぐさ)のことを」

「……少しだけ、聞いたわよ」

「でも、ちゃんとは話してなかったでしょ」

雷華と出逢うきっかけになった少女――アルトの初めての友達だった女の子。

いつかその少女のことを話して欲しいと頼まれていたのをアルトは思い出して、語り始める。


「私が、千種を殺したの」





音川アルトは、かつて江宮の町に住んでいた。


ほぼ、監禁状態で。


だから、江宮の町の事はほとんど知らない。友達もいない。

そんな、孤独な幼少期を過ごした。

当時のアルトは自らの力を制御する事が難しく、たびたび力を暴走させていたためである。

一度、同い年の子どもと出逢った時、やはり制御できなかった風で酷いけがを負わせた。

その事件はアルトに、自分は誰かと仲良くしてはならないと、そう幼心に傷を作った。

ある程度制御ができる様になった後も、アルトは誰かと触れ合うことを嫌った。傷つけてしまう事が恐ろしく、自分には友達を作る資格も無いと考えていた。

かつてのアルトは、口数少なく暗い少女だった。

そんな彼女に変わるきっかけを作ったのは、一人の少女だった。

同い年の少女……千種。

彼女はアルトを外の世界に引きずり出した。

明るく活発で、誰からも好かれていた少女。

アルトの初めての友達となった。


千種はいろんな遊びを知っていた。

家に引きこもって祖母から音川家当主としてふさわしくあるようにと学んでいたアルトよりも様々なことを知っていた。

そして、多くの友達がいた。

いつも周りに笑顔が絶えなくて、その中心に居た。

そして、その中心に、アルトを引っ張りこんだ。


本当に、不思議な少女だった。


だが、千種は殺された。


「江宮の町ではね、夏に祭があったの。とっても大きい祭りでね、私は初めて友達に一緒に行こうって誘われたの」

とっても、嬉しかったのをアルトは覚えている。

本当に、今思い出しても笑ってしまうくらい浮かれていた。

そんなとき、親戚から贈り物が届いた。

祭に来て行くようにと、新しい浴衣だった。赤い布地に蝶が飛びかう模様の可愛らしい浴衣だった。

「……でも、私は……それを千種にきてもらいたかった。きっと、千種の黒髪に似あうと思ったの。明るい千種のほうが、きっと可愛らしいって。だから、祭の日、私はその浴衣を……千種に着せた」

千種は貧しい家の子だった。だから、新しい浴衣なんて買えなかったし祭だからとめかしこむほどの余裕はなかった。

そんな彼女に、幼かったアルトはその浴衣を無理やり着せたのだ。

自分はもう少し地味な浴衣を着て。

それが間違いだったのだ。

「その着物は、目印だったの」

人であふれかえる祭の中での、殺害対象だという標。

結果、アルトと間違えられて、千種は殺された。

もしも着物を交換などしなければ――千種は殺されることなどなかったのに。


初めての友達が目の前で殺された時、アルトの心も壊された。

これ以上江宮の町に居る事は危険だと白峰神の守護がある流留歌の町へと帰還した。



思いだす限りの思い出をアルトは語る。

そのうちに、雷華はアルトが少しだけ笑みを見せていることに気付いた。

もう、その事件をアルトは乗り越えているのだ。

ほんの少しの切なさを覚えながらも、懐かしい思い出を語れるくらいに。

乗り越えるきっかけを作ったのは――






久しぶりに会う家族は優しくて、しかしアルトはもう屋敷の外へと出る事はなかった。

それどころか、久しぶりに会う家族と慣れない屋敷に戸惑い、部屋から出る事も無かった。時折、人の目を盗んで町の外へ――たまたま見つけた丘にある桜の木の元へと行くくらいだった。

そして、千種の死んだことが自分のせいだと責め続けていた。

さらに不幸は続き、突如兄であるヒイラが失踪した。

アルトがこの屋敷に戻らなければ、ヒイラはいなくなることも無かったのではなかったのか。そんな予想ばかりして、アルトはだんだんと追い詰められていった。


そんな時に、彼と出逢ったのだ。











白峰の山の中でも唯一人が住む場所――いや、人ではないが――そこに、一人の女性が文字通り空から舞い降りた。

乱れた栗色の髪を手櫛でさっとととのえて、屋敷の門をくぐる。

彼女が歩いた後には、小さなつむじ風が起こる。

「白峰ー、いるでしょう?」

「……毎度のことながら、あなたは何時も唐突ですね……」

屋敷の奥から、疲れた様子の白峰がゆっくりと出て来る。

それに、彼女――音川シルフは微笑んだ。

「今回は唐突じゃないわよ。聞いているでしょう? あの子が音川家の当主になるのよ?」

「……えぇ、そうですね」

「だから、あなたに……確認と頼み事をね」

「分かってますよ。音川の姫は……この流留歌に居る限り、私が必ず守ります」

「……それもそうだけど、そうじゃなくて」

「はい?」

「あの子に、『ヴィラン』の事を教えてあげて欲しいのよ」

ヴィランという名に、白峰は身体をこわばらせる。何を言っているのかと恐ろしいモノを見るかのようにシルフを見た。

白峰の神は様々な制約と誓約をしている。その中でも禁忌の領域に入るその名に、彼はシルフを睨みつけた。

「……正気ですか?」

「正気よ正気。あの子に、ヴィランと彼……ルゥイの事を話して欲しい。出来れば出流にも話してもらえればよかったけど、さすがにあの子を流留歌に連れて来るのは無理だから仕方ないわ」

事の重大さのわりに軽い様子で話すシルフに、白峰は嫌悪を隠さない。

「嫌です。あの子たちの事は、話したくありません。そもそも、なぜあなたがあの子たちのことを……」

ニコリとシルフは微笑んで口元に人差し指を当てる。

「秘密よ。とある筋から聞いて何があったのかは知っているわ」

「かつての事を知らないあなたが軽々しくあの子たちのことを話さないでいただきたい」

「だけど、ことが終わってからでは仕方が無いのよ。今のうちにアルト達は知らないといけない」

「……なにがあるって言うんだ。彼等は死んだ。もう、終わった話を蒸し返さないでくれ!!!」

普段の口調を忘れて白峰は叫ぶと、歯を食いしばり下を向く。

「……『オレ』が知っていたヴィランはもうとっくのとうに死んでるんだ。今の彼女は別人だ。だから、あの子たちの事は話す必要なんてないっ」

くるりと背を向けると、白峰は有無を言わさず屋敷に入ってしまう。ぴしゃりと玄関を閉められると、シルフはため息をついた。

「だから頭でっかちの神は嫌いなのよね……ヴィランは死んでないし……ルゥイだって眠っているだけだってのに。……さーてどうしましょう。フィーユちゃんとアス君以外で二人の事を良く知るヒトって生きてたっけ?」


かつてあった神々の戦争。

そこに巻き込まれた者たちはほとんどはすでに寿命をまっとうしてしまっている。

数少ない生き残りを思い出しながら、シルフはため息をつく。


「それに、私の予想が正しければ……ルゥイは……」


これから始まるであろう救いようのない物語に思いを馳せ、シルフはそっとその場から姿を消そうとした。


が--。


この屋敷に向かってやってくる精霊らしき女を見て足を止めた。

古い様式の白いドレスを身に纏った人外の美しさを振りまく女。

彼女もまた、誰かがいるとは思っていなかったのか、シルフの姿を見て身構える。

「白峰の神に、なんの用かしら? フェルナンド」

「……音川、シルフっ」

忌々しいとばかりにフェルナンドはシルフを睨みつける。

「朽ちた歴史書がなぜここに居るのかしら?」

「それはこちらのセリフだ、音川シルフ」

「あら、娘の当主就任前に主神である白峰の神に詣でておかしいかしら?」

「……くえない女だ」

「それはこちらのセリフよ」

二人は睨みあうこと数分。そしてどちらとも知れずふと視線を外すと歩きはじめ擦れ違う。


「音川シルフとやり合うことが無いようにと願うよ」

「それはどうかしらね」


もう二度と顔を合わせず、二人は別れた。



音川家の娘の当主就任まで、あと二日の出来事だった。





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