02-02-03 とある、暗殺者の告白
そこは、森の奥の廃屋。
静かな洋館の前にマコトは立っていた。
彼の周りには、いくつも骨が転がっている。
先ほどまで動いていたそれは、彼によって壊され、バラされていた。
まるで洋館を守る様に存在したそれは、とある実験の被害者だ。
それを踏みつけないようにと歩きながら、彼はその館へと入っていく。
中には、人骨が立ち並んでいた。直立し、館に入ってきた侵入者のほうへと身体を向けている。
「セレスティンの者だ」
マコトがはっきりと告げると、彼等はさっと道を開けるかのように身を引いた。
その手はある方向へと指している。
その指示に従ってマコトは歩いて行く。
どうやら、地下に居るらしい。
奥の部屋にあった階段を下がり、暗い地下道を通った先に、そこはあった。
中は、地下とは思えないほど無駄に明るい場所だった。そして、とても広かった。
そこに、青年がいた。
彼こそが、マコトの探し人――ウィルベル。
幾つもの人骨に囲まれて、彼はうっすらと笑みを浮かべて侵入者を見ていた。
「やぁ、初めまして。君が、噂の『紫の悪魔』君かな?」
人骨が、ひとりでに動き始めると、マコトの横を通り過ぎ、外へと出て行く。
そして、二人っきりになった。もはや生きていないただの動く骨ごときが傍に居ても居なく手も同じことだと思うのだが、彼にとっては違うらしい。
「それで、なんの様でオレの元に来た」
目を細め、探る様に彼はマコトを見る。
彼とセレスティンはそこまで友好的ではない。今まで、積極的な付き合いは無かった。それがいまさらセレスティンの幹部が現れたのだから、警戒するのは当たり前だろう。
だが。
「申し訳ないが、今回訪ねたのはセレスティンと関係はない。先ほどセレスティンの名を出したが、個人としての用事であなたに会いに来た」
「ほう」
「あなたと取引をしたい」
面白そうに、彼は目を細めて笑う。
「つまらない案件ならばさっさと返してしまおうかと思っていたが……内容は?」
マコトは、緊張を表に出さないようにしながら応える。
「黄泉還り」
この交渉をしくじってはならない。かかっているのがマコト一人の命運だけではないからだ。
彼を味方に、いや、こちら側に取りこむことが出来なければ、これからマコトがおこなおうとしている馬鹿げた思惑を成功する事は難しい。
だから、慎重に。だが決して彼が有利だなどと思わせないように。
「知りたくはないか? 『黄泉還り』を成功させた、魔術師のことを」
その言葉に、彼は反応を示した。
無表情――いや、怒っている様な、怪訝そうな、そんな顔でマコトを見る。
ウィルベルは黄泉還りの研究者だ。今までに、どの研究の為だけにどれほどの人を殺してきたのか数えきれない。そんな彼は、今だ黄泉還りの術式を完成させてはいなかった。
死した人物を生き返らせる、それが禁術である黄泉還り。大和国が詳細の描かれた書管を管理しているらしいが未完成であり、不良品の術だ。それを完成させるために、ウィルベルは存在している。
だが、彼以外の者が黄泉還りの術を完成させた。それは到底看過できることではない。
「『魔術師』のことでしょう。話ぐらいは聞いていますよ」
自分以外が術を完成させたと言う事に納得いかず、その声は震えている。
「それならば朗報だ。魔術師は黄泉還りを完成させてはいない。完成させたのは黄泉還りとは主旨が少々異なる」
「それが……一体どうしたのでしょう? 彼女が黄泉還りを完成させていないのならば万々歳ですが、それがオレになんの得があるのですか。取引、と言うからにはなにかあるのでしょう?」
「ここに、魔術師による黄泉還りの施術についての資料がある。完全なる黄泉還りではないとしてもその資料の価値は分かるはずだ」
「……確かに。なら、君はオレになにを望んでいるんでしょうか」
「魔術師の殺害の協力。正確には、黄泉還りの対応をして貰いたい」
「ほう。不死の化物には不死の化物を、ってことかな」
「……」
頷くマコトに、ウィルベルは笑いながら言った。
「こちらは黄泉還りでもなんでも不死についての事なら……たとえ、不完全な黄泉還りの資料でも確かに欲しい」
この雰囲気ならば、容易に交渉は成立したのでは、そう、思わせるような声で、彼は言った。
「だが、断る」
一瞬、いつも無表情の顔に怪訝な様子が浮かぶが、すぐにかき消える。
ただ、淡々とマコトはそうかと頷いた。
「理由は聞かないんですか」
「絶対に協力が欲しい訳ではない。協力が得られないのならば、それならそれで別の方法もある」
動じた様子の無いマコトに、ウィルベルは拍子抜けとでもいうようにため息をついた。
「なんだ、そんな覚悟なのか。まぁいいか」
パチンと指を鳴らすと、部屋に在る唯一の扉から骸骨達が姿現れる。
「……なんのつもりだ」
「ん? そりゃまあ、魔術師の情報をもらおうかと」
不思議そうに首をかしげるウィルベルは、何を当然とばかりに応える。
「君、つまらなそうですしね」
「協力はしないが情報は欲しいということか」
「そう言う事」
唯一の出入り口から骸骨達は溢れかえり、マコトの元へと襲いかかる。
狭い部屋で逃げられるわけがないが、マコトはそれでも動じた様子はなく剣を抜いた。
それは異様な二振りの剣だった。
一つは血の様に赤い刃に繊細な細工の施された剣。もう一つは少々黒ずんだ刃で飾り気のない剣。どちらも、いわくつきの業物である。
「残念ながら、情報は手に入らない」
淡々と彼は告げる。
だが、その瞳はどこか熱を帯びていた。
「これだけの差がありながら? そもそも、魔法も使えない暗殺者風情が魔術師の工房から無事に戻れるとでも思っていたんですか?」
ウィルベルはにやりと嗤う。だが、マコトは動じない。
「ここにはその情報を持ってきていない……それに、お前にはぼくを殺す事は出来ない」
「ははっ、そんなの、君を殺して死体に案内させればいい事。私が誰だか忘れたのか?」
黄泉還りの術はネクロマンシーにも通じる。ウィルベルは黄泉還りの禁術を完成させるためにネクロマンシーにも手を出している。
彼を守る骸骨達も、その被害者だ。
彼等は施術者であるウィルベルの指示に従いマコトの元へと殺到する。
そのあまりの量に小柄なマコトの姿はすぐさまに見えなくなり――だが、直後に真紅の炎が燃え上がり骸骨達を焼き尽くした。
「それは、むりだ」
焔の合間から無傷のマコトが姿を見せる。
いや、無傷ではなかった。赤い刃の剣を持つ右手から血が滴り落ちていた。
止まる気配なく滴るその血を、いやその剣を見て、ウィルベルは少しだけ驚いた顔をして、そして嗤った。
「それは魔剣か。なるほど、魔法を使えないそのハンデを、それで補おうと」
マコトは応えずに黙々と刃を振るう。
まとわりついて来た骨達は、血の様に赤い炎にまかれて黒炭にされていく。それと比例するように、滴る血は増えていった。
「しかも、自分を削って対価を得るようなやっかいなやつだ」
魔剣などというものは総じてろくなものではない。
なにしろ、魔なる剣と呼ばれる代物だ。
それらは、使用者に恐ろしい結末しかもたらさない。
例えば、精霊にも似た少女の姿をとることができた、サイと呼ばれた魔剣。その魔剣は、使用者の生命力と引き換えに、魔力や精霊を視る目を与える。
膨大な魔力を欲し、生命力を削り、死んだ者たちの数は百を超えると言う。
そして今、マコトが手にした二振りの剣も、魔剣と言われるたぐいのモノだった。
「君は、命が惜しくないのか? いや、この状況ではその魔剣に頼らざるを得ないのは分かるが、そんな物を躊躇いも無くふるっているのは、まるでここから脱出できればあとは死のうが構わないようにも見える」
「……だから、どうした」
「君は、やらなければならないことが在るんじゃないのか?」
「だから、死なない」
「それは、魔剣を持って、その性能をちゃんと把握しているのにもかかわらず振るっている君が言うことではないと思うよ」
「魔剣を持っている? だから、どうした。そんなことで、死ぬわけがないだろう」
ふと、ウィルベルはどこか会話に違和感を持つ。まるで、咬み合ってないような、歯車が狂ってしまった様な、そんなずれだ。
「ウィルベル、お前は僕を殺せないし、僕は死なない。あいつを殺すまで、僕は死ぬことはできない」
「君は矛盾している。死ぬことができないと言うのに、一歩間違えば死んでしまうような魔剣に手を出したり……そもそも、オレに会いに来た時点で……あぁ、そういうことか。君は……」
なにかに気付いた様に、ウィルベルはぽつりと言った。
「やっぱり、どうでもいいんですね、目的さえ果たせれば。魔法を使えないことに気を取られて忘れていましたよ。君が、言霊使いだったことを」
目的を果たすまでは死ねないとしたら、目的を果たした後は?
そんな疑問を呑み込んで、ウィルベルは哂った。
「さっきの言葉を取り消しましょう。君の行く先を知りたい。先ほどの取引、受けましょう」
魔法の使えない暗殺者。
彼は、一体何を求めているのか。
自身の命など気にもせず、なんのために戦うのか。
言霊で、自分を縛りあげながら、それでも前に進むのか。
そんな彼の絶望を見たくて、ウィルベルはその手をとった。
それが、呪いによって不老不死となった彼の、唯一の楽しみだったから。
「君の本当の願いは、オレと手を組んだとしても絶対に叶わないでしょうけどね」
次回はアルトのターン!(予定)




