02-02-02 とある、暗殺者の告白
それまで後ろで黙って聞いていた陸夜が静かに前に出て来る。
「……その前に、緑がかった黒髪で灰色の眼の少年の事を、知ってるかな?」
「……っ?!」
なんでそれをっとばかりに、サイが目を見開く。
その様子に、陸夜は頷いた。
そして、アルトもまた反応する。
碧がかった黒髪に灰色の瞳……それは、夜の墓場で出逢った少年の特徴と酷似していたからだ。
「やっぱり……。マコトは二年前、皇の館に現れた。結界のほころびから偶然入ってきた、って話だったけど、それは本当だったのか解らない。ただ、マコトはその時に意識はなかったからな……彼を連れてきたのは、その少年」
口元に手を当てて、サイは絶句したように言葉を失っている。
「名前は言ってくれなかった。彼は自分も重症だったのにもかかわらず……マコトをどうしても助けて欲しい。星原で匿って欲しい。そう懇願して、死んだ。マコトは、彼の事について何も言ってはくれなかった」
あの日のことを陸夜はよく覚えている。おそらく、忘れることはできないだろう。
それはまるで、嵐のような雨の夜のことだった。
皇の館ある場所では雨なんてめったに降らない為に、本当に珍しく、たまたま外を警戒して見周りに行った時だった。
『お願いだよ……マコトを助けて……ボクはいいから。……お願いだから……あいつらには渡せない……マコトを、あいつらから匿って……!!』
雨に流されても流されても絶えない真っ赤な血を流しながら、あの名前も分からない少年はマコトを背負って現れたのだ。
手を尽くしたが、彼の傷は深く、しかも傷を負ってから無理をしてここまで移動して来たことで多くの血を失い、悪化していた。
そして彼が背負ってきたマコトも虫の息で、数日目をさまさまなかった。
「灰かぶり、さま、です。……そのかたが、灰かぶり様です」
サイが、ようやく声を取り戻した様子で涙ながらに叫んだ。
その当時の事を知っているラピスは、目を伏せる。
「あの時の彼が……」
彼は、その日のうちに手の施しようも無く死んだ。それを看取ったのはラピスだった。
彼の遺体は裏の墓地に無銘で葬られている。
そこに、マコトはよく通っていることも知っていた。
では、いったいあれはどういう意味だった?
ふと、アルトは思い出す。
「おかしいよ。だって……マコトが灰かぶりを殺したって、あの時、言ってたじゃん」
マコトは、サイに言ったはずだった。
灰かぶりを殺したのは自分だと。
「はい……やはり……やはり、違うのですねっ」
サイが、涙を溜めながら呟く。
「おかしいと思ったのです。あるじが、灰かぶり様を殺すなんて、ありえません。あるじは、やっぱり……自分のせいだと己を責めてるのですね……」
自分が納得する為に、サイは言葉に出して自ら出した結論を言った。
「音川様、もうしわけありません。私があなたを呼んだ理由は……おそらく、あるじが星原で一番会いたくない相手がアルト様だと思ったからです」
「……」
「もしかしたら……あるじの本心をあなたなら知ることができるかもしれない。そう思ったからです。どうか……お願いですっ。主を……ムラサキ様を捕まえてくださいっ。セレスティンに所属して、世界の崩壊を願うなんてなにしてんだとぶん殴ってくださいっ。灰かぶり様が旅したいと夢見た世界を壊すなら、それに値するだけの理由を晒し出せと追い詰めてくださいっ。その為ならっ……どんな助力も、惜しみません……」
最後はぼろぼろと涙をこぼしながら、サイは叫んでいた。
「あのちびはっ、こちらのことなんて何も考えないでっ……いつだって何も言ってはくれない。あの時だって……」
切なさと、やるせなさと、無力さで、ぼろぼろと泣き続けるサイに、一同はどうしてよいかと顔を見合わせていた。
アルトは、何も言わない。
ただ、暗い顔で下を向いていた。
「あの、一つ聞いていいですか?」
そう言ったのは、テイルだった。
「はい、なんですかテイル様」
「なんで、アルトがマコトにとって一番会いたくない相手になるんですか? ぼくらじゃ、だめなのですか?」
テイルが問いかけると、サイは寂しそうに嗤った。
「音川様が灰かぶり様によく似ていたから……です……」
灰かぶりとは一体どんな人物だったのだろう。そう、ティアラは首をかしげる。
アルトと似ていると言っても、彼は男だ。外見では無く、性格が、ということなのだろう。
「……私が知っているのはここまでです。ですが……」
「どうしたの?」
言い淀むサイに、ティアラは先を促す。
「灰かぶり様が記録していたことをいいますと、……紫の悪魔は、四年前の白蓮の大虐殺のあった翌日、革命派のリーダーに連れられて黒騎士にやってきたそうです。それ以前の記憶を失った状態で。その前後に黒騎士の当時の長が死亡しています。それもなにかが関連しているのでは……と。それと……もともと紫の悪魔は二年だけ黒騎士に所属する契約で、本来はセレスティンの末端組織に所属していたとも」
その話に、みなが反応する。紫の悪魔は、暗殺者として活躍する前からセレスティンに所属していたのだ。しかし、二年だけ黒騎士に居る契約とはいったいどういうことなのか。
「これは、あくまで灰かぶり様が調べたことであり、事実であるのか私は知りません。ただ、そういう話があったというだけです」
サイは詳しくは話さない。いや、話せない。
知らないのだ。あくまで彼女が話した話は他人が調べたこと。伝えられた情報以外は知らない。
「私が話せることは、以上です」
瞳を真っ赤に充血させながら、彼女は口を閉じた。
「まって」
しかし、そこにアルトが入る。
「まこととはりは、一体どういう関係だったの?」
小さな声で、アルトは問いかけた。
サイは少しだけ痛々しそうに彼女を見る。
千引玻璃とアルトの関係は星原の人なら誰でも知っている。アルトはどうだったのか分からないが、玻璃は確実にアルトに惚れていた。その彼が目の前で殺されて……アルトはどう思っただろう。
「それは……申し訳ありません。私も、よくは知らないのですが……」
だが、サイは彼等の関係を知らない。
サイだって、どうして玻璃がマコトを嫌悪していたのか知りたかった。
「ただ……あるじは……玻璃様を、嫌ってはいなかったと思います」
そして、なぜマコトが玻璃を殺す事を躊躇わなかったのか、知りたかった。
「むしろ、玻璃様を気にかけていたように……思います」
本当の所、どうだったのかは分からない。ただ、サイはそう思っていた。だから、なぜという思いが強い。
いつだってマコトは、本当の心を伝えてはくれない。
初めての契約の際も、突然の契約解除の際も、ようやく再会できた時も、突然姿をくらませてセレスティンの者として現れた時も。
それ以後、サイは裁き司からの質問も少しずつ答えていった。
ただ、それまで語った以上のことはなかった。本当に、彼女は自分が知っている全てを話したのだ。
帰り道。ラピスと陸夜はまだ裁き司で用事があるとかで、ティアラ達だけで帰ることになった。
行きとは違い、アルトも自分で歩いて来た道を戻っていく。
新しい星原の本部は、扉から遠いのが難点だった。
冬の冷たい風が四人に吹きつけられる。
「白蓮の大虐殺か……」
ぽつりとティアラが呟く。
「なんだか、謎が増えちゃったね……」
「いや、そうでもないかもしれませんよ。マコトの故郷が白蓮の都あたりだったのは間違いないでしょうから、そこからなにか辿れるかもしれません」
シエラル人は黒髪に紫の瞳の者が多い。サイの話からすると、マコトが白蓮となにかしらの関係がある様子だし、調べる価値があるかもしれない。
「んじゃ、俺らの次の目的は聖フィンドルかシエラルってことでいいか」
「そうですね」
カリスとテイルは数日後にアヴィアの庭からカリスの師匠のいる支部へ移ることになっている。知っているのはアイリとラピスくらいしかいないが。
「目的……? かりすとている、そこに行くの?」
そして、アルトもまた知らなかった。ずっと閉じこもっていたせいだ。
「アルトには言っていませんでしたね……」
テイルが簡単に現状の事を話し始める。
それを、ぼんやりとアルトは聞いていた。
アルトは、部屋に戻るとベッドに倒れ込んだ。
今日一日で、本当にいろいろなことがありすぎた。あまりにも、衝撃的で、どうしていいか分からなかった。
ただ、ふと積み重なっている手紙を見つける。
たまってしまった手紙を、ぱらぱらと差出人だけ見ていく。開いて読むほどの気力が無かった。
そして、一つの便せんに手が止まった。
差出人は、音川スバル。兄の名前だった。
封をびりびりにしながら開ける。中身を見て、目を見張った。
「どう、して……」
書かれていたのは、流留歌への帰還と……音川家当主の交代についてだった。
「う、そ……」
音川家当主は、現在アルトの祖母である音川初音である。
男は当主になれないと言う制約の為、アルトの父、初音の一人息子である音川玖朗は当主になれなかったからだ。
そして、シルフは音川家の人間ではない。必然的に、アルトが次期当主となることが決まっていた。
と言っても、アルトが音川家では無くシルフの生家であるメイザース家に身を寄せるのならば話は別だったが。
とにかく、当主になることは決まってはいたが、それが突然交代する事になったことに驚きを隠せない。
手紙は質素で、簡潔に書かれていて、突然の交代の理由は分からない。
さらに、年越し前に星原から戻ってくるようにと書かれている。
すでに、師走。大みそかまで日は無い。
「……」
その手紙を握りしめて、アルトは立ちつくしていた。
季節問わず咲き誇る薔薇が一面を飾る庭園。
そこに、マコトはいた。
忙しい中で一体なぜこんな場所で優雅に午後のお茶をしているのかとため息をつきたくて仕方がないのだが、目の前に居る人物がそれは許さない。
機嫌良さそうに笑顔を見せる女性……いや、女神スフィラ。
彼女が彼をここに招待をしたのだが、特に理由が無い様であたりさわりのない話ばかりをして来る。それを、マコトはとくに応えもせずに無言でお茶を飲む。本当に、彼女は一体何の為にここに呼んだのだろうか。この時間がもったいない。
それに、目の前のスフィラに関してマコトは嫌悪しか抱いていないし、彼女もマコトを見てはいない。
「ねぇ、ルゥイ」
そう、話しかけて来る彼女は、マコトではなくルゥイというマコトも知らない誰かを見ているのだ。
それが誰なのか知りたいとは思わない。ただ、彼女が狂っているのなら狂ったままでいればいいと放って置いている。どうせ、マコトが何度訂正をした所で、彼女には聞こえて居ないのだ。
親友であり、最も大切な存在であり、おそらく恋心を抱いているのだろう、ルゥイという存在をマコトと重ねて、ずっと一人で話しているのだ。
だから、マコトは彼女と言葉を交わす事はない。
時折正気に戻る彼女の指示には従うが、この状態の時は別に言葉に従う意味もない。
「ねぇ、ルゥイ」
彼女は、いつだってマコトを見ることはない。
「ユウお姉ちゃんハ元気かしら。そうそう、これが全部終わったラ、シェルリーズのところニ行きましょう」
たまに話しに出て来る名前は、聞き覚えがある者もいるがおそらくその人とは別人のことなのだろうと判断する。よくある名前だし、たとえ彼等のことだったとしてどうして彼女がその人たちを親しげに呼ぶのかが分からないからだ。
「ねぇ、ルゥイ」
彼女は何度もその名を言紡ぐ。
マコトは、ただお茶を飲むだけ。時折、スフィラと自分のカップにお茶を注ぐだけ。
「約束、守ってくれるよネ」
約束。その言葉にマコトは手を止めた。
彼女と約束などした事はないし、したと彼女が言ったとしても、それは一方的な命令を約束だなどと言っているだけだ。
彼女以外と為らば、約束はたくさんした。
「……約束なんて……守れもしない不確かなもの……なんでするのだろうな」
ぽつりと、呟く。
大切な約束をマコトは幾つもかわした。しかし、守られたことも守れたこともない。
死なないと約束した少年は、死んだ。望みをかなえる代わりに望みを叶えて欲しいといった女性との約束は、果たせていない。行方知らずの双子の片割れを探すという約束も、今だ果たせていない。
きっと、全て果たせずに終わるのだろう。
「希望のためよ」
「……」
まさか、返事が来るとは思っていなかったマコトは、まじまじとスフィラを見てしまう。
優しげに微笑む彼女は、とても世界を破壊する女神にはきっと他の人には見えないだろう。
「約束と言う希望があるから、ワタシは存在しているのだもの。約束があったから、存在でキタ」
ルゥイという誰かは、なんで約束をしたのだろうと若干恨む。彼女が存在していなければ、マコトはここに居なかったはずだというのにと、彼は考える。
「アナタは、ワタシの、希望だったの。ルゥイ」
そんな彼女は、何度だって『ルゥイ』と名前を呼ぶ。
「でも……約束っテ、なんだったかしラ?」
ぼそりと呟かれた言葉は、考え事をしていたマコトには聞こえなかった。




