02-02-01 とある、暗殺者の告白
忘れもしまい。
それは、大切な思い出。
決して失いたくない宝物の一つ。
彼と初めて出遭ったのは、薄暗い地下室。
なんとも憎たらしい、あの忌々しい一族の末に連れられて、彼は現れた。
彼は、力を欲していた。なぜ、そんなものが欲しいのかすら忘れてもなお、欲していた。
当然ながら、彼は契約を望んだ。己が命と引き換えに、力を求めてこの魔剣たる私に。
私は、また、力に目がくらんだ人間を殺さなければならないのかと、あきれ果てたものだ。
どうせ、一年ともつまい。皆、契約者達は力に溺れ、自ら自滅して逝った。
だから、彼もまたそうなのだと。
私には、望まれれば応えるしか選択権はなかった。
サイ。と、名乗ると、彼は何も言わなかった。
忌々しい女が、契約について簡単な説明をして、ようやく彼は一度も開かなかった口を開いた。
彼は、自らを『紫の悪魔』と名乗った。
音川アルトは、久しぶりに見る外の世界に目を瞬かせた。
季節は冬。あたりの木々は常緑樹以外丸裸である。さらに、昨日降ったばかりの雪で真白に染まっている。
そこを、無理やりティアラによって腕を引かれ、カリスに後ろを押され、テイルに左手を支えられて歩いていた。
後ろを歩くラピスは、若干苦笑いをしている。その隣には陸夜がいるのだが、気配が無いと言うか、影の様に静かだ。
「もうっ、ほらっ、自分で歩いてよ!!」
「……てぃあら……ちょっと、一体どこ行くの?」
いつものように部屋に閉じこもっていたところをティアラによって強引に引っ張りだされてから、なにも説明されていない。アルトは疲れたように言う。
正直にいえば、もう何もしたくはなかったのだ。
「どこって……ほら、テイル。言った通りでしょ? 散々昨日言ったのにっ、やっぱり聞いてなかった!!」
「ま、まぁ、仕方ありませんよ……」
とりあえず、落ち着いて……とテイルがティアラに声をかける。
ティアラは怒っているようで、聞いていない。
昨日、と聞いてアルトも考えるが、なにも思い出せない。
雪道を歩いているのも、夢の中のようだった。
そう、今までずっと、夢だったらよかったのに。そう、何度も考えていた。
アルトが星原に来た時に隣に居た少年は、もういない。
その事に、アルトはまた下を向いて何も考えたくないとばかりに目を瞑った。
「って、馬鹿!! なにめーつぶってんのさ! もう、落ち込んで居られるような状況じゃないんだからねっ。これが、最後かもしれないんだからねっ」
「……? なに、が?」
意味がわからず目を開けると、ティアラはアルトの顔の目の前に居た。
アイスブルーの瞳が不安げに揺れている。そこに映るアルトの顔は、酷いものだった。
寝不足で隈がくっきりとでき、青白く病気の様で、目には光は無い。
「これから、サイの所に行くのよ」
答えは後ろからやってきた。
「サイ……でも、サイは……」
あの日のことを思い出して、アルトは顔を青くする。
サイは、マコトに容赦なく斬られて消滅した。そのはずだ。
「あー……サイは生きてんぞ。詳しくは知らないけど」
今度はカリスが説明をはじめる。
「マコトと契約してたってんで、アーヴェの本部に拘束されてんだよ」
サイはマコトの契約していた精霊だ。彼とは星原に来る以前から交流があったというあの精霊なら、彼の過去を知っているかもしれない。
アーヴェ内部のスパイや不祥事に対応する裁き司の者達もそう考えて身柄を拘束していたのだ。
「そしたら、なーんにも言わないでいたんだと。しょうがないんでティアラとオレが話を聞きに行ったら……」
ティアラとカリスはその時のことを思い出す。
元々、カリスはサイが星原に来るきっかけになった事もあってよく話をしていた。その為に行ったのだが……。
『音川の姫様にでしたら……全てを……お話をします。別に、その時に誰が他に居てもかまいません。ただ……アルト様に、お話ししたいのです……』
柔和な笑みを浮かべる普段とはかけ離れた、殺伐とした様子で、彼女はそう言ったのだ。
なぜ、音川アルトなのか、不明。
それを聞いたティアラは、他の人が聞いてないことを幸いに、サイの言った言葉をいくつか変えて、報告してしまった。
いわく、『音川アルトとテイル・クージス、最上カリス、ティアラ・サリッサたちになら、全てを話す。その際、誰が他に居ても構わない』と。
「おまえ、よくもこんなウソが言えたよな」
その時を思い出したカリスは、小声でティアラに言う。
「だって、その方がこの後に動きやすいでしょ? 感謝してね?」
この後……カリスとテイルは星原の本部から移動する予定だ。移動した後は姿を隠しつつ、皇の館の襲撃事件やマコトの事、そして玻璃のことを調べる予定だった。マコトについては紫の悪魔で在ることが確定した為に、少しずつその姿が見え始めているが、まだまだ真相には程遠い。だから、今回の事は確かに助かる。が、それにしても無茶をしすぎだ。
「はぁ……ほんと、言葉にできねぇくらいありがたかったよ」
隣で聞いていて、絶句していたとも言う。
それを聞いていたアルトは、ただ、ぼんやりと自分で歩きはじめた。
「そう……サイが……」
外からならともかく、中からだと外が見えない窓が一つ。そして扉が一つ。
サイがいると言う部屋に入ると、アルトはすぐにサイを見つけた。
なにしろ、部屋には机といすしかなかったのだから当たり前かもしれない。
それ以外は何も無い、殺風景で無機質な部屋だ。だが、広い。
アルト、ティアラ、カリス、テイル、そしてラピスと陸夜、その他、裁き司の職員が五人。それだけ入ってもまだ広いのだ。
そこで、サイは椅子に座って何も無い宙を見ていた。机には一本の剣が置いてある。
「拘束している相手に武器持たせていいのですか?」
テイルが裁き司の人――先ほどシヴァと名乗った少女に問いかける。
なんでも、出流と知り合いでアルトについて話を聞いていたらしく、アルトに何度か話しかけていたがアルトがあの状態なのであまり話せた様子では無かった。
「見たこと無かったのか……? そうか。仕方が無い。アレが彼女の本体だからな」
「あ……そうでしたね」
サイは、つくもがみと呼ばれている物が、精霊として昇華された存在だ。
その本体は剣であり、それが壊れない限り、消滅しない。
だから、サイという少女をどれだけ傷つけても、彼女は死なないのだ。
マコトに斬られ消滅したとアルトは思ってしまっていたのだが、それは杞憂だったのだ。
「音川の姫様……それにラピス様、陸夜様、テイル様……お久しぶりです」
少し疲れた様子で、サイはゆったりと微笑んだ。
「音川様に、どうしてもお話ししたかった。わがままを聞いていただき、ありがとうございます」
「いえいえ。で、なんでアルトだったのさ」
いつもの様子でティアラはサイに応えた。
他の者たちは、一応アルトたちに話をするということなので後ろに居る。カリスとテイルは、他の人に疑われない程度に前に出ていたが。
「……それは、あまりにもくだらないことですから、できたら最後にお話しさせてください」
自嘲するように、サイは嗤う。
どういうことなのだろうと首をひねりつつ、ティアラは先を促した。
「……お話しさせてください。私が知っている、『紫の悪魔』様の事を……」
紫の悪魔の事を様付けしていることに何ともいえず、アルトは目をそらす。だが、耳だけはサイの言葉を一音一句聞き洩らさないようにと向けていた。
「皆さまは、黒の騎士団を知っていますか?」
どうやらこの部屋に居る人全体に対して話すらしい。その言葉に、ほとんどの者が頷いた。
頷かなかったのは、アルトだけ。
「大和国は今まで鎖国をされてきたので、知らなくても仕方がないことです。黒の騎士団……ほとんどの者は黒騎士と呼んでいますが、そこは、暗殺者組織のことです。様々な人々からの暗殺を依頼され、所属する暗殺者が依頼を達成する。星原と似たような物です。かなり物騒ですがね」
その説明に、アルトは了解したと頷く。
黒騎士について詳しく説明していては、本題に入れない。サイもそれを分かっている為、すぐに話を戻す。
「私は、百年ほど前に騙されて、黒騎士と契約して『黒騎士の暗殺者と契約する』ことを強要されていました。そこで、私は四年前……彼と出遭ったのです」
紫の悪魔と
紫の悪魔と言う言葉に、アルトは聞き覚えがあった。
出流が借りて来た童話の一つにあったからだ。
というよりも、中央大陸の者なら一度は話を聞いたことがあるほどの有名な童話にでてくる登場人物な為、知らない人のほうが少ない。
菫姫と呼ばれる姫を攫った悪い悪魔。それが紫の悪魔と呼ばれているのだ。
「彼は、力を求めて私と契約しました。暗殺者としてはそれ以前も活動していたようですが、どうしても『魔法』を使えないと言うハンデに、限界を感じていたそうです」
「ほんとに、マコトって魔法を使えなかったの? それ、嘘じゃないよね?」
マコトは今まで戦えないふりをしていた。魔法も使えないふりをしていたのではないかとティアラは厳しく問う。
もう、霧原誠という人物がなにもかも信じられない状態だ。
「はい。そもそも、彼には魔力がほとんどありませんでしたから。普通なら、小さな火を起こすぐらいなら出来そうなものですが……彼には、それすらできないほど魔力が無かった」
だから、命を対価に力を手に入れようとしたのだ。
それは確実だとサイは頷く。
魔力がないと言う人間は珍しい。暗殺者だったと聞いて、本当は魔法を使えたのではないかと皆疑っていたのだが、当てが外れた。
よくもそんな状態で暗殺者などやっていたとティアラは関心する。
「ですが、彼には『言霊』があった。それだけは幸いだったと思われます」
「えっ。言霊って……言葉に力が宿るとかの、あれ?」
「はい」
言葉には力が宿る。と言っても、本当に言葉に力を籠めて言紡ぐことができる才能を持つ者は少ない。
人々は、言葉を軽く扱いすぎている。だから、そこまで言霊使いはいないのだ。
さらに言えば、言霊使いは破滅しやすい。自分の言葉に振り回されて、自滅してしまうことが多い。
マコトは基本話さずに寡黙だった。言霊使いだったからかとみなはそれとなく察する。
彼は名前を呼ぶことも少なかった。名前は一種の呪い。言霊のなかでも最も重要となるものだからだろう。
「現在、黒騎士は革命派と保守派で揺れて居ます。彼は革命派に居ましたが、ある事情から保守派の『灰かぶり』という暗殺者と組まされて、活動していました」
「……ほんとに、暗殺者だったんだね」
それまで黙っていたアルトが口を開く。
「はい」
「いっぱい、人の命を奪ってたの?」
「はい」
サイは、平然と頷く。
アルトは、そのたびに暗くなっていく。
「紫の悪魔は、出自、性別、年齢、容姿、共に不明、手際の良さと容赦の無さ、暗殺の確実性から有名になりましたから、他のみなさんはよく知っていると思います」
紫の悪魔は四年前から名を轟かせ始めた暗殺者だ。とある王女の暗殺を行ったことで世界に名を知らしめた。また、村一つを壊滅などと暗殺以上の事をしでかしたことでも悪名高い。だが、二年前にある依頼を機に行方をくらませた。
「ある事情って?」
「革命派と保守派の中を繋げる、という理由からです。それからいろいろありました……個人的なことなど話す事ではありませんが、本当に……いろいろなことが。灰かぶり様は少しずれた方でしたので……暗殺者とはかけ離れた人で……そのせいでしょう確かに……革命派と保守派の中に繋がりができて……本当に、皆さま……いえ、これは話す事ではないですね」
サイの話は続く。
それ以上、マコトと組んでいたと言う灰かぶりについての詳しい事は話に出てこなかった。
聞こうとティアラは口を開けたが、おそらく本当に個人的なことなのだろうとやめてしまった。
個人的なことで言いたくないことなんて、山の様にあることを自覚しているからだ。
「とにかく、革命派と保守派のかけ橋として、彼と灰かぶり様は選ばれたのです。その頃から、不気味な事件が起こり始めました。前代の灰かぶり様の暗殺、依頼内容の故意的な改竄、そして、任務中灰かぶり様が負傷される事件が起こりました。それ以来、彼は革命派の川蝉様と組むようになり……突如私は、契約を解除されました」
「? ちょっと、どゆこと?」
「黒騎士との契約も解除され、私は自由の身になったのです」
サイは黒騎士の契約に縛られていた為に暗殺者と契約しなければならなかった。だが、突如紫の悪魔の契約と共に、解除されて外の世界に放り出されたのだ。
「その数週間後です。紫の悪魔がアーヴェの長、アーヴェ・ルゥ・シェランの暗殺に失敗して死んだと言う噂が流れたのは」
紫の悪魔が姿をくらませた事件。それは、アーヴェ・ルゥ・シェランの暗殺の失敗だったのだ。数人は知らなかった為、本当なのかと疑っている。
そもそも、アーヴェに所属していると言うのに、そんな話は聞いていない。
「それから先は、ただ自分の目的と、彼を探すために大陸を渡り歩きました」
そして、たまたまカリスと出流に出会い、マコトと再会することとなった。
「彼がなぜ星原に来ることになったのかは、知りません」
「それについては、オレが少しだったら話せるよ」
「えっ?」
口を出したのは、陸夜だった。




