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騙る世界のフィリアリア  作者: 絢無晴蘿
第二章 -神騙り-
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02-01-02 始動

周囲は鬱蒼と生い茂った森。

ドライアドの森の外れに、その家はあった。村から近く、ドライアドの森にも近い。物騒な森だが、そこではいろいろな薬草が取れると言う。だから、そんな場所に居を構えたのだろうとティアラは考える。だが、場所が場所なだけに行くのには面倒だ。

「失礼しまーす」

その家に辿り着くと、表札を見てティアラは扉をノックすると遠慮なく入りこんだ。

「陸夜さーん?」

そう、この家の主を呼びながら玄関で少し立ち止まる。

家の中は真っ暗だった。明かりがついていない。誰もいないのかの如く、静寂が続く。

それでも、ティアラには分かっていた。一番奥の部屋に気配がある。

いつまでたっても人が来ず、しょうがないとティアラはもう一度声をかけると家にはいる。

一番奥の部屋をノックする。

「入るよ?」

キィ、と少し音を立てながら扉は開く。開けると、大量の本が目の前に積み上げられていた。

その奥に目的の人物はいる。

「陸夜さん……あの、ラピスさんからこれ、預かって来たんだけど」

霧原陸夜。彼はアーヴェの会議が終わってからすぐに『それ』をラピスに私、家に帰って行ってしまった。それをティアラは追いかけて連れ帰ってくると言う任務を請け負っていた。

しかし、反応が無い。

しょうがないので近づいて封筒を渡そうとする。

寝不足の様子の陸夜は、それをちらりとみて受け取らない。

「あと、ラピスさんからだけど……辞めるなんて許さない、って」

「……」

封筒の中身は、星原を辞めるといった書類だった。義弟のマコトが星原を、アーヴェを裏切ったその責任をとる為に。

「まだ星原にキングの称号を任せられる人はいないし、月剣と語部がいろいろ動いてるし、さすがに今辞めるのは……」

「それでも、俺は気付かなかった。このまま居ても、星原に迷惑をかけるだけだ……」

落ち込んだ様子でようやく陸夜は応えた。

「マコトの事は……その、うちらも気付かなかったし……」

「……ここ、マコトの部屋なんだ」

「え?」

突然の告白に、ティアラは思わず部屋を見た。

マコトはあまり話をしない。自分のことをしゃべらない奴だった。部屋を見れば、彼のことが分かるかもしれないと思ったのだが……。

「なにも、ないね」

「あぁ……」

大量に積まれたほんと、必要最低限の家具。それくらいしかその部屋にはない。

……いや、隅に少しだけノートとおみあげらしき置物ぐらいだ。

「裏切って居なくなるのが分かってたみたいにな」

「えっと……」

それは考え過ぎじゃ? なんて言えずに口ごもる。

だが、これだけはとティアラは口を開いた。

「陸夜さんは、マコトがほんとに裏切ったと思ってるんだね」

「……それ以外、ありえないだろう」

そんな中だった。


「し、失礼しまーす!」


玄関のほうから声が聞こえてきた。

どこか緊張した、少女の声だ。

その声に、陸夜は身を固めて頬をひきつらせる。

「あれ、誰だろ?」

「いい。出なくて」

「え、でも」

誰かいませんかーと泣きそうな声が聞こえてくるが、陸夜は動かない。

半眼になって静かにしろとジェスチャーをしている。どうやら、彼女に会いたくないらしい。それに対して、ティアラは、なるほどと頷き。

「はいはーい! 奥の部屋に陸夜さん居ますよー」

「って、おい!!」


「なるほどー、星原の本部の方でしたか」

ティアラよりも年上、どちらかというと陸夜に年が近いくらいの少女は、ティアラににこにこと話しかけて来ていた。

場所はリビングに移り、二人は初めて会ったにもかかわらず昔からの知り合いの様に会話をしている。

「あっ、名前を告げ忘れていました。私、セツナ・クロキと申します。セツナと呼んでくださいっ」

「あ、あたしはティアラ・サリッサ。ティアラでいいよ! セツナも星原の人なんだねー」

「私、シエラル支部で働かせていただいてます。今回は、アスカ……じゃなくてリクヤくんに会いに来たんです」

「へー。アスカ?」

「あ、リクヤ君の偽名です」

「ほうほう。なぜに」

「セツナっ、ったく……あんましへんなことをしゃべるなよ……」

一応お客様にと紅茶をいれて来た陸夜が話を遮る。

なんだ、面白そうだなと思ったのに。と、ティアラがふてくされる横に陸夜は座る。

男二人暮らしだったと聞いていたのだが、リビングはきれいに掃除されている。物も整理して置かれていて、見ていて気分が良い。

おそらく、掃除好きのマコトがやっていたのだろうとティアラは考える。皇の館の図書館や談話室でも、彼はいつも本の整理や掃除をしていた。

「それで、セツナはどうして来たんだ」

「だから、リクヤくんに会いに来たんですよ!」

「また、なんでオレなんかに会いに……」

「……『なんか』、なんて言わないでください」

「ねーねー、ところでさ、陸夜さんとセツナはどういう関係なの?」

いつまでたっても本題に入らない二人の様子に、面白そうにティアラは問いかける。

「え……いや、別に……」

「えっとですね。あれです。旅は道ずれ世は情け?」

「へー。恋人とかではなくて」

「いや。まったく違う」

「ここここ、恋人っ?! そ、そんな、わわ、け、ないですっよっ!」

「ほうほう」

面白い。そうにやりと笑うティアラに、陸夜は首を傾げてセツナは無理やり笑顔になって否定する。

「そっ、それならっ、なんでティアラさんはリクヤくんのおうちにいるんですか?」

「えっ。あぁ……その……」

まさかの反撃に、ティアラはつい言葉を濁す。

言っていいのか、分からなかったからだ。陸夜が星原を辞めると言いだしたことを知っているのは数人。セツナに言ってもいいのかと言い淀む。

陸夜のほうに顔を向けると、彼は唇を噛んで言いたくはなさそうにしている。

「しょうがないなぁ、当ててあげましょうか?」

「え?」

「星原、辞めるのをどうにか止めようとラピスさんから頼まれて来たんですよね?」

微笑みながら聞いて来るセツナに、ティアラは思わずどうして分かったのとばかりに目を見開く。

「えっ、知ってたの?!」

「すみません。リクヤくんならそうするだろうかと、かまをかけさせていただきました」

「なんだー……びっくりした」

「やっぱりそうでしたか。いつものことながら、こんかいもどうせい自分のせいだとかうじうじうじうじうじうじしていたんでしょう」

「ほっとけ」

「ほっとけません」

想いのほかきっぱりと言い切ったセツナに、陸夜は困惑したように視線を向ける。

「ほっとける訳が無いじゃないですか。今、星原が組織として機能しているのは、リクヤくんがラピスさんたちと一生懸命立て直してくれたおかげなんですよっ。それなのに、リクヤくんがいなくなったらっ。……ただでさえ、星原の立場は劣勢だと言うのに、リクヤくんまでいなくなったら、どうにもできなくなります……」

セツナは、止めることなど許さないとばかりに一気にいいつのる。

そのあまりの剣幕に、ティアラは目を見開いて少女を見ていた。

一応、聞いたことはあった。十数年前に、星原の称号付きのほとんどが居なくなってしまった事件のあと、それを立て直したのはラピスと……当時なにもしらぬままに称号付きに無理やりさせられた陸夜だと。

彼は、兄を探しに来て、その兄の後始末を押し付けられたのだ。

「でも」

それでもまだ否定の言葉を言おうとする陸夜に、セツナは机を叩いて中断させる。

「でももへったくりもありません! あえてこのセツナ・クロキ言わせていただきましょう。リクヤくんには、自覚が足りません! 君がどれだけ必要とされているのか、ぜんぜん気付かないし気付いてくれない。今の星原には、リクヤくんが必要なんですっ」

「……」

「もしも、リクヤ君が義兄(おにい)さんのこととか、義弟(おとうと)さんのこととか、気にしているのなら……その分、星原の為に働けばいいじゃないですか。なんで、やめるなんて償い方しか思い浮かばないんですか、この頭でっかち……あぁっ、もういいです! さっ、ティアラさん行きましょう」

「えっ。えっ。どこ行くの? この人放置?!」

突如立ち上がったかと思うと、セツナはティアラの腕を引っ張り上げてどこかへと向かって行ってしまう。

黙りこんでしまった陸夜は完全に無視だ。さらに霧原宅をでると森のほうまで一気に歩いて行く。

どうしてこうなったのかと、ティアラは目を丸くして首をかしげていた。それしか出来ないほど、セツナの力は強かった。


星原本部、アヴィアの庭。ティアラが連れられてきたのはそこだった。

道中聞いた話では、どうもジョーカーに用があるらしい。

未だに、星原本部にはジョーカーの二人が週に何度か顔を出しに来る。今日は、ちょうどその日だ。それに合わせて彼女も来たらしい。その前に陸夜と久しぶりに会おうと思って来たのだとか。

「一体、なんのようなの?」

「まあ、いろいろとあるんですよ」

そう言ってごまかすと、セツナはラピスの部屋へと入っていこうとした。しかし。


「ちょっと待てっ」


息を切らせて、青年が待ったをかける。その声に、セツナは彼に見えないようにそっと微笑んだ。

あっ。とティアラは目を丸くして走って来たらしい彼の姿を見る。

「どうせ、お前のことだから、あの人からの連絡だろう。……おれ抜きで話されると面倒だ」

「あれ、陸夜君は星原を辞めるんじゃなかったんですか?」

「どこかの誰かが辞表をやぶったからな。無効」

「まったく。だらしないですね。女の子に背中を押されないと動かないなんて」

「うっせえ」

不機嫌そうに顔を逸らす陸夜と、嬉しそうに笑うセツナに、ティアラはため息をついた。

どうやら、ティアラの出番はなかったらしい。






ラピスは、ほっと息をついた。

星原のエース、リース殺害のあの惨劇から共に星原を支えていた青年が戻ってきてくれた。説得に言ってくれたティアラとセツナに感謝をしなければならない。

今、霧原陸夜が居なくなったら、星原は今度こそ存続の危機だっただろう。なにしろ解体するだの話が出ているのだ。

悩み事が一つ減って、本当にうれしい。が、セツナの持って来た話によっては、さらに悩み事が増えることになるのだろう。

「それで、セツナ・クロキ。私達ジョーカーに報告とは?」

二番目のジョーカー、アスが尋ねる。

部屋には、アスとラピス、セツナ、そして陸夜がいた。

「はい。父から、シェラン様に……冥界のセレスティンへの対応が決まりましたので」

そう、セツナは告げる。

「父、タナトスは……今回もシェラン様と同様、セレスティンを脅威として扱い、敵対するとの事です。彼等は、どうやら未完成ながらも蘇りの禁術にも手を出したようです」

セツナの言葉に、動揺が奔る。

「まだ場所は特定できていませんが、千を越える不死の化物を造り出しています。このままでは、冥府の理が壊れてしまう」

千を越える化物を造り、何をすると言うのか。その予想はあまりにも簡単にできた。

以前も、彼等は同じようなことを行っていたからだ。

戦争。その兵士として、彼等は不死の兵士を生みだしているのだ。

「……分かりました。シェランに伝えておきます。同時に、黄泉還りの製造場所の特定をこちらでも急ぎ行いましょう」

忌々しそうに顔をしかめながらも、アスは頷く。

そして、いくつか重要な報告をした後、アスは席を立った。

セツナが話は終わると部屋を出る。それを、陸夜は目で追っていた。

「陸夜、行ってもいいのよ?」

「でも、こんな時に……」

「こんな時だからこそ、話せるうちに話しておかないと」

少し考えた後、陸夜は頭を下げる。

「失礼します」

「なるべく、早く戻ってきてくれると嬉しいわ」

「早くできるか分からないけど、絶対戻ってくるよ」

陸夜とティアラ、そしてセツナたちの間になにがあったのかラピスは知らない。だが、彼は確かに戻ってきてくれた。絶対戻ってくるというその言葉に、ラピスは知らず知らずのうちに安堵した。

一応はまたラピスの前に来てくれたとは言え、本当に戻ってきてくれるつもりなのか分からなかったから、セツナの話を聞いている間も不安だったのだ。

セツナを追って、陸夜は部屋を出て行く。

そして、一人きりになったそこで、ラピスはこんどはため息をついた。

陸夜が戻ってきてくれたというのに、また新たな問題が山積みとなって押し寄せて来る。いい加減、ゆっくりとしたい所だが、そうも言えない。


ラピスは、止まってはいけない。

購い続けなければならない。

誰かがまた、過ちを犯さないように存在していなければならない。


「また……同じことを繰り返そうとしているのね……以前は殺戮人形。今回は、黄泉還り……どれだけ人の命をもてあそべば彼女は気が住むのかしら……」

おそらく、すぐにでも戦争がまた始まるだろう。そして、戦場には……。

「殺しても死なない兵士……か……」

しかし今は、陸夜が戻ってきたことを喜ぶとしよう。

窓から外を見ると、懐かしい風景が広がっていた。

かつて、幽閉されていたこの屋敷の事は、誰よりもよく知っている。

『姫様……』

足音も立てずに、執事姿の老人が立っていた。その手には、紅茶といくつかの菓子。

『少々休憩をしてはいかがですか?』

「ありがとう。そこに置いておいて」

『はい……』

少し哀しそうに笑うと、彼はすっと姿を消す。

彼は、この屋敷に住まう亡霊だ。そんなものたちがここには何人もいる。

心残りでここに残ってしまった者たちだ。ラピス・カリオンを独り、ここに残してしまう事を苦に思って……。

「まったく……自業自得だと言うのに……もう、いいのに……」

彼等は、いつ解放されるのだろう。自分の為にここに残らなくてもいいと言うのに。

「……ねぇ、シェルリーズ。あなたが言っていた事は、やっぱり合っていたわ」



本編では出てきませんでしたが、実はセツナの二つ名は死神少女。人の死期を見ることができる異能を持っている。

陸夜が星原に来る前に出会い、一緒にシエラル王国を目指して旅をした仲間だったり。いつか、その話を書けたらなぁ……とか思っています。現在、彼女は星原のシエラル王国支部、天音の下で働いています。

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