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騙る世界のフィリアリア  作者: 絢無晴蘿
第一章 -日常-
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01-01-01 それは、星原の日常で

かつて、この世界は破滅の一途を辿っていました。

堕ちた女神『スフィラ』と悪名高き邪神や魔人、悪魔や魔物たちが団結し、世界を崩壊させようと争いを起こしたのです。

しかし、それはある人々と、一握りの神々によって阻止されました。


争いの根源が居なくなったことで、瞬く間に争いは終結しました。

しかし、戦火の傷跡はそれは深く残ってしまいます。

それと同時に、幾柱もの神が姿を消して永久と言われた神世は終わってしまいました。

世界は人が支配をするようになったのです。


そんな世界を、裏で支えようとする組織がありました。

その名は、アーヴェ・ルゥ・シェラン。

時代の流れと共に、五つの組織に分かれたそのうちの一つが……星原。

それは、とても懐かしい話です。



///




「大変なことが起こってしまった、の……」

「え?」

ラピスさんは、どこまでも真剣な瞳で言ってきた。

出流(いづる)、お願い。野菜を買ってきて」

それは、真剣に言うことなのだろうか。


親友のアルトが星原の本部、皇の館にやってきて数日。

出流――つまりうちは大和国のこと以外なんにも知らないアルトにいろいろと教えていた。

そんな中、突然呼ばれて言われた一言、野菜買ってきて。

……うちは、どうすればいいんですか?

「あ、あの、なんでそんな真剣なんですか? そもそも、野菜ぐらいふつうに買ってくれば」

皇の館は、ちょっといろいろな事情があって普通の場所には存在しない。

世界から外れた場所にある。

たしか、地図にはない場所とでも覚えておけばいいと、最初のころに言われた。

最近気づいたことだけど、ここには季節とか天気とかがない。

まあ、一応夜とか昼はあるけど、花を植えると季節外れに咲きまくるし、いつも天気は快晴。なぜか時々雨とか雪が降るけど、本当に時々。うちはここにきて一年と少しだけど、一回くらいしかなかった。

それが、世界といろいろ違うって事なのかもしれない。

そんな事を考えている傍らで、ラピスはため息をつきながら言った。

「いろいろあって、料理番長がストライキを起こしたの」

「なんでっ?!」

皇の館には結構な人数に人が生活している。その人数の食事を用意するのはかなりの重労働だ。

たしか、春野姉妹とマコトが中心になって食事を作っているはず。

「って事は……茜とマコト君がストライキを、ですか?」

「野菜の質に文句を言われたの」

「……」

それでストライキを起こすのか、お前らは。

ダメだ。頭が痛くなってきた。あの二人らしいと言ったら二人らしいけど。

ラピスさんも、気のせいか目が虚ろになっている。

「それで、産地直送って事で。出流、丁度いいからアルトと一緒に買ってきて」

「りょ、了解です」

ここはなんちゅう組織なんだ。

そう思うと、ため息をついてしまった。




「と、言う訳で、アルト。野菜を買いに行こう」

「え」


アルトが星原の皇の館に来て数日。出流にいろいろと教えてもらいながら、そろそろきちんとした依頼を受けようとかって話をしていたある日のことだった。

「やさいを買いに行くの?」

十六とは思えない無邪気さで、アルトは出流に問う。

栗色の髪が、傾ぐ頭に合わせて揺れた。

「うん。何か知らないけど、料理番の人が野菜がどうのって文句言ったらしくてね」

「へー。うちんちじゃ、そんなこと無かったよ?」

「面倒な人達なんだよ、料理番の人は」

「はりは面倒じゃなかったけどな……」

音川家の食卓は、ほぼ千引玻璃が仕切っていた。

その時のことを思い出しつつ、アルトはぼそりと言った。

「はり? そう言えば、アルトと一緒に来た人って、アルトとどういう関係なの?」

「ん? 居候の友達」

「い、居候っ?! いいい、いつのまにっ?」

「えっと、二、三年前にお母さんが拾ってきたの」

「……へ、へー」

拾って来たって、犬とか猫じゃないんだから……。そう思っても、音川アルトの母親を知ってしまっていた出流は、何も言わなかった。

ただ、青の双眸を困惑させつつ、出流は仕切り直しとばかりに咳払いをする。

「と、とにかく、話し元に戻すけど、野菜を――」

話を遮るように、とつぜん扉が開けられた。

ここはアルトと出流の二人で使っている部屋だ。そこに、乱入者が現れる。

「なにやってんのー、出流。暇だから来たよー。なんか、話聞かせろ!」

「ちょっ。なにあんたはいってきてんの」

出流が抗議の声をあげる。

いきなり部屋に乱入してきたのは、金色の髪にはちみつ色の瞳の少女だった。

その背には、少女が持つには少々無骨な槍。皇の館には、帯剣している者もいるが、槍を普段から装備している者は珍しい。

「あれ? てぃあらさん、だっけ?」

特徴的なその槍。それを覚えていたアルトが問うと、ティアラはにっこりと笑った。

「ん? そうだよー。って、こうしてきちんと話すのは初めてだっけ。ティアラ・サリッサだよー。よろしくッ!」

「よろしく!」

がっちりと、二人で握手を交わす。そのまま、二人でぶんぶんと手を振り回しはじめる。

「あぶなっ」

「ふっふっふ。出流、握手とは、こうやってぶんぶんふって親交を深めるモノなのだよ」

「え、そうだったの?!」

「いや、違うから! アルト、本気にしちゃダメだって!!」

普段何気なくやっている握手は、こうしてぶんぶん振り回すモノだったのかっ。

と、アルトが驚愕している傍ら、出流が必死に否定していた。

基本、アルトは騙されやすいのだ。

「はいはい。まあ、なんでもいいからともだち! てことで、ティアラって呼び捨てでお願いします!」

「了解です! こっちも呼び捨てで!」

「似た者同士か……」

出流はそんな事を一人もらして、疲れた顔でため息をついた。

似た者同士といっても、アルトが天然なのに対して、ティアラの方は絶対判っていてやっているが。

「で、なんのはなしだっけ?」

「野菜買ってくる話だよ……」

まったく話が進まない。

そろそろきちんと話を進めようとする。と。

「アルトと出流で野菜買ってくるの?」

ティアラは部屋に居座り、話に入りこんできた。

「うん。料理番長がりすとらだって!」

「大変だねー。リストラかー!」

「いや、リストラじゃ無くてストライキ……」

二人の天然さに、どんどん出流の声が小さくなっていく。

つっこみに疲れた様子だった。

「いいなぁ、ティアラも行きたいなー。でも、アイリ達も楽しそうな事してたしなー」

「アイリ達も?」

「うん。そのね、なんか異常気象のうんたらこうたらどうのこうのストライキかよって」

「そっか。面白いねぇ」

ティアラの言うアイリとは誰だろうと思いつつ、アルトは頷く。

「面白いうんぬんの前に、うちには異常気象とストライキがどうして繋がったのかがわからないわ」

「で、二人でどこに買いに行くの?」

「話変えたね。まあ、良いけど……えっと、シェルランドの市場に行くの」

「んー、市場っていうとあそこかな? じゃあ、私も行くよ」

「え」

ティアラの突然の言葉に、出流の顔がこわばる。

「なに嫌そうな顔してるんだい出流サン」

「てぃあらもくるの?」

「うん! だって、野菜買って来るんでしょ? 人では多い方がいいに決まってる! それに、場所知ってるし」

「まあ、確かにどうなんだけどね……」

買ってくる一覧を見た出流は、ため息をついた。

この量は、二人だけではかなり大変だろう。

そう判断すると、ティアラに改めて言った。

「ごめん。お願いできる?」

「まっかせなさーい!」

「おおっ。じゃあ、任せる!」

「……張り切り過ぎないでね」

張り切るアルトとティアラを横目に、幸先を案じた出流はまたため息をついていた。




「で、シェルランドへ行くんだけど。アルト、この前言ってたの覚えてる?」

「覚えてない!」

なんか、いっぱい言われたから!

そう、力強くアルトが宣言すると、ティアラがクスクスと笑う。

「うん。そう言うと思ってたよ」

近くにあった椅子に深く座り込み、出流は頭を抱えた。

「アルト、開き直ってるよそれー」

「えーっと、アルト? この皇の館は世界に存在しない場所にあるって言うのは覚えてる?」

笑っているティアラを無視して、出流は説明を始める。

この前言っていた事――ここ、皇の館についてを。

「うん。たしか、地図にはない場所にあるんだよね?」

なんでも屋、星原の本部、皇の館。

以前、星原の旧本部はある事件で襲撃され、崩壊した。

その時の教訓から安全性の高い場所に本部を移す事になったのだが、そんな場所がめったに見つかるわけではない。そこで、招かれざる客が侵入出来ないようにと世界にはない場所に本部を移したのだ。

なんでも屋と言いながら、そんな危ないことをしているのかと言われてしまいそうな話だが、どこからどう見ても普通のなんでも屋である。若干、身元不明の人が多いが。

出流やティアラからするとそんな事件がまた起こらないかという心配よりも、なぜそんな事件が起こってしまったのかという疑問の方が大きかった。

「世界から外れた場所か」

「おかげで季節感とか日にち感覚狂うんだよねー。外に出た時、困るって言うか。アルトも気をつけなー」

アルトは、玻璃と共にドライアドの森という特別な場所を通って皇の館まで来ていた。

ドライアドの森は、移動する森。世界各地に現れ、旅人を惑わせる。

その森が皇の館に繋がっていることを知る者は少ない。

もちろん、アルトも知らなかった。

「そのかわり、とびらを使っていろんな場所に行けるんでしょ?」

扉。

そう、ほとんどの人は(ゲート)というモノを使って様々な所から皇の館へやってくる。

それがドライアドの森のことを知る者が少ない理由の一端を担ってもいた。

「そうそう。扉は実物見て話した方が早いと思うから、あとで教えるね」

「かしこまり!」

「今回は、その扉を使ってシェイランドに行って、野菜を買いに行くの。ま、とにかく準備して行こっか」

「はーい」

「じゃあ、私は扉の間の方で待ってるからー」

出流の言葉を区切りに、三人は各々の準備のために分かれた。




「で、ここが扉の間」

アルトが出流に先導されて来たのは、皇の館の中でもまだ来たことのない区画であった。

いがいと広い皇の館には、いくつもの部屋がある。

一階は主に食堂や談話室など人々が集まる場所で、二階は皇の館に住み込みで働いている人の部屋だ。アルトや出流、ティアラもそれに当たる。

他にも、地下に図書室があったり、武道館のような別館があったりと様々な施設も存在している。

そんな中で、一階でも食堂などよく使う部屋から少し離れた場所に扉の間は在った。


「す、すごっ」

アルトは入った瞬間、そんな感想を思わず漏らす。

「そうでしょ。うちも最初はびっくりしたわ」

部屋の中は、扉しかなかった。

しかも、扉と扉の間はほとんどなく、これでもかというくらい扉が壁にならんでいる。

ほんと、こんな部屋があるんだ。

そんな事を思いながら、アルトがきょろきょろと部屋の中を見ている中、出流とティアラは今回使う扉を探し始めた。

「ねぇ出流、シェルランドって五十二と五十三、どっちだっけ?」

「五十二番と五十三番どっちもシェルランド行き。でも、今回は五十三番」

「りょーかーい!」

ティアラがシェルランド(53)と書かれた扉を開けると、暗い道が続いていた。

『ようこそ、扉の間に』

そこに一歩足を踏み入れようとしたティアラは、突然響いたどこか厳かな声に歩みを止めた。

しかし、その声に対して出流もティアラも渋い顔をする。

「テアンさん、どうしたんですか? いつもはこないのに」

「そうですよー。いっつも必要な時にはいないのに」

『え。だってこの子、あのシルフさんの娘さんでしょ? アイリ達に聞いたわ。そんな事言われたら、気になるじゃない? あ、私はテアンよ。よろしく』

先ほどの雰囲気はどこに行ったのか、何とも軽い調子でテアンは名乗った。

しかし、相変わらず姿は見えない。

「お、おぉっ。なんかすごい」

「いや、なにがすごいのアルト」

出流はどこまでも冷静につっこんでいた。

「声だけ聞こえるけど、どこにいんのかなーって」

「……そうだったね。普通の生活している人には、こんなのびっくりするよね」

「?」

「星原じゃ、こんなの日常茶飯事だけど」

「そ、そっか」

どこか遠い目で語る出流に、アルトは首をかしげながらも古傷を抉りそうだったために聞く事は自重した。以外と、空気は読むのであった。

「えっと、てあんさん? あるとです。これからよろしくお願いします。あの、お母さんの知り合いですか?」

『知り合いって言うか、ねぇ? だって、イヅルちゃん?』

「いや、こっちにふられても困ります」

「だからって、ティアラにもふらないでくださいネ」

前もって釘をさすティアラに、テアンは苦笑する。

アルトの問いに、誰も答えない。正確には答えられない。

「アルト……シルフさんの事は、星原……いや、皇の館内では、禁句だから」

「えっ。なんでっ?!」

「発狂する人が大多数いるから」

おかあさん、何をしたんですか。と、頭を抱えたアルトに、ティアラは苦笑していた。

「あの人はね……。いろいろと問題な人だから」

『で、この扉を使うの使わないの?』

「あ、使います。行こう、アルト、ティアラ」

「うん」

「ほいほい。行きましょか!」


扉が閉まり、三人の姿が皇の館から消えると、部屋の中だと言うのに一陣の風が吹いた。

それは、どこか乱暴で、苛立ちを含んだ風だった。





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