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騙る世界のフィリアリア  作者: 絢無晴蘿
第一章 -日常-
57/154

01-15-04 日常の終わり

皇の館、二階から飛び降りたアルトは、ふわりと風に乗って着地する。風を操る風術師であればこその現象だ。

着地と同時に、アルトは走りだしていた。

「はりっ!!」

なんで。どうして。どうしてこんなことになっている?

音川アルトは混乱していた。目の前では、霧原誠と千引玻璃が戦っている。

それも、一方的な戦い。

まるで、遊ぶようにマコトは玻璃を追い詰めていく。

マコトは、行方不明じゃなかったのか。一体どういうことなのか、玻璃とマコトの戦いに気を取られ過ぎてアルトは何が起こっているのかまったく気付けなかった。

「どうして……」

マコトは、戦う訓練なんてしていないって話だったのに。

むしろ、あまりにも強かった。

止める為に走る。風で二人を止めればいいのに、それすら忘れて走る。

玻璃の身体が吹き飛ばされる。

「はりっ、なんでっ……なんでっ!!」

それと一緒に、右腕が飛ばされるのが見えた。

血が一面に飛び散り、玻璃が地面を転がるのが見えた。

仰向けに止まって――アルトを見た。

「はり……!!」

なにかを言おうとして、何も言えない。玻璃も同じだったのか、口を開いてもなんの言葉も出ずに終わる。

マコトがなにかを言っている。

だが、その声はアルトに聞こえない。小さすぎて届かない。

「なんでこんなことになったのっ」

アルトが必死に叫んでも玻璃は応えない。

ただ、マコトの言葉を聞いていた玻璃の顔が次第にこわばり、驚いた様に目を丸くして――泣きだしそうな顔で笑った。

なんでそんな顔をしているのか解らない。

どうしてそんな顔をしているのか解らない。


そして、マコトはためらいもせずに剣をつきたてた。


マコトは、剣を抜くとそこから離れて黒のドレスを纏う女性の元へと歩み寄る。そこで、なにかを話しているのが遠くから聞こえた。

アルトが駆けよった時、そこには血だまりができていた。

どこまでもそれは広がっていく。

「は、り……?」

声をかけても、返事はない。

うつろな視線は空を写している。

左胸には、もうどうしようもない穴が開いていた。

「はり、はりっ、ねぇっ!!」

地面に座り込み、抱き寄せ、頬を叩いても、なにも返事はない。

これと同じことを、見たことがあった。

どうしてと叫んでも、誰も聞いてはくれなかった。ただ、決められたこととして『彼女』は殺された。

そして、また。

「まことっ、どうして……どうしてはりをっ!!」

「敵だからだ、アルティーネ・フォン・メイザース」

その答えは、マコトからではなかった。

「……かぐら、ざき?」

以前とまったく変わらない憎しみの視線。それがアルトを捕らえる。

いや、以前よりもさらにその憎悪は深くなっているかもしれない。

彼が現れただけで、周囲の空気が震えているようだった。

「……どうだ? 目の前で大切な人が殺された感想は」

「わ、私のせい、なの?」

「そうだよ、お前さえいなければっ」

神楽崎の言葉と共に風が吹き荒れる。

アルトの元までその風は吹きつけて来る。

「そんな……」

寒い訳ではない。ただ、身体を両腕で抱き、アルトは震えていた。

それを見て、神楽崎は少しずつ近づいていく。そして嘲笑う。

「そうだ。お前のせいだっ。お前さえいなければ、お前さえっ!!」

「残念ながら、違う。そして、神楽崎。お前は待機のはずだったと記憶しているが」

そんな彼を止めたのは、霧原誠だった。

「きさまっ」

「千引玻璃は僕が殺したが、お前の為ではない。そして……音川の姫を殺す事は許されない。退け」

「なにが退けだっ。突然現れたかと思えば、お前みたいなガキが上司? 命令を聞け? ふざけるなっ」

神楽崎はマコトを睨みつけて、風の矛先を向ける。

殺気を向けられても、マコトは変わらずに無表情のままだった。

単に鈍いのか、それともたいして脅威を持っていないのか。

ため息をついてちらりとなにも口出しをしない黒の女神を見て、そしてまたため息をついた。

「……誰だ、幹部を選んだのは」

ぼそりと呟いた言葉に、神楽崎は嗤った。

「そこの女神さまだよっ!!」

「明らかに人選を間違っている」

「お前もなっ。このまま、切り刻んでやろうか」

二人の間に不穏な空気が流れる。仲間のはずだが、そんなことお構いなしにほうっておけば二人でやりあうような展開だ。

その様子を、アルトは呆然として見ていた。

なにがなんだかわからなかった。

マコトが玻璃を殺した。マコトが、裏切り者だった。

それだけが、わかっていること。

突如風がおこり、マコトを吹き飛ばす。

それと同時にアルトに向かって風を放ったがそれはアルトが伏せいだ。

舌打ちをして、神楽崎は短剣を抜くとアルトへと向かう。

玻璃を抱えた状態で逃げられない。風で神楽崎の逝く手を阻もうとするが、彼も風の使い手。

破ろうと強風を叩きつけて来る。

「さっさと死ねよ、アルティーネ・フォン・メイザースっ!!」

「……っ」

なんで、そんなふうに攻められなければならないのか。アルトには判らない。

ただ、彼の心の闇が、憎悪が、自分に向けられていることに心が揺れる。

その瞬間、アルトの風術が破れた。

目の前まで神楽崎が迫る。

「っ!!」

全て、自分が悪いのだろうか。

理由も分からないまま、そんなことを考える。

弱々しい風の結界が創られるが、それを容易く引き裂いて闇を纏った短刀が振り下ろされる。

が。

「って、ダメダメ! おい、神楽崎っ。なにスフィラ様の前で音川の姫を殺そうとしてんだよ!!」

それを、見知らぬ青年が吹き飛ばした。

「おいっ、神楽崎っ。いくら人生詰んでたって、音川を殺すんじゃねぇよ」

どこかけだるそうに槍を持った青年は言う。

「……いつも、お前は邪魔ばかりするっ」

「たりめーだ。こんなことして、プルートが黙ってねぇだろ。ほんとに殺されるぞ」

「うるせぇ!! どけよタツヤっ」

「あぁっ、ったく!!」

慣れた様子で青年――タツヤは神楽崎に距離を詰めるとさっさと押し倒して拘束をする。

「おいっ、どけ!!」

「どかねーよ。ったく、さっさと戻ってこいよプルート……それかさっさとどっか行けよ音川……」

ちらりと視線を向けられ、びくりと身体を震わせる。

彼等は、アルトを殺そうとしていない。むしろ、殺すなと命令されている。

だから、生きている。

玻璃を抱いたまま、ずるずると下がろうとする。が、思うように身体が動かない。立ちあがることすらできない。

恐怖。

それが、アルトを支配し、拘束していた。

アルトを彼等は殺せない。だが、神楽崎の殺意が、そんな神楽崎をいとも簡単に押さえつけるタツヤが、先ほどからなにも言わずに微笑みながら傍観する女神が、そしてなにより……玻璃を、仲間だったはずの彼を躊躇い無く殺したマコトが、怖かった。

そこに、さらに後ろから何者かが近づいて来る。

また、彼等の仲間なのだろうか。恐ろしさから振り返ることはできない。

ただ、震えを隠すように玻璃を抱く手に力がこもる。

「助けてよ、はり……ねぇ……」

応えはない。

もう、彼はいない。




彼女が『皇の館』に現れた時、すでにそれは終わってしまっていた。

すでにセレスティンの者達はすこしずつ撤退を始めている。

館は燃え、破壊され、人々は森へと逃げてその様子を見ていた。

戦える者は湧きでて来るように現れる魔物たちと戦闘をしていた。

終わってしまった。


「……どこに?」


戦闘を指揮する人物を見つける。ラピス・カリオンだ。

ラピスは常に前線に出て魔物達をその魔法で薙ぎ払っている。

それを見て、ため息をつく。


「あるじ……どこにいるのですか?」


彼女――彩は、霧原誠を探していた。


彩は霧原誠と契約した精霊だ。

彼女は、契約者の居場所を感じることができる。が、それは近くに居た時だけ。

遠い場所で霧原誠が消息をたてば、みつけることはできない。

だから、彼が行方不明になった時、すぐにでも探しに行きたかった。

だが、出来なかった。

彩の事を危険視する『語部』からの介入のせいだった。

星原でもない組織が口を出して来る、なんてことはあまりない。だが、彩は歴史に名を残す様な悪名高き魔剣。その存在をどう取り扱うのか、星原だけで決められなかったのだ。

そして、ようやく解放されたその日に限って……事件はおこった。

まずはと皇の館にと足を向ければ、なぜか魔物がわき出て、火災は起きて屋敷は半壊。いったい、どういうことなのか……しかも。

「あるじの気配は、するのに……」

霧原誠は、確実にこの場所に居る。だというのに、避難した人々の中には居ない。

なら、まだあの館の中にいるのか。

ラピスたちの傍を走りぬけ、館へと急ぐ。

「あるじ、主っ!!」

どこに、いる?

彼は戦えない。いや、戦わない。

星原に居る間は戦わないと決めていた彼が、この状況で無事なのだろうか。

それだけで彩は頭がいっぱいだった。

だから、裏庭に着いた時、その可能性を考えていなかった。


「……ある、じ?」


霧原誠が星原を裏切ってセレスティンについたことを。


「どうして」


二振りの剣を腰に佩で、血しぶきに手を汚して、彼はいた。

まるで……昔に戻ったように。

あの、いまいましい黒の女神の横に。

アルトは動かない千引玻璃を抱えて座りこみ、神楽崎は槍を持った青年に地面に押し倒されて拘束されながらもアルトを睨みつけている。そんな様子を黒の女神が笑いながら見ている。

そのなかで、マコトはいた。


「まこ、と……くん……」


その声は、彩では無かった。

誰だと振り向けば、彩と同じようにマコトを見て顔を歪ませる日野出流がいた。

その息は乱れ、どうやらここまで走って来たようだった。

彼女は、この状況をまったく見えていない様子で、走りだす。

「マコトっ!!」

彼の、数歩手前で立ち止まる。

「無事、だったの? 大丈夫、なの? その血は、怪我? ねぇ、いったい、どうして--」

「いづるっ、だめっ。逃げて! まことなの、まことが……はりを殺したっ!!」

絶叫にも似た叫びが響く。

いま気付いた様に出流はアルトの居る場所へと顔を向けた。呆然と、なにが起こっているのか解らないと言った様子で。

ようやく、神楽崎とタツヤの二人に気づく。

「う、そ、だ」

「本当だ」

マコトのほうへ、視線を戻す。

出流に、剣の切っ先が向けられていた。

「うそ、だ」

自分に、剣が向けられている。それを、現実だと認識できない。

「ウソっ。玻璃が死んだなんて、嘘だっ。マコトが殺した? 違うっ、そんなの、知らないっ」

こんな未来。知らない。

ありえない。

剣など気にせず、マコトの元へと歩み寄る。

「うそ。嘘だって、言ってよっ。ねぇっ」

「本当ヨ。残念ながら、ネ。日野の姫君」

くすくすとみみざわりな笑い声が聞こえて来る。

なんども、聞いたことがある声だ。

夢の中で、なんどもなんどもなんどもなんども……最後に現れて全てを壊して行く、女神。

「出流様っ、離れてください!!」

マコトと出流の間にはいる少女がいた。

マコトと契約する精霊である彩が、契約主に剣を向ける。

「どういう事ですか、主。なぜ、彼女と一緒に居るのですか」

「……彩。お前との契約を破棄する」

「こ、答えてください、主!! もう、黒騎士との契約は終わったのではないのですかっ。セレスティンから、手をきったのではなかったのですかっ。主を助けに行った灰かぶり様は、こんなこと、望んでなかったというのにっ」

最後は涙混じりに彩は叫ぶ。

「え……?」

どういうことなのか、出流は彩を見つめることしか出来なかった。

彼女の言葉が本当なら、マコトは以前からセレスティンと関係があったということだ。そして、黒騎士。もし考えが間違えで無ければそれは……暗殺者集団の組織だったはずだ。

「……灰かぶりは」

マコトはくすりと嗤う。

「灰かぶりは、僕が殺した」

「……う、うそです」

「セレスティンとは、もともとこういう契約だった」

「うそ。うそだ。それじゃあ……灰かぶり様は……灰かぶり様のやったことは」

「無駄だったということだ」

「っ!!」

マコトの剣が彩を襲う。

慌てて態勢を立て直して受け止める。彩はマコトを呆然と見ていた。

「そんな……」

さらに、マコトの剣は彩を襲う。

重い一撃に、防ぐのでやっとの彩は、出流のことを忘れていた。

「きゃっ」

数歩下がった所で、彩は後ろに居た出流にぶつかった。

慌てる二人に、マコトはなんの表情も見せず剣を振るう。

「出流様っ、逃げてください!!」

「で、でも……」

迷う出流を庇いながら彩はマコトの剣を裁く。が、マコトはもうひと振りの剣に手を伸ばした。

「っ……本気、なんですね……主」

二刀流。やはり黒い刀身の剣が抜かれる。

二刀になった途端、彩の胸から鮮血が飛び散った。

そのまま、彩の姿が薄くなり、煙の様に消える。

「さ、さいっ?!」

からん、と彩の持っていた剣が地面に転がる。

「マ、コト君っ。どうしてっサイさんをっ」

「……日野」

いつものように呼ばれ、思わず出流はマコトを見た。


初めて見る、微笑みがあった。


「え……?」

なぜか、安堵をしている様な、全ての心配ごとが無くなった様な、そんな微笑み。

とても、優しかった……。

近づいて来る彼に、出流は固まってしまう。

もしかしたら、全部ウソだったのかもしれない。これは、なにかのウソだったのだ。そう、信じてしまいたかった。

マコトが玻璃を殺したなんて、セレスティンの者だったなんて、彩を躊躇い無く消滅させたなんて。

「僕は嘘つきなんだ」

泣きだしたくなるような微笑みで、彼は言った。

その瞬間、意識が途絶えた。


「いづ、るっ……!!」

出流が気絶させられ、マコトに抱えられるのを、アルトは見ていることしか出来なかった。

マコトは、ちらりとアルトを見る。そこには、出流に向けていた微笑みがまだあった。

なんで、そんな顔をしているのか、逆に怒りがわいて来る。

彼は、玻璃を殺して、彩を消滅させて、星原を裏切ったのだ。

「……ゆる、さないっ」

「いいよ、赦さなくて。千引玻璃を殺したことは変わらない。星原を裏切ったことは事実」

「絶対に、許さないっ」

「だが、許さないと吼えるだけでは何も変わらない」

くるりとマコトはアルトに背を向けると、黒の女神の元へと歩いて行く。

気絶した出流を抱えたまま。

「あら、プルートのほうも終わったようネ」

宙に視線を彷徨わせていたスフィラが呟くように言う。

「じゃあ、そろそろ帰りまショウ」

くすくすと笑いながら彼女は黒い歪の中へとくぐる。

その後ろに、暴れる神楽崎を簀巻きにしたタツヤが続く。

さらに、どこからか撤収して来たセレスティンの者たちが続いていく。

玻璃を抱いて、座りこむアルトをある者は嘲笑い、ある者は無視し、ある者は馬鹿にして、去っていく。誰も、アルトを殺そうとはしない。彼等は、アルトだけは殺さないようにと命令されているようだった。


そして、マコトだけが最後に残った。


「大丈夫ですかっ、アルトさんっ!!」

遅れて、ジョーカー、フィーユが現れる。さらに、後ろから仮面をかぶった三番目のジョーカー、見たことのない神らしき女性、そして、ラピスと陸夜。

「マコトっ、無事だったのか?!」

陸夜がそこにかけつけようとして、アルトと動かない玻璃、そしてマコトと気絶している出流の様子に唯ならない物を感じて立ち止まる。

「マコト?」

思わず、本当に自分の義弟なのかを問いかける様に名前を呼ぶ。

「……あぁ、告げるのを忘れていたな」

いち早く気付いたフィーユと三番目のジョーカーが前に出て臨戦態勢をとる。が、動けない。マコトは、出流という人質を取っている。

そんな中、彼は言った。


「僕の名前は『紫の悪魔』。セレスティンの凶星(ベネトナシュ)。お前たちの、敵だ」


マコトは、やはり微笑んでいた。





力をください

大切な人を守れるだけの力を

ボクはとても弱くて、いつだって大切なモノを守れない

力をください……ちがう……欲しくない

神なんかにすがりたくなんてない

これが運命?

……そんな一言で終わらせたくない

定められていた宿命?

そんなの許さない

予定調和な物語?

……そんなの、酷いじゃないか

必死になって切り開いてくれたこの道が、思惑通りだなんて言わせない

彼の生きざまを汚す事は許さない


だから、自分は、あの神に、この世界に、復讐する




たとえそれで、どれだけの命が失われたとしても……




『ほんとうに?』




あと数話……エピローグを載せてから第一章終了となります。

長かった……とても、長かった……。

けれど、これからが本番。

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