01-15-03 日常の終わり
乱れた息を整えようと離れようとするが、ぴったりとついてくる青年。
それをかわそうとすればここぞとばかりに攻めてくるギウス。
さらに、少しでも目を離せば嫌らしいタイミングで魔法を撃ちこんで来るミスティル。
三人の連携の前に、守は名前の通り守勢に回っていた。
防戦の一方だった。
それでも戦えているのは意地としか言いようがない。
守は後ろに意識を向けないように彼らに向かっていく。
後ろ――逃げていったティアラ達は、もう安全な場所まで逃げ切れただろうか。なんども振り返りたい欲求にかられるが、そんなことをすれば自ら隙を作るようなもの。そして、彼等の元にこの三人の敵を向かわせてはならない。という義務感から戦っていた。
そして
「くっ――っ!!」
ミスティルの魔術が守を掠める。
「ムラクモ!」
「分かっている」
怯んだその隙を縫ってムラクモと呼ばれた青年が斬り払い、左足が斬られる。
傷は浅い――が、これ以上の戦闘は不利になるほどの負傷。
崩れた態勢を整えようとするが、そんなこと三人は許さない。
みるみるうちに守は追い詰められていく。
が、同時に違和感を抱く。
彼等は……まるで、守を殺さないようにと戦っているように感じられた。
そもそも青年、ムラクモが現れた時の最初の言葉を思い出す。
『こいつは殺す気でかかれ』
では、他の者は? 元々、最初の攻撃では殺すつもりなどなかった?
一体どういう事なのかと疑問は抱いても、熟考できるほどの時間は与えられない。
考える時間など与える暇も無く繰り出される攻撃に、遂に追いつかなくなる。
いつの間にか壁際まで追い詰められていたらしく、背に壁があたる。
前からはムラクモの攻撃、左はミスティル、右はギウス。逃げ場を失った。
ここまでかと守の構える剣先が下がっていったとき――彼女は現れた。
「ちょっと守っ、なに諦めてんのさっ!!」
「ティ、ティアラっ?! なぜここに戻って来たんですかっ!!」
先ほど逃がしたばかりの少女。まさか他の者も戻ってきたのかと慌てるが、彼女以外の姿は見られない。そのことにほっとする。が、すぐに顔を青くした。
「ティアラっ、早くここから逃げなさい!!」
庇護下に置かれている彼女を危険な目に合わせる訳にはいかない。ティアラを守らなければ。その義務感だけで叫ぶ。
「なんだ、この女」
一番近かったギウスがティアラに剣を向けた。
「ティアラっ」
頼むから、逃げてくれと叫ぶ。
が、彼女は笑っていた。
「大丈夫、ソード。今日は私一人でやらせて」
「なにを言って……っ?!」
加速。
ギウスの前にいつのまにか金髪の少女の姿が現れた。群青の槍が振るわれる。
「ギウス!!」
ミスティルが焔の蛇を生みだすとティアラに放つ。
それをティアラは槍を振るうだけでうち消した。
「なっ、あんたなんなのよっ」
簡易な魔術ではうち消される。意味が無いと、ミスティルは先ほどよりも高位らしき魔術を詠唱しはじめる。
それを見たギウスが彼女を守る様に後ろに下がる。それに反して、青年は突如現れたティアラに斬りかかった。
「ティアラっ、退け!」
「守こそなにいってんのっ」
槍の柄で刀を受け止める。はじき返して攻勢に回る。
「言っとくけど……今の今まで言わなかったけど……」
ティアラの攻撃に、青年はギウスの元まで下がった。
しかし、ミスティルの魔術が発動する。
閃光と共に光がティアラ達のすぐそばで幾つも収束し、止める暇も無く爆発を起こした。壁や窓ガラスが割れて辺りが揺れる。連続した爆発が襲う。
「やった、か?」
ギウスとミスティルがティアラと守のいた場所を見る。
そこには、呆然とした様子の、しかも無傷の守だけがいた。
あれだけの爆発を起こしたと言うのに、守のいた場所だけ、そこだけが完全に爆発の熱も余波もなにもなかったかのようになんの変哲もない。
ただ、その前には血だまりがあった。
守ではないとすれば、ティアラ。だが、彼女の姿はない。
逃げた? しかし、血痕の量を見れば、重症だったはず。
いったいどこにいったのか。
ギウスもミスティルも、辺りを警戒し始めた時だった。
「ギウス、ミスティル、撤退しろ!!」
青年が慌てて二人の前に出る。
「ムラクモ?」
「早く!!」
なにに気付いたのかと二人は周囲を見渡すが何も無い――と思われていた場所から、群青の槍がいくつも放たれた。ミスティルを庇ってギウスは腹部を貫かれる。それに慌てたミスティルが周囲に焔を放つがそれすらも貫き消滅させながら、槍の雨が降る。
さらに、ティアラが三人の後方から現れた。
「正直に言っちゃうと、守よりも強いつもりだからね。ティアラは」
その姿は、見るも無残な様子だった。
右足は炭化している。左のふとももは抉られ骨が見えている。右手は焼けただれ、皮膚が失われていた。左肩には飛散したガラス片が突き刺さり、衣服はほとんどが焼けてボロボロになっている。
それでも、立っていた。痛みに顔をしかめながら、それでも笑う。
傷口から白い煙が経ち、少しずつ再生していく。あまりの出来ごとに、三人はティアラを異端を見る様に畏怖していた。
ここまでの傷を負いながら、彼女は立っている。しかも、攻撃をして来る。これではまるで……。
「なんなの。なんなのよ!! あんた、本当にニンゲンなのっ?!」
恐怖。震える声でミスティルが叫ぶ。その右手は負傷したギウスを抱えている。
「きさま、黄泉還りか?」
ムラクモが、嫌悪も隠さずに言い放つ。黒い刀はティアラに向けられていた。
これだけの重傷でも生きているなんて考えられない。それならば、ゾンビやアンデット、黄泉還りの者たちだとしか考えられない。
だが、ティアラは首を振る。
「……残念だけど、あたしはニンゲンで、黄泉還りでもない。ただ、まだ死ねないだけだよ!!」
「逃げるぞ!!」
ティアラが足を踏み出した瞬間、床が崩れる。ギウスとミスティル、ムラクモがいた場所が陥没した。
どうやら、ムラクモが床を切り裂いたらしい。そのまま三人は落下し、その場を離脱する。
「っと、逃げられちゃったかー。まぁ、いっか」
ほっとした瞬間、ティアラはその場に倒れた。
いくら死なないし傷が回復すると言っても、時間がかかる。それに、痛いモノは痛い。
やせ我慢も限界だった。
「まもるー、ぶじ?」
「……無事ですよ」
案外近くから聞こえてきた声にティアラは少し驚く。
「なにやっているんですか、あなたは」
どうやら、ティアラの元に来たらしい。陥没した廊下をどうやって渡ってきたのだろうと思いつつ、ティアラは声のした方を見た。
「あなたは、馬鹿です」
守の顔は、ティアラからは見えなかった。ただ、その声からとても起こっているのだけは解る。
「なっ、ひどくない?! まもってあげたのに!!」
むちゃやったから、怒っている。そう思った。
でも、しょうがない。彼等が強かったから仕方が無い。そういい訳しようとした。
「……だから、馬鹿だと言っているのです」
どうしたのだろう。と、ティアラは起き上ろうとする。
なぜか、その声が弱弱しかったからだ。
「私は……貴女も気づいているでしょう。知っているでしょう? 私は、スパイですよ? 五年前に裁き司から派遣されてきた、なんて言っても……本当は月剣からのスパイだって。星原の情報を流して、あなた達を売っていたって!! そんなやつを、なんで守ったりなんかしたんですかっ、こんな、危険なことをしてっ」
星原は、十二年前に多くの人材を失った。居なくなった称号付き――エースとキング、ジャックの座を受け継げる者がいなかった。エースは決まったものの、何年も空席になっていた。その後、霧原陸夜が組織に入りキングの座を継ぐこととなった。が、それでもジャックの称号を受け継げる者がいなかった。そこに裁き司から人が派遣されたのが五年前。それが、守だった。
そして彼は――裁き司に所属しながらも月剣に通じ、星原を探るために自らは剣の候補者へと立候補したスパイだった。
みな、それを知っている。いや、詳しい事は知らなくとも、守がどうして派遣されてきたのか、裏での思惑をなんとなくは察している。
それなのに。
「あなたは、どうして私を!!」
「だって、仲間じゃん」
なにをいまさら、とばかりに平然とティアラは応えた。
それでも納得しない様子の守に、ティアラはやれやれと手をあげる。
「星原とか月剣とか、そういうの関係なくさ、守は守でしょ。 ティアラのことを一生けん命心配してくれて、いつもみんなに振り回されてもなんだかんだいいながら手伝ってくれて、いつも全力で怒ってくれる。月剣のスパイかもしれないけど、私にとって大切な人でもあるんだよ」
心配してくれる人も、怒ってくれる人も、大切な人も、居なくなってしまった。
だから、次は。
こんどは。
「あーもう、小難しいこととかわかんないし、なんでもいいからさ、あたしは守の事を助けたかったの!!」
癇癪を起こすようにティアラは言う。
そんな彼女に、彼は見えないようにかすかに笑った。
「ばかですね」
「なんとでもいいなさい! ティアラはやりたいことをやれたから満足なんだから」
ティアラの笑顔を、眩しそうに守は見ていた。
玻璃がそれに気づいた時、すでに手遅れだった。
裏庭の桜。そのすぐそばに黒い亀裂が走っている。
空間と空間をゆがめるそれは、人工的に創られた穴だ。さらに言えば、元々あった隙間をさらに広げたもの。
それを、誰がなしたのか……すでに見当はついていた。
いや、もともと分かっていた。『彼』と皇の館で出遭った時点で。
彼がいた時点で、何も起こらないはずが無かった。
「くそったれ……!!」
裏庭に走り込みながら、玻璃は悪態をつく。
『彼』に対して。そして、自分に対して。
なにも出来ない自分に嫌気がさす。
そして、亀裂のすぐそばにいた人物を見て顔を歪ませる。
「なんで、スフィラが……どういうことだっ!」
彼女の姿を一度だけ見たことがある。
最悪の魔女と並んで、決して手を出してはいけないと言われたあの――黒の女神。
その横に、彼はいた。
見間違いなんてしない。あの黒い髪も、感情の見えない薄紫の瞳も、腰の双剣も、初めて出遭ったあの時のまま変わらない。
瞬間、なにもかも忘れて叫んでいた。
「霧原っ、マコトオオオオっ!!」
『彼』は……霧原誠と名乗る『彼』は、少しだけ目を細めて、無感動に視線を向ける。
まるで、千引玻璃など障害では無いかのように。
いや、実際にそうなのだろう。事実、あの時は手も足も出ずに終わった。
だから、納得がいかなかった。
なんで陸夜の義弟となったのか。わざわざ戦えないふりなんてしてきたのか。そのくせして、黄泉還りと命を削ってまで『戦えないふりをしたまま』戦ったのか。
初めて出遭った時だってそうだった。
彼の行動は、わからないことが多すぎる。
だが、わかっていることはそんな些細な疑問なんて吹き飛ばすほど、大きすぎた。
「なんで、なんでっ」
抜き放った長剣を振り下ろすが、ふっと軽く身を引いただけでマコトはかわしてしまう。
さらに乱暴に振り回して追撃するも、ただむやみやたらに振り回す彼の攻撃はあたらない。
マコトは興味が無い様子で平然としている。
ただ、玻璃の後ろに少しだけ目をそらした。
なぜ彼が後ろを見たのか。冷静を無くした玻璃が気付く事は無く。
ただ、マコトが玻璃を無視したとしか思えなかった。
自分は、こんなに彼へ激情をぶつけてきたのに。
「お前がっ、エメリィを殺したのにっ!!」
瞬間、なにが起こったのか解らなかった。
突然の変化――マコトが、一気に玻璃の元へと距離を詰める。
いつの間に抜かれていたのか、黒と赤の剣がのど元に突きつけられていた。とっさに己が剣を顔の前に出していたのが功を奏してギリギリのところで刃はのどの薄皮一枚斬るにとどまっている。が、少しでも気を抜けば押し倒されてしまいそうだった。
一体どうしたのかとその目を見たとたん、ぞくりと寒気が襲う。
紫紺の――闇を見ているようだった。
「千引玻璃。お前は一線を越えた……これ以上、ここに存在する事は許されない」
ぼそりと、誰にも聞かせないようにとか小さな声で彼は言った。
「なにがっ--」
それ以上、話す事はないとばかりに彼は剣を振るう。
その剣は、さらに鋭く、重くなっていく。
殺される。そう、思った。
そんなとき、この二年間を共に過ごした少女の声が聞こえてきた。
「はりっ!!」
驚きで身体が一瞬固まる。そこを見逃さずにマコトは攻めて来る。
衝撃で吹き飛ばされて地面を転がる。
危険だ。彼女と黒の女神を会わせてはならない。ここに来てはならない。
そう、叫ぼうとした時、悲鳴が上がった。
アルトの声だった。
「アル、ト?」
仰向けになったまま視線を彷徨わせれば、彼女が少し離れた場所で口元に手を当ててこちらを凝視しているのが見えた。
逃げろ。そう言おうとするが声が出ない。代わりに咳き込む。
「はりっ、なんでっ……なんでっ!!」
こちらにかけて来る。慌てて来るなと手で制止しようとした――そこで、気付いた。
右手が、二の腕から失われていた。
今さら、激しい痛みが襲ってくる。さらに、立ちあがろうとすれば両足もどこかしらが斬られている。動かす事も出来ない。
アルトよりも早く、彼は玻璃の元へと辿り着いた。
見上げると、マコトは何時ものように無表情に玻璃を見かえす。
絶望的な力の差があった。
まだ、あるのだ。
あれから、二年もたったのに。あれから、強くなったはずなのに。あれから、変わったはずなのに。
「く、そ……なんで、だよ」
彼に、勝てない。
それが、どうしようもなく悔しかった。辛かった。
勝てないと言う事は……アルトを守れないという事でもあったから。
「……千引玻璃……お前はこの舞台から退場しろ」
マコトの声は、どこか力が込められていた。
遠くで玻璃の名前を呼ぶ少女の声が聞こえる。なんでと、どうしてとこの状況に叫んでいる。
だが、もう遅い。
無情にも、その剣は心の臓をめがけて振り下ろされる。
「……その方が……都合がいいだろう……?」
最後に囁かれた言葉が、ひどく胸を抉った。
千引玻璃の呼吸が止まるのを見て、少しだけ認識を改める。
彼を、殺したのは自分。
それは、決して変わらない事実。
だから、責任がある。
『あの時』の間違いを、正さなければならない。
でも、その前に。
「……さぁ、始めよう」
神騙りを――




