01-15-01 日常の終わり
力をください
大切な人を守れるだけの力を
オレはとても弱くて、いつだって大切なモノを守れない
力をください
誰かを守れるだけの力を
この運命を切り開けるだけの力を
こんどこそ守れる力を
守りたい人がいるのです
失いたくない人がいるのです
絶望の淵に居た時、光の導だった少女
彼女を、これから始まる悪夢から、守りたいのです
いや……守りたかった
守れると思いあがっていた
彼女を守るのが許されないと言うのなら、せめて……あの憎い仇を殺せるだけの力を下さい
「準備はいいかしら?」
赤い唇が、小鳥のさえずりの様に歌う。
それは、黒いドレスの様なワンピースを纏った女。
黒髪に、黒い瞳の黒づくめの女。異様に白い肌と、赤い唇が目立っていた。
「さぁ、いきましょう」
後ろに人々を従えて、彼女は歩きだす。
その先、世界に穴が開いていた。
暗い、時空の狭間。そこに、躊躇いも無く彼女は足を踏み入れる。
その傍らには黒いコートにフードをかぶった者がいた。彼女をどこまでも追いかける。
腰元には二振りの剣。そして、さらにその後ろを三人の少年少女が追いかける。
いつだって彼女につき従っていたプルートは、黒コートとは反対側に控えている。
それを、横で見ていた青年はいらいらと舌打ちをする。
女の後を追って、皆が次々に狭間に足を踏み入れていく。
「どこに行くのですか?」
「星原、皇の館ヨ」
楽しそうに、女は言った。
「目標は?」
「神殺し」
くすくすと、彼女は笑う。
「あぁ、そうね。できたら、音川と日野の姫を確保したいところね」
でも。と彼女は続ける。
嬉しそうに。本当に、心底うれしそうに、愉しそうに。
「でも、なんだっていいのよ。私のお人形がようやく戻ってきたのだから」
くすくす
くすくすくすくすくす
それは、何度も見たことがある風景だった。
多少の差異はあれど、何度も何度も何度も、繰り返し。
それを、回避しようと方法を探してきた。
そして――ミライに、悲劇は回避されたと、言われた。なのに。
だというのに。
「なにが、おこってるの……?」
呆然としたアルトの声が響く。辺りから、炎が燃え広がっている。そのうちに、他の人達も気付き、声をあげ始める。
ボヤかと誰かが叫ぶが、違う。
あれは……魔法によってのモノ。唯の火事ではない。
「い、いづるっ、逃げよ!!」
「……う、ん……」
アルトに腕を引かれてから、出流は自分が硬直していた事に気づく。なにも考えられずに炎を見ていただけだった事に気づく。
このままじっとしている訳にはいかない。
なぜなら二人は――音川家と日野家の血をひく二人は、確実に狙われるから。
アルトはきっと、まだ知らない。そう、出流はなにも知らずに廊下に出て周囲を確認しているアルトを見る。
「大丈夫そう、行こう!」
まだ寝ている人がいるだろう、と隣部屋や近くの部屋を片っ端から開けていく。その後ろに続きながら、出流は周囲をうかがっていた。アルト同様考えていたのか、ティアラと守が向かいから現れる。
「音川さん、日野さん、無事ですか!」
「だいじょうぶっ?! 扉の間が燃えちゃってて使えないの、みんな森のほうに避難してるから、はやくそっちに」
二人とも少しだけ炎にまかれたのか所々服が焦げている。
「ふ、ふたりこそ、だいじょうぶなの?!」
「あー、大丈夫です。どっかのばかのせいで燃えかけましたが」
「うぅっ、ごめんっていってんじゃん!!」
ほっとするアルトの前で喧嘩を始める二人に、出流もまた安堵する。
――と、守が前にでる。そのまま、アルトの横を通り過ぎて止まった。
「ここから先は私一人で行きます。ティアラは二人と一緒に避難して下さい」
「え、でも」
「さっさと行きなさい。星原のジャックである私の言う事が聞けないんですか?」
「は、はい……」
しぶしぶ頷くと、ティアラはアルトたちの顔を見る。困ったように視線を彷徨わせるが、アルトも出流もなにも言えない。
守は星原に三人しかいない称号付きだ。普段彼らがその権力を表だって使う事はない。だというのに--。
疑問はあれど、命令では仕方ないと三人は森に行く為に走りだす。
それをちらりと見て、守はため息をつく。
「行ったか……」
ほっと息をついて、前を見る。そして、おもむろに宙に手を掲げると、そこにいままでそこにあったかのように刀が出現する。星原では使う者が少ない刀。
鞘から抜き放つと、黒い刀身があらわになる。そして、ティアラ達の前ではけっして見せない殺気を孕んだ鋭い視線を廊下の奥に送った。
「さて、招かれざるお客人。此処から先は、通しませんよ」
なんの変哲もない廊下。そこに、こだまする。
誰も居ないように見えた。だが。
「なんだ、気付いていたのか」
はらりと布がはがれたように、二人の少年少女が姿を見せた。
桃色の髪の少女に、茶髪の少年。どちらも星原の人間ではない。
「ちょっと、ギウス……こいつ」
「うるせえなっ。行くぞ、ミスティル! さっさと音川と日野を確保するぞ」
咎めるようなミスティルと呼ばれた少女の声を遮り、少年はすでに構えていた剣を振り上げる。
どちらもアルト達と変わらない、もしくは少し年上くらいの年だ。
そんな彼らに守は目を見張る。まさか、ここまで若いとは思っていなかったのだ。
「あぁっ、もう! しょうがないわねぇ!!」
少女が腰につるされた鞭をとる。
「さっさとそこをどきやがれ!!」
「お兄さん、どうなったって知らないよ!!」
慣れているのだろう。二人ともどちらの行動も見ずに、なんの合図も無しに、一斉に動き出す。連携の取れた動きだ。
そんな二人を守は見て――ため息をついて持っていた剣を一閃した。
ただ、無造作に一閃したように見えた。
邪魔な蠅を追い払うように。まさしく守の心境はそんな感じのものだった。
「なっ――っ?!」
一閃しただけだと言うのに、そこから溢れた風が一瞬で広がり周囲のものを吹き飛ばす。
邪魔な二人を追い払うために。
「たとえ偽りだったとしても、星原の称号付きを、なめないでいただこうか」
冷めた視線で吹き飛ばされた二人を睥睨する。
なぜか最初の言葉だけは、まるで、自分に言い聞かせるように小さな声だった。
「こいつっ」
起き上ろうとした少年に、再び風が襲う。たとえ幼さを残す少年少女だったとしても、容赦などしない。彼等は、敵なのだ。
セレスティンという世界に反旗を翻す組織の者なのだ。
圧倒的な力の差を見せつけられ、攻撃も防御も許されなかった彼らだったが……その目に諦めの色は無かった。
まるで、なにかを待っているかのように。
まさか、増援か。周囲をさらに警戒しようとして、後ろからの剣戟をぎりぎりの所でかわす。
「ギウス、ミスティル、先行するな」
「お前ならすぐ来るって思ってたよ!!」
後ろに忍び寄っていたのは彼らよりも年上の青年だった。守同様、刀を構えている。
黒い髪に黒い瞳は守と同じで、おそらく出身が近いのだろう。
彼は守の刀を見て目を見はる。だが、すぐにそんな表情を消して二人に命令を下した。
「こいつは……殺す気でかかれ」
「おう!」
「わかったわ」
態勢を立て直した二人は青年の声に頷き、また一斉に守に向かう。その速さは先ほどよりも明らかに早い。
実力を隠していたのか。だが、二人の様子からして、守の相手にはならないように見えた。
だが。
ひやりと背筋に悪寒が走る。慌ててその場から回避すると、そこには青年がいた。
速い。
ミスティルが炎を起こす。それを避けながらも青年から視線を離せない。
この中で最も危険なのは……彼だ。そう直感した守は標的を絞る。
「これは、ちょっとまずいかもしれないな……」
おもわず、ぽつりと守は呟いていた。
走りだした三人――アルト、ティアラ、出流はすでに守たちからかなり離れた場所に居た。
逃げてきた人と合流し、森へと向かっている。
「あっ、アルトさん、出流さんっ、ティアラちゃん」
「みんな無事だったんだね!」
茜と菫が駆けよってくる。二人とも、特に怪我をしたり炎にまかれたようすもなく無事だ。
が、菫は震えて茜の服にしがみつくようにいた。その目じりには涙がたまっている。
「二人とも、炎が出た所から近かったんじゃない? 大丈夫だったの?!」
「う、ん。フィーユさんが助けてくれて、どうにか……」
そう茜が言葉を切った時、その後ろの硝子が割れてなにかが転がり込んでくる。
ここは二階のはずだがどうやら跳び込んで来たらしい。どれだけの脚力なのかとアルトは目を細めてそれを見た。
「どいて!!」
ティアラが飛びだすと、いつも持ち歩いている槍をつきだす。
そこに貫かれたのは子鬼の様な異様な姿をした魔物だった。
その魔物に続くように大小様々な魔物が次々に窓を割って館に侵入してくる。
普段、戦い専門ではない茜と菫の姉妹が悲鳴を上げた。茜も菫も、皇の館から出ることすらめったにない。
「二人とも、下がって!」
このままではいけないとばかりにアルトは二人の周りに風の結界を創りだすと、魔物と対峙する。
アルトの横に出流も参戦をする。
「ちょっと、これどういうことなのさ! なんで魔物が皇の館にっ」
「わかんないけど、たおさないと」
しかし、数が多いとはいえ、アルトとティアラの前では障害にならなかった。ことごとく仕留めると血の匂いにつられて他の魔物が寄って来る前にと移動しようとした。
が、唯一人、その場から動こうとしない者がいた。
それに気付いて、茜はその少女に駆け寄った。
「ティアラ?」
アルトが声をかけると、足を止めて今来た道を見つめていたティアラがはっとしたように振り返る。
心配そうな一行に気づいて、からりと笑った。
「あっ、ごめん」
「どうしたの?」
「その……ごめん。ちょっと先行ってて!!」
「ティ、ティアラさん?」
「だ、ダメだよ! まだ何が起こってるのかも分かってないのにっ」
戻ろうとするティアラを茜と菫が止めようとした。が、その手をすりぬけてティアラは来た道を引き返す。
「ごめんって! それに、大丈夫だよ。なんてったって、うちにはソードがいるし」
「それって……。ちょっと、ティアラ! そーどって誰なのっ?!」
アルトの問いにも答えず、ティアラは走っていく。振り向きもせずに手を振って彼女は姿を消した。
唖然としていた四人だったが、すぐにこのままではまずいとのろのろと移動を始める。
ティアラの事は心配だが、普段から彼女は独りで魔物の討伐などを行っている。さきほどのような雑魚相手ならば大丈夫だろうとアルト達は考える。それに、彼女が向かった先はさっきまでいた方角……守がいるはずだ。何かあったら守がティアラの事を止めるだろう。
それよりも、非戦闘員である茜と菫を安全な場所に避難させることが必要だった。
だが――
「……な、なに、あれ」
また魔物が館に侵入しないかと窓の外を見ていた茜が目を見開く。
そこからは裏庭が見える。
大きな桜の木とその向こうには林があり、先に在る墓地を隠している。
そこに、大きな黒い亀裂が走っていた。
そこから、魔物が溢れ出て来る。その魔物達を目の前にして、笑っている女がいた。
黒い、まるで闇の化身の様な、女が、嗤っていた。
その女に、黒いフードをかぶったローブの者がつき従っている。
「……なんで」
姿を見たとたんに、出流は身を硬直させる。彼女を知っていた。よく、知っていた。
毎回毎回毎回、なんど繰り返しても、なんどやり直しても、最後まで嗤って皇の館の滅亡を見ている黒の女神。
いつだって、彼女は皇の館の住人を惨殺していくのだ。
「なんで、預言は、回避されたはずじゃ、ないの?」
なんで、こうなってしまった?
ミライの神は、預言は覆されたと言っていたはずなのに。これでは、変わらない。
「いづる、あの人知ってるの?!」
「……」
知っていた。もう、ずいぶん前から。
出流が皇の館にやってきたその日の夜から、知っていた。
けれど、それを言えなかった。
その結果が、また、これ。
「あの人が、原因なのっ?!」
アルトの問いに答えられなかった。
出流は知っていたのだ。
アルトが皇の館にやってきて、桜の花が咲いた時に、彼女が来ることを。それなのに、今までなにも言わなかった。言えば、変わったかもしれないのに。
当事者であるアルト達に言う事が出来なかった。
「あ、あの、あの人って……」
外を見ていた菫が慌ててアルトに声をかける。
彼女の元に……誰かが走っていくところだった。
それが誰なのかに気づいた時、アルトは窓を開けて飛び降りていた。
「ハリっ!」
ようやく第一章の最終話です……長かった。
3話か4話くらいで終わらせたらいいな……と。




