01-14-04 未来と現在
『無駄なのよ。全て。アナタがやって来た事は、スベテ無駄なの』
黒の女神が嗤う
桜の花が散る中で、彼女は、大切なモノを壊していく。
全てを知っているとばかりに、一人だけ残されて。
喪われていくものを、見ていることしか出来ない。
無力だった。
何を叫んでも、虚しく響くだけだった。
そして
『さようなら。可哀想な巫女サマ』
「いづるっ?!」
目を覚ますと、心配そうな顔をしたアルトがいた。
酷く、気持ちが悪い。それは、汗のせいだけではないだろう。
「大丈夫? うなされてたみたいだったから……」
「……ある、と」
「なに? どうしたの?」
生きている。目の前に居るアルトは生きている。
そのことに、ほっと安堵をして、おもわずその腕にすがりつく。
温かい。その温かさが、また失われるのは、それだけは、嫌だった。だから……。
「いづる?」
「ごめん。もうちょっとだけ、このままでいて」
二度と同じ間違えはしないと、誓ったのだ。
そう、二度目こそ、阻止してみせると。
最悪の結末を、回避すると。
談話室は、朝から賑やかだった。
いつものメンバーに加えて茜と菫の姉妹、その他にも普段はあまり見かけない少し年上の人達も談話室に居た。
すでに時期は師走に入ろうとしている。師走に入るとぐんと仕事量が増える為、その前にと休んでいる人達が多いのだ。
しかし、その賑やかさは人が多いだけでは無かった。
「ほんとだって! 見たんだよっ、あの、ジョーカーが来てるんだって!!」
興奮気味にティアラがアイリと話しながら入ってくる。
「それ、本当なのっ、ティアラ!?」
茜が素早く聞くと、ティアラは何度も頷いた。
すると、賑やかさが一層増していく。
「持ちのロンだよ! ティアラ、見ちゃったよ!! えっと、一番目のジョーカーさんだった」
「ラピスさんの部屋の近く、うろついてたら会えるかなぁ」
「これから、ずっといるって言ってたから、すぐに会えると思うよ」
「まじかよ……」
「なんでジョーカーが……」
もりにもりあがっているが、その端では出流がぼんやりと彼等を見ていた。
その空間だけ、暗い空気が漂っているように見える。
「ねぇ、いづる……ほんと大丈夫? 寝ておいた方がいいんじゃない?」
「……だいじょうぶだよ、アルト」
目の下に隈がうっすらとできている。それを指摘しても無駄だと解っているアルトは、それ以上は言わないが、そっとお茶とちょっとしたお菓子を持ってくる。
朝食もしっかり食べていなかったからだ。
ありがとうといいつつ、お茶だけ出流は飲んで、ため息をつく。
「どうしよう」
「なにが?」
思わずこぼしてしまった言葉に、アルトは首をかしげる。
ここ数日、出流がなにかを迷っていたことは知っていたが、なになのか分からなかった。出流もまた、アルトには絶対に話そうとしなかった。
なんども聞いても答えないのなら無駄だろう、と考えながらも何度目か分からないといをかけた。
「最近、どうしたの?」
「ちょっと、夢見が悪くて。……寝れないだけだから気にしないで」
「……そう」
やっぱり、答えてくれないのか。そう嘆息して、アルトは騒動の起こっているほうを向いた。
大事な友達のつもりでも、出流はどう思っているのだろう。そんなに、頼りないだろうか。
テイルは誰にも相談できずに、いや、相談せずに星原を辞めようとしていた。もし、ティアラが気がつかなかったら、どうなっていたのだろう。こんどは、出流が……。
ちょっとずつ、星原の仲間たちは変わっていっている。
「あっ、出流! ねぇ、いづるっ、なんかさ、ラピスさんが呼んでたよ」
ティアラが隅に居た出流とアルトに気付いて手を振る。
「え、ラピスさんが?」
「うん。ジョーカーの人が用があるって」
「……」
ラピスの部屋には、三人の女性がいた。
疲れた様子で椅子に深く座り込むラピスと、ソファで座りこむ二人……。ジョーカーであるフィーユと、三番目のジョーカーと契約している人外、フェルナンドだ。
三人はつい先ほどまで話し合いをしていたのだが、それもようやくひと段落した。
「ねぇ、ユウちゃん」
今では、呼ぶ者はほとんどいなくなってしまった名前で、ラピスはフィーユを呼ぶ。
どこか、遠い場所――おそらく過去を見つめながら、ラピスは言った。
「あなたは本当に、スフィラ様が全ての罪悪だと思う?」
「愚問です。……と、答えるべき場所なんでしょうね」
フィーユは明確な答えは告げない。ただ、肯定はしない。
スフィラ……すべての始まりの神。彼女さえいなければ、神々の時代はさらに続いていたことだろう。大陸ごと消滅してしまったセレスティアは健在しただろう。セレスティンなどという組織も無く、邪神信仰も無かっただろう。
だが、フィーユは肯定しない。
「やはり……あの子は、哀れね」
あの子とは?
フィーユが問いかける前に、扉が叩かれた。
「あの、お呼びと聞いたのですが?」
日野出流はこわごわと中を覗いて緊張に身体をこわばらせた。
ラピスだけでなく、うわさになっているあのジョーカーと何度か顔を合わせたことのある、三番目のジョーカーに仕えていると言うフェルナンドの三人が部屋にそろっていたのだ。
「ええ。入って」
「は、い」
扉を閉めて、入る。立ったままでいると、フィーユがこちらにと彼女の前の席を勧めた。
「それで、話なんだけれど……」
一番目のジョーカーと、ジョーカーと契約する精霊がいるというこの状況、なんとなく出流はなんの用事なのかを察していた。
彼らが出流に用があるとすればあのことに違いない。
「皇の館の襲撃についてでしょうか?」
「……えぇ。そうよ」
フィーユが頷く。
ラピスもフィーユも、フェルナンドから聞いたのだろう。
「君にとってはあまり周囲に知られたくないことだろうが、さすがにラピスたちには知らせなければならなかった」
「わかってます……」
「まさか、そんなことを預言していただなんて思ってもいなかったわ」
「……すみません、ラピスさん。お伝えもせずに」
「あなたがここに来た時のことを考えれば、当然のことでしょう。別に、気にしていないし、むしろ感謝しているわ。それよりも、これからのことを伝えたくて」
ラピスはそう言って、フィーユを見た。それにフィーユは頷く。
「もうすぐ、桜の花が満開になる。その前に、皇の館から別の場所へ本部を移動する事になったわ。一時的な物だけれどね。他の人達には本部の改修工事と通知して、一週間以内に皇の館から移動する。出流には、預言が変わり次第フィーユとフェルナンド、もしくは私に連絡をしてほしいの」
「分かりました。他の称号持ちの方には?」
「陸夜と守にもつたえてはあるから、急な事態になった時は彼らと連絡をとっても大丈夫よ」
「桜の花が咲いている間は、私と三番目が交代で星原の本部を守ることになったので、よろしくお願いしますね」
「は、はい」
そして、この話は終わりとばかりにフィーユとフェルナンドは席を立つ。
「もともと、いつか星原の本部を襲撃されることは解っていたの。あなたのおかげで時期がわかって、助かったわ」
そういうと、フィーユは部屋から出ていった。
「そう、だったんですか」
「えぇ。星原には……彼等にとって因縁深い者たちがたくさんいるから……ね……」
「……」
たとえば、それは……神殺しの一族。
出流が談話室に戻ると、アイリとマコトが一緒になって話しこんでいた。
「出流、戻ってきたか」
アイリがこちらに気付いたので、出流は二人の元へと歩いて行く。
「うん。二人してどうしたの? また、御指名来たの?」
「まあ、そういうことだ」
マコトとアイリが共に同じ依頼を受けるのは珍しくない。
実は、意外と評判のコンビだ。わざわざ二人を指名して来る依頼もある。
アイリは頷いて、厄介な依頼を受けてしまったと愚痴る。
「私だけの個人の依頼も丁度来てしまってな……マコトとの任務が終わり次第、一人でルクシードベルク巫国にまで行かなくてはならない。まったく……こう忙しいと休む暇が無い」
「お疲れ……うちらの中じゃ、アイリが一番御指名されていろんな所に飛びまわってるもんね……そういえば、ルクシードベルクってこの前、なんかの塔が爆破されたとかいってなかったっけ?」
「あぁ。教主塔アズリルだろう? なんでも、身寄りのない少女たちを巫子と称して塔に閉じ込めていたとからしいな。詳しいことはまだ分かっていないが……」
「物騒な場所らしいし……気をつけてね」
「ああ。時間がかかる以来だから、帰ってくるのは睦月になるやもしれん」
「えっ、一月近く拘束される依頼なの?!」
「まったく、面倒な依頼でな。さてと、そろそろいくか、マコト?」
あらぬ方向を向いていたマコトにアイリは声をかける。
「……日野」
「えっ、あ、なに?」
「サイを置いていく。陸夜にも言ってあるが、なにかあったら頼む」
「う、うん」
マコトから頼み事など珍しい。驚きながら頷いて、出流は二人を見送った。
みないつものことだとただ二人を送りだした。アイリが長期間いないのも、珍しいことではない。
今回は、依頼の達成とともにアイリは個人に依頼が入っているため、彼等は別れることとなる。マコトはそのまま皇の館に戻る予定だった。
しかし
――霧原誠は、朱炎アイリと別れた後、その行方をくらませた。
夜が近づくと、憂鬱になる。夕焼け空を見て、出流はため息をついた。
知っている人達が殺される悪夢を見るせいだ。
霧原誠が帰る予定日を過ぎて二日が過ぎていた。アイリとも連絡が取れていない。
アイリのほうは、一応アイリ個人に依頼をした依頼主の元に着いたと言う連絡はあったが、マコトに関してはアイリと別れてからの一切の足取りが途絶えてしまっている。
あそこまで陸夜がうろたえる姿見たことが無い。と、出流は今朝のことを思い出してため息をつく。
「まこと、どこ行っちゃったんだろうね」
出流が考えていることはお見通しとばかりにアルトが言った。
「なにか、あったのかな。まことがいないせいでお引越しもなかなか進んでないし……はやく帰ってきて欲しいよね」
「そう……だね」
マコトがいない。それでは、予言と矛盾する。
出流の預言では、皇の館にいた人達全員が……依頼を受けて居なかったアルト、出流、テイル、カリス、ティアラ、マコトたちが……ことごとく殺されたのだ。
少しづつ、預言は変わりつつある。
それが良い方向なのか、悪い方向なのか、まだ解らない。
それでも、あの悲劇を回避できるのなら――
『私の愛しい娘。悲劇は、回避されタ』
声が響いた途端、世界が――一瞬にして変わる。
アルトがなにかを言おうとして口を開き、そのまま停止している。
沈みかけた太陽が、いつまでもその場に留まっている。
庭で梱包作業をしていた人達が、その手を止めて固まっている。
そのなかで、出流だけが動くことを許されていた。
「まさか……ミライ?」
出流の目の前に、空間を歪めながら一人の女性が現れた。
ヒト……ではない。内包する力は、ヒトあらざる者。
それもそのはず。彼女は……。
「時の三柱神さま……」
世界創世神話に語られる、最も古い神の一柱。未来を司る神。
その神が、出流に微笑みかけていた。
『久しイな、我が愛し子』
「ミ、ミライ、なんで」
ミライと呼称を呼ぶことを許されている人間は、現在おそらく出流以外いないだろう。
気まぐれな神に気に入られた存在もまた、愛し児と呼ばれることがある。出流は、そんな一人だった。
といっても、精霊の愛し児のように加護を与えられる訳でもなく、気まぐれに現れては気まぐれになにかをもたらす。よいことばかりでは無くて、悪いこともある。
『未来が変わったかラだ。この世界から外れた者の選択ガ、未来を変えた』
「ほ、本当ですか?!」
以前も、ミライは未来が変わった時にその姿を現した。
それは、彼女が未来を司る神であり、現在の時間枠には存在しない神だから、だそうだ。
ミライは、時間が不安定になった時にだけ、出流の前に姿を現す事ができる。そう、出流は聞いている。だから、彼女と逢う事は少ない。
『あぁ。でも……ソれが、出流の望んだ結果になルとは限らない。以前と同じク』
「……」
『だから、来タ』
「え?」
『ねぇ、出流。この先、何があっても……目をそむけてはいけないよ』
――『真実』は、いつも目の前にあるから。
世界が、変わる。
時が動きだす。
ミライが消えた瞬間から、もとの時間の流れへと戻る。
「ミライ……?」
夕闇に紛れて、何かが窓から見えていた。
ミライの言葉を気になりつつも、外を見る。
誰かの叫び声が、怒声が、響いて来た。
「え、なに……これ」
窓の外で――そこかしこから、炎が燃え広がろうとしていた。




