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騙る世界のフィリアリア  作者: 絢無晴蘿
第一章 -日常-
51/154

01-14-02 過去


「なあ、テイル」


静かな、声だった。

いつもならない、優しい問いかけ。

テイルはというと、アイリを呆然と見て、なにも言えずにいた。

他の者たちもそうだ。

アイリは……いままで、アルト達が知っているアイリは……そんな事をするような人ではない。ましてや、人のいいなりになって、他人を殺すなんて、そんなこと、絶対しない。

「そうだな、よければ、みな……聞いて欲しい。私の……罪を」

静まり返った部屋の中、アイリはほのかに微笑んで言った。

過去の一端を言ってしまって、後に戻れなくなったというか、もうどうせいつかは解ることなのだから、言ってしまおう。言って、しまいたいという思いがあったのかもしれない。

テイルの事情を知ってしまった後ろめたさも含んでいるのだろう。

「アイリ……うそ、だよね?」

「なにがだ、ティアラ。人を殺したと言う事がか? 残念ながら、本当だ。決して、赦されない私の業だ」

色を失うティアラに、アイリは苦笑する。

ティアラは、殺すだのなんだの言おうと言うまいと、たとえどれだけの悪党でも、その手にかけるような子ではない。死に対する恐怖を持っているから、自分で死を生みだすことにも恐怖する。

おそらく、この中でアルトに次いで死への禁忌が強いはずだ。そう、アイリは推察する。

「アイリ、いいのか? そんな、自分の事を言って……」

カリスが珍しくも心配そうに問いかけて来る。

カリスは、同都出身。当時の事を知らぬとも、風のうわさで少しはあの事件の事を知っているはずだ。その当事者がアイリであるとしっていなかったとしても、もしかしたらなんとなく気がついているのかもしれないとその表情を見てアイリは思った。

「どうせ、いつかは言わなければと思ってはいたのだ。……いつか……それが、今になっただけ」

いつかは……仲間に、本当のことを話さなければ。でも、まだ。今ではない。もうちょっと待って……。ずるずるずるずると先延ばしにして、結局、今になってしまった。

テイルというきっかけが無かったら、きっと言わずに終わってしまっただろう。

「まずは……そうだな。私の生まれた家の事を話そう。カリスは知っているだろう? 日本国には、二つの陰陽師の大家があった。茂賀美家、そして今は取りつぶしとなった土御門家。私は、土御門の生き残り。そして、取りつぶしとなった原因だ」


茂賀美と土御門、二つの陰陽大家の歴史は古く、そして因縁深く続いている。

二つの家は共にいがみ合い、どちらが上かを競い合い、争った。結果、茂賀美は異国の交流を図り、十二の使鬼神を得て日本国の政治の中枢を掌握した。土御門は少しずつ衰えたが、茂賀美の扱えぬ古い呪詛もって、裏の世界で暗躍した。

表舞台は茂賀美。裏で暗躍するは土御門。そんな声が聞こえるようになって数十年。しかし、土御門家はその立ち位地に納得をしていなかった。もっと上を、この国を、いや、それ以上を。

野心を隠し、数年、数十年、いくつかの代替わりをしながらも、決してその思いは薄まらず、むしろ憾み辛みを積み重ね酷く悪化して、彼等は望みをかなえようと画策した。

そして、やがて生まれたのは呪いだった。

幾つも使い潰して、生まれたその呪いは、人の形をしていた。

「私は、幾つもの犠牲の中で生まれた、実験体のようなものだ。呪として生み出された道具なのだ」

ただひたすら呪詛に特化した陰陽師。気に入らない茂賀美を呪い、国を呪い、人々を呪う為だけにつくられた。それが――朱炎アイリという少女だった。いや、当時、そんな名前すらつけられずにいた。ただ呪詛姫と呼ばれて復讐の為に世間から隠されていたのだ。

生まれた時から、呪詛の中に身を置き、言葉を覚え始める前から呪を操った。そして、物心つく前に、初めて人を呪い殺した。

そして、アイリは……そう呼ばれる前の少女は、生まれてから土御門家が崩壊するまで、数えきれないほどの人々を呪殺した。


彼女を救ったのは、星原の青年だった。

彼は土御門家の不穏な動きに気づき、謀反を企てていることを突き止め、禁忌を破ったことを暴いた青年だった。

彼は仲間とそして日本国と共に土御門家を粛清した。

そのさなか、青年は少女と出会い秘密裏に保護することとなった。日本国には伝えず。死んだと偽りの報告をして。


それが


「私が、星原に来た、理由だ」


「おいおい……そんなことして大丈夫なのかよ? そもそも、こんな場所で……」

同じく日本国に住んでいた少年は冷や汗をかきながら言う。

そんな話を自分達に言って良いのか。そもそも、この部屋は基本誰でも使っていいし、廊下も人通りがある、誰が聞いているか分からない。そんな場所でしてもいい話なのか。

「まあ、ばれれば大変なことにはなるだろうな。それに、さすがに人払いくらいはやっている」

さらりとアイリは涼しげに答える。

「それに……たとえ、ばれたとしても既に証明する者はいないしな」

土御門家は、すでに滅んでいる。そして、アイリを助けた青年は既に星原にはいない。

彼女が誰なのか、証明する者はいない。

「なぁ、テイル。私も、同じだ。ここにいれば、きっとみなに迷惑をかける」

それでも、でていくのかとアイリは問いかける。

「でも、アイリとは理由もなにも違っ」

「いや、おんなじだろ」

そう否定したのは、アイリではなく……カリスだった。

「オレは家出してここにいる。まだ、ここにいることはばれてない。けど、ばれればきっとここに迷惑かけるだろうな。俺も……俺は、お前らみたいに重い話でも複雑な話でもないけど、根本は一緒だ」

「……うちだって、おんなじようなもんだよ……」


ここにいることで、迷惑をかける事は解ってる。それでも、ここしか、居場所が無かった。

星原は、そんな人達の集まり。

無論、中にはそうではない人だって沢山いる。それでも、彼らもまた、様々な理由で星原に来るしかなかった人々だ。

だから、


「だから、私達の事を気にする事はない」

「気にしますよ! だって……みんな……」

黙りこむテイルに、ティアラが呟くように言った。

「ねぇ、テイル……ティアラは……あたしは……テイルに出ていって欲しくない。テイルの身が危険なら、なおさら……」

いつもよりも小さく。囁くように、弱々しいその声には、寂しさと悔しさが混じっていた。

「あたしは、戦争でなにもかも無くした。もう、誰かを失うのは、いやだ」

四年前に終結したあの戦争。その中で、ティアラは家族も、町も、国も、無くして星原に辿り着いた。

だから、いつだって彼女は笑うのだ。自分だけ生き残ってしまったことへの罪悪感のために。

人の命の儚さを知って、喪う怖さを知って、だからティアラは後悔をしないように生きている。

だから、テイルを止めようとしていた。が、それでもテイルは首を振ろうとして呆れた様な、大きなため息が聞こえてきた。

それに、テイルはびくりと身体を震わせる。

「マコト?」

自分から何かを言うようにはみえなかったマコトが、立ちあがっていた。

すたすたと歩き出すと、テイルの元へ――いや、テイルと擦れ違い唯一の扉の元へ。

「ぐだぐだと、うるさい。……お前は、逃げているだけだろう」

「え……?」

冷めた目で、テイルを振り返って言った。

「に、逃げてなんて、いませんよ」

「にげている。誰かが傷つくのが怖いから。それで自分が傷つくのが怖いから。だから、自分だけ逃げて、全部自分で受け止めて、事態を終わらせようとしている。それを、逃げているといってなにがおかしい」

「……っ」

何かを言いかえそうとして、言いかえせずにテイルはマコトを睨みつけた。

マコトの言葉に、思う所があったのだろう。

それにたいして動じず、マコトはさっさと部屋から出ていく。

「あっ、まってマコト!!」

慌てて出流がその後を追った。

部屋に残された者達は無言でいた。

マコトの言葉に動揺をしたのは、テイルだけでは無かった。





「まさか、マコトがあんなことをいうなんて思って無かった」

皇の館の裏庭。桜の木にマコトは寄り掛かって座りこんでいた。

そんな彼の横に出流は立って、呟く。

出流がなぜマコトを追ったのか。それはたいして理由はない。なんとなくマコトを追いたかったからだ。

このまま、独りにさせるのが嫌だったからだ。

「『逃げるな』、と?」

マコトは顔をあげで出流を見る。

「そうそう」

頷いて肯定すると、彼は少し顔を曇らせた。

いつもあまり変わらないだけに、驚く。まさか、こんな表情を視れるなんて思っていなかったからだ。

「あれは…………受け売りだ」

「りくやさんとかの?」

マコトの過去はよく知らない。彼と話すのは陸夜さんぐらいしかいない。そう思って出流は問いかけた。が、彼は首を振るう。どうやら違うらしい。

ふと、顔を向けた。その方向には、墓地があるはずだ。

「星原に来る前は、ある研究所に居た。そこからの逃亡を手引きした者の、受け売りだ」

「……」

思わず、言葉を失う。

彼から、そんな話を聞くとは思っていなかった。

マコトが自分の過去を離すなんて思っていなかったのだ。

驚いて、顔を見る。いつもと変わらない、無表情。だが、なんとなく顔がこわばっている様にも見える。

「どうした?」

反応のない出流に、マコトは首を傾げた。

「まさか、マコトから昔の話を聞けるなんて思って無くて」

「……聞かれれば、答える。別に、過去を隠している訳ではない。全て話す事はないが、嘘はつかない」

「そ、う?」

「……正直、僕はクージスが星原を出るのなら、その方がいいと思っている」

「え?」

「ここは、酷い場所だ。傷を持った者たちが、集まってなにもせずにいる場所。過去から目をそむけることもできるし、逃げる事も、無かった事にすることもできる場所。それは逃避で、停滞で、問題の先送りにしかならないのに。それが許される場所。……優しくて酷い場所だ」

「……」

「でも、今の状態で出ていくのは、逃げている。……もし、あいつがいたら、そう言ったはずだ」

「そう、なのかな」

『あいつ』とは、誰なのだろう。もしや、あの『噂の』少年なのだろうか。聞けば、答えてくれるのだろうか。

マコトをこっそりと見る。空を見上げていた彼は、少しだけ……寂しそうに微笑んで居る様に見えた。

マコトの過去……それは、誰も知らない。もしかしたら、陸夜は知っているかもしれないが、陸夜はマコトの過去を誰にも話さないだろう。ただ、誰もが知っている事がある。

それは、彼がこの皇の館に来た時の話。

世界から外れた場所にあるはずの皇の館に、稀に見る大雨が続いていたある日のことだったという。陸夜がたまたま二人の少年を保護した。

気を失った少年――それがマコトだった――、マコトを背負ってもう一人の少年が、陸夜に……星原に助けを求めたそうだ。

マコトと彼がどこから来たのか分かっていない。何から逃げていたのか、何から守って欲しかったのか、そもそも名前すら彼は明かさなかった。

少年は数日後に亡くなり、マコトは独り取り残されたらしい。

「あ……」

そうだ。と、出流は思い出す。

マコトと星原に来た少年。彼は……この先にある墓地に埋葬されたのだ。

だからか。と、先ほどマコトが墓地の方向を見たことに納得する。

『あいつ』とは、その少年なのかもしれない。

マコトの様子を見るに、どうやら仲が良かったらしい彼はいったいどんな人だったのだろうと思いつつ、出流は一度だけ桜の木を見た。

そして、目を見開く。


いくつかの蕾が、ほころんでいた。



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