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騙る世界のフィリアリア  作者: 絢無晴蘿
第一章 -日常-
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01-13-02 アーヴェ・ルゥ・シェラン






不審者――仮面の男を追って、アルトと出流が密かに尾行していた。

本部の中は広い。が、彼は迷うそぶりも見せずにどんどん進んでいく。

もしや、彼はアーヴェの関係者だったのではないだろうか、そしてここにもなんどか来た事があるのではないか、なんて思ってしまうほどだ。

しかし、彼はなるべく人目につかない様に移動をしている。堂々と正面玄関から入ってきたにもかかわらず、なるべく知られたくないかのようだった。

「けっこう奥まで行くね……仮面さん、よく見つからないよね」

「仮面さんって……まあ、今日はいろんな場所から人が集まっているからね。人が多いからわからなかったんじゃない?」

こそこそと話しながら着いて行く。ど素人の尾行だが、これが意外と見つかっていない。

意外と人が多く通り、そちらに気が向いているからかもしれない。

このまま彼はどこに行くのだろう。自分たちがおこなってるのはとても危険な事なんじゃないか、そもそも他の人に言ったほうがいいのではないかと考える出流の心配をよそに、アルトはというと、そういえばあの仮面の人の名前は何だったかと考え込みながら彼の後を追っていく。

「あ、れ?」

「どしたのいづる?」

「……いや……」

ふと、人通りが少なくなっていた事に気づく。いや、少ないと言うよりも仮面の男と後ろを追うアルトたちくらいしかいない。

もしかして、尾行がばれてわざと人通りの少ない場所におびき寄せられた?!そんなことを思い当たり、足を止める出流にアルトは首をかしげながらも一緒に止まる。

「いづる? 見失っちゃうよっ?!」

小声でアルトが催促をする。

そういえば、と周りを見回すが、見覚えが無い。

「アルト、ここどこだかわかる?」

「え……その、はじめてきたところだから、わからない」

「だよね。うち、何回か来たはずなんだけど……」

こんな場所、あったっけ。

愕然とする。自分達は一体どうやってここに来たのか。なんどか探検と称してぐるぐる本部の中を裁き司の友人に案内をして貰った。しかし、ここに来た覚えが無い。

「あっ」

角を曲がってしまった仮面の男に気づき、アルトは足音を消して走る。

「ちょっと、アルトっ! ……えぇい、出たとこ勝負っ!!」

どうにもならずにやけくそな気分で出流はアルトの後を追った。


仮面の男が曲った角で、アルトはゆっくりと向こう側を見た。

そこには、先ほどと変わらず白い廊下が広がっている。

「あれ?」

仮面の男はいない。が、その一番奥に、今までとは違うものがあった。

今までは木の扉しかなかったのだが、真っ黒な扉が一つ。異様な雰囲気をだしながら、存在した。

廊下には、そこにしか扉が無い。いないと言う事は、仮面の男はここに入ったということだ。

「ど、どうする?」

アルトが聞いて来るが、その目は好奇心に満ちている。絶対に、行きたがっている。

ため息をつき、出流は諦めて言った。

「もう、好きにして」

「えと、入ってもいいって事?」

「もう、どうにでもなればいい……」

しかし、そう言いながらも出流は、少しだけ何が起こるのか興味があったりした。絶対に口にはしないが。


扉をゆっくり開けると、なぜか土の匂いがした。

外、に出てしまったのか。小さく開けて、二人で覗き込む。

と――そこは、静かな林の中だった。

まさか、本当に外に出てしまったのだろうか。

しかし、それにしてもおかしい。どうやら、この扉は違う場所に繋がっているらしい。

皇の館の様々な場所に行けるゲートと同じようなものなのだろう。

しかし、そんな扉がなぜ本部にあるのか。そして、どこに繋がっているのか。

幸い、近くに人はいない。

二人はこっそりと中へ入った。

「ここ、どこなんだろ……」

「さあ……あ、道」

道、と言っても獣道の様な道がすぐ近くに見つかる。

そこを、二人は顔を見合わせると進みだした。

風が吹く度に木の葉がざわめく。

木漏れ日が、道を照らす。

穏やかな光景に思わずなごみそうになるが、ここには仮面の男がいるはず。それを思い出して出流は気を引き締めた。

その横で、アルトは困った顔で周囲を見回す。

「ねぇ、いづる」

「ん? どうしたの?」

「なんかさ、ここ……精霊さんが、いない…みたい……」

「……なんで」

精霊は、あまり姿を見せないとはいえ、自然がある場所なら普通はいるモノだ。

特に、このような綺麗な緑がある場所なら、沢山いてもおかしくない。

あわてて出流も探すが、いない。

精霊が居ないと言う事は、ここは何かしらがおかしい、と言うことかもしれない。

アルトも出流も、ここがおかしいとは感じないのだが、もしかしたら何かあるのかも知れない。

注意深く歩いて行くと、少しだけ開けた場所が見えた。そこに、誰かがいる。

ばれないように音を消しながら、木の影からそれを見た。

「あっ」

アルトの視線の先には、仮面の男がいる。

さらに、その前には優雅にお茶を楽しむ女性がいた。

美しい金髪は腰元まで伸び、海の様な深い蒼の瞳の美女。どこかの貴族なのか、その姿はまるで一枚の絵の様だ。

彼らの会話が聞こえて来る。

「それで……ふくしたい、と?」

「ええ。彼のゆうめ………シェランなら……と」

「……そう」

なにを言っているのか、そこまでは解らない。

二人してじっと見ていると――女性がこちらを向いた。

「あっ」

「やばっ」

「……貴方達」

慌てて隠れるが、もう気付かれている。

「貴方達、姿を見せなさい」

女性からの呼び声に、二人はそろそろと顔を出した。



「ファントム……セレスティンの幹部が聞いて呆れるわね。まさか、後をついて来る二人に気づかなかったのかしら?」

女性はそう言って仮面の男――ファントムを睨んだ。

彼女としては、彼の事はあまり周囲に知られたくなかったのだ。だというのに、一般の、おそらく今回の会議で雑用を頼まれたのであろう少女達に知られてしまった。

睨みつけるが、たいして答えてない様子でファントムははてと首をかしげる。

「おや。どういうことでしょうか。さあ、私にはさっぱり」

「とぼけないで」

彼はセレスティンの幹部であった事は調べがついている。そして、その彼がセレスティンから抜けた事も。

今日、彼がここに来たのはセレスティンの情報を流す取引をするためだった。

誰にも気づかれないようにと言い含めておいたはずだと言うのに、これはどういうことなのだ。そう、睨みつけるがまったく彼には意味がなさそうだった。

「いえ、本当ですよ。私は彼女たちがついて来るのがわからなかった。むしろ……どうして私が気づけなかったのかに、目を向けたほうがいいのでは?」

「どういう……まさか」

彼の言葉が本当だとしたら……観念した様子で姿を見せた二人は危険な存在かもしれない。姿を消しながらここに来たファントムに、気づかれずに後を追ってきたのだ。

「来なさい貴方達。所属と名前は?」

少しばかりこわばった声で問いかける。

そろそろと歩いて来た二人の少女の顔を見て、気付いた。

「あなたたち……」

「星原の、日野出流と、音川アルトです」

出流が言うと、女性は突然立ち上がる。

「そういうこと……」

思わず、二人とも身構える。どうみてもアルトと出流は入ってはならない場所に来てしまったのだ。絶対に怒られる、というかどうなるか分からない。

が、自体は思わない方向へ向かった。

「……しる……シルフっ!! シルフィーヌ・フォン・メイザース! いるのでしょう、出て来なさい!!」

「え? おかあさんっ?」

突然出てきた母親の名に、アルトは慌てて周囲を見るが見つかるはずが無い。

女性はその姿に似あわない舌打ちをして、まだ傍に来ない二人に手招きをした。

「どうやら、私達いっぱい食わされた様ね」

「ああ、なるほど」

ファントムと女性は納得した様子でいるが、アルト達には意味がわからない。

そんな顔をしているのがわかったのだろう。

「どうやら、貴方達をここに来させたかったみたいね。ファントムが気づかなかったのも、貴方達がファントムに気づいたのも、シルフの仕業でしょう」

「え……」

なんで、シルフが。特にその子どもであるアルトには意味がわからない。

そもそも、どうして子どもの元に顔も出さないのか。

出流もアルトもこの状況にどうすればいいのかわからずにいた。

「あの魔女ですからね……ああ、末恐ろしいものです」

たいして恐ろしげでもなく、ファントムが同意する。

「それで、貴方達はどうしてここに来たのかしら?」

「ああ、それなら、私を見たからでしょう。音川の姫君とは以前お会いして、目の前で三番目のジョーカー君とやりあったりしたので」

「……ああ、そうだったわね」

出流とアルトが何かを言う前に、二人はさっさと話を進めていく。

といっても、二人ともまともに答えられる状況では無かったのでありがたかったが。

「それにしても、いくらアーヴェの本部とはいえ、まさか二人だけで私を追って来るとは……周りに話そうとはしなかったのですか? 一応、私は敵なのですがねぇ」

「そ、それは……」

言いわけをしようとして、ふと出流は気付く。なんで敵に説教されてんだ。

「それで、なんでシルフはこの子たちをここによこしたのかしら……」

それはアルト達もわからない。というか、さっきまでシルフによって妨害工作が行われていたなんて気付かなかったし。知らなかった。

考え込む女性のすがたに、そういえば彼女は誰なのか聞いてなかったことを思い出す。

どうやらアーヴェの人らしいが、星原の人意外と逢ったことがほとんどないアルトはもちろん、出流ですらしらなかった。

「あ、あの、失礼ですが、貴方は?」

出流が躊躇いがちに聞く。

「ああ、言って無かったわね。私は、シェラン。アーヴェ・ルゥ・シェラン。アーヴェで一番偉い人っ、なんて言ったらわかるかしら?」

出流の思考回路が止まった。

目の前に、あのシェランがいる? いやいや、なんでそんな。まさか……え……。

混乱している出流の横で、あー、なるほどーなんて事の重大さに気づかずに頷くアルトの姿に、フェントムは解っているんですかねーなどと苦笑する。

アーヴェ・ルゥ・シェラン。それは、この大陸でもっとも影響力があると言われる組織、アーヴェの、創立者にして頂点に立つ者。

一説によれば神であるとか、実は代々受け継がれていく名前で人は変わっているのだとか、実は幽霊なのだとか、様々なうわさが流れる謎の存在。

そして、あの、ジョーカーと呼ばれる者たちを直接指揮する者だ。

だから、アルトがファントムに襲われた事も知っている。出流の話もすでに聞いている。

とはいえ、出流たちは彼女の姿は知らない。下っ端では姿を見ることなんてできないからだ。

だから、彼女が本物であるかわからなかったが、ちょうどいいタイミングで彼女達は現れた。

「シェランさん、そろそろ会議に来て……あら? どうして星原の子がここに?」

のほほんと橙がかった金髪のエルフが後ろに数人ひきつれ、首を傾げながら現れた。

その人の事は出流もアルトも知っている。

「フィーユ……もうそんな時間?」

困った様にシェランが言った。

一番目のジョーカーと呼ばれるハーフエルフ、フィーユは首を振る。

「いいえ。まだ時間はありますよ。少しはやめに来たので」

出流は、その後ろにいた人物に気づいて目を見開いた。

「あっフェルナンド、さん!!」

「おっ」

以前と違い、動きやすいスーツを着たフェルナンドは、近くに居た青年に何事か話す。

その青年もまた、アルトと出流はよく知った人物だった。

ジョーカーの一人、アス。彼は、フィーユの代わりに星原に来ることがある。

「おや、三番目のジョーカーは?」

ファントムが不服そうに声をかけた。

アスとフェルナンドはどちらもファントムを睨みつける。どうやら、彼等はファントムがここに居る事を警戒しているらしい。

「そんなに警戒しなくても大丈夫だと思うけど。それに、彼も会議に連れていくのは前から言っていたでしょう」

「そうよ。アスもフェルナンドちゃんもそんな顔したら後輩たちに恐がられちゃうわ?」

何かあればすぐにでもファントムを殺しかねない二人の様子に、シェランとフィーユがなだめる。フェルナンドはしぶしぶといった様子で警戒を緩めるが、アスはちらりと彼を見て、明後日の方向に視線をそらした。

シェランとフィーユが顔を見合わせて何事か目線で伝えあうと、フィーユはアルトと出流の元へと歩いて来た。

「ここであったことについて話したい事がたくさんあるけれど、これから会議なのであとのことはフィーユに従ってください」

そういうと、シェランは立ちあがる。座っていたはずの椅子も机も、飲んでいた紅茶まで一瞬のうちに消えた。

アスとフェルナンド、そしてファントムを連れだって彼女は歩いて行く。

フェルナンドが何度かなにか言いたげにこちらを見ていたが、シェランは気付かずに早足で歩いて行ってしまった。

残されたアルトと出流はこれから何があるのかとこわごわフィーユを見ていると、フィーユはそれに気づいて微笑んだ。

「ごめんなさいね。これからシェラン様は会議があるから。これからさっきの事、それとちょっとだけ『ここ』のことについてお話しさせてね」





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