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騙る世界のフィリアリア  作者: 絢無晴蘿
第一章 -日常-
47/154

01-13-01 アーヴェ・ルゥ・シェラン

海辺近くの都。

反りたった崖の上からその都を見る。

本の数時間前までごく普通だった町は、海に沈んでいた。

都の中にあった領主の大きな屋敷は人ならざるものによって破壊されたような跡があった。

ぱちぱちと乾いた拍手が響く。

その音の出所は、この惨状を見た青年からだった。

「手際が良いね。怒れる海神に沈められたみたいだ」

プルートだ。

自ら神の名を騙る青年。彼が本当に人間なのか、いや、ヒトであるのか、清蓮は知らない。

「さて、私は先に行っているよ。集合場所は覚えているね?」

「……」

無言で頷く。

プルートは後ろ向きで手を振りながらどこかへと消えて行った。

そして、独りになった。


目の前の都は、宗教色の強い地域だった。

人以外のヒトを認めない場所だった。

この都で、ヒトと通じた男を処刑されたのは数十年前になる。


「ははっ……とおさまを殺した罰だ」


この崖で、追い詰められた人魚が死んだのは数十年前になる。


「かあさまを追い詰めた罰だ……」


乾いた笑いが響く。

清蓮の、一つの復讐の終わりだった。

未だ、白蓮の都を襲った者達の正体は解っていない。だから、まだ復讐は終わっていないが。

ここは、彼女の生まれた国。……だった場所。

いい思い出など、何も無い都。

こうして今、もう一度見るとそこがとても小さかったことが分かる。

「……こんな国のせいで、死んだのか」

吐き捨てる様に言うと、背を向けてプルートとの集合場所に向かおうとした。

しかし、誰かが木々をかき分けて来る音を聞いて思わず隠れる。近くには木しかないためそこの影に身を隠すしかなかったが、音の主は気づかなかった。

気づけなかった。

それよりも目の前の光景に目を奪われていたから。

「う、うそだ……」

「おにーちゃん? どーしたの?」

音の主は二人。十ぐらいの少年と、六つほどの少女。よく似ていることからおそらく兄妹なのだろう。

親に秘密で森の中で探検と称して遊んでいた二人は、幸か不幸か町が海に沈むと言う難から逃れていた。

「すごーい。町が海の中だよ!」

まだ理解が出来ていないのか、妹が無邪気に言う。

兄は、声を失ったように呆然と町を見ていた。

繋いだ手を強く握りしめて、妹と何時までもその光景を見ていた。





自分にあてがわれた部屋は、一人部屋だった。

何も無い時は独りでずっと閉じこもっていた。

だから、この組織にどんなヒトがいるのか、どれだけいるのかなど知らないし、興味が無い。

会ったことがあるのは、今までの仕事で一緒に行う事になった人達くらいだ。移動中に擦れ違った人など覚えていない。

自分の望みが果たせれば、それでよかった。


「いやー、こんにちは。久しぶりですねぇ」


突然、ノックも何もなく、無断で入ってきた男は、そんなことをのたまった。



「……出て行ってもらえる」

横たわっていたベッドから顔をあげて、侵入者を見た。

見たことのある顔、というよりも仮面だ。たしか、何度かプルートに付き合わされて会ったことがある。

この組織を束ねる七人のうちの一人。

たしか名は……ファントム。

ふざけた名前だ。どう見ても本名じゃない。

と言っても、他の人達も似たり寄ったりだから咎められる事もない。

「そんなつれないこと、言わないでくださいよ。私と貴女の仲じゃないですか」

「……なにが」

言葉を交わした覚えもないと言うのに、勝手に仲を作られても……。

そもそも、どんな仲だと言うのだ。

気づかないうちに頬がひきつる。

身体を起こすと、ファントムを睨みつけた。

「戻ってきてから意思消沈している貴女を、元気づかせてあげようと思って来たんですがね……」

「余計なお世話。……さっさと出て行って」

自分が意思消沈している? どこが?

部屋に閉じこもっているのはいつものことだ。表情を顔に出さないのはいつものことだ。

出て行かないのなら、実力行使もじさない。

清蓮の周囲に水が生み出されていく。

それを見たファントムは、なにが悪かったのかなーなどとのんきに頭を掻きながら笑った。

「貴女にとっていい話を持ってきてあげたと言うのに……」

「へえ。だからどうしたの。さっさと言って出て行って」

このままでは居座られると思った清蓮は、とりあえず言って出て行けと言う。と、彼はにやりと笑った。

「では、言わせてもらいましょうか。夜神清蓮。貴女の弟は、生きていますよ」

初めて、清蓮はファントムを見た。表情を凍らせて、驚きと恐怖を張り付けて。

「ああ、ようやく話を聞いてくれましたね」

ファントムが、嗤った。

「さて、本題に入りましょうか……自分、今日からこの組織を抜ける事にしました。どうしても、大切なコトがあるので。それで、貴女を誘いに来たんですよ」

「っ、そ、それより、弟は、あの子はっ」

先ほどとは打って変わっての対応に、ファントムは口元の笑みを深める。

仮面に隠された顔は、どんな表情をしているのか、本当に笑っているのか清蓮にはわからない。

「まあまあ、慌てないでください。くくっ……組織を抜けようと思った一番の理由は、この組織の有り方でしてね……そろそろ、貴女もこの組織が不審だと気づきましたか? それとも、気づいていませんか?」

「な、にを……」

「おや。まだ気づいていないようですね。ところで、この組織は戦争を起こそうと活動していますね。さて、四年前……どうして白蓮の都が襲われたのでしょうか。もしもシエラルが対応を変えて居たら、どうなったでしょうか」

「なにを、言って……」

「なぜ、未だに白蓮の都を襲った者達の正体が分かっていないのでしょう。なぜ、貴女はよりにもよってこの組織の、プルートなんぞに助けられたのでしょう」

「……」

からからに乾いたのどから、音が漏れる。

目の前の仮面の男が何を言っているのか、わからなかった。

「だいたい、おっかしいんですよねー。たしかあの日って、プルートは組織の中でも暴走してるっている施設を粛清にいったはずなんですよ。どっかの組織を潰しに行ったなんて話聞いていないし、潰したのはセレスティンの末端だ。それなのに、君はプルートによって潰されたどこかの組織の研究所に囚われていたと言う」

これまで、目を瞑ってきたことが、少しずつ明かされていく。

耳を塞いできたことが、ばらされていく。

「さて、もう一度聞きましょうか。夜神清蓮……よろしければ、一緒にこの組織から抜けませんか?」

なぜ、この男は清蓮に声をかけたのか、わからない。

出された手は、本当なのかわからない。先ほどの言葉も本当なのか分からない。

わからない事だらけだ。

だが、その言葉に心が一瞬揺らぐ。

「わたしは……」

だが。

「……断る」

小さく。しかしはっきりとした拒絶。

「へぇ? そう」

断られることも想定済みだったのだろう。驚く様子もなく、ただ残念そうに手を下げた。

「たとえ弟が生きていたとしても、やったことは変わらない。それに……」

それに。その先の言葉を清蓮は言えなかった。

実は、弟が死んだところは見ていない。しかし、死んだと思っていた。思っていたかった。

彼に会うのが怖かった。畏れていた。

だって、彼女が見た最後の彼は……。

「空夜を殺したのが、その弟だから、でしょうか?」

「な……んで…………」

なぜ、それを知っている。

ファントムというよく正体のわからない者への不信感が、恐怖へ変わる。

おかしいのだ。この男は知りすぎている。

清蓮の過去を、どこまでこの男は知っているのか。

恐ろしい。

セレスティンという組織への不信感は確かにある。しかし、この男への不信と恐怖はそれをはるかに超えていく。

思わず後ろに下がる清蓮の様子に、ファントムはやってしまったと仮面に手を置いた。

「しかし、まあ貴女がそう決断するならいいでしょう。私は私で契約を守らなければならないのですが、貴女はもう子供ではない。では、これにて」


後日、彼がプルートと諍いを起こし、そのままセレスティンから姿を消したことを、清蓮は風のうわさで聞くこととなった。

そして、裏切った彼を追って粛清を行おうとしたが、帰りうちにされそのうちに足取りすらつかめなくなったと聞く。






中央大陸に本格的な冬が訪れる。


霜月の末、アーヴェの本部では重要人物達による集会が行われようとしていた。

めったに行われない集会とあって、アーヴェの本部はヒトで溢れかえっている。

その中で、アルトと出流は陸夜の後ろをはぐれない様にとくっついて回っていた。


「意外と……広いんだね」

一通り一周して来た一行が人でごった返している受付に戻ると、アルトは辺りをきょろきょろと見回しながら言った。

アーヴェと呼ばれる組織は実はあまり大きくない。その下にある星原や語部、月剣と呼ばれる組織のほうが大きいのだ。

しかし、この本部はかなりの規模の大きさとなっている。

迷いそうだ、と思わず隣の出流の袖を持っているアルトに陸夜は苦笑しながら答える。

「ああ、ここには裁き司の本部でもあるからだよ」

「さばきつかさ? えっと、確か星原みたいにアーヴェの下にあるっていう組織の……?」

「そっ。裁き司っていうのはいろいろ不正を見つけたり調査している組織でさ、アーヴェ内部とかも調査してんだ。それで」

「へー」

因みに、聞いた話によると、月剣は国家間での外交とかなんやら関係を、語部は宗教関連を、四葉が獣人や亜人関連の事を中心にして扱っているらしい。

月剣は怪しげな実験をしているとか、語部は陰謀を企てているとか、二つの組織はあまりいい噂が効かないからどっちの組織の人にも気をつける様に、とはここに来る前に言われたことである。

「あっ、そうそう。裁き司って言えばさ、アルトとかと会いたいって友達が言ってたんだ」

「えっ、友達いるのっ?」

「友達ぐらいいるよ」

「あっ、いやっ、そういう意味じゃないよ!!」

「冗談じょうだん。わかってるよ。アルトが来る前にね、裁き司の人が一度皇の館に来てね」

「へー」

「もしかしたらいるかも」

そういえば、案内されている時も誰かを探しているようだったと思いだしてアルトは納得した。

しかし、普通の日ならともかく今日はさすがに見つからないだろう。

アルトも出流と一緒になって辺りを見回すが、古今東西、様々な人々が集まり賑やかなホームでは誰かを見つけることは難しそうだった。

「あのでこぼこコンビはすぐ見つかると思ったんだけどなぁ」

「二人いるの」

「なんかね、裁き司の人達はなにかしらするときは二人組でやんなきゃいけないんだって」

「そうなんだー。でもわたしたちもにたようなもんだよね」

「あ、そっか」

そんな事を話している内に、周りがにわかに騒がしくなる。

どうやらそろそろ会場の準備が整ったらしい。どんどん人が移動していく。

「じゃあ、オレはここまでだな。なんかあったらここの案内の人に聞いてくれ」

「わかった! りょうかいです!」

「はい。集会が終わったら出口集合ですよね」

「うん。今回は長くなりそうだけど、そっちもそっちで手続きとか長いからたぶんこっちが終わる頃に終わると思うよ。じゃあ、あと頼んだ」

先に会場に入っているラピスと守に合流するために陸夜は人の流れに乗っていく。

アルトと出流はここで留守番、というよりも雑用を行う事になっていた。

定期的に本部に手続きや報告をしているらしいがかなり時間がかかるとか。今日はもともとこの手続きを行う事になっていたのだが、急遽集会がおこなわれることになったのでたまたま空いていたアルト達に雑用として回ってきたのだ。

ある程度落ち着いてきた受付だが、まだ人はいる。

カウンターで手続きを行うがさっそく待つようにと言われる。とにかく時間がかかると陸夜達が愚痴を言っていたのだが、本当らしい。

二人で近くにあったソファに座りこむと、集会の会場にいく人が数名、早歩きでアルト達の横を通っていった。

一応、まだ時間には余裕があるので意外と人が来る。

その人達をぼうっと二人で見ていると、何を思ったのか突如アルトが飛ぶように立ちあがり、何かを直視する。

「ア、アルト?」

「……ひ」

「ひ?」

何を見ているのかと出流が見ると、ちょうど入口から集団が入ってくるところだった。

それを見た出流は顔色を変えてアルトを止めると小声で囁く。

「ア、アルトっ、あの人達月剣の人だよっ」

先頭を行く剣士とその横の女性を何度か本部に来た事がある出流は知っていた。

三十代後半あたりの剣士はアルト達を見るがすぐに視線を外して会場へと向かう。その横の女性もまた右に同じだ。二人とも月剣の称号付き、エースとクイーンである。

さらに、その後ろにどこか見た事があるような青年と数名の科学者のような服装をした人々……そして、白衣の様な白い服を纏った青年が続いた。

最後の青年が入ってきた途端、アルトは出流の手を振りほどいて走っていた。

「ちょっと、アルトっ?」

アルトという名前に数人が反応する。そして、最後に入ってきたメガネの青年は、驚愕をしていた。

「な、なんで……」

「ヒイラお兄ちゃんっ!? どうしてこんなとこにいるのっ!!」

手の届かない範囲に走り寄ったアルトは、まじまじと青年を見る。

「えっ?」

追って来た出流も思わず顔を見て、納得した。

「ヒイラさん……」

アルトと同じ栗色の髪に赤い瞳。流留歌の町にいるスバルとそっくりでいて、しかしスバルとは違いどこか近寄りがたい印象の青年。メガネを外して笑えば、完全に少し大人びたスバルだ。

小さい頃は家が隣だったためによく顔を合わせていたこともあり、彼がスバルではなくヒイラだとすぐに気づいた。

「なんで……なんでアーヴェに」

彼は――音川ヒイラは、数年前に突如家を出て以来、姿をくらませている。

愕然としているアルトに対して、すぐに動揺を消したヒイラは冷淡な瞳でアルトを見降ろす。

「仕事だからだ。なぜお前がここに居るのかは知らないが、音川家の人間として恥ずかしくないようにしてもらいたいものだ」

思わぬ珍事に、前を歩いていた人達がアルトとヒイラを注目し始めていた。

本部の人や、受付でアルト達のように待っていた人達まで何事かと見ている。

「ご、ごめんなさい」

「……用がないのならば急いでいるので失礼する」

「は、はい」

兄妹であるにもかかわらず、よそよそしい会話だ。

久しぶりに会ったと言うのに歓びの色も見せないヒイラの様子に、思わずうつむくアルト。なんと声をかければいいのかと出流はうろうろと視線を彷徨わせた。

ヒイラは止まっていた人達に謝るとさっさと行ってしまう。

出流が小さかった頃……アルトがまだ、流留歌ではなく江宮と呼ばれる町に祖母と共に暮らしていた時のヒイラは、こんな兄では無かった。と、思っている。

あの頃は、ようやく生まれた妹に甘いスバルと一緒になってアルトを甘やかしていた。

そんな彼がだんだんと感情を見せなくなり、今の様な妹との関係になったのは何時なのか覚えていない。ただ、いつの間にかヒイラはアルトの事を音川家の人間として自覚が足りないと責め始め、気がつくとこんな関係となっていた。

「アルト……」

「……」

久しぶりに会ったのに……。そう、気を落しているであろうアルトに声をかけようとして――突如アルトに引っ張られ、物影に隠された。

「ちょっ、なっ」

「しっ。静かにっ!!」

横を見ればさっきまでうつむいていた人とは別人の様な瞳の輝きがあった。

なんだか知らないが、とりあえず復活したらしい。

「……心配して損した」

アルトに聞こえないよう、ぼそりと言う。

「え? なになに?」

「いや、なんでもない。で、どうしたの」

「あ、そうそうあの人……」

物影――壁にある柱の出っ張りから顔を少し出してアルトは指を指した。

そこには、不審者がいた。

「……ああ、不審者だね」

紛れもなく不審者だ。どう見ても不審者だ。

「あの人、知ってるの!」

「えっ」

あの不審者の事をっ?! 頬がひきつる出流に、アルトは生き生きと話し始める。

しかし、だんだんと声は小さくなっていく。

「うんっ。あの人……三番目のじょーかーさんの、偽物だよっ」

「……え」


固まった出流の横で、じっと不審者の様子を監視するアルトは実に生き生きとしている。

そんな彼らの監視に気づかずに不審者――目の辺りを隠す仮面をかぶった男は、平然とアーヴェの本部に玄関から入ると、受付にも行かずに中へと入っていった。



「ここがアーヴェの本部ですか。知識としては知っていても、やっぱり来ると違いますねぇ……。さて、と。アーヴェ・ルゥ・シェランサマの元にでも、行きましょうか?」



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