01-12-02 シャラの語る童話
眠り姫、なんて言われた少年は、わいわいと騒いでいるのにも気づかずに眠っている。
「お姫様はさすがにいえないな……」
アルトはそういいつつ菫の持っていた本を見た。
「童話とかばっかりだけど、どうしたの?」
「こんどお姉ちゃんとレナさんの所に行くんだ。それで」
「?」
玻璃はだからかと気づいた様子だったが、アルトは聞いたことのない名前に首をかしげる。
実は、一度ラピスから聞いていたのだが、さすがに覚えていなかったらしい。
「あ、アルトちゃんはまだ知らなかったっけ? えっと、星原と仲良くしている四葉っていう組織があるんだけど、知ってる?」
「いちおう」
星原はアーヴェの下位組織で、同じ立場の組織がいくつかある。月剣、語部、そして四葉だ。
その組織だと気づいて頷く。
「その組織の一番偉い人、レナ・オーギュストさんっていうんだ」
「なるほど……でも、なんで童話なの?」
「四葉って、いろいろな人達の保護をしているから、小さい子とか結構いるの。それで」
「そういうことか! へー、わたしも行ってみたいなー」
「んー……まあ、いつか行く事になるんじゃないかなぁ?」
ラピスのほうを見ると、菫はちょっと苦笑いしながらそう言った。
計ったように菫を見たラピスと視線でなにかを示し合う。どうやら、アルトには言えない事があるらしい。
玻璃はあまり興味が無かったらしく、積み上げられていた本をぱらぱらとめくっている。アルトの視線に気づくとどうかしたかと首を傾げていた。
「それで、どんな本を持っていくの?」
「一応、眠り姫とか菫姫とかの童話を……」
「女の子のものが多いわね。見せて」
「あ、はい」
アルトでも知っている童話がいくつかある。
悪い魔女に眠らされてしまったお姫様の童話、眠り姫。目が見えないお姫様が悪魔に攫われてしまう菫姫。そして神様と望まない結婚をすることになってしまった少女が本当に好きな人を探す優闇姫……他にも、いくつか。アルトが知っているのはその三つくらいだったが。
「これは……」
いくつか見ていると、ラピスは一冊の本で手を止めた。
「これ、けっこう有名ですよね? でも、あんまり良く知らなくて……ちょうどあったんで読んでみようかと」
その本の題は、『名も無き王』
「アルトちゃん、知ってる?」
「うんうん。ぜんぜん知らない。お母さんとかあんまり昔話とか読んでくれなかったからこういうの良く知らないんだよね」
「ごめん。そうなんだ……」
アルトは小さい頃に祖母の所で育った。そのせいもあるだろう。
「ねね、どんな話なの?」
「えーっと……神様とその友達の話なんだけどね……」
菫は、思い出すように目を閉じて、そして語り始めた。
それは、いつかもわからない昔の話。
神様がおりました。神様には友がおりました。
二人は、いつも一緒でした。
しかし、友は神様の前から姿を消してしまいました。
神様は必死になって友を探します。しかし、見つかりません。
大事な友。大切な友。
いつしか、神様は狂ってしまいました。
寂しくて、独りにされたと哀しくて。
だって、神様には友しかいなかったのです。
誰も、神様の事を思ってくれる人はいなかったのです。見てくれる人はいなかったのです。
でも、友だけは違いました。神様の事を思ってくれて、見てくれて、ずっと一緒に居てくれたのです。
それなのに、友は消えてしまった。
苦しくて、悲しくて、神様は狂ってしまいました。
それを見た神様の事が大っ嫌いな悪魔は一つ、遊んでみる事にしました。
神様にこう言ったのです。
「ねえ、そんなに友が必要なら、つくってしまえばいいじゃないか」
ああ、そうか。作ってしまえばいいのか。
悪魔に惑わされて、神様は友とそっくりの偽物をつくってしまいました。
神様は狂ってしまっていたので、そのせいでどうなってしまうのか、考える事は出来なかったのです。
友とそっくりの偽物。
彼に神様は言いました。
「今度は、絶対に独りにしないでね。ずっと一緒に居て、私だけを見て、私だけを思って、私だけを守って、ずっと、ずぅっと」
でも、神様は気づいてしまいました。
コレは、偽物だと。
どんなに似せて作っても、その存在は本物とまったく違う事に気づいてしまいました。
その声が、動きが、笑顔が、本物とそっくりだったが、そっくりなだけ。
気づいてしまえば、その違和感は消え無くなり、神様はまた嘆きました。
神様は、つくった偽物を捨てて、また友を探します。
いつ帰ってくのか解らない友を。
ずっと、ずうっと。きっと世界が終わるまで。
それを悪魔は嗤って見ているのでしょう。
隙あらば神様を殺そうと。
ずっと、ずうっと。きっと世界が終わるまで。
「おしまい」
最後のページをめくり終わると、菫は息をついた。
「なんか、聞いたことあるかも、この話」
「結構有名だからなーそれ。たしか、違う名前の本を泉美がもってなかったかそれ」
「そうだっけ?」
途中から聞いていた玻璃はすこし顔をしかめながら言った。
「おれ、あんまし好きじゃないんだよな、それ」
「まあ、確かにいい終わりじゃないもんね。そのわりに結構有名っていう」
「なんでだろ」
誰か、有名な人が書いたものなのだろうか。
本を転がして著者を見るが、作者不明と小さく書かれている。
「そもそも、題名と内容が違うよね」
名も無き王なんて出てこなかった。
ふと、ラピスを見ると、どこか暗い。玻璃と同じくこの話が嫌いなのかもしれない。
「その話にはね、幾つも語られてない話があるのよ。だから、題と中身が違ってるの」
「え、そうなんですか?」
「らぴすさん、知ってるの?」
「ええ。……私が知っている話はね、とっても酷い話だったわ」
「神様と友達は、やっぱり会えなかったんですか?」
「会えなかった、というよりも、今も神様はずっと待っているのでしょうね。帰らない大切な人を。でも、彼等はいいの。一番の被害者は……。あ、そういう話は結構あるのよ、たとえば眠り姫とか黒神とか……菫姫なんて結構酷いのよ。そのへんの話は、興味あるならマコトが良く知ってるから教えてあげたら?」
後半はマコトに向かって、ラピスは笑って話しかけた。
いつの間にか起きていたマコトが不機嫌そうにラピスを見ている。
口はへの字で、けっこう機嫌が悪いようだ。
「……こっちに話をふるな」
「でも、こう言う話を探すの好きでしょ。陸夜から聞いてるわよー?」
「……」
陸夜の名前を出されると、恥ずかしいのか顔をそむける。
ちょっとだけ、良く見ていないと解らないくらいに頷いていた。
サイがそうなんですよねーと腕を組んで何度もうなづいている。
ちょっとだけ意外な姿に、菫とアルトは目を会わせるとマコトに見えないように笑っていた。
「ってことがあったの」
「へぇー」
夜、ふろ上がりにベッドの上で寝ころんでいたアルトは、出流に朝の事を話し終えるとゴロゴロと転がる。そのまま落ちてベシャリと潰れた。
いい音がした。思わず出流はアルトを見ると、頭を押さえてうめいている。
「いったぁっ!!」
「だいじょうぶ……? そんな転がってるからだよ……」
「うぅ、だってぇ」
「それで、これがその借りて来た本なの?」
「うぅ、そうだけど。もうちょっと心配してくれても」
「アルトのことだし、別に大丈夫でしょ」
「ひどいー」
そうなんだかんだと出流は言いながらも手を差し伸べる。
「でも、こう言うのぜんぜん知らなそうだし、興味ないと思ってた」
「えー?」
アルトは意外とこう言う話は好きだ。が、本を読まないと思われているせいだろう。
面白そうに出流は言いながら本を持っていく。
持っていく本はちょっと選んでいた。
「これ、うちもよく読むから知ってるよ」
「そういえば、いづるってよく本持って来るよね」
「ま、まあねっ!」
なぜか顔を逸らして出流は答える。
実は、持ってくる本のほとんどがマコトがよく読んでいる本だとか、薦めていたいた本だとか、そういうことは一切ないのだとかなんだとか、小さな声で呟いていたがアルトは気がつかなかった。
「まあ、ゆっくり読んでみなよ。国ごとに話がいろいろ変わってて、その国の文化とかわかったりするし勉強になるよ」
マコトいわく、国の歴史を深く知りたいのならその国の昔話を読め。なんて言っていたことを出流は思いだしながら言う。
国によって昔話はばらばらだ。その中で、改変されている個所を見れば、その国がどんなことを重く見ているのか、何を嫌っているのかがわかる、らしい。
特に人魚姫の話なんかが有名だと説明を受けた。
今でこそ亜人はあまり迫害を受けていないため、人間に恋した人魚姫の悲恋の物語は様々な国でよく語られているものだ。しかし、人魚を忌み嫌う国ではそんな昔話は語られていないし、語られていたとしても嵐を呼ぶ魔女だとか、サイレンの化物だとかにされている。
だが、昔話をいちいち調べるくらいなら、人に話を聞いたり実際に言った方が早いからあまり勧めないが、ともマコトに言われていた。
「そうなんだー」
分かっているのかいないのか、とりあえず一番上にあった本をぱらぱらと、アルトはめくり始める。
それは、以前行ったことのある国が元だと言われている童話だった。
もっとも改変がなされていると言われている童話……菫の姫君と悪魔の物語――。
「あ、菫姫だ……」
これは、知っている。
昔、お母さんが話してくれた、ような気がする。
ぱらぱらとめくりながら流し読みをすると、懐かしくなってくる。
菫姫。それは、こんなお話し……。
それは、むかしむかしのお話です
ある所に菫姫と言う可愛らしいお姫様がいました
ある時お姫様は悪魔に光を奪われてしまいました
光がなければ、なにも見えません
菫姫は、光を失い嘆き悲しみました
光を奪った悪魔は、魔物の森の奥深くに住む恐ろしい悪魔
人々は、菫姫の光を取り戻すために幾人もの腕の立つ者を送りました
しかし、恐ろしい悪魔に太刀打ちできる者はいませんでした
そんな人間たちに怒った悪魔は、菫姫をさらっていきました
立ち上がったのはお姫様と婚約していた隣の国の王子様
立ちふさがる魔物を倒し、霧立ち昇る森を抜け、悪魔のいる城へと走ります
城の扉を開けると悪魔とお姫様がいました
悪魔と望まぬ結婚を強いられていた菫姫を間一髪で救った王子様は、悪魔と戦います
真っ黒な悪魔を倒すと、王子様は菫姫から奪われた光を悪魔からとり戻しました
悪魔は緋色の涙を流し助けを乞い、隙を見て逃げようとしましたが、王子様に気付かれて今度こそ殺されました
無事に国に戻った王子様と菫姫は結婚して幸せに暮らしましたとさ
めでたしめでたし……
その菫姫の童話は、アルトでも知っている話。
どこにでもある様な昔話で、子ども達が喜びそうなお姫様と王子様がでてくる物語。
もちろん、国によってお姫様は目が見えなくなることが無かったり、もっと大きな冒険を王子様がしたりする。
でも、それは作り話。
「菫姫は……その話の元は、シエラル王国の童話なんだって」
アルトの持っていた本に気づき、出流はそう告げた。
シエラル王国……白い石畳の美しい都で、通り魔を追って走ったのが遠く感じられた。
アルトが星原に来て初めて受けた大きな事件の時に行った国だ。
そこまで経っていないと言うのに、とても懐かしく感じる。
「シエラル王国は、この前の戦争の時に中立を保った国の一つなのは知ってるよね?」
「んー、聞いたことがちょっとだけある気がする。大和国と同じだったんだよね」
「そうそう。元々シエラルっていう国はちょっと特殊なんだ。昔の王族が異型の人と恋に落ちたらしいんだけど、結局周囲が反対して悲恋に終わっちゃったの。それを後悔した人達がどんなヒトだったとしても差別は許さない、許されない、っていう国の方針を固めてね……」
比較的に普通の人々しかいない、もともといなかったため差別などがなかった大和国出身のアルトにはなじみがあまりないが、中央大陸にある多くの国では人とそれ以外の差別が平然と存在する。
特に五、六百年年前が一番酷く、大量殺戮などがおこなわれていたなどと言われている。その時の亜人や獣人たちは安住の地を求めた。それが後の獣人が治める唯一の国、ダスク共和国の始まりだったとか。
そして、彼等を受け入れたのは差別を許さない国、シエラル王国のみだったそうだ。
最近では無くなって来たものの、根深い問題であり、今でも亜人や獣人は入れないという国もある。
この前までの戦争によって、ダスク共和国は滅んでしまった。安住の地を無くした彼等はこれからどうするのか、現在問題になっているらしい。
「それで、シエラルの話なんだけど……さっき言った話が、元々菫姫の童話の元になったものなんだってさ」
「えっと、王族の人と異型の人の……?」
「うん。王族の人って言うのが後の菫姫。獣人だったとか亜人だったとかいろいろ諸説あるけど、とにかくその姫と出逢って恋をしたって言うのが悪魔って呼ばれていた少年で、のちの紫の悪魔。らしいよ」
「全然ちがうじゃん」
先ほどの菫姫とは全く違う。というより完全な別物の話だった。
「そう、全然違うの。だって、普通に差別を推進している国とかにこんな話伝わったら差別は本当にいいのかとか議論されちゃうかもしれないじゃん? それだったらって話を昔の偉い人達が変えちゃったんじゃないかって話だよ」
「……」
「まあ、それが全部ってわけじゃないだろうけど」
「なんか、酷いね」
「どこの国だって、そこに不利益な事があれば普通に歴史とか変えちゃうし、情報を規制しちゃったりするもんだよ」
なっとく出来ないと頬を膨らませるアルトに、出流はしょうがないよと苦笑した。
納得が出来ても出来なくても、もう終わってしまったことだから仕方ない。
アルトも出流も、終わってしまったことを覆せない。
「他の話もそういう理由で変わっちゃったの?」
「いや、ただ単に、話の伝え間違いとか地方によっての常識の差とかでのものが多いよ……一応、菫姫の話も全部が全部政治的理由とかじゃなくて、そういう理由もあるらしいし」
「へー」
自分とは関係ない、知らない世界の話に、アルトはいつの間にかのめり込んでいた。借りてきた本をぱらぱらとめくっていく。
「そういえば……」
そういえば、玻璃はどんな本を借りたのだろう。アルトは今更ながら思い出して、今度聞こうと考えていた。
三月中には第一章を終わらせられれば……とか考えて最近は更新速度が速めです。




