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騙る世界のフィリアリア  作者: 絢無晴蘿
第一章 -日常-
43/154

01-11-03 約束された未来の話

走りだして数分。階段を駆け上るのは意外と大変で転びそうになりながらも出流はあの女性を追っていた。

フェルナンドはこのあたりでは珍しいドレス。この階段の中では歩くのも大変なはずだ。

しかし、走れど走れどその姿は見つからない。

まさか、もうこの町から去ってしまった?

不安を抱えながらも、出流は時々擦れ違う人にドレスの女性を見なかったかを聞きながら走った。

やはり物珍しいのだろう。女性と擦れ違ったことを覚えている人がたくさんいたのが幸いだった。

一応、フェルナンドはこの道の先に居る。

「あっ」

白い服が角を曲ったのが見えた。

もしかしたら。

ドキドキと足を速めて角を曲って――女性と鉢合わせした。

いや、追って来ているのがわかっていたのだろう。仁王立ちで出流が来るのを待っていたかのようにこちらを見ていた。

「あ、あの、あ……」

「なにか、ようか?」

冷たい視線に思わず口ごもる。

心なしか、先ほどより口調もきつい。

「貴女が、さ、三番目のジョーカーの、契約者と聞いて……」

「ああ。なんだアマーリエから聞いたのか? 確かに私は三番目のジョーカーと契約なんてしてしまっているが。それが?」

「その……」

辺りを見回して人がいないことを確認する。

「……なんだ、人前では言えない話しか? 丁度いい。こっちに来い」

何か、カードらしきものを見ると、手招きした。

少し恐い。が、ここまで来た手前、戻る選択肢はなかった。

「はい」

意を決して出流はフェルナンドを見た。


暗い細道の行き止まり。そこで、フェルナンドは立ち止まった。

住所を確認して、なにもない壁を触る。

迷ってしまったのだろうか。いや、住所を確認して頷いていた。このあたりのはずだ。

男の様な名前を持った女性。いや、おそらく精霊は、おもむろに扉を開けるようなしぐさをした。

その瞬間、目の前の壁がはがれおちていくかのように変化する。石壁の下から、黒い木製の扉。そこには小さな看板にクローズの文字。

おどろく暇もなく、その扉が開かれる。フェルナンドだ。

彼女は躊躇いもなく扉を押すと、カランカランと乾いた音が響いた。

「あ、あの、まだ開店前ですよ?」

中から男性の声が聞こえる。

「かまわん」

「いや、僕が困るんですけど。フェルナンドさん?」

フェルナンドとは旧知の間柄らしい。彼女とわかった途端に、バーテンダーの恰好をした男性はため息をついた。

「少し彼女と話がしたい。場所を貸してくれ」

「あの、ここ、酒場なんですけど……」

「どうせ閑古鳥が鳴いてるんだろう?」

店の中はがらんとしている。開店前なのだから当たり前だ。

とはいえ、この店の場所は薄暗い道の行き止まり。そこまで客が来るようには思えないが。

「まだ店、開けてないんですから……」

困った様子で男性は頭をかく。

「いいだろう? レガート・レント」

「しょうがないですねぇ……」

しょうがない、というよりも諦めた様子でレガート・レントと呼ばれた男性は奥へ姿を引っ込めた。

「イトコもだぞ」

『ああっ、そんな御無体なっ!』

フェルナンドの低い声が響くと、どこからともなく機械に通した様な女の子の声が聞こえた。しかし、辺りに人はいない。

思わず出流は部屋を見回すが、イトコと呼ばれた女性はいなかった。

フェルナンドは近くに会ったカウンター席に座ると、出流にその隣をすすめた。

数分の沈黙後、彼女は小さく行ったかと呟いた。

おそらく、レガート・レントとイトコのことだろう。

「さてと、それで、私に……いや、私の契約者である三番目のジョーカーになにを伝えたいのだ?」

「本当に、三番目のジョーカーさんの契約者、なんですよね?」

アルトが出逢った偽物を思い出して、確認してしまう。

「そうですよ。このヒト、かの有名なアーヴェのジョーカーと契約してる精霊もどきなんですよ」

「さっさと出て行け」

「ヒドっ、ここ僕の店なんだからな!」

「人様の秘密の会話に首つっこむな!」

「話が通じていない……だとっ?! 理不尽すぎやしませんかっ?」

少し、レガート・レントに同情をしてしまう。

一応、店の主人であるはずの彼は、客であるはずのフェルナンドによって、今度こそ奥の部屋においやられてしまった。

まったく。と、ため息をついてフェルナンドは乱暴に座りこむ。その様子は麗しい見た目に似あわない。

「それで、三番目のジョーカーになにかようなの?」

「あ、はい……」

「残念だが、会えないぞ?」

「は、はい」

それは、仕方のないことだろう。そう、出流は思う。

しかし、彼女が本当に三番目のジョーカーと契約をしているのか少し不安だ。アマーリエとレガート・レントには肯定されたが、どちらも出流は今日会ったばかりの人だ。信用しない訳ではないが、騙されていないとも限らない。

「そういえば、三番目の偽物が出たからな……私の事も疑っているのか?」

「え、いや、その……」

「疑った方がいいだろう。なんせこの時代だ。水面下で様々な組織が動き、国々の間では戦争の準備が進んでいる。誰が敵で味方なのか、人の話なんぞ信用しない方がいい」

「……そう、なんですか?」

戦争の準備? その単語に、思わず顔をしかめる。

四年前、百年続いたとされる大きな戦争が終わったばかりだと言うのに。未だに、戦火が残っていると言うのに。また、人々は戦争を始めると言うのか。

「そうだな。私が三番目のジョーカーと契約していると証明できるもの……」

身体をこわばらせる出流に気づかず、フェルナンドは考え始める。契約している証明なんぞ、特にないが、ほかになにかないだろうかと考えて……一冊の本を出した。

革の表紙の、少し古く見えるが普通の本だ。

本を出してどうしたのだろうかと出流は覗き込む。が、異国の言葉なのか昔の文字なのか、少し見ただけでは読めないモノばかり書いてあった。

「どの辺りにあったかな……」

ぱらぱらとページをめくると、目的の物を探す。

「音川アルトの母親は、知ってるだろう?」

「え、はい。シルフさんとは何度かお話ししたことがあります」

「文字は見たことあるか? 手紙とか」

「? アルトに送られた手紙なら、何度か見たことありますけど……?」

アルトの母、シルフは意外と達筆だ。それを思い出しながら、答える。

「ああ、あった。これだ」

あるページを開くと、フェルナンドは得意げに見せた。

そこには、短い言葉が見知った文字で書かれてある。


私がこの者を三番目のジョーカーと認める。音川シルフ


「……えっと」

「ちょっと前に、面倒なので書いてもらった奴だ。元々三番目のジョーカーはいるのかいないのか解らない存在のせいでよく疑われたのでな。あ、私が三番目ではないぞ」

「は、はぁ」

なぜ、いきなり友人の母親の話になったのか、納得しながらも世界は狭いなと出流は思う。

「あとは、私の言葉を信じてもらうほかはないな、日野出流」

「……」

これ以上、彼女が三番目のジョーカーと繋がっていると言う証明は出来ない。

それでも、信じるのか。

フェルナンドは面白そうに出流を見る。

「信じ、ます」

疑おうと思えば、いくらでも疑える。だが、出流は信じることを決めた。

出流をだましたとしても、彼女に益はないはずだ。アマーリエやレガート・レントも同じ事。

「では、話の本題に入ろうか。君は、一体何を三番目のジョーカーに伝えたいのだ?」

「はい……それは……皇の館の事です」


出流には、小さい頃から先見の才があった。

未来を、垣間見ることが出来たのだ。

出流のことを気に入っている神から神託が下りる事があれば、夢の中で見る事もあった。

だから、これから先の事を知っていた。

この先、起こる悲劇を知ってしまった。


「もうすぐ……皇の館の裏庭に在る桜の木、それが咲いた時に、皇の館は襲撃されます。おそらく、セレスティンに。そして、全滅します」

出流も含めて。

皇の館に居た者すべてが、殺される。

「そんな、未来を視ました」

「……」

「それを、止めたかった。でも、確定された未来を、私だけでは止められなかった!」

当たり前だ。

出流の見た未来は確定した物。

未来を知ってから、必死になって違う道を探した出流だが、そんなことに意味はなかった。

そのたびに何度も、何度も視た。黒の女神によって、皇の館が壊され、燃やされ、一人残さず殺される瞬間を。自分が死んで逝く瞬間を。

「お願いです。みんなを……皇の館を、守ってくださいっ」


昔と、同じだ。

そう、後悔する。嘲笑する。

あの時と、まったく変わらない。と。


「もうすぐ、ということはもう時間が無いのか」

フェルナンドは冷静だった。

星原に所属しているものではないし、はっきり言ってしまえば彼女には関係のないことだからかもしれない。

「ずいぶん前から、それは知っていたのか?」

無言で頷く出流に、フェルナンドはそうかと一言、言った。

「なぜ、今になって言う気になった? しかも、ジョーカーに」

「……」

「意外だな。以前のことで『助けて』なんて言わないと思っていたのだが」

「それは……」

このヒトは、知っている。

思わず顔をそむけた出流は、考える。どうして、言わなかったのか。

星原の事なのだから、ラピスに言えば良かったのではないのか。

なぜ、今さらジョーカーに。


たぶん、それは諦めたから。


「誰かが死ぬことを預言する事は、初めてではないんだろう? そして、以前した預言では、それを回避しようとして――」

逆に殺した。

ある人を守る為に、他の多くの人々を巻き込み、殺してしまった。

だから、日野出流は、ラピスに言えなかったのだ。他の人に、相談も出来なかった。

ただ、独りで変えようとしていた。

「でも、無理でした。うちじゃ、未来を変えることなんて出来なかった」

「……そう」

馬鹿だな、と出流は思う。

大切な人達に相談して、全員を巻きこんでしまった。こんどは一人で変えようとして、やっぱり無理で他の人に話している。

自分は、何もできない。預言して、視ているだけだ。無力と言うより、他力本願に呆れてしまう。

「よく、教えてくれたな。ありがとう」

「え……?」

突然の礼に、思わず出流は呆然として声を出してしまった。

「どうした?」

「い、いえ」

お礼を言われて驚いたなど言えず、出流は慌てて顔を伏せた。

「もしも君から教えてもらっていなかったら、取り返しのつかないことになっていただろう」

「……」

「君のおかげで対策を練ることが出来る。きっと、私の契約者は言うはずだ」

少しだけ、頬が熱い。顔を伏せたまま、出流はフェルナンドの言葉を聞いていた。

「ところで、なぜ『三番目』のジョーカーに話そうと? 一番目や二番目なら、皇の館に意外と定期的に行っていると聞いたが?」

「あ、その……紹介されて」

「紹介?」

覚えが無いのだろう。不思議そうに首をかしげる。

出流にしても、不思議だった。

シンデレラと名乗った亡霊が言ったことが原因で、今、出流は此処に居てフェルナンドと話している。

もしも、あの亡霊と出逢っていなかったら、今回の事はなかったかもしれない。

「誰に紹介された?」

「あの、シンデレラって聞いたことありますか?」

「聞いたことあるも何も、有名な童話だろう?」

「はい……じゃあ、シンデレラと名乗る少年は?」

「……シンデレラ? 灰か……? まさか、あいつが……」

「心当たりがあるんですね」

出流に三番目のジョーカーの事を話した張本人……シンデレラと名乗ったふざけた亡霊は、どうやら知り合いらしい。

「ちょっと緑っぽい黒髪に、灰色の瞳の人です」

「いや、会ったことはないんだ。ただ、話を聞いたことがあるだけで。しかし、彼が……いったいなぜ?」

「解りません。ただ、三番目のジョーカーさんに話をするよう言われたんです」

彼とは、あれ以来会っていない。何度か墓場まで足を運んだが、あれ以後視ることはなかった。

だから、彼が何者だったのか、なぜ三番目のジョーカーをと強く推したのか、わからないままだ。

「……死んだと聞いたが」

「は、はい……私があったのは、その……霊でした……」

それを聞くと、フェルナンドは考え込む。

「そろそろ襲撃するかもしれないとは思っていたけれど……」

「ど、どういうことですか? それは……星原に裏切り者がいるから、ですか?」

「なんでその話を……?」

裏切り者がいる。それは、少し前にアルトと少年の霊が話していたことだ。

「……まあいいが」

まだ何事か考え込みながらもフェルナンドは立ちあがった。

「三番目のジョーカーに代わって礼を言う。これで我々も行動しやすくなった」

「い、いえ」

「預言が現実に為らないよう、力を尽くそう」

「……」

ありがとうございますと言ったが、口の中がからからに乾いていて、声が出ていたのか解らなかった。

そして、その後の事はあまり覚えていなかった。

フェルナンドの言葉に、衝撃を受けたから。

そう言われるかもしれないとわかっていたことだったが、それでもダメだった。思いだしてしまった。


預言が現実にならないように。そう言った人々が、友人が、仲間が、目の前で居なくなったのはつい三年前のことだった。




フェルナンドは、久しぶりに見た契約者――三番目のジョーカーに思わずため息をついた。

「なんだ、いきなり」

「いや、これで本当に三番目のジョーカーなのかと」

そう言って、彼のベッドの端に座る。

近くには、アマーリエから受け取った呪具を置いて。

「日野出流が、預言したそうだ」

「……なにを?」

「皇の館が、セレスティンに襲撃されると」

「何時だ」

「館の桜が咲く頃に、だそうだ」

「そう……」

もともと、あまり感情の起伏が激しくない三番目だが、いつにもまして無感情に答える。

その様子に、フェルナンドは違和感を覚えた。

「なにを、考えている?」

「いろいろと」

そう言って、三番目のジョーカーは立ちあがると窓の元へ歩み寄る。

外は、雪が降っていた。

季節は冬。桜など咲かない。が、皇の館に限っては違う。

彼の地は、この世界とは切り離された場所にある。故に、花々はどんな季節であろうとも、好きな時に咲く。

三番目は、それ以上何も言わなかった。

フェルナンドは、一言だけ言うと部屋から出ていく。

残った三番目は、何時までも外を視ていた。


「これから、荒れるな」

部屋から出たフェルナンドは、閉められた扉を振り返って見て、言った。

三番目のジョーカーとは数年しか付き合いはない。だが、それでも今の彼の状況に気づいてしまった。

彼は、怒っていた。それも、相当。

感情を抑えるためかいつもよりも無感情に見せていただけで、本当は……。

「こうなると、計画を少し変更しなければ……」

これまで積み上げてきた物を崩された、とフェルナンドは愚痴りながら、姿を消した。



フェルナンドは、シンデレラと名乗った少年の霊の話を……できなかった。

少年の話を、あとあと知ったらおそらく三番目のジョーカーは怒るだろう。きっと。

でも、話せなかった。話すことができなかった。

少年の霊の話をしてしまったら、三番目のジョーカーがここにいる理由が壊れてしまう。

きっと彼はそんなことないと否定するだろう。けれど……。









今日も、少女は独りでそこに行く。

何時帰るかわからない兄を待って。

待って。待って。待って……。

「ぜったいって、約束してくれたのに……」

そっと石のついたくびかざりを握りしめた。

着いている石は、球体が半分に割れたような形の赤い宝石の様なものだった。

ついになった片割れは、いまだに少女の前には現れない。

きっと、二度と逢う事はない。


「●●●お兄ちゃん」


精霊について。


フェルナンドは、実は精霊ではありません。精霊と似て非なる存在です。

そもそも、「光」「闇」「火」「水」「地」「風」「樹」「雷」「氷」「音」を司るもの以外は精霊と認められていません。精霊達と同じ存在であっても、10の属性以外だと精霊ではないと言われているせいです。

しかし、それを知っているのは精霊使いなどの精霊と極親しい者達のみなので、他の人々は精霊と認められずとも同じ存在である彼等を精霊だと認識しています。

じつは、サイもフェルナンドと同じく精霊ではありません。


なぜ精霊と認められている者と認められていない者がいるのか、それは、最初の精霊王が定めたからです。二代目の精霊王はそれを変えようとしましたが、変える前に姿をくらましてしまった為、今でも精霊と認められていない者たちがたくさんいます。

フェルナンドとサイだけでなく、精霊と認められていない精霊がアルトたちの近くにいたりします。



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