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騙る世界のフィリアリア  作者: 絢無晴蘿
第一章 -日常-
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01-11-02 約束された未来の話



観光国として有名なスワーグ国。

中立国家シエラル王国の近くであり、先の大戦では観光国である為に積極的に戦闘に参加しなかったため、被害の少なかった国の一つである。

彼の国の最大の特徴は、国土のほとんどが山であること。


「うー、何時まで続くの、これー」

登れど登れど、続く階段。最初のころこそなだらかな斜面に立ちならぶ家々の様子にいちいち驚いていたアルトが、その光景が続くと飽きて来る。しかも、階段だらけでいつ目的地に着くのか解らない。

時々スロープがあるが、それでもきついモノはきつい。

「観光地に釣られたくせに……」

巻き込まれて来ることになってしまった出流は、原因であるアルトを半眼で睨みつけていた。

「だってーっ!!」

確かにスワーグ国には観光名所が多くある。が、アルト達が来たのは普通の住宅街。

まあ、一応歴史的に古い建物が立ち並び、ちょっとした観光客も来るらしいが、この辺の国に住んでいる人になら普通の町並みだ。

観光地に興味ないかなどとカリスにそそのかされてきたのだが、やっぱり騙された。出流はため息をついてまた階段を登り始めた。

目的地は星原のスワーグ支部。なんでも、そこにある物を届けて欲しいとカリスに頼まれていた。

持っているのは出流で、ショルダーバッグに入れてある。依頼されて作った呪具らしい。

ちなみに、階段が多い多いと言っているが、それは支部が上のほうにあるのでさらに多く見えるだけである。

「ほら、いちおうそろそろ見えて来る頃だし、がんばって」

「はーい……」

ゆっくりと歩きながら、アルトは後ろを向いた。

今まで登って来た階段。そして、古い町並みが広がる。点々と存在する緑が美しかった。

思わず、見とれてしまうほどの風景だった。

「わぁ……」

「ちょっと、アルトー?」

「ねえ、すごいきれいだよ、いづる!」

「……あ、本当だ」

二人揃って並ぶと、その景色を思わず見つめる。

「はりにもみせたかったな」

先ほどまでいた少年の事を思い出し、アルトはぽつりと呟いた。

「まあしょうがないよ。今はどこも人手不足だからさ」

千引玻璃は別件で違う依頼を受けてしまい、一緒に来てはいないのだ。

陸夜と守は先日に復帰し、マコトも明日か明後日か戻ってくることになっているのでそろそろ落ち着く頃だろうが、まだ忙しいし、物を運ぶだけの事に三人もいらない。

「さてと、休んだしいくよ」

「はーい」

二人は、また長い階段を登り始めた。



「まあ、遠いところからごめんなさいね」

星原スワーグ支部は頂上近くの住宅街の近くに合った。といっても、歩けばすぐに商店街に行けるような便利な場所だ。

支部長のアマーリエは、やってきた二人に気づくと表に出て迎えた。

黒髪に黒眼。スワーグ国の人では無いらしい彼女は、なんでも日本国から来たらしい。

日本国と言えば、アルトと出流の故郷大和国の隣国。そして、カリスの故郷でもある。

名前がこのあたりの物なのは、ちょっと事情があって本名を名乗れないのだとか。

そんな彼女は受け取った品を確認して支部を顧みる。

「丁度よかったわ」

「……どうやら、注文した物は届いた様だな」

中から女性が現れる。

どうやら、既に依頼人がいたらしい。

「ええ。これで頼まれていた物は全部そろった」

ニコリと微笑んで彼女の元へ行く。

「さあ、二人とも疲れたでしょう。中に入って」


中では、二人でお茶をして待っていたらしい。

飲みかけの紅茶とちょっとお茶菓子がひろげられていた。

勝手知ったる様子で女性が紅茶を入れ始める。その間に、アマーリエが受け取った呪具をどこかへもっていった。

「まあ、座れ。音川アルトに日野出流」

「……はあ」

最近はもう、知らない人に名前を知られている事に慣れてしまった。

あまり驚くことなく二人は女性の前の席に座った。

「私はフェルナンドだ。一応、初めましてというべきかな」

少し古い白と桃色とドレスに身を包む女性はそういって紅茶を渡した。

どこか近寄りがたい雰囲気で一口紅茶を飲むと、それいじょう話すことなく口を閉ざした。

「フェルナンドさん、用意できましたよ」

持って来た大きな袋にはなにやらよく解らない物がいくつも入っていた。

重そうにアマーリエは持って来るのを見てフェルナンドが動くとその袋を受け取った。

「感謝する。長居したな」

受け取るだけ受け取ると、フェルナンドはこちらを少し見てから頭を下げた。

「では」

「あら、もっとゆっくりして行けばいいのに」

「そうも言っていられない状況でな。はやく契約者の元に戻らなければ」

そう言って挨拶をすると、フェルナンドは足早に去っていった。

「契約者、ですか?」

「ええ。フェルナンドさんは、なんでもジョーカーさんの契約者らしいわよ。今回の依頼もジョーカーさんから来たモノだし」

「そうなんだー。あまーりえさんってすごいんですね!」

ジョーカーは三人しかいない特異な存在であることを覚えていたアルトが、無邪気に褒める傍らで、出流は呆然と聞いていた。

墓場で出逢ったあの亡霊――彼は何と言っていたのか。思いだす。

「な、何番目ですかっ?!」

「え?」

「フェルナンドさんの契約者って、何番目のジョーカーなんですかっ!」

今いるジョーカーは、三人。

アルトは全員と出逢った事がある。

一番目のジョーカーのフィーユ。魔術師である彼女なら契約する精霊もいるかもしれない。

二番目のジョーカーはアス。彼はありえないだろう。

三番目のジョーカーは不明。アルトの話を聞く限り剣士であるようだが、それ以外わからない。

フェルナンドは、本当にジョーカーと契約しているのか疑わしいが、それでも気になるものは気になる。

「えっと、たしか--三番目の方って聞きましたけど?」

聞き終わるか聞き終わらないか、三番目と聞いた瞬間に出流は立ちあがっていた。

三番目のジョーカー。あの亡霊は、三番目のジョーカーに会えと言っていた。

その言葉を信じている訳ではないが、何もしないよりは――。

「すみませんっ、ちょっと失礼しますっ。すぐ戻ってくるので!!」

さっき出て行ったのならば、まだ間に合うかもしれない。

そう思うと、走り出していた。


「えっと……いづる……ど、どうしたんだろ?」

残されたアルトは、呆然とした様子でその姿を見送る。アマーリエも驚いた様子で出流を見送っていた。

なにがあったのか。不思議だ。しかし、心当たりが無い。

そういえば、最近なにやら考え事をしていることが多くなっていた気もする。

「んーどうしたんだろ?」

首をかしげるアルトが外を見ていると、車いすの少女がその前を横切った。


「こんにちは、アマーリエさん」


帽子をかぶった少女が、明るく声をかけた。

この階段だらけの町では移動しにくいだろう車いすだ。少女は慣れた様子で操りながら玄関の前で止まる。

「あ、お客様ですか?」

「ええ。今日もあそこへ?」

「はい」

嬉しそうに頬を染めて答える。

車いすで移動できるのか考えていたが、そういえば、所々スロープがあったことを思い出す。

考えると、どこか新しかったような……もしかしたら、この子がいるからかもしれない。

「丁度いいわ。アルトちゃんも一緒に行ってみない?」

「え?」

「この町の、観光名所よ」


「すごーい!!」

町の中でも一番高い丘にくると、そこから町全体が見えた。

一番下の家はまるで米粒、とまではいかないが、豆の様だ。

「すごいですよね。ここ、私のお気に入りなんです」

強い風に帽子を押さえながら、少女――ソフィが言った。

「ほんと、すごい! ここにいつも来てるの?」

「はい。ここからなら、町全体が見れるので」

「へー」

ひときわ強い風が吹くと、押さえていた帽子が吹き飛ばされた。

「あっ」

掴もうと慌てて手を伸ばすが届かない。

ソフィには見えていないようだが、近くには風の精霊達が集まってクスクスと笑っていた。

「あー……」

帽子が遥か彼方へと飛んで行ってしまった。

「もう、悪戯しちゃダメでしょ! その帽子返して!」

「え?」

アルトの突然の言葉に、ソフィは首をかしげる。やはり、彼女には精霊が見えていなかったようだ。

精霊達が数人集まって顔を見合わせる。

「お願いだから!」

「えっと、アルトさん?」

「あ、ちょっとまって。もうすぐ返してくれると思うから!」

「??」

精霊が存在する、ということを皆知っていても、それを感じる事は少ない。アルトの様な見鬼の才能を持つ者ならそこらじゅうに精霊がいること、時折人々に悪戯やお手伝いをしていることを知っているが、それは少数派なのだ。

少しずつ風が弱まる。

首をかしげるソフィに、アルトは大丈夫だと言って空を見上げた。

小さくなっていた帽子が風に逆らって地上に落ちて来る。

ぽとんとソフィの膝に落ちると、また強い風が吹きだしたが帽子が飛ばされることはなかった。

「え、え? あの、アルトさん、今、何を?!」

「なんかね、精霊さん達が遊んで獲っちゃったみたいだったから、返してってお願いしてたの。よかった、返ってきて」

「……」

思わず目を丸くして、ソフィはアルトを見た。

「えっと……?」

「あ、ごめんなさい。まさか、そこまでお兄ちゃんに似てるなんて思って無くて……」

くすくすと嗤い始めたソフィは笑顔で応えた。

「え、お兄ちゃん? ソフィちゃんにもお兄ちゃん居るの?」

「はいっ。アルトさんもですか?」

「二人。わたしが一番下なんだ」

思わぬ共通に、話がはずむ。

「私も、兄が一人……でも、いろいろあって違う場所に住んでるんです」

「そうなんだ……わたしも星原に住み込みで働く事になったから別々なんだ……」

「そうだったんですか……」

「ねね、もしかして、毎日ここに来るのはお兄ちゃんが帰ってきたらすぐにわかるように?」

先ほど、町全体が見れるから来ているとソフィが言っていたことを思い出してアルトは聞いた。

それに、大きくソフィは頷く。

「はい! お兄ちゃん、お仕事が終わったら迎えに来てくれるって言ってくれたから……一緒に住もうって言ってくれたから、待ってるんです」

「そっか……早く来てくれるといいね」

「はい!」

車いすの少女は、帽子を抱きしめながら微笑んだ。

「そうだ! わたしね、いろいろな国とかに行くんだ! そのお兄さんはどこに住んでるの? もし行ったら見て来るよ!」

「……」

「?」

いきなり無言になってしまった少女にアルトは首をかしげる。

「兄の……兄の住んでいる場所とか、知らないんです。実は、兄と別れたのは物心つくかつかないかぐらいの話で……あまり、覚えていないんです」

「そうだったんだ」

なにかいろいろあるのもしれない。それ以上聞けずに、アルトは空を見上げた。

「でも、ありがとうございます」

それでも、少女は微笑んでいた。


もう、『彼』に会う事が出来ないと、知っているかのように。





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