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騙る世界のフィリアリア  作者: 絢無晴蘿
第一章 -日常-
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01-10-01 風の音が聞こえる


陸夜、守、マコトの三人が負傷をして、一週間が経った。

すでに守は復帰して通常の任務についている。だが、陸夜はいまだ床の中だ。

二人とも、致命傷となるような傷を追っていなかったのが幸いだった。

ただ――。



「マコト、帰ってこないね」

「……」

アルトが呟くと、玻璃は無言で下を向いた。

もともと、彼はマコトと中がいい訳ではない。むしろ、一方的に嫌っている節がある。

そんな玻璃のことなどまったくお構いなしに、アルトはソファに深く座り込んで、何事かじっと考え事をしていた。

「しょうがないだろう。文字通り、命を削って魔法を放つなんてまねをしたらしいからな」

怒った様子でだんわしつに張ってい来ると、アイリはアルトのすぐ横に座りこんで、大きなため息をついた。

「あの馬鹿者……戦闘なんて出来る身体じゃないと言うのに無茶ばかりする」

マコトは、魔法を使えない。それは皇の館にいる者なら共通の認識として知っていることだ。

過保護な陸夜から、護身術以外は学ぶことを止められているため、体術だって習得していない。

そんなマコトが戦って死にかけたという話は、館中の噂となっていた。

別に、マコトがどうのということではない。もちろん、戦えないマコトが不死の化物相手に戦ったと言うのはかなり話題となった。しかし、それよりも人々の興味関心があったのは――彩のことだ。

「あいりー。それで、さいちゃんはどうなったの?」

「ふむ。なんでもラピスの所で一応捕縛されているらしい」

「……まったくさー、なんでさいちゃんが捕まったりするのかなー」

「仕方がないだろう。彼女は我々でも知っている様な悪名高き魔剣だぞ?」

悪名……といっても、噂話が一人あるいした様な物だが。

彩――いや、『双子の魔剣』のうわさは普通なら誰でも知っている様な世間話の一つとして有名だった。

「でも、わたしは知らないよ!」

「いや、おまえは世間知らずだからあんまかんけーねーぞ」

「ひどっ!!」

なぜか胸を張ってドヤ顔するアルトに、小さく玻璃がつっこむ。

ここ最近まで鎖国をしていた大和国の小さな町出身だから仕方ないと言えば仕方ないのかもしれない。

「で、その……あくめいたかいって、どうゆうこと?」

「そのままだ。契約すれば巨大な魔力を得る代わりに、容赦なく命を奪う魔剣。しかし、そんな物は至る所に転がっている。どうして有名かと言えば、その剣が珍しい双剣であることと……つくもがみと為ったことだな」

「つくもがみって、物とかを大切にしてたらいつか精霊になるっていうやつだよね?」

「細かいことを言うと違うのだが、そう考えてもらっていい。物にああして意思が生まれることはたまにあるが、人の姿をとるほどのものはなかなかないからな」

彩の姿を思い出して、アイリは頷いた。

「数十年前に行方をくらましたと聞いていたのだが……まさか、目の前にいたとはな」

不機嫌そうなアイリは自分の黒髪を弄びながら呟く。

沈黙の降りた部屋の中で、アルトはなんとなく居たたまれなさをかんじていた。

星原自体、あの事件から微妙な雰囲気が漂っている。

混乱と困惑、そして恐怖。

『魔術師』の黄泉還りが現れ、セレスティンと手を組んでいた。その報告に上層部が慌てているらしい。どちらも星原にとってもこの大陸の中でも、犯罪者集団として危険視されているためだ。

どちらも、ここ数年活動の報告がされていなかったのに、どうして。そんな疑問の声が上がっている。

「あ、お前ら暇な奴いる? あと、テイル見なかったかー?」

タイミング良く部屋にやってきたカリスは部屋を見て首を傾げた。






窓から見えるのは蒼い空と平和な町中。静かな昼下がりのことだった。

見知らぬ街を飽きることもなく見つめる少年はベッドの上に座っている。

真っ白な部屋は薬品と消毒液の匂いがする。いわゆる、病室だった。

霧原誠は、無表情で時間を潰していた。

怪我と言う怪我はない。外見こそ、無傷だ。しかし、内側は。

一週間は安静、と診断されてから二日。すでに暇を持て余している。

すると、奥のドアが開いて見舞いが来る。

「……なんの用だ、プルート」

それに、振り向きもせずにマコトは言った。


「おや、お元気そうでなにより。彼女がとても心配していたので……なんて冗談は通じないんでしょうね」


平然と、そこに立っていたのはつい先日、敵としてマコト達の前に現れたはずのプルートだった。

「さっさと消えろ」

振り返ったマコトの視線は、冷たい。

苦笑する彼――プルートは、聞かなかった事にして持って来た花束を空の花瓶にさし始める。

真っ赤な薔薇だ。その紅はどこか血の色を思わせる。

「よくもまぁ……」

呆れた様子で半眼になりながらマコトはプルートの行動を見ていた。

ここは、星原だけでなくほかのアーヴェの下位組織の人も出入りする病院だ。プルートがセレスティンの人間であることはおそらくほとんどの者が知っているだろう。普通の病院ならともかくここに入りこむことは困難なはずだ。

「あぁ、大丈夫ですよ。あなたが――裏切り者であることがバレないようにしっかり変装してきましたから」

からりと笑いながらプルートは座る。

「それに、ばれたっていいでしょう? だって……神殺しは見つかったんだから。彼女はもう、星原を潰しに行く事が楽しみでしかたない様子ですし……ククッ」

目を細めて笑う。その様子を狐みたいだと思いながら、マコトは胡散臭い男を睨みつけた。

会話自体は穏やかだが二人の間に友好的な様子はない。

「それで、なんの様だ」

「いえ。星原に行くついでに、君にはそろそろ戻ってきてほしいんです――もう、お遊びは終わりにして、ね?」

「それだけを言いに?」

「そうです。まあ、それと君の様子を確認に……無断で死んでもらっては困りますから」

「言えばいいだろう。星原の人間を守る為に命を削る馬鹿に忠告をしに来たと」

「おや、認識してましたか、自分が馬鹿だと」

「……あの神どもよりはマシだと思うが」

「まったくですよ。君がどの神の事を言っているのか見当もつきませんが……まあ神なんて大抵はふざけたやからですからね。それに関してはどう意見ですよ」

伝えたい事は伝えた。そんな様子でプルートは立ちあがる。

部屋を出ようとドアに手をかけて……聞いた。

「ところで、アルトとは仲良くやっていますか?」

ニヤニヤと、悪意を籠めた笑みで。

「……黙れ」

小さな声は、彼に届かない。

「ダメですよ、仲良くしないと。君の事だから、アルトを――」

うつ向くマコトを見降ろして、見下しながら笑う。

「さっさと消えろっ!!」

プルートのすぐ横を横切って、何かが壁にあたる。

陶器の割れる音と水が堕ちる音。せっかく飾られた花が陶器の破片と水と一緒に床に散らばっていた。

「おお、怖い」

声を出して笑いながら今度こそ部屋を出て行く。

姿が消えてもなお、部屋に彼の笑い声が残っているようだった。

「……なにが、アルトだ」

呟く。

「なにが……なにが『アルト』だ……っ!!」

嫌悪する。

今まさに出て行った男の事も、何もかも目を瞑って見ないふりをしている星原の人々も、この世界を巡る神も、その運命も嫌いだ。大っ嫌いだ。

でも、もっとも許せないのは――。


「あー、見つけた!!」


能天気な声が聞こえた。

「よかった、道間違えちゃったらどうしようっていづると言ってたんだー」

「ご、ごめんね、マコト君。えと、その……ラピスさんから入院している場所聞いたから、お見舞いに……って、どうしたのこのバラっ」

一気に騒がしくなった病室に、マコトはため息をついた。

割れた花瓶とそこに散らばった薔薇、水び出しの床におろおろとアルトの後ろから顔を出した出流が動き回る。それに、ようやくアルトは視線の下にある現状に気づいてまた騒ぎ始めた。

「おぉっ?! 雑巾、雑巾どこっ?!」

「ちょっとまって、か、借りて来るから。あと、箒と塵取りと……」

「あ」

割れた破片を人差し指で突っついていたアルトの動きが止まる。

「……指切った」

素でで触っていれば当たり前のことだ。

「ちょ、さわっちゃダメでしょ!」

「だ、だってー」

「もう、アルトはそれ以上何もしないで!!」

好奇心の塊のように手を出すアルトに一喝すると出流は慌てて部屋を出て行った。

あまりの騒がしさに先ほどまでの空気が霧散していく。

いつものことながら、アルトと出流はマコトが不機嫌なことなど関係なく騒がしい。

アルトの顔をマコトは見ない様にして問いかけた。

「なぜ来た」

「なんでって、そりゃりくやさんから頼まれたから!」

「……」

持って来ていた大きめの鞄を渡す。

衣服と必要になるであろう日用品だ。その中に本が混じっているのは出流からの差し入れだったりする。

服だけでなく様々な物が入ったかばんは意外と重い。

ベッドに置かれたそれの中身を覗いて礼を言う。

「……あり、がと」

「うぬ!」

本当にうれしそうに笑うアルトをちらりと見て、やっぱり顔を逸らした。

当分、というよりも、おそらくこのままずっと、アルトをまともに見れないだろう。そんなことをマコトは考える。

それを見て、アルトは笑った。

「そういえば……」

ふと、アルトは気づく。

マコトとこうして二人っきりで話す機会は少ない。

だから、少しだけ疑問に思っていたことを聞いてみよう。

「ねぇ、まことってさ、どうしてさいと契約したの?」

精霊と契約する者はそうそういない。そもそも、精霊を視ることが出来る者が少ないのだ。

視ることが出来なければ契約できる精霊と出逢うきっかけすらない。

マコトは、視ることが出来ない。それなのに、どうしてサイと契約したのか。そもそも、どこで出逢ったのだろう。

「成り行き」

「なりゆき? ねね、どこでさ、会ったの?」

「地下」

「地下っ?! なんでそんなところで会ったの?! どうして契約する事になったの!!」

「成り行き」

「さっきとおんなじっ!?」

なんとなくごまかされたような。いや、アルトがもう少し違う聞き方をしていたらもっと違う答えが返ってきたかもしれない。が、それ以上アルトは聞くことなくなるほどと頷いていた。

地下で出逢ったことしか解っていないが。

――と、そんな時間は、すぐに終わる。

「アルト、逃げて!!」

幼馴染の切羽詰まった声。

何事かと振り返った時、すでに彼はいた。


「お前が、音川の『アルト』か」


出流と同じ黒髪に――酷く荒んだ漆黒の瞳。

荒々しい形相の青年は、目的の人間を見つけて口元をあげた。

ギロリと睨まれた瞬間、身体が動かなくなっていた。

一度だけ感じたことのある圧力。

あまりにも強く、動けなくなってしまうほどのソレの名を、今はもう、知っている。


それは、殺意だった。


アルトへの明確で、明らかな悪意と憎悪のこもった、殺意。

「聞いた通りだな。能天気でお気楽そのもの……護られてることすらわかってねぇ、クソガキ」

その一言一言が、アルトへの悪意で満ちている。

「アルトっ、気をつけて! そいつ、あんたのこと――」

肩から血を流しながら、出流が彼の後ろから現れる。

青年からは距離をとり、いつでも魔法を使えるようにと周囲には炎が巻き起こっている。

が、瞬間何かが出流を襲う。

見えない何かが、炎を切り裂き、それと一緒に出流を吹き飛ばす。

「い、いづるっ?!」

「だ、大丈夫……だけどこいつ……」

とっさに身体をひねって直撃をかわし、どうにか受け身をとっていた。

「タネが解っても、避けられなきゃ意味ねーよな」

青年が笑った。酷く、歪に、声をあげて。

「だ……れ?」

そして、なんのために。

彼の事をアルトは知らない。

完全なる初対面。

しかし、彼はアルトの事を知っていた。誰かから、聞いていた。

いや、アルトはいろいろな意味で有名である。あの母親――そして『音川』という名のせいで。それで彼はアルトの事を知っているのだろう。

だが、なぜアルトを怨む? 悪意を、憎悪を、殺意を抱く?

「くっ、あんた、いったい何なの?! アルトになんの恨みがあるっての!!」

呆然とするアルトに変わって、出流が叫んだ。

「オレか? オレは――神楽崎。いや、こう言ったら解るか? 元メイザースの風術師だ。テメェのせいでなにもかもめちゃくちゃにされたな!! なあ、アルティーネ・フォン・メイザース?!」





音川アルト――いや、アルティーネ・フォン・メイザースと呼ばれた少女は、言い返すことなく唇を噛みながら神楽崎を見ていた。



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