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騙る世界のフィリアリア  作者: 絢無晴蘿
第一章 -日常-
36/154

01-09-03 戻れぬ日々への決断を



日が暮れるか暮れないかと言う時刻。獣道を歩く六人――陸夜達の姿があった。

森の中を歩くというのは、体力を消耗するものだ。中々早くは歩けない。

唯でさえ慣れないでこぼこ道。少々濡れた足元は歩きづらい。

歩くと言うだけで集中力が必要となる。事実、何度か歩きなれていない守やテイルは何度か躓いていた。

それに比べ、元々森の中の小さな村に住んでいたと言う獣人の少女、ナナネは慣れた様子で歩いている。それと同様、マコトと陸夜もまた慣れた様子で歩いていた。

二人が住んでいる場所は森の奥にある人里離れた屋敷だと言う。だからだろう。


ふと、気づくとマコトが一人で遅れていた。

別に躓いた訳でも歩き疲れた様子でもない。

足を止め、後ろを振り返る。

「あるじ? どうかなさいました?」

それに気づいたサイが隣に現れると、マコトはなんでもないというふうに歩きだす。が、サイはその場に残った。

じっと、獣道のその向こうを見て、視て、見つめ――慌ててマコト達の後を追った。

まだ森を抜けないのかとテイルと守が話している。

その横で、ナナネと共に歩いている陸夜は後ろを気にしながらもしっかりとした足取りで進んでいる。一方的にだがナナネと会話をしながら。

その横にサイは申し訳なさそうに声をかける。

「陸夜様……」

「ん? どうした、サイ」

「あの……振り向かないでください。後ろに、誰かいらっしゃるようです。……先ほど私とあるじが見てしまったので気づかれたかもしれませんが」

「ああ、それなら俺も気づいてる。大丈夫だ」

一瞬驚いた顔をするが、すぐに真剣な顔に戻って頷く。

その横のナナネは、どうしてとでもいうかのように困惑しながらナナネは陸夜の顔を見ていた。

「さっさと森を抜けたかったが……無理そうだし、とりあえず向かえるか。敵かも分からないしな」

そう言って、後ろの守に顔を向けて目配せする。

神妙に頷く守の硬さに苦笑しながら、陸夜はナナネに声をかけつつも後ろへの注意を払う。

サイとマコトが気づいたことを後ろも気づいたらしい。すでに気配を隠そうともせずに誰かが迫っている。

相手が誰なのか、分からない。

しかし、おそらくは件の村の関係だろうと陸夜はあたりをつける。

歩みを止めて、振り返った。

「さてと、俺たちになんの用なのかな」

相手は敵なのか、それともなんなのか・

姿も目的もわからない状況で、陸夜達は跡をつけて来た者たちと対峙しなければならない。

いつもよりも幾分か険しい眼を光らせながら、陸夜は近付いて来る者達の気配を感じる。

一人、二人……二人、だけ。

こちらはサイを入れて六人である。

もしも敵だとしたら、それは――。

「守」

「分かってます」

それは、数の優位に気づかないモノか、よほど自信のある腕利きということとなる。

どうする。自問自答する。どうすればマコトとナナネを守れる?自問自答する。

マコトもナナネも、戦う事は出来ない。もしも襲われたのならば、彼等を守らなければならないだろう。

どんどん近付いて来る。

テイルに目配せをすると、彼は頷いてマコトとナナネを守る様に位置を変える。テイルはこの中で最も守りに向いているからだ。サイもまた、主であるマコトの隣に待機している。

がさりと、音が聞こえた。


キタ


「こんにちわ」

女の声だ。

緊迫していたのが嘘だったかのように、とても穏やかな声が響く。

木々の間から姿を見せたのは女性だ。森の中を歩く為に、女性らしい服こそ来ていないが道を歩けば誰もが振り返ってしまいそうな美貌だ。

その後ろに、まるで護衛の様に青年が控えている。燃えるような赤髪が目立っていた。

「貴方達、この先に合った村の事を知らないでしょうか?」

ナナネが思わず女の顔を直視する。

視線が合うと、彼女の顔の笑みに慌てて外した。

何とも言えない空気が広がっている。

「知っていますが、あの村になにか用事でも?」

陸夜が何も答えない守達の代わりに応える。

「えぇ、少し。……貴方達、星原の人かしら?」

「……」

陸夜と女が見つめあう。微笑んでいた。

二人は、笑いながらも、目は笑っていない。

「だとしたら?」

「星原には、あまり手を出さないように言われているのよ」

「守っ」

慌てて守に警戒の声をかける。

「でも、今日は気分が乗ってるし、いいよね?」

陸夜の声に、守は素早く動いた。

女の後ろで待機していた青年を止める為に剣を抜く。

しかし、それよりも早く動いた青年が守の後ろについた。

慌てて振り払おうとするがなかなか離れない。

その横で、陸夜は未だ動かない女と見あっていた。どちらも動く様子はない。動けない。

先に均衡を崩したのは女性だった。

獲物も持たず、陸夜の元に迫る。

素早い。

一瞬遅れて陸夜は剣を抜いて応戦しようとするが、それよりも早い。

女が眼前に迫る。

血が飛び散り、引き裂かれた。

得物は持っていない。だと言うのに、だ。

「……っ、乱暴だな」

陸夜の肌を裂いたのはその手だ。

身体を武器として彼女は陸夜に迫ったのだ。

痛みに顔をしかめながらも剣を振るう。

嫌な音と感触。赤い水か顔にかかった。

右の二の腕から先をすっぱりと切断していた。

痛みに顔をしかめるも、女は残った左手で陸夜の顔面を狙う。

「テイル、二人を連れて逃げろ!!」

回避しながらも、頬に傷が奔る。

攻撃が早い。避けきれないのだ。

一瞬迷ったようだったが、テイルは二人を連れて逃げることを選択した。

テイルが参戦すれば数の有利で勝てるかもしれない。しかし、もしも戦えない二人が人質に取られたら?

一応、二人以外の者が近くに居る様子はないが、もしも増援でも来たら?

そんな不安なこと、させられない。

「お優しい事。どうせ戦えないから放っておこうかと思っていたけど……そんな事をされると、あの子たちも殺してあげたくなっちゃう」

「そんなこと、させるかよ。それに、何をやった所で結局はあいつらを狙う気だっただろ」

「御名答」

女は負傷し、喪った右腕を庇う事もせず、体術を操る。

剣などは間合いに入られると弱いモノだ。

左からのストレート。自身の負傷も構わない頭突き。さらに不意に回し蹴りなどをしかけて来る。

どうにか避けようとするが、無理だった。急所こそ外せど、どうしても攻撃を受ける。

剣が、邪魔だった。

いつの間にか唇を切り、口の中に鉄の味が広がっていく。

「ほら、最初の威勢はどこ行ったのかしら?」

補助魔法でも欠けているのだろう。攻撃をしながら、彼女の動きが早く、そして重くなっていく。

「くそっ」

後ろにじりじりと下がりながら剣を振るうが、躊躇ってしまう。

しかし、武器を持たない生身の女に攻撃するという行為に、どうしても躊躇ってしまうのだ。

それに、この乱戦。まかりまちがったら、女を殺してしまうかもしれない。

陸夜は、まだ人を殺した事も、殺す勇気もなかった。他の星原の人々だって、人を殺したことのある者なんてほとんどいないだろう。

だが、女には躊躇いはない。隙あらば急所を狙ってくる。

陸夜は強い。だが、それは命の駆け引きなしでのことだ。

故に……待つ。陸夜が攻勢に転じるための、一手を。

が、何かが背にあたった。

後ろには――木。下がり過ぎて、近くの木にぶつかったのだ。

「もらったぁっ!!」

女の拳が眼前に迫る。が、避けられないっ。

が、いつまでたってもそれは陸夜に届く事はなかった。

拳が――女の身体が、植物によって締めあげられていく。

周囲の木々、陸夜の後ろにあった木などから、蔓が異常な速さで伸びて女を拘束していく。

「ありがとう、サイ」

「いえ」

女の後ろに、精霊がいた。

普段、精霊は人々と関わりを持たない。だが、人と契約した精霊は別。

彼女は、マコトと契約した精霊。陸夜達の、頼もしい援護者だ。

守が戦っていた方向を見ると、決着がつくところだった。

魔術を使った争いとなったのか、二人の間では不自然な土の壁や未だに燻ぶる炎が見える。

青年は、守によって上半身を切られて、すでに動くことは難しい様子だ。

意外と、呆気なく終わった。

注意をしてつたに拘束された女に近づく。

ギロリと、ツタの間から目が見えた。

「……っ」

思わず、後ろに下がる。

彼女は、まだやるきだ。

魔術封じをしようと懐から魔具をとりだそうとして、陸夜はふと違和感に気づいた。

いつの間にか、身体から五本の指――誰かの手が、突きだしていた。

服が、急速に赤く染まっていく。

意味がわからない。

目の前には、女が捕まっている。そして、青年は守が対峙していた。

なら、この手は?

手が、ずぼりと嫌な音を立てて抜けて、地面に落ちた。

「これくらいで、勝ったつもり?」

くすくすと、女が嗤う。

地面に落ちたのは、陸夜と自身の血にそまった右手(・・)

「な……ん、で」

「陸夜様っ」

崩れかける陸夜にサイが慌てて駆け寄った。

その横を、右手が、動き出す。気持ちが悪い、蜘蛛のように。そう、これは先ほど陸夜が切った右手。それが、動いていた。

「ねぇ、やっぱり星原はあまちゃんだったわ。でも、この子の前でさっきのあいつらを殺すのは、とても楽しそう。ふふっ、どう思うアハト?」

「やっぱりお前は、たちの悪い女だと思うだけだ」

「そんなの、最悪の魔女に言ってあげて」

女がたちあがる。

傍に合った右手を掴むと、無造作に傷口に押し当てる。ただそれだけと言うのに、数秒で右手が動くようになっていた。

神経も何もかも切られたはずだと言うのに、物の数秒で再生してしまっていた。魔法――ではない。

魔法は万能ではないのだ。死者は蘇らないし、壊れたモノを完全に治すことなんて出来ない。

だが、目の前の女はそれをなした。

「さあ、殺し合いましょう?」

柔らかく、微笑む。


本当に、とても美しく、言っている言葉さえなければ、どんな男でも魅了してしまうような、微笑み。


「まあ、貴方達が死ぬことは決定していることなのだけどね」

残酷な事を言いながら、その姿は天使の様であった。

だが、そんなものに見とれることなどできない。

「くそっ」

剣を、振るう。躊躇いはまだあるが、それでも。

このままでは、やられる。それだけは分かっていたから。

「だから、無駄だって」

切られた瞬間、それが音を立てて消えていく。

時間が巻き戻されていくかのようだった。

全ての攻撃が、効いていない。

今までの傷もすべからく消えていく。今までは、わざと傷を残していたのだ。

なにもかも、無かった事にされていく。

「くっ、あんたら――」

幾つもの魔法を予測する。

こんなでたらめな回復、どうみても普通じゃない。だとすれば、禁呪や禁忌の領域に入ってしまうようなものであるはずだ。

彼女の攻撃をかわし、かわし、かわしきれなければ腕を一本捨ててでも致命傷を裂け、逃げる。

その間に思考しようとする。

「そんなことできるか!」

陸夜の戦い方は、そんな戦い方ではない。

かわしきれず、腹を裂かれるが、その瞬間不意を突いて剣を振るう。

それに合わせて、接近戦に手を出せずにいたサイが追撃をする。

真白の炎が燃え上がる。

全てのモノを灰に。あまりに高温に、近くに居た陸夜にまで余波の熱が伝わってきた。

「や、やりすぎなんじゃ……」

「やさしいことね」

耳許で、声がした。

黒く炭化した手が、陸夜の頬を撫ぜた。

「そんなんじゃ、これから先生き残れないわよ?」

その手の肌が、盛り上がる。炭化していた肌がはがれおちて、生まれたての肌がむき出しになっていく。

気持ちが悪くなるような光景だった。

ほとんどの身体の表面が炭化しているにもかかわらず、笑っている女。

それは異様だった。

「……これだけ致命傷を受けても死なないって事は」

「あら?」

小首をかしげる女の顔は、すでにその半分が元に戻っていた。

残った半分は、今も肌が再生していく。

「お前ら……『魔術師』の黄泉還りか」





「おや? おやおやおや? ふふっ、まさか、こんなことになるとは……」

笑いながら、彼はその様子を見ていた。

そう、彼はプルートだった。……隣には金髪碧眼の少女――と思いきや、誰もいない。

ただ、受け取りに来たモノを取りに来ただけだというのに、面白いものを見つけた。

嗤う。

哂う。

笑う。

「こんなところで、アレを見つけることが出来ることができるなんて。それにしても、近くに居ながら報告もしないとは、やはり無理だったんだろうな」

愉悦の笑みを浮かべながら、彼は始まった戦いを傍観する。

『魔術師』と『星原』。どちらも因縁浅からぬ関係である組織の者同士が戦いを始める。それは、彼の関心を抱かせるのに十分な物だった。

同時に、そこにいた人物は彼が探していた人物。殺されることになれば面倒だが、それまでは傍観者でいようと、彼は笑っていた。

「そうだ、ははっ。ふざけてやがるよ。どうしてあんなやつが。ただの出来そこないと似ているだけのガキに、なぜ執着する。私は、ずっと貴方を見ているのに。ずっと、永遠に、いつだって貴方の傍に居ると言うのに。そうだろう? くくっ、ははははっ。……いや、今はどうでもいい話ですね。今は、まだ。さて、そろそろ介入してあげましょうか」


それとも、本当に死ぬまでここで見守ってあげようか


「『魔術師』の子供達は、強いですよ。ふふ……そろそろ、みなさん本性さらしたほうがいいんじゃないんですか? 嘘つきだらけの、星原の諸君」





「マコト?」

突如足を止めた少年に、テイルは振り返った。

暗くなってきた森は、近くに居る三人の顔も隠し始めている。

そのすぐ後ろに居た獣の耳を持つ少女ナナネもつられて足を止める。思わず後ろを見ていた。

その視線の先に居るのはマコトではなく、歩いて来た道。その先には、陸夜達がいるはずだ。

「……先に行け」

「ちょ、ダメに決まってますよ! ただでさえ、マコトは戦えないっていうのに、足手まといになりたいんですかっ?!」

「違う。皇の館に早く連絡を取って救援を……」

いつもと違う、切羽詰まったような声色に、テイルは瞠目した。

救援とマコトは言うが、陸夜と守は皇の館に居る者達の中でもトップクラスの実力者だ。

「相手は……アレは、人間じゃ、ない」

「知ってるんですか?!」

「……こちらの予想が正しければ、あれは……『魔術師』の黄泉還りだ」

なぜ、そのようなことを知っているのか、そもそも、彼等をそう特定するのか、理由もなにも明かさない。ただ、マコトは一言だけ言った。

「絶対に、勝てない」



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