00-00-02 少女は何処に行くのか
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「ねぇ、白峰。あたし思うの。一応、仮にも青二才でも、カミサマが畑耕しているのって、どうなのかなって」
「そうですか? 畑仕事は楽しいですよ?」
「いや、楽しいとかじゃなくて……」
麓はともかく、最奥に行くにはあまりにも過酷な白峰山。
そんな白峰山の山頂付近には、あまりにも場違いな家と畑があった。
その畑で、一人の青年が汗を流す。
銀髪碧眼。常に笑みを浮かべる彼は、どこか外見にそぐわない年季があった。
その横には小さな影。
真っ赤な旗袍を着飾る黄玉の瞳に同色の髪の少女。
しかし、その大きさはおよそ人ではありえない。
小さな掌に載るほどの大きさなのだ。
人形のような少女は畑に立てられた大きめの杭のてっぺんに座っていた。
「雷華もやればわかりますよ」
白峰はそのままこの山の神であり、雷華は雷を司る精霊だった。
「遠慮しとくわ。あたしじゃいろいろと無理」
そう談笑する二人は、ふと何かに気づく。
「おや」
「アルトっ!!」
見ると、アルトと玻璃が丁度森から出てくるところだった。
「しろちゃん、らいか、やっほー!!」
「やっほー、アルト! どうしたの? どうして来たのっ?! あ、遊びに来てくれたの?!」
文字通り飛びあがって浮かんだ雷華は、そのままアルトの胸に飛び込むと矢継ぎ早に言葉を紡ぐ。
「残念でした。お母さんからしろちゃんに、お手紙」
「えー……」
余りの落胆の様子に、玻璃が苦笑した。
雷華はアルトにのみ、こんな姿を見せる。
「でも、お昼持ってきたから今日は一緒に食べよ」
「ほんと!!」
ぱあっと明るい顔になった雷華は、どこまでも歓びに満ち溢れている。
玻璃や他の人間相手では、絶対に見せないその笑顔。
アルトが風の愛し児という理由では無い。
ただ純粋に、アルトのことを慕っているのだ。
「で、手紙は?」
「あ、ごめん、しろちゃん。……はいっ」
そういえばっ。
と、慌ててアルトは懐から一通の手紙を出す。
「どうも……ふむ。中でお茶でも飲みますか?」
手紙の内容をざっと見た白峰は、そう言って笑った。
「うん」
「あと……ちょっと、アルトにお話しがあります」
「え? わたし?」
「突然ですが、アルトと玻璃は星原を知っていますか?」
手紙を読み終わった白峰は、先ほどとは打って変わって真剣な様子で二人に問うた。
「……?」
大和国どころか流留歌近辺から離れた事のないアルトは、首をかしげる。
一応、幼い頃には流留歌以外の町で暮らしていたのだが、その町から出た事はなかった。
「まぁ、知ってるけど……」
玻璃は、どこか言いづらそうに答える。
「え、そうなの? 星原ってなに?」
「……なんでも屋だよ。万屋とも言うか? 拝み屋、魔物退治、失せ物探しにお使い。依頼されればなんでもやる」
「へー。でも、なんで知ってるの?」
「ん? 大和国以外じゃ、結構有名だぞ? というか、オレの場合お世話になってたし……」
「え、そうなの?!」
「……シルフさんに拾われる前にいた。一年ぐらいしかいなかったけど」
シルフとは、アルトの母の名前だ。
つまり、二年前まで、玻璃は星原にいた事になる。
「そう、だったんだ」
そう言えば、玻璃が昔何やっていたのとか、全然知らない……。今更ながら、アルトは思う。
なんで行き倒れていたのかも、お母さんがどうして居候を許したのかも。
ちょっとした疑問。
しかし、すぐにアルトは忘れてしまった。
忘れてしまうほどのことを、白峰が発言したからだ。
「二人には、その星原に行ってもらいます」
「え……?」
「はぁっ?!」
アルトと玻璃が居なくなると、雷華の顔から表情が消えた。
「ねぇ、白峰。シルフは何を考えているわけ」
その声には、苛立ちがにじみ出ている。
対する白峰は涼しい顔で受け流す。
「さあ?」
「あんな、魔物の巣窟みたいな場所にアルトを送り出すって。どうにかしているわ」
「魔物の巣窟は言いすぎでは? たしかに、あそこはいろいろと問題がある場所ですけど」
「十二年前の事、忘れたわけじゃないでしょう?」
「……忘れていませんよ。だけど、シルフにはシルフの考えがあるのでしょう。それに、アルトには玻璃がついています」
「彼、信用できない」
「信用できなくても、アルトの敵にはならない。敵になれない。たとえ敵になったとしても、どうなることやら? 大丈夫ですよ、雷華」
にこりと笑う白峰の笑顔は、どこか黒かった。
音川家前に、その少女はいた。
「アルト? アルト? いらっしゃらないの?」
美しい黒髪は足元まで伸び、邪魔にならないようにと二つに結ばれている。
手には小さな小包。少しきつめの青の瞳は、音川家の玄関を睨んでいた。
「まったく。今日は尋ねると言っておいたのに……」
「あれ。いずみ? どうしたのー?」
「お、どうした泉美?」
庭から現れたアルトと玻璃に、泉美は目を細める。
「どうしたではないでしょう。今日は伺うと前々から告げていたはずですが?」
「……あ」
「アルト、お前なぁ。そういうこと忘れんなよ」
玻璃が呆れてため息をついた。
「すっかり忘れてた」
「おい」
音川家の隣には、同じく白峰の神に仕える巫女の一族である日野家がある。
そこには、アルトの幼馴染である日野泉美と日野家当主の泉美の母、伊鈴が住んでいた。
「で、今日はどうしたの?」
外ではなんだと言うことで、座敷に上がったアルトはさっそく泉美に聞いた。
「頼みたいことが」
「なになに?」
「星原に行くと聞きました」
「ほぇ?」
アルトと玻璃は、つい先ほど白峰の神から言われたばかりだ。
それなのに、なぜ泉美が知っているのか。
「ちょ、待て。なんでお前が知ってんだよ」
お茶を入れてきた玻璃が、呆れた様子でつっこんだ。
「つい先日、シルフ様からお聞きしましたけど?」
「おかあさんっ?!」
「……あの人、娘には手紙で泉美には普通に言ったのかよ」
いろいろと間違っている気がする。
玻璃が頭を抱えていると、泉美は持ってきていた小包をだした。
「これを、出流に渡して欲しいのです」
「いづるに?」
「イヅル? イヅルって……だれだ?」
「玻璃は知りませんでしたっけ? 私の妹ですよ」
「あぁ、お前が大好きな妹か」
出流は泉美の妹だ。
そして、アルトの親友でもある。
しかし流留歌には居ない。
「都のほうにいるんじゃなかったっけ?」
そう、何年も前から大和国の都に修行に行っているのだ。
高名な占い師に弟子入りをしたらしい。
玻璃が音川家に来たのは二年前。だから、玻璃は出流と会ったことが無かった。
しかし、泉美の溺愛っぷりは有名で、流留歌中に知れ渡っていた。
「……一年前に、星原に入ったのよ」
「え、そうなの?」
「オレと入れ違いか」
なぜ、今まで言わなかったのかとアルトは聞かなかった。
日野家と出流はなぜかいがみ合っている。そのせいかもしれないと察したからだ。
「お願いできます?」
「うん!」
それから、長いはずの夏はすぐに終わった。
そして秋に入る頃――アルト達は、正式に星原へ行く事になる。
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人々の住む町から少し離れれば、草原で精霊や妖精たちが舞い遊び、妖や魔物たちが影で人を襲おうと潜んでいる。
人々は『魔法』を操れるのが当たり前で、神が存在するのが当たり前だと思っている。
そんな、嘘と偽りで塗り固められた世界。
騙り続ける世界の名は、フィーア。
真の名は、『誰』も知りません。
『私』もまた、それを知ることはできませんでした。
さて、彼らの望みは、やさしい嘘は、すべて秘密のまま終わるのでしょうか?
これは、すでにはじまってしまっていた物語。
私ですか?
私はただの罪人。そしてただの、案内人です。