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騙る世界のフィリアリア  作者: 絢無晴蘿
第一章 -日常-
29/154

01-06-01 待ちぼうけの亡霊




「と、いうことで、肝だめしをしようじゃないかーぁ!」

「おーっ!」

ひっじょうに迷惑この上ない少女二人の元気な声が辺りに響いた。

こりない少女、ティアラとアルトだ。

二人はつい先日もラピスと守に説教を受けたというのにまったく懲りていないらしい。

半眼の出流と呆れた様子のカリスが傍で控えていた。

どうやら、巻き込まれたらしい。

「俺、帰っていいか?」

「うちも帰っていい?」

二人で口々に文句を言っている。

時刻は夜の帳が下りた頃。まだ、深夜には程遠い夜の始まりだった。


が、それをそうそうに終わらせる声が聞こえて来る。

「ふむ。残念だがティアラ……お前、また何かしでかしただろう。ラピスがおかんむりだったぞ。さっさと行って来い」

「へ? ひ、ぎぇっ!!」

ひょいと顔を出したアイリがあきれ顔で言う。

それを聞いた皇の館の問題児、ティアラは変な声を出していた。

「陸夜か守に助けてもらいに行ってきます!」

「……馬鹿者」

ラピスに苦手意識を持っているティアラはさっそく陸夜と守を探しに全力疾走で去っていった。

残されたアルトはぽかんとした様子で固まっている。

「よし、解散」

「うん。アルト、ほら部屋に戻るよ」

「……えー」

「あ、言い忘れてたけど、アイリ、後頼んだ!」

わざわざそれを言う為だけに戻って来たらしいティアラは、面倒な事にそれだけ言うと戻っていく。

「ふむ、了解した」

「了解すんじゃねーよ!」

「ふふふふ。さあ、始めようか」

「その笑い……嫌な予感しかしねぇっ!」



皇の館には、幾つもの謎がある。七不思議とまではならないが、ちょっとし話題に上るほどに。

秋という、どうも肝試しには向かないような季節の中、アルト達は調査を始めるのだった……。






その一……図書室には深夜、ドレスの女が現れる。



「と、いうことで、夜の図書室に女の幽霊が現れる。のだが……」

本気で始めるらしいアイリは、談話室にある椅子に座りこんで膝を抱えていた。

やる気のない出流はその横で座り込んでいる。そして、アイリがやることになったのでやる気になったらしいカリスは死んだような目で遥か彼方を見ていた。

「あー、これ俺、わかった気がする」

「うちも……」

「え? うそ、なんで? なんでみんなわかってるの?!」

一人だけわかっていないアルトがわかったらしい頷きあう三人に向かって必死に問いかける。

「図書室だからな」

「図書室だもんなー」

「図書室だからね……」

「ほぇ?」

彼等にとって、図書室と言うと彼しかいないのだ。


夜という事で人の少ないその部屋に、やはり彼はいた。

「あっ、まこと」

図書室に入ると、すぐにマコトの姿をアルト達は確認する。

大抵彼はここに居るのだ。

兄の陸夜の帰りを待つ傍ら、本を積み上げて過している。

「なんだお前達」

読書を邪魔されたことで少し不機嫌らしい彼はぞろぞろと入って来た普段本を読まない彼等に視線を向けた。

基本、図書室の番人のような存在である。ここであまりにも変なことをすると彼が黙っちゃいない。

そんな事を知るはずのないアルトは笑顔で答えた。

「図書室のお化け探しに来たの!」

「……」

「まこと、知ってる?」

「しらん」

「そっか……」

「なぁ、マコト。お前、いつもこのあとどれくらいいる?」

落胆しているアルトを押しのけて、カリスはマコトに聞く。

「日付が変わるまで」

そうマコトが言った途端にアルト以外が目をそむけた。一斉に。

その顔はやはりかという表情で、何もかもわかった様子だ。

「決まったな」

「あぁ。やはりだな。こやつが犯人だ」

「やっぱりか……うん。そうだとおもっていたよ」

夜になると図書室の灯りは消される。

そんなとき、マコトは一画のフロアだけ灯りをつけて本を読んでいる。

まさか、そんな時間に人がいるとも思わず、ついていた灯りとマコトに大体の人が驚くらしい。

因みに、カリスと出流は経験済みだ。

なぜドレスの女なのかが三人には謎だったが、おそらく犯人――というより、噂の原因は彼だ。

「え? え?」

一人、状況の呑み込めていないアルトは首をかしげるだけだった。





その二……女子の部屋の近くでは夜な夜な恐ろしい断末魔が聞こえて来る。



「俺、わかった気が、する……」

「カリス?」

なぜか震えあがるカリスの横で、女子二人は首をかしげていた。

「ねぇ、アルト。変な声とか聞いた事なかったよね」

「うん。聞いたことないよ……いづるの寝言は聞いたことはあるけど」

「えっ? うそっ?!」


夜の女子たちの部屋近くに潜んで数分。

半眼のカリスがつまらなそうに廊下を見る。が、誰も居ないしなにも聴こえてこない。

「なにもないな」

「そうだね……ねぇ、アルト、風で解らない?」

「うーん。この場所自体、ちょっと違うからよくわかんない」

皇の館があるこの土地は普通の場所じゃない。

別に魔法や魔術を使えないという訳ではないが、それを行使するのに普通の場所とは少しだけ違和感がある。人やその魔法の種類にもよるが。

「そう……」

「今日は聞こえてこないと思うぞ?」

今までのやる気が嘘のようにやる気のない顔のアイリが言い放つ。

まるで、なにが原因なのか分かっている様子だ。

「うちらがいるから?」

「いや、私がここに居るからだ」

一斉に、アイリから視線が外される。

嫌なことを聞いた、かのような顔をしている。

「それって……」

「……やっぱりか」

「……?」

それ以上、調べることは無いとばかりに四人はそこを後にした。

若干一名、やはり解っていない者がいたが。




その三……墓場に夜な夜な亡霊があらわれる。



「今度こそ、『らしい』話になったな!」

うきうきとするアイリに、げっそりとした様子のカリス。対照的な二人は肩を並べてその話を始めた。

「アルト。向こうの林の奥に墓場がある事は知っているか?」

「そうなの? ぜんぜん知らない」

「だと思ったぜ。星原っつうのはさ、はぐれもんとか身寄りのない奴等が多いから、一応そういうのが作ってあんだよ」

カリスには連絡はとっていないが家族がいる。実は姉が数人いたりするのだが、今は何をしているのか、家出中の彼は知らない。

しかし、他の人は違う。家出なんて理由で星原に居るのはカリスくらいなものだ。

カリスが知る限り、ラピスに家族がいるという話はないし、アイリとテイルは天涯孤独。直接聞いた訳ではないがティアラとマコトもおそらく。

他に居る人もそうだ。

そんな彼等が死んだ時、葬られる墓地がある。それが、今回の噂の場所だった。

「ここってお墓まであったんだ……」

なんとなく、驚愕しているアルト。

ここはどこにもない場所にある。そこに墓地があるというのはどうなのだろう。

「そういえば、アイリとか、時々あっちのほうに行ってるよね」

「……まあな」

少しばかり知っていたらしい出流がそう言うと、アイリは軽く、それとなく目をそらした。

まるで、それ以上聞きたくないとばかりに。

アイリはアルト達の中で最も長い年月を皇の館で過ごしている。だからかもしれない。

「で、今回はちょっと趣を変えようと思うのだが、どうだろう」

「おおー。うんうん、なにすんの?」

「ちょ、アルト……」

カリスが頬をひきつらせている。

その肩に手を置いたのは出流。

死んだような目で首を振った。いわく、もう無理だと。

彼等を止めることはできない、と。

それに、すでに彼等もその話に一枚かんでいるのだから。




夜もふけこんできた皇の館。そこから出てきた少女は一人、少し離れた林の方へと向かっていた。

その足取りは軽く、今が夜であることなど思わせない。

それから少しすると、その後ろを追うようにもう一人の少女がぬき足差し足で追いかけていた。


「ってことで、到着っ!」

なぜか小声で、しかも木陰に隠れながらアルトはアイリ達に教えられた墓場にきていた。

アイリいわく、こんどは一人で肝試しをしよう、とのことだったのだ。

実は、この墓場には正真正銘の幽霊がいる。彼女が何も知らずに皇の館にやって来た新人を脅かす、それが若い子の間でひそやかに続けられている洗礼だったりする。

墓場の幽霊自体が考案したらしく、彼女が迫真の演技を見せて脅かすそうな。

アイリもカリスも知っているが、一応夜だし危険かと出流がそうっとついて来ていたりするのだが、無論アルトは気づいていない。

計られていることなど思いもせず、そうっと顔をのぞかせた。


暗闇と言っても、月明かりが照らしていて明るい。

薄い影が墓場にしっとりと落ちている。

そこには、少年がいた。

アルトからはその顔は見えないが、どうやら空を見上げて立っている。

もしかして、夜に誰にも知られないように来ていたのかと、少しだけアルトは慌てる。

夜に来るなんてただ事ではない。もしくは、人に知られたくなかったから今来ているのかもしれない。それなのに、アルトは見てしまった。

その罪悪感から、そうっと離れようとした。

『あれ、行っちゃうの?』

少年が振り返る。

「あ……」

アルトの事に気づいていたのだ。

少年とアルトが、真正面から向き合う。

彼は、まるで古くからの知己のように、アルトに微笑みかけた。


『こうやって会うのは初めましてだね、【アルト】』


意志の強そうな灰色の瞳だった。

悪戯小僧を思い浮かべさせる笑みだった。

少し、ほんの少しだけ長い髪は濃緑色で、夜の風に吹かれて舞っている。

……しかし、それはすでに失われた幻影だ。

「だ、れ……?」

たびたび揺らめき、透ける体。

どこか不自然に響くように聞こえる声。

彼は、死者。

その姿はもう過去のもの。今では土に還ったか、灰となって散ったか。

『ボクはただの幽霊だよ。ボクは――』

緑にも見える黒髪に、灰色の瞳の少年霊は屈託のない笑みで……。

『――生前ちょっと後ろ暗い仕事をしてた謎の美少年さっ!!』

はっちゃけた。

しかも、自分で美少年などと言っている。それを自分で言うのはどうなのだろう。

「おおおっ、なんか、すごいね!」

『おおおっ、すごいって言われたっ! なんとなく嬉しい! けど、つっこみくださいっ。プリーズつっこみ!』

「ぷ、ぷり? ……つっこみ? えっと、あっと」

つ、つっこみって、なにをすればいいんだろう……言葉の、とおり?

アルトが考えたのは一瞬。行動に移したのはその一秒後。

「……ていやぁ!」

躊躇いもせずに彼に手刀を加える。

『ぐはぁっ、それ、ボクの求めていたつっこみちゃう……ただの暴力や』

「ほぇっ?! だって、つっこめってっ」

霊体の少年の体に、右手を文字通りつっこんでいた。

もちろん、触った感覚もつっこんだ感覚もない。

身体が無いのだから当然だ。

「や、やっぱり痛いの?」

『いや、痛くはないんだけど、こう、生理的にね、いやだなーっと』

体をくねらせて、生理的嫌悪を表そうとしているらしい。なにやらうねうねとしている。

幽霊とは言え、身体に腕が刺さっている所なんて見たくない。ので、アルトはさっさと腕を抜いておく。

それにしても、どうして少年の幽霊がここに居るのかと、アルトはちょっとだけ考えながら。

アイリからは女の幽霊だと言われて来たのだ。それなのに、どうして少年なのだろう。

しかも、別に驚かすようなことをしてないし、どうどうと幽霊ですなんていっている。

『まあいいや。で、本題に入りたいんだけどいいかな?』

本題……と言う事は、彼はアルトと話すつもりだったということだろうか。

それに気づいたアルトは額にしわを寄せながら聞き返した。

「本題?」

『そうそう。ほんだいほんだい……じゃあ、さくっと言っちゃうよー』

本当に彼はさくっと、というより明日のさりげない話をするかのように、本題を言った。

『君、ここから早く去った方が良いよ』

「え?」


『死ぬ前にね』


それまで、少年は屈託のない笑みを浮かべていた。

そこに居るだけで明るくなる様な笑い。

それは今も変わっていない。笑ってはいる。

が、先ほどとは全く違う笑みだった。

背筋に寒気が走り、その手が震えてしまうほど。

雰囲気が、がらりと、恐ろしいまでに変貌している。

彼が、人では無いことを、嫌でも思い出させる。そんな、人外の気配が辺りに満ち溢れる。

『ねぇ、アルト。何時だって、大切なモノは失ってから気づくモノなんだよね』

笑っているのに、笑っていない。その目に映るアルトの顔が、驚いていた。

『失うのが怖いのなら、失う前にさっさと家に帰りなよ』

「どういう、こと?」

まるで、これから何かが起こることを知っているような物言いだった。

「なにを、知ってるの? これから、何かが起こるってことなの?」

『……死にたくないのなら、ここから去りな。君は【アルト】だから、死なれると寝覚めが悪いんだよね。……って、もう死んでるのに寝覚めが悪いとかないか』

おどけた様子でそんなことを言う。けれど、もうただのふざけた亡霊には見れなかった。

彼は、なおも言い募る。


『音川のアルト。君はこの舞台から退場して欲しいんだよ』




待っている。

ずっと、ずぅっと。


終わる時を待っている。

昔も今も、これからも。


待つことは苦痛じゃない。

待っているという事は、それだけ約束を守っているという事だから。

それよりも……予想外の【アルト】の乱入が……何もかもぶち壊してしまいそうで、恐ろしい。


彼女はダメだ。

音川アルトの母親は、あのふざけた魔女。

あまりにもイレギュラーで、何を起こすのか分からないあの魔女。

アルトがどうであれ、娘に何かあったらあの魔女は何を起こすか分からない。

何を起こすか分からない魔女がいる、それはあまりにも危険だ。

全ての計画が泡となって消えてしまうほど。



『もうすぐ、なにもかもが終わる。その為に、君にはここに居て欲しくないんだ、アルト』

その言葉は、その亡霊がずっと考えていたことだった。

言おうとして、言えなかった事。

今夜、彼女が肝試しで来ると知ってから、ずっと言おうか言うまいか、考えていた言葉。

「それは、わたしの近くに裏切り者がいる、それと関係しているの?」

『……裏切り者? あぁ、そっか……君は……そうだね。それと、とても関係している』

「なんで……幽霊さんがそんな事、知ってるの? もしかして……裏切り者が誰なのか、知ってるの?」

『……』

まさか、こう返されるとは思っていなかった。

真剣な顔で聞いて来るアルトに、亡霊は少しだけ考える。

どうして彼女が裏切り者の事を知っているのか。そして、どこまで教えた方がいいのか。

一方、アルトも驚いていた。

なぜ、こんな場所で三番目のジョーカーに言われた事を思い起こさせることを言われたのか。

あれから、ずっと考えていた。

自分の周りに、裏切り者がいる。

それをフィーユに伝えた時、彼女は言葉に出さないまでも、驚いていた。一番目のジョーカーも知らなかった事なら、それは嘘なのかもしれない。が、本当の可能性が高い。

誰が、裏切り者? そもそも、裏切りって、どこに裏切っているの? どうして、裏切っているの?

言いようのない不安。見張られているのかもしれない。今も。


でも、一番嫌だったのは誰かが裏切り者だと信じて疑っている自分。


誰かが裏切ってるとか、いきなり現れた仮面の人に言われたことを信じて友達を疑うなんて、したくない。

そう、思っていた。

だから、出流にもラピスにも、玻璃にも……誰にも言って無かった。

ラピスには言った方が良かったのかもしれないが、きっとフィーユ達の方から話はされたのだろう。

それなのに、またしても。今度は幽霊がここから去れという。

何かが起きているんじゃないかと、うっすらと感じて来ていた。

「どうして、なんでみんな裏切るとか、人を殺したりするの? どうして、人を疑ったり、戦ったり、傷つけあったりするの?」

セレスティンと呼ばれる組織に、町が一つ壊された。

その時の死者は、どれだけいたのだろう。

あの時はすぐにフィーユに連れられて本部とやらにアルト達は行ってしまった。

だから、見た限りの被害しか知らない。

どうしてあんなことをあの金髪の女の子はしたのか、あの時の三番目のジョーカーだと嘘をついていた人は何をしようとしてたのか。アルトがどれだけ考えてもわからない問題だ。

無論、フィーユ達は何も言ってはくれなかった。

ただ、話を聞いて、それだけで。

それを聞いて、見て、少年は微笑んだ。

『君は、シアワセだね』

「え?」

『とっても、愛されて育ったんだね。……たしか、大和国生まれだっけ? あそこはとっても平和な国だって聞いてるよ。だから、君みたいな子がいるんだろうね』

慈しむようにアルトを見ている。まるで、小さな子どもを見るように。

「幽霊さんは、幸せじゃなかったの? だから、死にきれなくてここに居るの?」

『いや、違うよ。ボクはとっても幸せだったよ。悔いも残ってない。大切な家族を守れたし、大切な友人も助けられた。でもね、ボクはとっても汚い人間なんだよ。幸せの為ならなんだってしたし、悪いこともいっぱいやった。だから、幸せになれたんだ』

「幸せの為に……」

『あのね、アルト。君が見てきた世界はとっても狭くて、とっても運が良かったんだ。きっと、大人達はみんな優しくて、子どもは親に守られて育つ。明日食べる物に困ることもなくて、生まれた時から戦争を経験したこともない。それが悪いって言ってるんじゃないよ。……でも、みんな仲良く、笑って暮らせればいいなんて考えないで、アルト』

「それくらい……」

知っている。

そう、アルトは言いかけて、制止させられる。


数年前まで、この大陸中で戦争が起きていた。それをアルトは知っている。

大和国はずっと鎖国をして、戦争に関わらない様にして来た。だから戦うことも、攻め込まれることもせず、平和だった。それをアルトは知っている。

しかし、一歩外に出れば取り返しのつかないほどに壊れてしまった都があり、植民地として支配された国があり、多くの人々が死んでいる。それをアルトは知っている。


でも


ただ、知っているだけ


『……いつも、友達がボクに話してくれた。大きくなったら、あの国に復讐するんだってさ。家族も仲間も、みんな殺されたから。でもね、その国の人達も、家族と仲間を殺されたから、ボクの友達の国を許さないんだってさ。よくある話さ。そこら辺に転がるほどある。でも、その積み重ねは、とっても深い溝を作って、みんなを元には戻れなくするんだ』

「ふくしゅうして、ふくしゅうしかえして、ずっと、それの繰り返し?」

あの金髪の少女がそうだった。

大切な人を殺されたから、復讐をするのだと。

あの町で、どれだけの人が死んだだろう。どれだけの人があの子を怨んだだろう。

復讐の為に人を殺して、その人を殺したから殺し返して。ずっとそんな事を繰り返さないといけないのだろうか。

赦す事はできないのだろうか。

『ねえアルト。この世界には、そんなことしか考えられないような場所で生まれて、生きてきた人達が沢山いるんだ。裏切ることでしか守れない人もいる、戦うことでしか生きられない人もいる。誰もが笑って生きていければいいけれど、それはぜったいに理想論でしかあり得ない』

「幽霊さんは、そんな場所で生きてきたの?」

うなだれるアルトに、少年は手を添える。頭を撫ぜるように。

もちろん、霊体の彼には生者を触ることなんてできない。でも。

『ごめんね。もうここにいない幽霊が、説教みたいなことしちゃって』

アルトの問いに、答えはしなかった。けれど、それ以上アルトが聞く事は無い。

「うんうん。……ねぇ、じゃあ、どうすればいいの?」

『君が考えを止めたら、意味が無いよ。どうすればいいのか、ずっと考えて行けばいいさ』

「……平和なのは、絶対に理想論なの?」

『理想論だよ。……でも、それを追い求めることに意味はあるんだろうね。……出来ないって、ボクなら諦めちゃうけど、君なら。さ、もうそろそろ皇の館に居る子たちが心配して来るんじゃない? ほら、うなだれてないで帰った、帰った!』

「え? あ、ちょ、ちょっと待ってよ!」

背中を押す様子を見せながら、少年は今までの重い空気を撒き散らすように明るく笑った。

『大丈夫、そう深く考えないで! じゃあねー』

たしかに、少し長居し過ぎたかもしれない。

そう判断すると、すこし肌寒く感じられてくる。

「幽霊さん、いつもここに居るの?」

去り際、アルトは振り返ると聞いた。

『さあね? ボクはただの風の旅人。世界を放浪する超美少年幽霊は様々な場所を渡り歩いているからな……縁があったらまた会えるだろう。さらばだ、音川アルトよ!』

「お、おう! さらば!」







去って行ったアルトの姿に、亡霊はそっと息をつく。

よくもまぁ、気づかれなかったな。と。

『出てきなよー』

さっきから木立でがさがさがさがさと、動いていた。

正直、彼女は追跡とか監視とか全然できないタイプだよな……なんて生前の職業柄考えてしまったりしている。

それに気づかないアルトもアルトなのだが。

彼にとって、彼女達はほんとうに危なっかしげに見えていた。

『まったく。そんな取って食う訳じゃないんだから、さっさと出てきなよ』

木の枝の折れる音がする。この葉を散らして、少女が現れた。

どうしてばれたのだろうとか、そんな事を考えているのだろう。

「……あなた、誰? アルトは簡単にあしらわれてたけどうちはそうはいかないよ?」

あぁ、ちょっと面倒な人に見つかったな、なんて考えながら、自称すこし後ろ暗い仕事をしていた超美少年幽霊は頭をかいた。





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