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騙る世界のフィリアリア  作者: 絢無晴蘿
第一章 -日常-
28/154

01-05-04 相反した出遭い



中央大陸には神の住まう神域と呼ばれる場所がある。

世界の中心にあると言われているが、そこがどこなのか分かっていない。

世界の中心とはどこなのか。

ここが中心だと言い張れば、そこが世界の中心になってしまう。だからだ。


神域は美しい精霊達の楽園とも言われている。

その中心には奇跡の泉に囲まれた世界を支える世界樹。その周りには樹齢何千年を超える巨木。

世界から切り離されたような最期の楽園。


神域を模して造られたと言われているそこは、確かに美しかった。が、その美には人工的な美しさがどこかあった。

ここは、何千年もの歴史を持つアーヴェ。それを牛耳るアーヴェ・ルウ・シェラン。彼女の居住まいである。


そこに集まるのは四人。

この楽園の主シェラン。そして、一番目のジョーカー、フィーユ。二番目のジョーカー、アス。

一応、姿は見えないがたしかにシェランの元に仕えている姿なき者。

その四人。

彼等の話題は当然、つい先刻起こった事件の事である。

「セレスティンが動きだしたようです。なぜあの街を襲ったのかは不明。襲撃したのは二人……あの神楽崎と、もう一人は無名の少女、星原の彼等から聞いたところによると、セイレンと呼ばれていたらしいわ……それと……シェランさん。そろそろ教えてくださってもいいのではないですか?」

考え、言葉を詰まらせながらも、フィーユはシャランを見つめ問うた。

魔法使いといえばマントとローブという固定概念があるが、彼女は動きやすいワイシャツとベスト、そしてズボンをはいている。ただ、マントだけを羽織り、シェランの前に座っていた。

その後ろで控えているかのように立っていたアスもまた、視線をシェランへと向ける。

「三番目のジョーカーについて」

「……そうね。さすがに今回の事で『彼』が怒っていたものね……」

「彼?」

アスが聞き返す。

『彼』とは一体誰なのか。

あまり豪華では無いが品位を感じさせる緑のドレスを身に纏ったシェランに問いかける。

もしも『彼』が三番目のジョーカーを指すのなら、その者は男と言う事になるだろう。

シェランは後ろを向くと、誰かに語りかける。

「出て来て」


偽りの楽園に、五人目が現れる。


白い仮面に燃えるような赤髪。長身と言う訳でも低い訳でもなく、女とも男ともとれる身長。

その服装は動きやすさを重点に置いた黒い衣装。

腰元の一本の剣と一冊の本が目立っていた。

「彼が、三番目のジョーカーよ」

その言葉に驚くのは二人のジョーカーだ。

当たり前かもしれない。今の今まで、二人はその姿を見たことも聞いたこともなかったのだから。

白い仮面で素顔を隠した不審者に、二人は警戒を示す。

「あなたが、星原にあのような命令を出したのか?」

そう厳しい声で問うのはアスだ。今まで無言だったが、どうやら怒っていたらしく、その声色には怒りがにじみ出ていた。

それに、彼――三番目のジョーカーは応えない。

「三時に面白い物が見れる? ふざけるな。彼女達はそのせいで死にかけた。セレスティンの奴等が殺す気が無かったから助かっただけだっ……お前、一体何が目的なんだ」

それでも、三番目のジョーカーは動かない。

無言を貫く。

聞こえていないという訳ではない。ただ、答えるつもりがないのだ。

シェランは一つため息をつくと、彼を弁護した。

「あれは、彼からの手紙じゃない。私宛に送った手紙がセレスティンのファントムの手に渡り、改変されたの……それに彼が気づかなかったら、もっと大変なことになっていたでしょうね。フィーユへの連絡も遅れ、なにが起こっていたか」

「だからって、セレスティンにそのような物を盗まれるなんておかしい……しかも、今まで何もせずに顔も出さずにいるなんて」

「……貴方達と一緒にされては困る」

中性的な声が会話を遮った。

その出所は仮面の男。つまり、三番目のジョーカーだ。

今まで何も言わなかった彼は、ようやく口を開く。

「私は貴方達とは違う。何千年もの時を生きたハーフエルフ、冷血の魔女とも。炎の神と、かの巫子の加護を受けた機械人形とも」

その言葉に、フィーユは息を飲み、アスは距離を取った。

二人から放たれるそれは敵への殺気。それは、なぜその事を知っているのかと言う疑問と焦燥からなるものだ。

フィーユの不名誉な二つ名は、いまではまったく知られていない。そして、アスの後ろにいる支援者のこともまた、ほとんどの者は知らない。

それなのに、なぜ彼は知っているのか。それは、二人に警戒を抱かせるのに十分な内容だった。

そんなことにも目をくれず、当の本人は知らん顔で話しを続ける。

「私は弱い。おそらく、今まで歴代の三番目のジョーカーを務めてきた者達よりも、さらに」

自ら、弱いという。

本当になのか、フィーユもアスも判断はできない。

弱いと言われて、そう簡単に頷いて信用できるはずが無い。

そもそも、彼はシェランに認められている。その彼が、そう弱いはずが無い。

しかし、彼は首を振る。

「セレスティンの七星何かと戦ったら、どうなる事やら。おそらく、どう策略を練っても勝てはしまい」

それは、勝てないまでも五分の戦いが出来るだろうという言葉だろう。が、それでも無理だと言った。

「だからこそ、こうして素顔を隠し身をひそめて来た。が、あのようなふざけたことをされてはこちらの虫が収まらない。だから私はこうして貴方達の前に姿を見せた」

「なら、その仮面を外せ」

アスは今にも攻撃を開始するのではないかとフィーユに心配を抱かせるほど、殺気だっている。

彼は基本的に人間は好きではない。自らの保身を考えるような者ならなおの事だ。

だから、こうして今まで姿を隠し、ゆうゆうとしてきた三番目を敵視しているのだろう。

彼が腹を立てていることなどお構いなしだ。

「断る。今まで姿を見せなかった理由の一つでもあるが、現在、私はセレスティンに潜入している」

「しかし……私たちから情報が漏れることはありませんよ」

「だからどうした。情報と言うものは生き物だ。少しでも姿を見せれば容易く暴かれる。それに、貴方達に私の正体を知られると、動きづらい」

はっきりと拒否を示した三番目はそれ以上何も言わなかった。

フィーユは頷き、アスは不満をあらわにする。

「セレスティンに潜入とは……なんともムチャをしますね。ところで、音川アルトから聞きましたが、あれはどういう事です? 星原に、裏切り者がいるというのは」

それはアスとシェランの聞いていない情報だった。

落ち着いた様子のシェランとは対照的に、アスは焦りを見せる。

「そのままの意味だ。セレスティンへの潜入中、情報の漏えいがあった。そもそも、星原にはあまりにもセレスティンに縁深い者が多すぎる。『神殺し』がいる時点で、彼等の注意を引かない訳が無い」

「……なぜ、神殺しの事を」

そう問うフィーユは、困惑している様子だった。

神殺しの事はアスにも話していない。知っているのは自分とシェランぐらいなのだ。

シェランがその情報を彼に渡したとは思えない。ならば、その情報源はどこなのか。

「誰なのか、セレスティンはまだ探っているところだ。しかし、突きとめるのも時間の問題だろう」

三番目のジョーカーはそう言うと、それ以上話す事は無いとばかりに何処かへと歩いていく。

「ま、待てっ、どこへ行く」

「セレスティンに潜入していると言ったつもりだが?」

それ以上言う事は無い。と、三番目は言い切り、今度こそ去って行った。

「癖の強いかたですね」

アスをなだめながら、フィーユは彼をそう評価する。

「まぁ、元々暗殺に来たのを面白がってジョーカーに引き入れた者だからね」

そう、シェランは頷きつつもあっけらかんと言った。

「……シェ、シェランさん? その、その……それはどういうことでしょうか?」

「まあ、彼が言った通り、貴方達と比べたら酷く弱かったけれど、情報網だけは一級品よ」

シェランは自らを殺しに来た相手をそう言って褒めた。

彼女自体、フィーユとアスと同じかそれ以上の実力を持っている。それゆえに三番目が刺客として彼女の前に現れた時、たやすく退けてしまった。

が、それは本来あってはならないことだ。

この楽園は、場所も、入り方も、存在すらも、秘匿されている鉄壁の要塞とも言えるのだから。

入ることを許されなければ、どのような者達も存在すら知りえることなく終わる、そんな場所なのだから。

彼がそこに侵入した。それだけで評価されることなのだ。

正直、フィーユとアスではそのような芸当はできないだろう。

フィーユは魔法を極めたがそれ以外の事はまったく専門外。確かに楽園を隠している魔法や魔術に精通しているが、見つけることすらできないだろう。

アスにはさらに困難を極める。戦うためにある存在の彼では、隠された物を見つけ出すのではなく、破壊してさらけ出すことしかできない。

「彼は確かに弱い。でも、敵に回ったら厄介よ。どれだけ厄介かと言われたら……それこそ……あの最悪の魔女と同じくらいにね」

音川アルトの母親であり、自らを狂言回しと豪語する風使い。

彼女と同等と評された三番目のジョーカーは、すでに彼等の前にはいない。







白い仮面の男は、ふらふらと歩いていた。

どこに行くとなく、暗い路地裏を。

その手には黒い名刺。そこに書かれた文字には確かにこの辺の住所が書かれている。

目的の場所についたのか、立ち止まる。

何も無い壁が続いていた。

そこを二回、ノックする。

「レガート・レント、私だ」

すると、今まで壁だった場所が持ちあがり、凹凸がついていく。色が生まれ、先ほどまで壁だった場所に……瞬きの間に扉が造られた。

掛けられた看板にはclauseの文字がある。が、それにも関わらず、彼は扉を開ける。

カラカラとよく鳴るベルが薄暗い店内に響いた。

「うわっ、旦那?! お久しぶりです!」

声をかけて来たのは対して特徴の無い青年だった。

影が薄いというか、どこか存在感の無い、ともすればすぐに忘れてしまうような顔をしたバーテンダーである。

しかし、店には彼しかいない。

儲かっていないというよりも、そもそもここはバーではないからしかたないのだが。

「それで、どうしました? 最近ご無沙汰でしたけど」

「黒騎士と魔術師について知りたい」

「いきなりですねぇ。しかも、どっちもセレスティンと関係ある組織じゃないですか」

馴れているのか、カウンター席に座った三番目は懐から古臭い瓶を取り出す。

ラベルはすり切れてよく読めない。が、どうも文字が中央大陸で使われている物とは違う。

「こ、これはっ……」

まるで電撃を受けたような……そのては震え、まるで宝玉を持つかのようにその瓶を掲げ持つ。

……大げさだが、無類の酒好きの彼にはそれでも足りないらしい。

いそいそと白い手袋を出してワインを観察している。

「ウィドール大陸でかつて生産されていたといわれる伝説のっ?!」

「これで頼む」

「はい! 了解です!」

鼻の下が伸びているというか、目じりが垂れ下がった締まりの無い様子だ。その声もどこか潤んでいるというか、何とも言えない。

『って、ちょっと待ちなさーい!』

そこに第三者の声が響く。

奥から聞こえてきた訳ではない。レガート・レントのすぐそばの箱のような物からだ。

しかし、それをレガート・レントは耳を塞ぐ。

「まさか現物を拝めるなんて、俺、情報屋やってて良かった!」

『いやいやいや、待ちなさい。ほんの少し正気に戻ってください!』

「だ、旦那も一緒に……どうです?」

「飲めない。あと、お嬢に少しは返答してやれ」

仮面の彼がどう飲むのか少し気になるところだが、彼はにべもなく断った。

彼の視線の先には声の元、箱がある。

お嬢と呼ばれたそれは、その言葉に勇気をもらったのか、さらに言い募った。

『そうですよ! お酒でホイホイ乗せられないでくださいよ!』

「だけど、これは、このワインはっ!!」

『言い訳は無し! と言う訳で、お酒だけでなく、しっかりお題は頂きますよ? 三番目のジョーカーさん』

「嗚呼、解っている」

仮面で見えないがどうやら笑っているようだ。

三番目は数年前からの常連だった。こう言う事は馴れている。

『それが、情報屋バラッドのモットーですから』

毎回しっかり者のお嬢に毎回怒られているレガート・レント。彼等は二人で情報屋を営んでいた。

「しかし、酒は貰うんだな」

『貰える物は貰う。それもモットーですから』

ちゃっかりしているとも言う。

『それで、なんの情報と交換なんですか?』

「セレスティンの内部について」

『……』

「そうだな……七星のメンバーについてなんてどうだ?」

空気が変わった。

セレスティン――それは現在裏社会で知らない者はいない組織だ。

が、名前だけを知っているだけ。その組織の全体図も構成も……なにもかもがシークレットだ。

軽い気持ちで調べようと手を出した者の話はよく聞く。だが、そのあとはどうなった聞いたことは無い。

「おいおい。それは……本気か?」

レガート・レントは先ほどとは打って変わって真剣な顔で聞く。

それだけ、セレスティンの事を知っている星原の彼等は異端だった。

数々の修羅場を渡り歩いてきたレガート・レントが退くほどに。

「嘘を言ってどうする。……ただ、もう一つ調べてほしい」

「魔術師とどうのこうのとかはほんとやめてくれよ? あいつらの情報ならともかく、潜入とか、絶対嫌だからな」

「当たり前だ」

セレスティンよりも有名な『魔術師』と呼ばれる組織がある。

彼等は『身内』だけで構成された人外の組織だ。『親』である魔術師に支配された『子供』達。人数は少ない。が、その凶悪さは呼び声高い。

前々の三番目のジョーカーが死んだ理由に彼等は一枚かんでいるらしい。さらにいえば、前三番目のジョーカーもまた『魔術師』と殺し合った仲だとか。

それを数年前に知ったばかりの彼は、考え込みながらも応える。

「『魔術師』関係ではあるが……」

「うへっ……なんなんですか?」

「この人物について調べてほしい」

そう言って、彼は古い新聞の切り抜きをだした。

「なになに……一家惨殺? 聖フィンドルベーテアルフォンソ神国ですか? それはそれで面倒だな」

聖フィンドルベーテアルフォンソ神国はある意味で有名な国だ。

数年前まで起こっていた大戦では先頭を切って戦っていた国の一つで、二柱の神を崇める宗教国家である。

今でこそ開かれた国だが、未だ排他的な国だ。

「それだけは……絶対に誰にも知られないようにしてくれ。黒騎士も魔術師についても調べられている事は気づかれたって構わない。だが、これだけは調べていることもわからないように……細心の注意を」

『これは気を抜けませんね』

「わかりました、旦那」

ちらりとレガート・レントはその新聞を見る。

そこに書かれていたのは……ハルフォンド家の一家惨殺事件。

小さな貴族だったらしい。小さくとも立派な住宅の前で親と兄妹の家族全員が写った写真が虚しく印刷されていた。






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