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騙る世界のフィリアリア  作者: 絢無晴蘿
第一章 -日常-
27/154

01-05-03 相反した出遭い



ほっと、少女は息をつく。

一仕事終えたあとのように、少しだけ嬉しそうに。

目の前の、自らが創りだした現状に、微笑む。


そこは、瓦礫の山だった。

先ほどまで、そう、ほんの数秒前まで町だったのが、数分前までにぎわっていた通りだったのが、破壊されつくしていた。

「お前なぁ……」

後ろから、瓦礫を避けながら歩いてきたのは水び出しの青年……神楽崎だった。

面倒臭そうにあたりを見周りながら彼は文句を言っていた。

答えた清蓮はどこか喧嘩腰。

「目的は達したんだから、いいでしょう?」

「だからって、俺にまでやるんじゃねぇ」

「巻き込まれる方が悪いのよ」

「……お前」

二人の間に酷く殺伐とした空気があった。

――が。


「なになに? 敵同士でケンカ? そこに空気を読まないで現れるー、ティアラ参上!」

その手には少女には大きすぎる槍。

現れた彼女は、挑むような顔で彼等に笑って言った。

「まったく。楽しそうな事にはわたしを呼んでって言ったよね?」

そう言って振り返る。

そこには水び出しのアイリとそれに支えられて立つテイルがどこからか出て来るところだった。

「これが楽しそうに見えるのなら、一度眼科に行く事をお勧めする」

「いやだー。病院嫌いだよ」

そう言って、清蓮と神楽崎に向かって矛先を向けた。

「で、こいつらが元凶ってことなんだよね?」

「そういうことになるな」

「なら、まかせなさいな。この、ティアラにっ!!」

どこにあるのか解らない自信。それを振りかざしながら少女は胸を叩く。

「ま、まって、ティアラさんっ」

「走りだしたアタシは止まらない!」

「……なにこいつ」

清蓮が見下した様子で言い放つ。

「私に勝てると思ってるの?」

「……傲慢だな」

「だからどうしたの」

「先に戻るぞ」

「はっ。さっさとどっかに行って果ててなさいよ。こいつらを殺したら戻るから」

殺してはならない相手、殺すべき相手、それが既に清蓮にはなかった。

全て、人間達はすべからくして清蓮の敵なのだ。

全てを奪いさった憎い相手。

そんな彼等をなぜ殺さずにいられよう。

「殺してやる」

「あたしを殺せるものならね!」

ティアラの持っていった槍を中心に、何かが変わる。

光が、吸い込まれていくかのような。

同時に聞こえて来る鳴動しているような音。

「行くよ、ソード!」

清蓮を目標と定め、地を蹴る。そのまま、離れた距離を一気に詰める。

「舐めるな!」

が、水飛沫がティアラの道を塞ぐ。

即席といえど、水龍を呼びだすような実力を持つ清蓮の魔法だ。かすっただけでもどれだけの破壊力か分からない。

「みずびだしはいやかなっ!」

その場で空へ舞い上がる。脚力だけで。

宙で一回転。そのまま、体制を整えて、空から投擲をする。

放たれたそれは、唯の槍では無かった。

周囲の光を吸収し、纏わせながら、一直線で清蓮の元へと至る。

そこに水の盾が現れる。が、止まらない。

一枚、二枚、三枚……数枚を重ねて造られたそれを、槍は紙を裂くように壊していく。

衝撃で風が舞った。酷く耳障りな音に、アイリとテイルは顔を伏せる。

そして、その槍が清蓮の元に辿り着いた時、溜められていた光が一気にはじけた。

「やった……のか?」

顔を上げたアイリは煙立つそこを見つめた。

神楽崎はまったく手を出さなかった。仲間だというのに。

先ほどの言葉通り、先に帰ってしまったのだろう。もう、姿さえ見えない。

いや、あれだけ仲の悪さを見せていたから当然とも言えるかもしれない。

正直、彼が居なくなってアイリはほっとしていた。

清蓮と神楽崎。二人を相手にどうすればいいのか解らなかったのだ。

テイルは先ほどの水龍の攻撃から二人を守るために盾を創り、消耗している。

自分は即効性のある攻撃力の高い術をしらない。

ティアラが来た事は想定内だったが、それでもどうなっていたことか。

そのうち、砂埃が消える。

立っていたのは二人。

いつの間にか手元に戻ってきていた槍を片手に笑みを浮かべるティアラと、頬と両手に傷を負った清蓮。

まったく攻撃が効いてなかった訳じゃない。が、清蓮は平然としている。

これでは……。

退こう、そうアイリは判断し、言おうとした。


はっきり言ってしまえば、その判断は遅かった。致命的に遅すぎた。

清蓮の元から神楽崎が居なくなってしまった時点で退くべきだったのだ。

彼女の狂気を知らなかったことの致命的な判断ミス。


くるりと、ティアラが敵に背を向ける。

なぜか、胸元が赤かった。

後ろからはまったく見えなかっただけで、両腕に、両足に、裂傷が走っていた。

「ごめん、アイリ……この子、強いわ……」

口元から血が噴きこぼれる。

どうにか、槍を杖にして立っていたのが、崩れる。

「ティアラっ?!」

「だーいじょうぶ……でも、ちょっと待って」

「……馬鹿ね」

清蓮がそう言いながら止めを刺そうと歩み寄る。

「ま、待て!」

「なに」

近づいたアイリに、清蓮は鋭い視線を投げかけた。

「なぜだ。なぜ……こんな事をするんだ!」

「なぜ? どうして? それを貴方達が聞くの?」

「……」

どういうことだ。

怒りを露わにして叫んだ清蓮に疑問を抱く。

アイリは少女の事を知らない。なぜ、その言葉に怒るのかも。

「全部、私から全部奪ったのはお前たちだ! ただ、少し違うからって……父も、母もっ。同じ人間であるにも関わらずに兄も殺された! 弟は……」

一息をつくように、そこまで叫んだ清蓮は少しだけ止まる。

泣きだしそうな顔は人形のように美しい。

その口が、もう一度開かれる。

「だから、これは復讐だ。全部奪ったお前達への」

アイリもテイルも、清蓮の家族を殺した人間じゃない。けれど。それでも。

それでも人間達が憎い。

そう叫ぶ清蓮は、狂気の片りんを見せていた。

それに対して、テイルは目をそむける。

アイリは……目を閉じて、呟いた。

「……そう。その気持ちはわかる」

「黙れ! わかってたまるか! 庇護を約束されて、ぬくぬくと暮らしてきたお前達に!」

「人は、身勝手な生き物だからな……気持ちはわかる」

「っ、五月蝿い。うるさい、煩い!」

人に同情される、わかると言われる。それがたまらなく苦しいとでも言うかのように、清蓮は耳を塞いだ。

「だからって、殺すんですか? 人を殺したからってどうにもならないはずです……」

「どうにもならないさ。でも、自分は満足する」

苦しみなど一切見せずに、微笑んだ。

アイリもテイルも何も言えない。

彼女は自分たちとよく似ていたからだ。

もしも星原に辿り着いていなかったら、もしもあの人達に逢わなかったら……偶然と必然の果ての結果。

彼女とは違えてしまった路。

『もしも』の未来だった。

「うぅ、なんか話が盛り上げってるみたい?」

「っつ、ティアラ?!」

「そうだよー。さっすがに、痛かった」

ひらひらと手を上げてティアラは立ちあがろうとしていた。

「なっ、大丈夫なのか?!」

「だ、いじょうぶ、大丈夫。私、こんな事じゃ死なないから」

立ちあがったティアラは、口元を乱暴ににぬぐうと、いつもよりもうれしそうに笑った。

先ほどの傷が消えて行く。

「さてと、回復もしたし行きますか!」

「なっ――」

回復なんて言っているが、そんなの気休めだ。

確かに裂傷は消えていた。が、胸元の傷が完全に治っていた様子は無い。

そもそも、沢山の血が流れ過ぎている。

それなのに、少女はもう一度、清蓮の元へと走る。

「煩わしい」

一方、清蓮の方は見た目には見えずとも焦っていた。

先ほど、確かに殺した、そう思っていたからだ。

明らかに槍使いの少女の身体を貫いた。致命傷を与えた。

そう思っていたというのに、なぜ少女は立ちあがるのか。

そもそも、あの槍での攻撃が酷く痛む。

まるで呪いのように……。

「まさか、魔槍?」

「ぶっぶー、ソードは魔なる槍なんかじゃありません!」

次こそは。その一心で突撃をしたティアラは清蓮の目の前に辿り着くと薙ぎ払う。

それを阻む水の盾は先ほどよりも強化され、簡単には切り裂かれない。

弾かれた槍。休みもせずにさらに振るう。

が、清蓮は黙っていない。

後ろに巨大な魔法陣が出現する。と、そこから水が溢れ、一つ一つ槍のような、剣のような物に姿を変える。

「さっさと死ね!」

一斉放射。

それを全て薙ぎ払い、落し、反撃に出ようと槍を構え、疑問を覚える。

憎しみの怨嗟と侮蔑の笑み。その目は、ティアラの後ろを見ている。

「ティアラさん、後ろです!」

テイルの声に反応するが、一時遅い。

「かはっ」

後ろに造られていた大きな杭の様な水が、ティアラの身体を貫いた。

それに気づいたのは槍が手から落ちた後。

急激に失われていく血。肺をやられたのか、喘ぐティアラの口からひゅうひゅうと音が漏れる。

が――それも回復していく。

「へぇ、あんた本当に人間なの?」

「ふっふっふ……こうみえても、ティアラは、ちょっと回復量のあるにんげんなのさ……」

「どこまでそんな軽口叩けるか試してみようか」

そう言った清蓮の元に、先ほどとは大きさも力も何もかも違うというのに、それでも迫力を失わない水龍が控えていた。

その姿は麗しく、あまりにも流麗だった。

魔法で創られた生物だと解っていてもなお、その姿には畏れをを抱いてしまう。

「あー、どうしよう。きっついなぁ……ねぇ、ソード(・・・)、交代してくれないかな? さすがに無理そうだわ、これ――了解。さすがに女の子が痛めつけられているのを黙って見ていられるほど、酷い人間じゃないと思ってるからな。ゆっくり休んでくれ、ティアラ(・・・・)

気配が変わった。


目を開けたティアラには、先ほどになかった凶暴さがあった。

「誰だか知らんが、ティアラを殺すって言うんなら、俺の為に死んでくれ」

そう言いながら、槍を構える。

ここまで多くの血を流した。というのにその片りんも見せない。

「へぇ、なんか知らないけど、面白い事になってるじゃん。女の子が痛めつけられているのは嫌なんじゃないの?」

「敵なら別だよ、別嬪さん」

ティアラが、いや、ティアラのはずの少女が、走る。

先ほどまでとは違う動き。いや、同じ型だがその動きの質が違う。

一つ一つに必殺の意志が込められた攻撃。それを魔法で防げないと判断した清蓮は紙一重で避ける。

が、その横で水龍がティアラへと大きなアギトを開いていた。

「っは、そんなもん、効くかよ!」

その大きく開いた口の中に、緑の槍がつっこまれる。

「破裂しろ!」

その言葉と共に水龍の頭が破裂した。

びしゃびしゃと飛び散る。雨のように、降り注ぐ。

「馬鹿ね。つっこむことしか芸がないの?」

その水が蠢いて鎖のように、縄のようにティアラの身体を拘束した。

「っ?!」

そのまま縛りあげられ、身体が宙に浮かぶ。締め付けられた結果、槍を手放してしまう。

その槍を踏みつけて、清蓮は凄絶な笑みを浮かべた。

「そうね、どうしようか……まずは逃げられない様にその足をもいでみようか」

足元を拘束していた水が刃物のような鋭さを持ち、足を傷つけて行く。

「その次は動けないように其の手を潰して」

手首から血が落ちる。

水が赤く染められていく。

「それでも生きてるようならその首を」

清蓮の手元に刃物のような形をした水が現れる。

「くっ、おま、え……っ!!」

そして。

「撥ね飛ばして終おう」

その首を、引き裂こうとした。


「ごめんなさいね、ちょっと待って。この子達を殺すのだけは、ちょっといただけないわ」


橙がかった金髪に翡翠の瞳のエルフの女性が、微笑んでいた。

「どうも、セレスティンさん。私はフィーユ。アーヴェの始まりのジョーカーをやらせていただいていますの。っと、あなたは先日の……」

水が消えて行く。

魔法で造られた水がそう簡単に消えるはずが無い、というのにいとも簡単に。

白い煙となり、蒸発していく。

「っ……」

どんな魔法を使っているのか、それが解らない。

普通なら詠唱をするはずの魔法を詠唱破棄を行っているのだ。

清蓮もまた詠唱破棄を行っているが、それは一番得意であり、一番慣れ親しみ加護をもうける水属性の魔法のみのはなしだ。

しかし、彼女は全ての魔法を詠唱破棄をして行う。

普通なら詠唱の言葉や魔法陣でなんの属性、どのような魔法を使うのか分かるのだが、なんの魔法を使うかもわからず、どんな攻撃をして来るのかもわからない。その優位性と天性の才能から現代最高峰の魔女と呼ばれていた――魔女フィーユ。

「退いてもらえないかしら?」

「……」

最高峰の魔女を相手取って戦うほど、清蓮は強くない。そう、彼女自身、前回の戦いで分かっていた。

そもそも、フィーユというエルフは遥か昔……アーヴェの創設当初からの創設者の一人。そして、ある戦いの結末を知る数少ない希少な人物なのだ。

彼女と相対することは今回禁止されている。

ちらりとティアラを見て、アイリとテイルを見て、清蓮は踵を返して歩き出した。




その後の事は、偶然だった。

必然、だったのかもしれない。


清蓮はティアラ達の元に向かっていたアルトとたまたま、巡り合った。


「っ、おまえ」

「……?」

なぜここに彼女がいるのか。驚愕する清蓮と、誰なのか知らず、呆けた顔で清蓮をまじまじと見つめるアルト。

水によって破壊された寂しい町並みで、視線が交錯する。

それが、二人の出逢い。いや、もう、何もかも変ってしまった二人の、再会だった。


「……ずるい。あなたは何も失わないで、なにも奪われないで」

ぽつりと呟かれた言葉に、アルトは顔をこわばらせた。

「あなたは大切な人を失ったの?」

「……」

その沈黙は肯定。

それに気づいたアルトは再び問いかける。

「だから、こんな事をするの?」

「そうだよ」

答えた清蓮の声は震えていた。

「なんでそんなことを……わからないよ」

アルトには解らなかった。

大切な人が目の前で居なくなってしまったことがある。けれど、だからと言って解らなかった。

「解って欲しくない」

「そうじゃない。大切な人がいなくなったら哀しいけど、だからって……だからってこんなことする意味がわからない!」

「復讐の為に決まってるでしょ! 貴方だって、大切な人を失ったのなら一度は考えたはずっ」

「なんで? 復讐してどうなるの? 死んだ人はそんな事を願うと思う? 自分が満足したとしても虚しいだけ。最悪だよ」

それは、過去に言われた言葉だ。

千引玻璃と初めて会った日に、怒られて、言われた言葉。

それがあの時も、そして今もアルトの支えになっていたから。

「偽善者っ……そんなこと、ない」

「偽善者でもいい。誰かに復讐をして、死んだ人にその理由を押し付けた時点で、偽善者と呼ばれる以上に酷いことしてるから」

「それでも、それでもこうして復讐を唄ってないと気が済まないの!! ……きっと、あんたとは絶対に一生相容れないのでしょうね」

吐き捨てながら、清蓮はアルトの前を去って行った。

「そんなことないよ」

もしも、こんな時代で、こんな場所で、立場も過去も違っていたら。


少女の後ろ姿をアルトは無言で見送る。

その出遭いに意味は無かった。これから先の物語になにも関係なかった。

アルトの言葉に、清蓮は動かなかったから。

もしも……もしも変わっていたら。



「あっ、てぃあらー。ねーさっきの子って誰? って、みんなどうしたの?!」

「アルト……無事だったのか」

「……大層なことを言ってたわりに誰だったのか全然わかって無かったんだ……ある意味アルトって大物?」

「そんな事言ってないで、ティアラさん大丈夫なんですか?!」

アイリ達の元に駆け寄ったアルトに、フィーユは少しだけ目を見張る。

そして、微笑んだ。

「あの人と、そっくりなことを言うんですね……やっぱり、血は争えないということかもしれないわね……」

見上げた空には厚い雲が浮かび、日の光は崩壊した町に降り注がない。

そんな中で、子ども達は無事を喜ぶ。

「……シエルさん……貴方はあの結末をどうしたかったんですか?」

彼等はまだ知らない。

おそらく、これから始まる物語の再開を。

ジョーカー、フィーユ・ユウ(・・)・レティーシャは彼等を優しく見守っていた。





語られた物語には何時だって、語られなかった物語がある。


語られた物語の全てが真実であるのか、虚実であるのか、残された物語を聞くことしか出来ない彼等は信じ、疑うことで真実をみつけることしか出来ない。







「たっだいまー」

「いえーい、帰還したぜー!」

一旦フィーユとともに本部に連れて行かれ、取り調べが終わった後、アルト達は皇の館に戻ってきていた。

扉の部屋から出てきた四人。元気なのはアルトとぶかぶかのコートを羽織ったティアラだけで、アイリとテイルは無言。

そして、待ちかまえるラピスと守の額には筋が浮き、角が生えている。ような気がした。

「さて、アルト、ティアラ、言いわけは考えているのかしら?」

「ふぇ?」

「……ぎぃやあぁっ! ごめんなさーい!」

首をかしげるアルト。その横のティアラは震えあがると逃亡を図った。

がしかし、ここは袋小路。すぐに捕まるのは明白。

「くっ、こうなったら……四十六計逃げるしかないっ!」

「いや、逃げる場所はありませんから。大人しく捕まりなさい」

容赦のない守の制裁チョップ。それを紙一重で白羽取りする。

「それで、そのあり様は一体何なんですか、ティアラ」

「え? なにが?」

「服」

ぶかぶかの、しかも見たことの無いコートを指しながら守は常時不機嫌な顔をさらにしかめていた。

「あぁー。うん、ちょっと切り刻まれちゃって。そしたらさ、貸して……」

「切り刻まれたっ?! ……貴方はいつもいつもこう、面倒事ばかり……あぁっ、もうっ、さっさときなさい!」

「きゃー、かどわかされるー。助けてアルト!」

「うん、むり!」

「ひぎゃああああっ!」

マンドラゴラの鳴き声のような断末魔を上げながら、ティアラは守に引きずられていった。

アルトはそれに手を振りながら見送る。

長い廊下から二人の影が見えなくなった後も、その声は聞こえていた。

「さて、アルト」

「えっと、なに? らぴすさん」

「あとで私の部屋に来なさいあと、アイリとテイルも」

「かしこまりっ!」

「了解した」

「は、はい」

そう言うと、先に行った守とティアラを追うように、ラピスは部屋へと向かった。

その横を見知った少年が駆けて擦れ違う。

「アルト!」

「あっ、はり! やっほー、ただいまー」

「お前っ、何やってたんだ!」

「え?」

いきなり両腕を掴むと、玻璃はアルトの顔を覗き込んだ。

そこには焦りと恐怖が見え隠れしている。

なんでこんなに切羽詰まった様子なのか。

「はり?」

なぜなのか気づかないアルトにアイリはため息をつく。

「アルト、謝っておいたほうがいいぞ」

「え?」

「まったくですよ。ティアラに巻き込まれたとはいえ、勝手に僕達について来て、しかも戦いに巻き込まれましたし……」

テイルがアイリと共に頷いた。

「お、お前がセレスティンと遭遇したって聞いて、ど、どんだけ心配……したかっ」

「えっと、ごめん」

「お前は……危険な事に巻き込まれるなら、俺の近くで巻き込まれろっ!!」

「うーん。むり」

「なっ」

「だって、いつも一緒に居られないもん」

「そ、それはそうだけど、そのだな……」

天然にやりこまれてしまったような。

口ごもる玻璃に、それを微笑ましい物を見るように眺めていたアイリは横を向いてふき、テイルはそっと落ち込む玻璃の背中を叩いていた。

「あ、そうそう、はりに言いたいことあったの」

「……なんだ?」

「えっとね……」

一瞬の出来事で、それを見ていたアイリとテイルは突然のことで良く解っていなかった。

玻璃もまた、その行動に不意をつかれて固まっていた。

「ありがと。じゃあねー」

抱きつかれて、顔を真っ赤にした玻璃は、去っていくアルトの後ろ姿を目で追うことしか出来なかった。

「すごい物を見てしまった気がする」

「でも、アルトさんの事ですから、ただの天然なんでしょうけど……」

その行動はアルトにとっては普通の事で、玻璃にとっては酷く動揺する物だったようだ。

「あいつ……不意を突きやがって……そんな……い、いきなり、驚くだろうがよ……」










少女にとって、音川アルトと言う存在は……平和だったあの頃を象徴している存在だった。


アルトは覚えていなかったらしい。が、彼女は覚えている。

ボロボロになって、自分が世界で一番不幸だなんて顔をしていた少女は、弟と笑っていた。

とても、楽しそうに。


兄と弟……そして自分。三人で巡った世界の旅路。


とても、幸せだった。


だから、それを奪った彼等が許せなかった。


なんで? どうして?

理不尽すぎるあの虐殺劇は、少女にあまりにも深い傷跡を残していた。



セレスティンの本部に戻ってきた清蓮はすぐにプルートの元へと向かった。

自分の唯一人の上司だ。

今回は彼に言われた為に神楽崎と一緒に行動していただけ。ほんの数時間だから我慢していただけ。

「プルート……」

「おかえり、清蓮」

戻ってきた清蓮を。プルートは微笑んで迎える。

先に先客がいたらしい。

彼は清蓮を見ると思いっきり嫌な顔をした。

「おいプルート……二度と俺を子守にすんなよ。うるさくてかなわねぇ」

「こっちこそ、願い下げ」

「まあまあ……二人は仲が悪いな」

苦笑しながら言うプルートに、少女はぷいとそっぽを向いて外へ出て行ってしまう。

「それで、神楽崎。彼女は使えそうかな?」

「まあまあだな。癖が強すぎる。俺の言う事なんざ一言も聞きゃしねぇ」

「彼女の人間嫌いは相当だからね」

「あんなのといっしょになんて行動出来ねぇよ」

そういって出て行く神楽崎に、プルートは目を細めて見送る。

残ったプルートはほの暗い笑みを浮かべた。

「そうか……それなら、少しぐらいは使えそうか……夜神清蓮」


彼の後ろで、影が蠢く。



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