00-00-01 少女は何処に行くのか
「起きろ、アルト!!」
「ひゃうっ!」
ななな、なに?!
布団を引っぺがされた私――音川アルトは、その犯人を睨んだ。
「ちょっと、はり! 人がせっかく気持ちよく眠ってるところを……!」
「ったく。いつまで寝るつもりだ。もう朝だ」
黒髪に黒眼。けっこう背の低いアルトには羨ましい身長の持ち主である少年。友人の、千引玻璃だった。
アルトの家に居候している彼は、おもむろに横にあるふすまを開けてきた。
「きゃああっ、目が、目があぁ!!」
朝の光が、す、素晴らしい角度で顔に!!
夏も終盤の葉月の日差しは、かなり眩しい。
「寝坊。朝ごはんすぐ出来るから、さっさと着替えろ」
思わず布団の上で悶絶するアルトに、苦笑しながら玻璃は言う。
「ほんとっ?!」
音川家の朝食は、いつも玻璃が作っていた。
ちなみに、アルトの料理に関しては、家族会議で禁止令がでていた。つまりは、まあそういうことである。
「すぐ着替える!」
早速着替え始めようとするアルトに、玻璃が慌てた。
「って、ばか!! オレの前で着替えんなよ!!」
「へ? あ、まだいたの?」
「あのなぁ……お前、本当に十六か?」
「今度の霜月には十七です!」
その返答に、玻璃はため息をつきながら言う。
「世の中って、ほんと不思議なことが多いよな……」
「はりだって人のこと言えないでしょ?」
「オレはいいの」
そんないつもの朝に、玻璃は部屋から出ながら微笑んだ。
魔法が平然と存在する世界、フィーア。
中央大陸にある大和国、その中でも首都から遠く離れた地にある流留歌の町。
そこに音川アルトは住んでいた。
代々続く流留歌の名家、音川家の長女として。
玻璃は、二年前にアルトの母が拾ってきた少年だった。
詳しい事は知らないが、前はどっかのなんでも屋で働いていたらしいが、家の事情でやめることになって放浪していたらしい。
それ以来、ずっと音川家に居候をしていた。
「あ、そうそう。スバルさんが頼みごとあるって」
閉じられた障子の向こうで、玻璃が話しかけてきた。
「お兄ちゃんが?」
アルトには兄が二人いる。
スバルともう一人、ヒイラ。
しかし、ヒイラはずいぶん前に家出をしていて、どこにいるのか分からない。
スバルのほうが方々を探しまわっているらしいが、まったく見つからないらしい。
「白峰さんに用があるからって」
「しろちゃんに? わかった」
アルトはいそいで着替えると、家族の待つ食卓に向かった。
「これは?」
朝食を終えると、スバルは一通の手紙を出してきた。
「母さんからの手紙」
アルトとよく似た栗色の髪に、それと同色の瞳。二十を超えるはずなのに、童顔でいまだに十八ぐらいと間違われるらしいアルトの兄、スバル。
現在、町の役所で働いているアルトの自慢の兄だ。
「え、お母さんから?!」
実は、アルトの母は今この家にいない。
どこにいるのか父も兄も知らない。
ただ、世界一周旅行を一人で決行している。らしい。時々帰って来てはおみあげと称して玻璃を連れてきたり問題ごとを持ってきたりしている。
なんだかんだいって無理難題を吹っ掛けて来るが、唯一の女の子で末っ子と言うこともあり、アルトには甘い母親だった。
「白峰様にみたいでな。頼めるか?」
「うん、わかった! じゃあ、はり、いこっ!」
「え、オレも?」
「えー、行かないの?」
ひどーい。
そう言ってアルトが頬を膨らませる。
「わかった、わかった。行きゃいいんだろ?」
ため息をつきながらも、頷く。玻璃もまた、アルトには甘いのだ。
そんな様子をほほえましいとばかりに見つめながら微笑むスバルは、笑っているのだが空気が張り詰めている。
「ちょっと用意してくるね!」
「了解、外で待ってる」
部屋の外に飛び出すアルトを見送ると、玻璃はスバルを見た。
微笑むスバルは、ただ一言だけいう。
「妹はあげませんよ」
恐ろしいほど研ぎ澄まされた空気に、玻璃はほおをひきつらせながら顔をそむけた。
「ナ、ナンノコトデショウ?」
「いえ。なんでもありませんよ?」
「……」
いや、絶対あるだろ。そう心の中でつっこみつつ、玻璃はいやな汗をかきながらぎこちない動作で部屋を出て行った。
流留歌の町には、白峰という土地神がいる。
正確には白峰山という山の麓に流留歌の町があり、その山の土地神が白峰の神である。
その白峰様には二つの家の巫女が仕えている。
それが音川家と日野家。
アルトは白峰様に仕える巫女である。
出かける用意が済むと、アルトと玻璃は庭にでる。
昔から流留歌に存在する名家だけあって、音川家の庭はかなり広い。
遡れば、昔話や童話でも語られるような有名な嵐の巫女、紅夜月の子孫だと言われている。
「じゃあ、風呼ぶよ?」
「おう」
この世界は、魔法で溢れている。
アルトの周りで風が舞う。
アルトは風術師。風を操ることができるのだ。
同時に、風の愛し児でもある。
『愛し児』
それは、それは精霊や妖精たちに愛される体質の人のこと。
どんな時でも精霊や妖精たちから加護が与えられる。
風の『愛し児』であるアルトは、風の精霊や妖精たちに愛され、現在のアルトの実力ではできないような風術が使えるのだ。
風を起こすと、精霊達が嬉しそうに集まってくる。
半透明で人のような姿を持つ者や、小さな羽を持つ小さな影、蝶や鳥の姿をした者……様々な精霊達が音川家の庭に集まっていた。
「お願い、いつもみたいに白峰の山頂まで送って」
小さな笑う声や言葉にならない囁きと共に、暴風が巻き起こる。
気づくと、白峰山の頂上近くの開けた場所にいた。
ちょっとした広場のようになっていて、その周りには木々が鬱蒼と生い茂っている。
そんな中、木々の間から木造の家が見えた。
「ったく、いつもながらなんてむちゃくちゃな魔法……」
「魔法じゃないよ。精霊さん達に送ってもらっただけだもん。あ、ありがとう、みんな」
集まり、ここまでついて来ていた精霊達に、アルトはお礼を言うと彼等は何処かへ姿を消す。
それを見送ったアルトと玻璃は、馴れた足取りでその家に向かった。