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騙る世界のフィリアリア  作者: 絢無晴蘿
第一章 -日常-
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01-03-02 此処が辿り着いた場所


「てめえは、オレを、殺す気かあぁあぁぁ!」



静かな皇の館に、カリスの絶叫が響いた。

元気なやっちゃたなぁ。

でもまぁ、人生は短し、元気に過ごすのはいいことよ。

真っ赤になって怒りの声を上げるカリスの様子を笑いながら、さらに油を注ぐ。

「そんなぁっ、殺す気はないよ。殺る気で追いかけたけどー」

「てめぇええ」

半眼になって地獄の底から響くような声を上げる。

そんなカリスの服は一部、破れていた。

私の投げた物――愛用の槍にぎりぎりで回避したらしく、かすった痕だったりしなかったり。

その槍はと言うと、カリスの真横の壁に刺さっている。

ほんと、なげちゃった私も吃驚。よく避けられたなー、カリス。

「あ、そうだ。お詫びに拍手してあげる。おめでとう、よく避けられたね!」

「……ぜんっぜん反省してねぇな。一回、本気で殺りあうか」

懐に手をつっこみ、数枚の札を取り出し臨戦態勢になるカリスに向かって、廊下の壁に刺さったまんまの槍を引っこ抜いて、そのまま構える。

「望む所よ!」

「望むのかよっ」

「楽しい事を探し求めて三千里。さあ、しあおうじゃないか」

「開き直るんじゃねぇ!!」

そう言いつつも、カリスはみせかけの臨戦態勢を解いていた。

まったく、有言実行すれば良いのに。

「……で、なんの話してたんだ?」

「んー、なんでティアラちゃんが星原に来たのかとかとか。ねー、アルト」

「うん」

にこにこしているアルトと一緒になって笑っていると、あきれ顔なカリスが余計なひと言を言う。

「それはまた、怖いもの知らずだな」

「ほぇ?」

「カリスー、別にいいじゃん。どうせ、今ここにいるのは私たちだけなんだし」

「だからこそ、言っといた方が良いだろ。藪をつついてなんとやら。そういうのはあんまり、みたくねぇし」

「そうだけど……」

話について行けないアルトが、一人首をかしげながらこちらの会話を聞いていた。

「まあさ、てぃあらもかりすもこんな所でなんだし、談話室にでもいこうよ」

「あ、そうだねー。……このままここにいると、壁に穴を開けたことばれちゃうし」

アルト達にばれないように、後半のセリフは小さな声で呟いた。

この前もやっちゃって、ラピス達に怒られたばっかりだ。

「アルト、ナイス!」

「うん?」

やっぱり首をかしげるアルトと共に、証拠隠滅の為にも嫌がるカリスの服をつまんで談話室へと向かった。







「ここでさっき見たいな話題は……すんなよ?」

談話室には誰もいなかった。

それを良いことに、嫌がってたわりに饒舌なカリスはアルトに話し始める。

案の定、アルトはぽややん顔で頭上にハテナを浮かべていた。

「うん? なんで?」

ま、当然の反応でしょ。

「ここは……お前がどう思ってるか知らねぇが、ここはどうにもならなくなったどうしようもない奴らが、最後に辿り着くような場所だ」

「……カリス」

顔が、歪む。


どうにもならなくなった、どうしようもない奴。

その言葉が、思った以上に胸を抉る。

それが、私の現状を的確に表しすぎて。

どうにもならなくなって、他力本願して、カミサマなんかに祈っちゃったりして……ここに辿り着いた。


「かりすも?」

不思議そうにアルトは尋ねる。

「まさか。俺は、ほんとにくだらねぇ理由で家出してきただけだ」

ぶっきらぼうにそう言うけど、星原に来て、すでに五年くらいは経ってるはずだ。

なんで家出をしたのか知らない。カリスは言うつもりが無いし、私も聞くつもりがないから。

それは、星原の暗黙のルールなのだ。


詮索しない。

その代わり、こっちのことも詮索するな。


必要以上に語らない。

だから、そっちも語らなくていい。


誰にも言えない理由の持ち主同士だからこそ、そんなルールがいつの間にかあった。


「ただ、天涯孤独のやつもいれば、死にかけていたのを拾われた奴もいる。追われて、ここに逃げ込んできた奴もいれば、ここでしか存在しないことにされてちまった奴もいる。ここは、そんな奴等のたまり場なんだよ」

「……」

「俺みたいな家出人とか結構いるらしいけど、お前みたいに親から言われて来たなんてのは少数派」

カリスはそんな事を笑いながら言う。

アルトは、考え込んでいるのか無言でカリスの話を聞いていた。

「ここで、他者の過去に口出し厳禁……わかったか?」

「ん……」

一瞬の沈黙。

そして、アルトは口を開く。

「じゃあ……ひいらお兄ちゃんとおんなじなんだ……」

「は?」

「え、なにが?」

めずらしく考えこんでると思ったら……。

「え、かりすって家出したんでしょ? じゃあ、ひいらお兄ちゃんと一緒だね!」

「いや、俺の話聞いてたっ?」

「むむっ。きちんと聞いてたよ!」

「……まじか」

ぷっくりと頬を膨らませるアルトに、どこか遠いところを見ているカリス。

おつかれー。

「ガンバレー」

「おー、がんばるわー」

棒読みでエールを送ると、棒読みで返答が返って来た。

アイリによくいじられてるのは見てたけど、こういうのも面白いな。


そういえば、この面子だけでこんな話をするのは初めてだ。

アルトの周りには、大抵玻璃がうろちょろしてたし。

何のつもりか知らないけど、まったくじゃまったらありゃしない。そんなにアルトの事が心配なら、告白でもなんでもしてつきあっちゃえばいいのに。

「かりす? てぃあら? どうしたの?」

「ん? あぁ、そういえば、お兄ちゃんがいるとか言ってたよねー」

さっきの事を思い出して、さっさと暗い話題を変えることにする。

「あ、うん」

「つか、お前兄貴とかいたんだ」

「いるよ、二人! えと、一番上のひいらお兄ちゃんと二番目のお兄ちゃんのすばるお兄ちゃん。家出しちゃったのが、ひいらお兄ちゃん」

「へー。一番上の兄貴が家出か。すげぇなー」

「すごいでしょー」

なぜか得意げのアルト。

とりあえず、それは誇れることじゃないと思う。

それと、カリスのすごいは、違う意味のすごいだと思う。

「でも、アルトの家も面白そうな話とかあるみたいだねっ。で、どうしてお兄さんは家出したのさ」

「さぁ? どうしてなんだろね?」

「知らねぇのかよ」

「だってー……もう何年も前に家出しちゃったんだもん。それに、そのときわたしは家にいなかったし」

「へー、いろいろあるんだねー」

アルトの家も、いろいろあるらしい。

まあ、あのシルフの家族なんだから、いろいろすごいんだと思うけど。

と、気づくとカリスが脇で考えこんでいた。まったく似合わない。

「……ヒイラ、か」

「なにカリス、知ってるの? あと、カリスが考え込むとか、なんかいやだ」

「いや、どっかで聞いた気が……。って、なんでだよ?!」


まあ、とりあえず暗い事は忘れて、この時間を楽しむことにしよう。

最期に辿り着いたこの場所で、楽しくいきたいから。


「失礼します」

声が、私達の会話を――遮った。

「あ……」

「ん?」

「ほぇ?」

談話室の扉が開くと、いつもなら絶対来ないはずのあの人。

「うげ、ま、守……さん」

草薙(くさなぎ)(まもる)。このすめらぎの館を牛耳っているうちの一人

私の……天敵っ。

「どうも、ティアラさん。……カリス君と共に、来てください」

彼は、にこにこしている。

後ろに黒い焔が見えるのはきっと気のせいだ。

だって、笑っているのだもの。

「理由は、解っていますね?」

「はーい……」

「お、う……」


満面の笑みで手を振るアルトに見送られ、私とカリスは死地へ向かうことになった。










「あーあ、馬鹿だよねー」

誰も居ない自室で、そう漏らす。

それが、どれに対するものなのか自分でもよくわからない。


あの後、さっきの廊下でのことがばれて、カリスと一緒に陸夜と守に散々怒られた。

ようやく部屋に戻った時には、すでに日が暮れ。もう、夜空が広がり始めている。

「ここに来た、理由か」

窓からそれを見つめながら、呟く。

思い出すのは、あの時の会話。

「……もう、終わりが近いのかな」

楽しかったのに。


音川アルト。

彼女はきっと警告だ。

音川シルフからの言葉の無い警告。

何かが起こる、前兆。


「解ってるよ。私は、それを見守るだけ。なにも手出しはしない。それが、約束だからね」

自分自身に言い聞かせるようにそう言うと、愛用の群青の槍を抱く。そして、近くにあった椅子に腰かけて改めて外を見た。

暗い。そんな中、裏庭にある巨木が微かに見える。

たしか、アルトの故郷である大和国あたりで有名な木だった気がするけど、名前……忘れちゃった。


その根元で誰かが立っているのが見えた。

たぶんマコトとかだろう。

あそこによく居るのは、マコトと出流だ。マコトがよく昼寝をしている場所。

出流は……いつも何をしているんだろう。


と、そこで気づく。


確か、マコトは図書室にいたはずだ。

そこで話し合いをしている陸夜を待ってるとか何とか言ってたはず。

じゃあ、あの人影は――。

「あれ?」

その、誰かが動く。

まるで、眺めている私に気づいたように。

思わず身をひそめて隠れようとする私の眼下で、どの誰かはこちらを見た。

血の気が引く。

気のせいだ。見たように見えただけ、気のせい……。

そして、一瞬にして姿を消した。

どこに行ったのか、まったく見えなかった。まるで、そこに元から誰もいなかったように。


消えた。


「今のは……」

まさか、幽霊?

「ははっ、まっさかねー……」

うん、ありえない。

幽霊なんて……皇の館にい、いない。

「あはは、振り返ったのも偶然、ぐうぜ……」


ぽん


肩を叩かれた。


「きゃああぁあっ!?」


「ティ、ティアラさんっ?! す、すみません!!」

「え? あ? え?」

振り返ると、いたのは幽霊。ではなくテイル。

「返事が無かったので、入らせていただきましたが……す、すみません」

「……て」

一瞬、幽霊だとかなんだとか思った……。

いやいや、さっき幽霊なんていないって言ったばかりでしょ。

心の中での一人つっこみ。それとか悲鳴を上げた事とか、なんか全部が恥ずかしくて、頬が熱くなって真っ赤になっていくのが解る。それが、皿に恥ずかしい。

「そ、その、ノックしたんですけど、何か考え事をしていたようなので……」

「……て、テイルのばかぁ! 乙女の部屋に、一生入るなああっ!!」

「えぇっ? あ、あの、ほんと、すみませんっ?!」

「テイル、謝らなくていいぞ。こいつは理不尽の塊、第二号だから……」

「うっさあぁいっ!」

後ろから来たカリスに、持っていた物を投げつけた。

ところで、第二号って事は、第一号はアイリか。こんど言っておこう。








///







「……集まったわね」

ぐるり、と少女――ラピスは小さな会議室を見まわした。

「といっても、こんだけですけどね」

陸夜の軽い言葉に、隣に座っていた青年が無言で睨む。

「それで、なにがあったんですか? マコトを待たせてるんで、早く終わらせてもらえると嬉しいんですが」

部屋にいるのはラピスと陸夜、そして青年――草薙(くさなぎ)(まもる)と他数人の星原に以前から居る古参の者たちだけ。支部長を呼び寄せようとしたが、時間の関係上彼らだけになってしまった。

そんな中、陸夜の言葉にラピスは困った顔をして、守は陸夜を睨みつける。

「そうね……簡単に説明すると、紫の悪魔が現れたらしいわ」

「……は? なんで……死んだんじゃ」

「一般的にそう言われていますが、その根拠は未だ見つかっていません。その話は、ただの噂だと思われます」

陸夜の話を遮り、険しい顔のまま守はそう説明する。

同時に、ざわめきが起こる。

「そんな、紫の悪魔と言えば……あの……」

「……アーヴェ・ルゥ・シェランを殺そうとした」

「どういうことだ、守」

「言葉の通りですリクヤ。あの暗殺者は生きていたという事です」

守は陸夜と周囲に向かって言紡ぐ。

「シェランを唯一追い詰めた暗殺者が、生きていた……でも、だとしても、なんで今……今さらそいつが現れたんですか」

「解らないわ……ただ、疑問もある。本当に彼は紫の悪魔なのか。こっちで素顔を知っているのは、シェラン様ぐらいだから」

陸夜の問いに、ラピスは苦々しそうに答える。

「……それに、シェラン様は何も言わなかったから」

なぜ、シェランは自らを殺しに来たはずの暗殺者の事を庇うのか。

それとも、顔を見ていなかったのか。

何も言わない『彼女』の事を思い出し、ラピスは見かけに似合わないため息をついた。






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