01-03-01 此処が辿り着いた場所
はてさて。
なぜ、こんな事になってしまったんでしょうか。
目の前に広がる地下湖で対峙しているのは、水の大精霊さんとクラオさん(自称神様)。
「なによぉっ。この前うるに聞いたんだからね! 女の子達に鼻の下伸ばしてデレデレしてたって」
「あのバカ龍……。わいはそないなことしとらんわ!」
「ウソツキ!」
「しとらんと言っとるやろ!!」
「お二人とも、やめてくださいっ!!」
何度目か分からない制止の声に、彼等は完全無視です。
絶対聞こえていますよね、クラオさん。いま、こっち見ましたよね。
「がんばれー、マナちゃーん!」
隣では、のんきに、しかも楽しそうに喧嘩をあおっているティアラさん。
マナちゃんとは、水の大精霊さんの名前です。
確か、本名はもうちょっと長いのですが、ティアラさんは面倒なのでこう呼んでいるようです。愛称で呼ぶほど仲が良いという事でもあるのですが。
「よーし、がんばっちゃう」
「ぎったぎたにしちゃえー!」
「ぎったぎたのけちょんけちょんにしちゃうよぉ!!」
「……ティ、ティアラ、さん」
な、なにあおりまくっているんですか。
神様と大精霊さんの攻防戦であたりは酷いありさまです。
ところで水の大精霊さん。今、僕の横にいるティアラさんの声が聞こえてましたよね……。
それにしても、大人げない。
「……テイル」
なぜか、クラオさんが控えめに呼んできます。
「な、なんですか、クラオさん」
「こっちの応援は?」
「なんで応援しなくちゃいけないんですかっ!!」
こちらはこの騒動を止めに来たんですよっ?!
ティアラさんはあれですけど、さすがに応援なんてしませんからっ。
しゅんとするクラオさんに思わず怯みながら、ティアラさんを引っ張ります。
「ティアラさんっ、もう、しゃきっとして下さい! 私たちは何をしに来たんですか?!」
「観光」
間髪いれずに言いましたね。
「……違います」
「じょ、冗談だよー。てことで、マナちゃんもクラオさまもそろそろ痴話げんかを止めて欲しいんだよね~」
そうです。
今回ここに来たのは他でもありません、かれらのよくわからない痴話げんかとやらの仲裁の為です。
因みに、これと同じような依頼が、ここ数年の間に何十件も来ました。
そのたびに、私が来ています。……そのたびに、被害をこうむっています。
この方々、何度繰り返せば気が済むのでしょうか。
「痴話げんかじゃないわ!」
そんな事を考えていると、横から水の大精霊さんが口をはさんできやがります。
「聞いている限り痴話げんかですよ」
「う、うっさい! それに、今回は仲裁に来たわけじゃないの。それよりも、もっと重要な依頼があるのよ!」
「んなら、わいにつっかかるな!」
「あんたが変な事してるからよぉ!」
……。
「お前に関係ないやろ」
「なんですってぇっ?!」
…………。
「なんや、やるかっ?!」
「やってやろうじゃないのよ」
………………っ。
「貴様ら、黙りなさい! 話が進みませんからっ!!」
そろそろ、ちょっとどうにかして下さい。
さすがに怒りますよ。
としていると、なぜか水の大精霊さんとクラオさんが吃驚していました。
まあ、なにはともかく黙ってくれたので良かったです。これで話が進みます。
「で、なんなんですか?」
「……精霊探しよ」
「せいれい、探し……ですか?」
「マナちゃんが、精霊探し?」
大精霊である彼女が精霊を探す?
ティアラさんも首をかしげます。
大精霊とは精霊の中でも特異な精霊の事です。
精霊達を束ねる王に命を受けた数名の精霊、とも言われています。
それだけ、力を持った精霊が、同じ精霊を探すことを人に頼むとは……一体何なんでしょうか?
「最近、姿を見せなくなっちゃって、探しているのよ」
「へー、マナちゃん、その精霊の名前は?」
「ティルク……ティルクスノート」
ティルクスノートさんですか。
いや、聞いたことないですね。一体どんな精霊なんでしょうか。
名前だけで探すなど、到底無理です。そもそも、精霊達が探しても見つからないのに、人間が探してもどうにもならない気がするのですが、まあ依頼ですからしょうがありません。
「なんの精霊なんですか?」
探すのならば、どんな精霊なのかもう少し詳しく聞かなければ。
水の大精霊である彼女はその呼び名の通り水の精霊です。
では、ティルクスノートさんは?
そう問うと、水の大精霊さんは苦々しそうに言いました。
「言の葉を司る精霊……音の、大精霊よ」
精霊を束ねる絶対の王。
全てを知らず、全てを見守る二代目精霊王。
その精霊王の元に集うは九人の精霊。
彼等は大精霊と呼ばれていた。
精霊王が姿を消した後、彼の代わりに精霊達を束ね、今も彼の帰還を待つ者達。
「なぜ……」
なぜ、大精霊ほどの精霊が、姿を消して……?
「マナちゃん、どれくらい前から居ないの?」
先ほどまでの明るさはどこに置いて来たのか、張りつめた様子のティアラさんが聞きました。
「んー、ざっと五百年前?」
「……」
「……なーるほどー」
無言の僕の横で、ティアラさんが笑ってました。
そうでした。すみません。
精霊である彼女とこちらの時間の間隔を見誤っていました。
すみませんでした。
はい。
「五百年前にいなくなった精霊を、どうやって探せとっ?!」
「えー……根性?」
根性だけで精霊探しは出来ません。
ティアラさんと私が皇の館に戻ってくると、丁度アルトさん達が帰ってくるところでした。
「あー、アルトどっか行って来たのーっ?!」
「うん。しえらるって場所行ってきたの」
「シエラルかー。天音ちゃん元気だった?」
「うん。元気そうだったよ。てぃあら、知ってんの?」
「知ってるよ。だって、シエラル支部で働いてたことあるし」
「そうなのっ?!」
ああ、女の子同士でお話に花が咲いてしまったようです。
「ティ、ティアラさーん?」
えっと、この後ラピスさんに報告に行きたいのですが。
「あ、テイル。がんばれ!」
「……え」
あのー、ティアラさん? ティアラ・サリッサさん?
その手は何ですか?
グッジョブ? いやいや、どうして後ろさがって行くんですか?
なんか、きらきらした目でこちらを見ないでくださ――「ではっ!」
「……ティアラさん」
止める前に、行ってしまいました。
出しかけた手が行き場を失って、中を漂います。
ラピスさんに会うのが面倒だからって……はぁ、しょうがないですね。
ティアラさんは何かとラピスさんに会うのを嫌がるので。
よくは知りませんが、ラピスさんが苦手らしいです。
「まったく……」
これ以上言っても仕方ありません。
しょうがないのでラピスさんの元へ報告に行きますか。
///
いつもの日常。
それに飽きてちょっとした変化が欲しいと思いながらも、このまま続いて欲しいと願っている。
……矛盾。
どうしようもない矛盾だと、自分でも分かっている。
もしも変化が起こるとしたら、それは……きっとこの優しすぎる場所が壊れた時だから。
必死に取り繕っていた嘘が、表面化した時。
本当の姿を見せた時。
だから……だから、このまま続いてほしいと思っている。
私ならともかく、彼らには……ここしかないから。
「ねね、そういえばさ、てぃあらってどうして星原で住み込みで働いてるの?」
「え?」
聞いて来たアルトは、無邪気そのものだった。
廊下には私とアルトしかいない。逆にいなくてよかった。
テイルはラピスに報告しに行ってるし、マコトはアルトの話じゃやっぱりラピスの所のはずだ。アイリスと出流もどっか行ってるはずだし。
あの人達がいないところで聞かれて良かった。
こちらの心配なんて知ることもなく、アルトはこっちの返答を待っている。
「えーっと、アルトは?」
「んっと、お母さんが行ってこいって」
「それはまた……」
すごいな。最近は物騒なのに、わざわざ星原なんかに娘を送るなんて。
まあ、あのシルフさんのことだからなんかしら考えがあってだろうけど。
「ほんと、見ていて飽きないなぁー」
「??」
訳が分からず首を傾けるアルトの頭をくしゃくしゃとぐちゃぐちゃにしながら、笑った。
シルフさんはいつもこちらの斜め上の事をする。ほんと、飽きないし面白い。
どんな考えでアルトをこんな場所に送ったんだろう。
何を起こすつもりなんだろう。いや……何が起こるんだろう。
考えているだけでわくわくする。
いつもの日常の変化。それが楽しみで、同時に恐い。
私の役目が終わる日は、近いのかもしれない。
ラピス・カリオン……その罪人を監視するという役目が。
「ちょっと、てぃあらーあたま……」
「ん? あ、ごめんごめん。私は……ちょっとした用事があってね」
なんとなくごまかしながらそう答えた。
「そうじゃなくて、ぐちゃぐちゃにしないでよ」
「あはははっ、なにその頭っ」
「いや、てぃあらがやったんでしょうが!」
いつもきれいに結ばれていたポニーテール頭がぐちゃぐちゃになっている。
直し始めるアルトは結構真剣だ。
「いつも自分で結んでるの?」
「うん。ときどきお兄ちゃんとかに結んでもらうこともあったけど」
「へー」
「で、てぃあらのようじってなに?」
話を変えたつもりだったけど、さっきの話を蒸し返される。
なんて答えればいいんだろう。
「用事って言うのは、んー。友達にちょっと頼まれちゃって」
「へー」
彼が友達と呼べるのか分からないけど。
まあ、嘘は言ってない。頼まれごとが、ラピスの監視ってことだけだから。
それにしても、アルトってほんと単純だなー。
「って、答えになってないじゃん」
一瞬納得していたアルトは、遅れて気づいたらしくあわててつっこんだ。
「えー、だって、ねぇ。一度っきりの人生、思う存分楽しまなきゃ!」
「そっかー」
「そうそう」
「なるほど……」
「……」
「……って、だから答えになってないじゃん!」
「ホント面白いわー」
つっこみご苦労様です。
「お前ら、なにがやりたいんだ……?」
「ん?」
振り返れば、カリスが呆れた様子で歩いて来るところだった。
どっかからの帰りなのか、大きな包みを抱えている。
「おっ、ちょうどいい所にカリスじゃん」
「いやな予感がする。じゃあな。見なかったことにするわ」
くるりと背を向けるとダッシュ。
結構大きな包みを持っているけど、それにもかかわらずすばらしい速さで逃げる。
そんな……私の前で逃げるなんてされたら……追いたくなるに決まってるじゃないですか。
「逃がすと思うな! アルト、手伝って!」
「ふぇっ? んーっと、かしこまりっ!」
後を追い、走りだして槍を準備する。
ふっふっふ。カリスよ、逃げられると思うなよ!
こっちにはアルトがいるんだからっ。
「おとなしく生贄になれ!」
「なんでだよっ、つか、なんの生贄にだよっ!」
後ろで、アルトを中心にして風が巻きおこっていた。
普通なら見えるはずの無い風が、アルトの魔力によって蒼く閃く。
その風は一瞬で散じる。が、代わりにカリスの足元で風が巻き起きた。
ただの風ならともかく、アルトの放った術の風だ。
「っ、おまっ……卑怯だぞ」
「卑怯で結構!」
カリスはその風に一瞬足を取られる。
「よしっ」
でも、それも一瞬。しかも、こちらとの距離は全然縮まってない。
さすがにカリス相手に本気で術を放てなかったようだ。
でも、それくらい予想済みよっ。
「チェストーっ!!」
と、逃げのびようとするカリスめがけて持っていた物を投げつけた。




