01-02-06 都のシシャ、弔うは――
「……紫の悪魔が裏にいた、と?」
少女の鋭い問い。
それに、天音は頷く。
アルト達と共に皇の館に来ていた天音は、ラピスの前にいた。
先ほどの出来ごと――紫の悪魔との遭遇を事こまかに告げるために。
「はい。私と玻璃君が証人です。ただ、私も玻璃君も紫の悪魔を見た事を無いので、彼が本当に紫の悪魔だったのかはわかりませんが」
紫の悪魔。ラピス達と因縁はないものの、星原の上層組織『アーヴェ・ルゥ・シェラン』にはある。
ラピスはその報告を聞きながら、これからの事を考えて憂鬱そうに肘を抱えた。
横にいた玻璃は、何も言わない。訂正も、自分の意見も、彼から言われた事も。何も、言わない。
「本当だとしても、嘘だとしても、上に報告はしないといけないわね。……守、陸夜を呼んで。これからの方針を検討しなくては」
目を伏せたラピスは、横にいた青年にそう命令を出すと無言になった。
天音の報告は続く。天音の知りうる限りの報告が。
途中、テイルが報告に加わり少々賑やかになったが、結局玻璃は何も言わない。
そう、なにも。
皇の館、地下の図書室。
人の姿の見えないその場所に、少年が一人。
周りには誰もいない。
当たり前だ。すでに深夜零時を回っている。ほんとんどの者は眠っているだろう。
それでも、霧原マコトはそこにいた。
音川アルト達と共に皇の館に戻ってきてから、ずっと。
ふと、マコトは読んでいた古新聞から顔をあげて、そこにいたソレに声をかけた。
「ようやく来たのか」
「そう言うな」
ソレは、女だった。
その双眸は白い肌に映える黒。ウェーブのかかった金髪は肩にかかるかかからないかで切られている。少々古い型の白のドレスを着た、女。
いや、見ただけなのなら女に見えた。が、しかし、その実態は人を寄せ付けぬ異形。
纏う空気は精霊の様で、精霊では無く。その姿は死霊の様で、死霊では無く。持った力は神の様で、神では無い。
どんなに人に近い姿をしていても、気づく者は気づいてしまう。この世界から外れた異端の存在だと。
「あちらは、予定通りに進んでいるようだ。こちらは?」
澄んだ声でソレは問う。
「音川が介入した」
マコトは、淡々と女の異端さを気にすることなくいつものように、いや、それよりも饒舌に言葉を紡ぐ。
「あの人の介入は予想していたと思うが?」
「娘を海神の加護から引き離した」
「日野と音川がそろった、という事?」
他の者が聞けば、意味のわからない会話。
だが、彼等からすれば、これからの計画に関わる重要な話。
それを彼等は、誰もいないとはいえ皇の館の地下で話していた。
「そんな馬鹿な。あの傍観者がそんな真似をするはずが無い。もしそうだとしたら――」
「それよりも、調べて欲しい事がある」
「ちょっと。話、聞いてる?」
「……『魔術師』が動いている可能性が高い」
『魔術師』。その者を知る女は息を飲む。
「あいつが? ……だとしたら、厄介すぎる。けど」
「死者を、調べて欲しい」
「……詳細を」
「場所はフィンドルの神都。日は王位第一継承者マリアンヌ暗殺事件、その日。死者の名は――」
マコトは持っていた新聞をくしゃりと握りしめ、その名を言った。
「――クリス・ハルフォンド」
くしゃくしゃにされた新聞の小さな記事。
小さな一角に記載されていた、ある一家の惨殺事件。
次期国王候補の暗殺という大きすぎる話題に隠れてしまった、小さな話。
小さくとも、幾つもの運命を変え、幾つもの死を作りだした事件。
「……全ての死者が弔われることは、決してない」
なにを知っているのか、マコトは淡々とそんな事を言った。
ソレは一時、無言でマコトを見ていたが、ゆっくりと応える。
「そうだな。たしかに、私の同胞も弔われずに消えてしまった。……安心しろ。お前が死んだら、私たちが弔うから」
「断る」
未だに弔われることの無い死者は何時、弔われるのか。
それとも、もう弔われることは無いのか。
『マコト、帰るぞー。どこいるんだよー』
遠くから、青年の声が響いて来た。
時間切れだとでも言うように、女の姿は薄く消えていく。
「っと、ようやく見つけた。帰るぞ」
図書室に入って来たのはマコトの兄である陸夜だった。
彼が入って来た時、すでにそこに誰かがいた形跡は無かった。
マコトは何も無かったかのように、
「うん」
応えた。
「ほんと、すまん! まさかここまで話し合いが長引くなんて思って無くて。先に帰ってもらってた方が良かったよな」
「べつに。気にしてない」
兄弟そろって、家路につく。
その足取りはどこか軽く、周りが既に深夜であることなどまったく感じさせない。
「そうか? でも、今日はシエラルに行ったんだろ? 音川のあの子とあと……誰だっけ?」
「……千引」
「あぁ、玻璃もか。どっちも初めてだったよな。どうだった、二人は? 仲良くやっていけそうか?」
「べつに。……うるさかった」
「マコトに比べたら、誰だってうるさいと思うぞ。っと、そうなると俺もか」「りくやはいい」
「おいおい。もうちょっと、他の人ともきちんと交流しなさい。人見知り激しすぎだ」
「……善処する」
「善処するって。お前なぁ」
陸夜は呆れた様子で苦笑すると、マコトの頭を叩いた。
そして、二人は無言になる。
「空夜兄さんがいてくれればな……」
陸夜のつぶやきは、風に消えた。
「ははっ。あーあ、ダメだったか」
夜の都。そこで、嗤う男。
そこは、まさに一寸先は闇。
月が雲に隠れ、辺りは暗く沈んでいた。
「まぁいっか。どうせ、紫の悪魔の話は伝わるだろうし」
男の後ろに誰かが忍び寄る。
女だった。異端の、異形の、女。
その素顔は見えない。
男に向かって女は、挑発するように問う。
「紫の悪魔は、お前じゃない。お前ごときが紫の悪魔を名乗るなど、おこがましいにもほどがある。では、お前は一体誰なのか?」
いつの間にか、男の首筋に冷たい刃が押し当てられていた。
それに、男は動じない。
「あの人に憧れたんだ。綺麗だった。本当に美しかったんだ。まるで宴の様で、祭の様で」
狂ったように、どこか熱のこもった目で空を見上げる。
「彼の殺戮劇は本当に美しかった」
「だから、紫の悪魔を探していると?」
「なんで消えちゃったんだろうな。どうして……姿を消して……」
女の問いに答えはしない。浮かれ、潤んだ目で空を見上げていた。
「私は使者だ。紫の悪魔からのな」
「……」
言い知れぬ無言。
男は無表情で彼女を見る。
「お前を迎えにきた」
「どこに行くと?」
「冥界に」
何かが、空を飛んだ。
そして、地は血に染まる。
「残念だが、今、『紫の悪魔』が表舞台に登場してもらっては困るのだ」
その言葉を聞いた者は、いない。
後日、首の無い死体がシエラル王国桜都で見つかったのは、アルト達の知らぬことである。
大切な者が在りました。
それは、とても大切な者でした。
だから喪った時、取り戻そうと考えたのです。
本当に大切な者だったから、どうしても、喪うに至る理不尽を許せなかったのです。
「アルト……の……」
理不尽を正さなければ、罪を贖わせなければ、真実を取り戻さなければ、逝けないのです。
「……うそつき」




