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騙る世界のフィリアリア  作者: 絢無晴蘿
第四章 -真実-
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04-01-02 白い霧と黒き者



少しばかり、時は遡る。


ランジュ・ミア・ベルティーダ。彼女の名前を知らないフィンドル国民は居ないだろう。

まだ幼さの残る少女は、神官の服を纏いフロード教会にとある理由で在籍している。


「フィンア様……」

護衛のセオドアと共に、ランジュは白の塔の最上階に居た。

その表情は不安から暗く、己が信仰する神へ助けを求めるように問いかける。

「これは一体なんなのでしょうか……」

常なら塔から城下町が見渡せるはずの窓から見えるのは、白い霧ばかり。無論、聖フィンドルベーテアルフォンソ神国でも霧が起こることもあるが、ここまで周囲が見渡せなくなるほどの物では無い。それに、その霧はどこか異質で自然発生した物では無い。

ランジュがフィンア神から呼ばれて来る途中でこの霧は突如発生して瞬く間に広がってしまった。

『ランジュ、民達を塔に保護しなさい。招かれざる客が訪れたようだ……』

「は、はいっ」

しかし、白の塔だけでは聖都のヒトビトを全て保護するのは無理だ。黒の塔とテアルナ城にも連絡を取らなければならないだろう。なにしろ、この国の守護神の一柱であるフィンア神が告げたのだ。これは非常事態だ。

『いや、遅かったか……』

そんな言葉が聞こえると同時にどこかで何か悲鳴が上がるのがうっすらと聞こえた。

「……えっ」

『とにかく、できうる限り迅速に……急ぎなさい』

「は、はいっ」

セオドアを伴って、ランジュはその場から離れた。すぐに神託は塔の神官達に伝わって、民の保護を始める。

聞こえてきた悲鳴の発生した場所は分かっているが、何が原因なのかは誰も分からなかった。ただ、黒い影を見たという証言が一つだけ。白い霧、黒い影……フィンア神が動いたと言うことは緊急事態だ。だが、何が起こっているのか、誰も分かっていなかった。

騎士団の方にもセオドアから連絡が行き、すぐに事態はすぐに収まるだろうとみなそう思っていた。




「ランジュ様、大丈夫ですか?」

騎士団団長シリル・アルフォンソの心配そうな声がけに、ランジュは小さく頷いた。

「私は大丈夫です。それよりも、他の方たちのほうが……」

そう言いながらも、ランジュの顔色は悪い。

あの白い霧の発生から一夜が明けた。最初はなにがなんだか分からなかったが、今ではみな白い霧の中に恐ろしいバケモノが徘徊していることを知っている。

突如現れたソレは、ヒトビトを取り込んで増え続けている。彼等に攻撃した者達もいたが、ひるみこそすれど殺すことはおろか、傷つけることすら不可能だった。唯一できるのは、結界を張って閉じこもるだけ。

神官達によって守られた白の塔だが、結界を創り続けている神官達の憔悴は激しい。ランジュもできうる限り手を尽くしているが、結界を創る手伝い程度しかできていない。

フィンア神の加護があってもこれなのだ。すでに城や同じく守護神であるリーテ神を祀る黒の塔からの連絡は途絶え、どうなっているのかまったく分からない状況。

このままでは、全滅……そんな考えたくないようなコトを思い浮かべてしまうほど、追い詰められていた。

「ランジュ・ミア・ベルティーダ」

聞き覚えのない声。知らない少年が、ランジュに声をかけてきた。

シリルが警戒してその少年とランジュの間に入る。

「ランジュ様になにか?」

「第四王女ランジュ・ミア・ベルティーダ、貴女に王家の地下通路の通行の許可をもらいたい」

「え……?」

王家の地下通路。聞いた事がないランジュは首をかしげる。そんな中で、シリルが眉をひそめた。

「シリル、聞いた事が?」

「昔から在るおとぎ話のようなものです。マリアンヌ事件で使われた可能性があると言われていましたが、そもそもそんな通路は見つからず……」

少年を改めて見る。青みがかった黒髪に薄紫の瞳。フィンドルの国民ではなさそうだ。そんな彼が、なぜそんなことを知っているのか。

「すでに、脱出口の準備はできています。一応、王家の許可を」

「お前は何者だ」

シリルが剣を向ける。だが、彼は少しも動じずにランジュを見つめた。

「アーヴェ所属、三番目のジョーカーです。現在、アーヴェの職員が原因の究明を行なっています」

「その証拠は」

シリルが問いかけた。

アーヴェのジョーカーといえばフィーユとアスにはあったことがあるが、彼とは会ったことがない。

「信じてもらうしかない」

静かに彼は告げる。この少年を信用して良いのか……今この白の塔にいる最高責任者はランジュだ。

何かしらの功績をあげ、守護神に認められなければ王になれず、そもそも王家の一員として認められない国。聖フィンドルベーテアルフォンソ神国。未だ功績を持たず、王家の一員としてまだ認められていないランジュだが、それでもその地位は高い。

「……その地下通路とは、どこにあるのですか」

そう言うと、彼は地下へと向かった。

白の塔にある地下室は食料庫や資料庫として使われている。資料庫へと迷わず彼は向かうと、いつもと違う景色が広がっていた。

奥の壁に穴が空いている。壁の向こうにはレンガでできた階段……土埃が積もり、ずいぶん長い間使われていなかったことが分かる。そこに、この部屋に入ってきた真新しい足跡が一つあった。

「これは……」

ランジュが思わず階段の下を見ると、かなり深く続いているようで、真っ暗闇が続いている。

「道は分かるように印をつけてあります」

「これは……ランジュ様、危険かも知れません」

地下には毒が充満していることもある。それに、あの黒いバケモノもいるかもしれない。

「毒などはありません」

きっぱりと彼は言い切った。

真新しい足跡が階段の下から来ている。おそらく、彼の物なのだろう。一つしかないので、彼はこの道を通ってこの塔に来たのだろう。

「この道はどこに続いているのですか?」

「聖都の外……北にある丘の道に続いています」

そう言うと、彼は手書きの地図を出した。いくつかの地下道が描かれている。

白の塔、黒の塔、テアルナ城、他にもいくつか重要な施設が繋がりながら外へ向かう通路。ランジュもシリルも知らない秘密の地下通路だった。

そんな中で、衝撃音が響いた。

結界が何かに攻撃を受けている。

「外のバケモノに関してはこちらでできうる限り対応する」

そう言うと、彼は地図をさっとランジュに渡して地下から上がっていった。

まさか、あのバケモノに一人で向かうつもりなのか。




外の風がどこか生ぬるく気持ち悪い。

「あれか……」

塔の外には、黒いバケモノが蠢いている。それを見た瞬間、言い知れない嫌悪感が走る。

結界はまだ持っているが、時間の問題だろう。結界が揺らいでいるのが見えた。

ランジュとシリル。彼等に地下通路のコトを話した、地図も渡した。あとは、残った者達でどうにかできるだろう。あとは、その時間を稼ぐだけ。

マコトは、剣を抜くと黒いバケモノへと向かった。


事前に塔の中で黒いバケモノの事は一通り聞いてはいた。

攻撃が通じない。人を取り込む。黒い、まるで液体のような影のようなバケモノ。

そのバケモノが、ヒトの形をしているのを見つけ、目をこらす。

そのバケモノが結界に攻撃を仕掛けている。それならば、そのバケモノの気をそらす。

周囲を見渡してある程度の地理と状況を見定めてから、マコトは結界から飛び出した。

意味はないだろうが、剣を振るう。バケモノは液体のように身体を変形させて攻撃から逃れた。

だが、倒すことが目的ではない。

走り出す。

後ろを見れば、バケモノ達が追いかけてくるのが見えた。

全て、とはいかなかったが、大部分がマコトを取り込もうと巨体であるにもかかわらず俊敏な動きで向かってくる。

「……」

これで、良い。

とにかく、ここから離れなければならない。

黒いバケモノの正体は分からない。今まで多くの文献を読み込んできたが、まったく知らないモノだ。だが、それでもできうる限り自分のできることをしなければならない。それが、今自分にできる贖罪だから。

マコトは、人の居ない都を駆け巡る。



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