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騙る世界のフィリアリア  作者: 絢無晴蘿
第四章 -真実-
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04-01-01 白い霧と黒き者




完全自立型自動戦闘機兵αシステムプロトタイプ――そう呼ばれていたのは遙か遠い過去の話。

2番目のジョーカーであるアスは白い霧に包まれた聖都を見た。

隣には金髪の少女が佇んでいる。彼女は、白い霧よりもしきりに周囲を見渡していた。

「セイレン、なにかあったんですか?」

元セレスティンの少女セイレンは、その声がけに眉をひそめた。

「……精霊が居ない」

「精霊が? 聖都の近くの森で大精霊が呪われたからでは?」

「そうじゃない。たとえ不毛の地でも小さな精霊やちょっとしたモノならいる。けれど、まったく、恐ろしいほど何もない」

そう言って、セイレンは白い霧を睨み付けた。

「霧は水でできている。私は水を操るのに長けているつもりだけれど、あの霧は別。操れない。しかも、精霊達にとっての毒のようなモノだわ」

セイレンは、人魚とヒトの血を受け継いでいる。人魚はかつて精霊の仲間だったとも言われる種族だ。そんな彼女が言い切ったのだから、おそらくそうなのだろう。

「なるほど」

そう言って、歩み出す。

自分とセイレンの周りに結界を張り巡らして。

聖都には簡単に侵入することができた。

白い霧が視界を遮るが、それ以上はなにもない。

しかし、それはアスだけなようで、後ろを見るとセイレンは青白い顔をして不機嫌そうに後をついてきていた。先ほどより、顔色が悪い。

「大丈夫ですか?」

「直ちに異常があるような物では無いわ」

淡々と彼女は返す。

基本、セイレンは誰にも心を開かない。聞かれたらある程度答えるだけだ。嘘は言えないようになっているが。

この聖都に潜入した他の者達は大丈夫だろうか。そう疑問に思いながらも、アスは歩みを進めた。

白い霧が次第に濃くなっていく。

そのうち、何かが動く気配がした。

何がいるのか。

隠れながら、その気配のする方向へと向かう。

「あれは……」

「……」

二人が見たのは、黒いバケモノだった。ぶよぶよとした見た目。スライムのような、液体のようなソレは、常に形を変えている。

家一軒はありそうな巨体。音もなく移動していくソレは、見ているだけで不快になる。

「……まさか。こんな時代に」

アスは、ぽつりとつぶやいた。

そんな彼を、胡乱げにセイレンは見る。

「撤退……いや、できる限り住民の救出の後、この都市を完全に封鎖した方が良い。アレは、倒すとか、消すとか、そういう存在じゃない」

アスは自らの機能の一部である通信、すでに数名にしか届かないソレを起動して、メトセトラ・ヴィヴィアンに繋ごうとするがうまくいかない。おそらく、電波を阻害されているのだろう。いや、電波ではなく、空間を歪ませているのか。式文や魔術による連絡も取れないことから、魔術的ななにかで阻害されている可能性も高い。

「一度、通信ができる場所まで撤退する」

「……あっそう」

「魔術で連絡を取ることは?」

セイレンは水属性の魔術を得意としているが、ある程度の風術も使うことができる。

アルトのように声を届けることも可能だ。

アスに問われて、風を起こす。が、声をこの都の外へと届けることは無理だろうとすぐに諦めた。

「……この都の中ぐらいなら連絡はできる」

「なら、すぐにアーヴェ所属の者達に連絡をしてください。住民の救出とあの黒いバケモノには絶対に近寄らないようにと。それと、住民がいたら、アーヴェによる救出作業が行なわれていることと同じく黒のバケモノに近寄らないようにと」

「……風術の専門じゃないから、そんな高度なこと無理。とにかく黒のバケモノの事と救出、逃げることだけ伝えるわよ」

声を届けることができても、本職の風術師にはさすがに及ばない。どんだけ要求するのかと半眼で睨みながらセイレンは風をおこした。

もちろん、風を起こすことも早さも的確さもアルト達には及ばない。

だが、ヒトの命もかかっているとできうる限り的確に素早く術を発動させた。

「アレはなんなの?」

黒いバケモノ。セイレンにはアレの正体が全く予想がつかない。あんなモノは見たことないし、聞いた事もない。

「アレは……おそらく禍物(マガモノ)だ」

「まがもの?」

聞いた事のない名称に、セイレンは首をかしげた。

「邪神の影響で堕ちた精霊の果て……もうずいぶん昔に発生しなくなっていたから、知らなくて当然です。アレは、呪いだ」

「へぇ……呪い、ね」

まだ近くをうろつく黒いバケモノに、セイレンは視線を移す。

精霊と言われても、分からない。そんな片鱗すら感じられない。

「あの大きさ、おそらく大精霊並の精霊が堕ちたのでしょうね……グランドアースは完全に消滅したと聞いているので彼女ではないはず。なら……」

アスが思い出すのは、星原に来た水の大精霊マナルルリアレイナトルーナによる依頼。音の大精霊ティルクスノートの捜索。

彼の大精霊は五百年ほど前から行方をくらましているという。

ティルクスノートとはアスも何度か会ったことがある。だが、それも二千年以上前の事だ。

彼女はかなり責任感の強い精霊だった。だから、五百年も姿をくらますなんてあまり考えられなかった。だから、記憶に残っていた。

とはいえ、この黒いバケモノがティルクスノートなのかはまだ判断できない。

「あっ……」

そんな中、セイレンが声を上げて黒のバケモノの居ない逆方向へ視線を向けた。

「どうしました?」

「……近くに、アーヴェの奴らが、いるわ。一応、さっきの話は伝えたけど」

不機嫌にそう言うと、彼女はどうするかアスを見た。

「一度、合流しましょう」

「……」

無言でなにも返事せず、セイレンはアスの前にいく。そして、不機嫌を隠そうとせずに道案内を始めた。


白い霧の先に、四人の人影が見えてくる。

事前に合流すると風を送っていたので、四人はすぐにセイレンとアスの姿を見つけて近づいてきた。

「あれ……あなただったの?!」

アルトの声に、セイレンはため息をついた。だから、会いたくなかったのだ。

「セイレンさん……」

しかも、一度監禁したことのある出流まで居る。その横にはセイレンをあまり良く思っていないアイリも。

大体の事情に気付いたアスがちらりとセイレンを見るが、彼女はふんとそっぽを向いた。

「合流できて良かったです」

「はい。あの、黒いバケモノについてなんですけど……」

アルト達は都に潜入してから何度かあの黒いバケモノを遠くで見かけていた。もちろん、接触はしていない。

四人全員、アレとは戦いたくないという共通認識があった。

「アレは……」

セイレンにしたことと同じ説明をアスは行なった。

すると、呪いという言葉にアイリが反応する。

「アレが、呪い……」

呆然とした様子で、空を見ていた。

「あれは、もしや……グランドアース殿の……彼女がもし、消滅しなければ、なって居た姿なのですか?」

「……そうですね。グランドアースの事は聞いています。呪われ、狂わされたと。アレは、その果てのもの」

地の大精霊グランドアースはプルートによって呪われ、狂わされ、そして死んだ。

彼女を看取ったアイリは、言葉を失った。

黒いバケモノが自分がどうにもできなかった呪いの果てだということが、あまりにも衝撃的すぎて。ソレと同時に、周囲になぜ精霊が居ないのかも理解する。

あのバケモノの影響を受けて同じ存在に堕ちたか、逃げ出したのだ。

「とにかく、アレとは接触しないように。現状、アレをどうにかする手段はありませんから」

「は、はい……」

「わかりました」

四人が各々頷く。

「私達は一度都から離れてアーヴェ本部に連絡を取ります。その間、なるべく住民達を見つけて救出を」

「はい」

ある程度情報を交換し、アスが指令を出し終えると、それまで黙っていたセイレンが前に出た。そして、アルトを見る。

「私は風術師じゃないから、この聖都全体にいるヒト達に声を届けられない。貴女なら、できるでしょ」

「え、うん」

「……」

それ以上はアルトに何も言わず、セイレンはこれ以上説明するのは面倒とばかりにアスを見た。それに、アスは苦笑しながら頷いた。

「いくつか、伝言を頼めますか?」

「はい!」

さきほど、アスがセイレンに頼んだ風術による連絡。セイレンでは高度なことはできなかったが、風の愛し児であるアルトなら可能だ。


星原の四人と別れたアスとセイレンは聖都から離脱するために歩く。

周辺に逃げ延びた住民がいないかと気配に気を配りながら行くが、まったく存在を感じない。まさか、全員あの黒いバケモノに取り込まれてしまったのかと最悪の予想をしてしまう。

「ねぇ。アレに触れたら、どうなるの」

青白い顔でセイレンはそう問いかけてきた。

「精霊達は同じように狂います。他は、何が起こるか分かりません。ヒトが触れて、禍物になることは在りませんが呪いを受けます、彼等は取り込んで同化しようとしてくるのでどちらにせよ無事では済まないでしょう。聞いた事があるのは、狂って廃人になったとか、呪いを撒き散らすようになったとかでしょうか」

「そう」

「精霊に縁がある貴女が触れれば、どうなるか分かりません。気をつけてください」

「……」

アスが心配する声をかければ、セイレンはそっぽを向く。

そんな彼女にアスは苦笑する。アスは少しずつそんなセイレンの態度になれてきた。セイレンは、自分が心配を受けるような存在ではないと思ってそんな態度を取っていると。

苦笑するアスに、さらにセイレンは嫌々そうに眉をひそめた。

「それで、昔、そのまがものが現れたときはどうしてたのよ」

セイレンの言葉に、アスは自らの記憶をたぐり寄せる。

昔、遠い昔。この大陸にはセレスティアと呼ばれる繁栄した国があった。

神に祝福され、精霊王に愛された国。

そして堕落して、なかったことにされた国。

その国には巫女がいた。精霊王の力を受け継いだ巫子。禍物を浄化し、元に戻す事ができる存在が。


けれど、もう彼等はいない。


アスが説明をすると、セイレンは首をかしげた。

「なら、今どうすればいいの」

「……」

かつて、あの禍物と出逢った時はどうしたか。セレスティアの巫子が来れない場所ではどうしていたか。アレの対処方法を無駄に長い時間を過ごしてきてしまった記憶から考える。だが、考えれば考えるほど、分からなくなっていく。

そもそも、禍物が発生すると一代目の精霊王が対処に当たっていた。

そして、セレスティアはもうない。巫子も、もうこの大陸に存在しない。

どうすればいい?

「そもそも、その邪神って、どの邪神なの」

セイレンが口をとがらせながら言う。

「……邪神は」

その邪神とは?

「……」

アスは答えなかった。否、答えられなかった。

邪神は、黒の女神だと思っていた。黒の女神が封印されてから、禍物は姿を消したから。

だが、今考えるとそれはおかしい。

アスの所持する記録には、黒の女神が現れるずっと昔から、禍物は存在していた。

黒の女神が姿を現す前から精霊達を呪っていた? 分からない。

黒の女神以外にも邪なる神は存在する。なら、彼等が? しかし、それだと黒の女神が封印された後出現しなくなった理由が分からない。

「……分からないの? 本当に、邪神が原因なの?」

「それは」

だが、確かに当時は邪神が原因だと――誰が言っていた?

かつては、ソレが当然で、誰もが知っている常識だった。だから、誰も疑うことはなかった。

セイレンは、そんな常識など知らないし、ただ疑問を言う。

「禍物は本当に、どうにもならないの?」

アスには判断できなかった。







アスとセイレンと別れたアルト達は白い霧の中を進んでいた。

白い霧は、聖都を進めば進むほど濃くなっていく。そして、その霧の魔力に息苦しくなっていく。

「こんな場所にずっと居たら、どうかなりそう……」

出流の言葉に、カリスが頷いた。

「そうだな……っと、黒いばけもんだ……」

十字路を渡ろうとして、カリスは左右を見て慌てて顔を引っ込める。

右から、黒いバケモノが来ている。このままだと、見つかるかも知れない。

近くの曲がり道に曲がってバケモノから身を隠す。

「でも、どこにいるんだろう……」

思わず、アルトは言った。

住宅を調べても、誰も居ない。気配を感じられないのだ。未だに、一人も住人と出会えていない。

「あの塔はどうだ?」

そう言ったのは、少し前に聖フィンドルベーテアルフォンソ神国に来たことがあったカリスだった。

聖都にはいくつか特徴的な建物がある都を見下ろすようにそびえ立つテアルナ城、そして、二つの塔。フィンア神を崇めるフィンア・フロード教の総本山、フロード教会通称白の塔。リーテ神を崇めるリーテ・フィリア教の総本山、フィリア教会通称黒の塔だ。

「あっちの塔はいろいろゴタゴタがあったからな……白の塔の方に行ってみないか?」

「そうだな。住民を探しつつ塔に行ってみよう」

城には他の者達が行くだろうと、四人は白の塔と呼ばれるフロード教会へと向かった。


白の塔に近づくと、結界の存在にアルトとカリスは気付いた。

神による守護……おそらく、フィンア・フロード神による物だ。その結界の周囲に、黒いバケモノが居る。先ほどすれ違った黒いバケモノよりも巨大なソレは、結界に触れられずしかし性懲りもなく側を徘徊している。

「これじゃあ、近づけないね……風で飛んで塔の上にいけないかな」

「なんか、徘徊してるやつらより動きまくってねぇか?」

「たしかに……」

都の中を徘徊しているバケモノは結構ゆっくりと動いている。だが、ここにいるバケモノはかなり活発的だ。

そんな様子を見ているうちに、黒いバケモノが一瞬動きを止める。そして、先ほどの執着は何だったのか、白の塔からあっけなく離れた。

「今なら……」

「まって、アレ!」

慌てて白の塔へ向かおうとするアルトを出流が止める。

その指を指す先には、黒いバケモノの間を歩く人影が見えた。

まさか、この聖都の惨状をもたらした黒幕か。

カリスが息を飲む。

結界の前に、その人影は現れる。

人の形はしている。だが、それはヒトではなかった。

真っ黒な、人影。

顔も、身体も、見えるところ全てが黒く染まっている。足下には、黒い水だまりができていた。

「なに、あれ……」

「あのばけもんの、親玉か?」

その黒いヒトが、結界に触る。はじかれたように見えるが、先ほどのバケモノとは違い、火花のような物が散る。

さらに、もう一度。今度は、黒い火花と共にバチッと大きな音が響く。

「あの結界を、破ろうとしてる?!」

「ど、どうしよう」

このままだと、結界が破られてしまうかも知れない。

しかし、その結界の中から、小柄な何者かがその黒いヒトに斬りかかるのが見えた。黒いヒトはその身を溶かすように液状になってその剣から逃げると、黒いバケモノの元に合流して同化していく。そして、その黒いバケモノが剣士に襲いかかった。

アルトが助けようと動こうとしたが、その心配は無用だった。

剣士は目にもとまらぬ早さで走り出す。まるで、結界からその黒いバケモノを遠ざけるように。

黒いバケモノは、その思惑通り剣士を追いかけていった。

残された四人は顔を見合わせる。

「さっきのヒト……」

「とりあえず、あの塔の中を確認しよう」

カリスの言葉に、アルト達は頷いた。


カリスは、そう言いながらアイリの顔を確認する。

先ほどから、彼女はなにも言っていない。

いつもなら凜としている彼女は、青白い顔でうつむき、唇をぎゅっと噛んでいた。

また、悩んでいるのか。そう、カリスは心の中でため息をついた。

アイリは呪いに執着しすぎる。

ヒトを呪って殺してきた、そんな過去のせいか、呪いから誰かを救うことに固執している。

呪殺は、命令されて無理矢理やらされてきた物だと聞いている。それが当然で、当たり前の異常な世界で育ってきたのだと。

彼女のせいではないのに、責任を感じすぎだ。

誰かを殺す、呪殺する、なんてまだ経験のないカリスにはどれほどの事なのか分からない。けれど……。

「アイリ」

名前を呼ぶと、アイリは顔を上げてカリスを見た。

「なんだ」

たぶん、カリスの言葉だけではだめだ。

それでも、前を向いて欲しくて。

「あんまり、思い詰めんなよ」

そう言うと、アイリは少し目を丸くして、そして見ているカリスが苦しいような笑みを浮かべた。

「あぁ」

きっと、その言葉は届いていない。




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