03-07-04 活きたかったソレの話
とある、少女の話をしよう。
百年戦争よりも何十年、何百年と昔の話だ。
そんな昔でも、ヒトビトは争い、戦争が起こっていた。
当たり前のことながら、戦争が起こればヒトが死ぬ。
少女は、ひとりぼっちだった。
彼女を助けたのは、心優しい老夫婦。
子宝に恵まれなかった彼等は少女を実の娘のようにかわいがった。
その時、気づければ良かったのかもしれない。
いや、気付いたところでどうにもならなかったかもしれない。
とにもかくにも、彼等は穏やかな時を過ごし、そして少女を残して夫婦は逝った。
年の差から考えれば当たり前のことだろう。
だが、当たり前ではないこともあった。
少女は、年を取らなかった。否、少しずつは成長していた。けれども、それはあまりにも微々たるモノで、彼女がヒトあらざるモノであることは明確だった。
彼女は、長命種の血を引いていたのだ。そして、異常な魔力を持っていた。
只人よりも大きすぎる魔力と長命種の血は彼女の時をさらに遅らせた。
誰も、彼女と同じ時を生きることはできなかった。
彼女は、独りだった。
独りで、在った。
家族も、仲間も、誰も居なかった。
だから、家族を、死なない誰かを、仲間を、置いていかない――裏切らない存在を、欲した。
黄泉還りの出来損ないである死体の群れがアルトとマコトを襲う。
「ひゃっ!」
アルトは腐った死体に思わず声を上げ、風で吹き飛ばす。
マコトがその近くで手を伸ばしてくる骨の化け物を切り伏せ、どうにかまた魔術師の元へ向かおうと進む。
「マ、マコトっ」
周囲を囲む化け物達。あまりにも直視しがたい死体の群れに、アルトは思わず後ずさる。
しかも、量が量だ。彼等と戦って、勝てるのか。そんな不安から。
アルトの顔をちらりとマコトは見るが、すぐに前を向く。
「撤退しろ」
そう、言い放って。
「マコトはっ?!」
「……」
答えはなかった。
ただ、彼は進み続ける。
虚ろな目の黄泉還り達がマコトの元へと殺到する。
このままでは押しつぶされるのではと思うアルトをよそに、マコトは二度も同じ事は繰り返さないとばかりにうまく避けていく。
黄泉還りの化け物達に守られるように影に隠れていた魔術師の元へと、着実に近づいていた。
が、ふと彼が慌てたように短剣をアルトの元へと投げる。
「っ?!」
突然のことに動けない。が、その短剣はアルトに刺さることなく後ろへ――
「……は、り」
胸に刺さった短剣を乱暴に引き抜きながら、千引玻璃と名乗っていた少年は無表情で剣を振り上げた。
まるで、時間が止まったようだった。
アインはどうしたのか、そもそも、彼はなんで剣を振り上げているのか。
「音川、避けろ!!」
その声に、アルトは振り下ろされた剣を無様に避けた。
だが、そこで一息はいれられない。さらに、彼は剣を振るう。周囲には黄泉還りの化け物達もいる。
転がったことで泥だらけになりながら、アルトは剣を避ける。黄泉還りの化け物は風で吹き飛ばし、時に壊しながら。
「玻璃……っ」
「違う、オレは……」
剣を避けようとし、だがぬかるみに足を取られて滑る。幸い、剣はそれていたが、立ち上がって逃げようとする前に黄泉還りの化け物達の手が伸びる。
「きゃっ」
ばらばらになっても動き続ける骨が、アルトの足を拘束する。風で吹き飛ばそうとしても小さい上に、このままでは自分の足まで巻き込んでしまう。
骨だけ壊せば良いが、戦闘中、集中して風を起こすのは難しい。
「……どうして」
黄泉還りの子供。成功体である彼は、アルトの前で今度こそと剣を振り上げた。
「……」
どうすればいいのか分からず、アルトは彼を見上げる。
「くそ……どうして、こんなことになるんだよ……」
振り下ろされた剣は、アルトの足を拘束していた骨を壊した。
「どうして……ただ、あいつを殺したかっただけなのに」
「……は、り?」
「なんで、お前を殺さないと、いけないんだ」
もう、彼は無表情じゃなかった。歯を食いしばり、今にも泣き出しそうで、せき止めていたものがあふれるように。
「オレには、無理だ」
そう言って、彼は崩れ落ちるように地面に座り込んだ。
拘束から逃れたアルトは、立ち上がり彼に手を伸ばした。
「玻璃……気付かなくって、ごめん」
ツェーンとして姿を見せたときに、千引玻璃と名乗っていた彼だと気付かなかった。いや、それ以前から、アルトはずっと勘違いをしていた。だから、今度こそ本当の真実を明らかにしようと話そうとした。
「どうして」
遠くで、そんな言葉がつぶやかれた。
「ねぇ、どうして? わたし、言ったよね?」
先ほどよりも大きな声で、その言葉は響く。
「わたしの敵を殺してって」
ツェーンも、アルトも、その声の主を見た。
少女のような見かけの、だがその実はあまりにも残虐な魔術師が、見て分かるほどの怒りを見せていた。
「どうして、どうしてっ。いつだってみんなわたしを裏切ってっ!!」
「ちがっ」
ツェーンが言い訳をしようとしたが、その言葉は届かない。届いたとしてもただただ怒りに油を注いだだけだっただろう。
「家族が欲しかった。仲間が欲しかった。だめなの? だから、全部残しておいたのに……もういいわ。いらない。いらない。わたしを裏切るなら、記憶も、感情も、いらない。ねぇ、ツェーン。こいつらを殺しなさい!!」
魔女の使い魔が主人に従順な用に。ゴーレムが作り手である主に従うように。黄泉還りの呪術で黄泉還った彼等は、主人に逆らえない。
そう言う契約で、そう言う術だから。
どれほどの無理な命令だって従うしかない。
そう、そう言うモノなのだ。
だから。
「玻璃?」
無言で立ち上がったツェーンに、アルトは後退る。
ふらりと、どこか不安になる動きで、剣を持つ。
先ほどとは、違う。
感情を押し殺した無表情とか、そんな物では無く。すべて、感情などないかのように失われていく。
「……オレを、殺してくれ……アルト」
「……え?」
その言葉が、最後だった。
まるで、操り人形のように、彼はアルトへ剣を向けた。
そして、一閃。
「っ!!」
避ける。
先ほどと違い、ためらいなどなくただ動く。
さらに追撃。
もしも当たれば、致命傷であろう箇所を狙われている。
その目には、なにもうつっていない。
「玻璃っ!!」
アルトの声は届かない。
記憶も、感情も、すべて失われた人形が、そこに在った。
さらに襲いかかろうとする玻璃を、横から黒い影が蹴り飛ばす。
「……やっかいだな」
そう言って、マコトは蹴り飛ばしたツェーンと魔術師からアルトを守るように前に立った。
「……どう、して」
「千引玻璃が音川に剣を向けたのは、術師に命令を受けたからだ。……逃げるならば、今のうちだ」
そう言う彼は、背を向けていてどんな顔をしているのか分からなかった。
アルトの前で玻璃を殺して、セレスティンとアーヴェへの二重の裏切りを行ない、そして今も戦う彼は、なぜアルトを守るのか。そんな疑問には気付かず、彼はツェーンと対峙する。
彼は、一度玻璃を殺している。だが、その時は彼はまだ生きている人間のふりをしていたし、こんな状態ではなかった。剣術で言うならば、マコトの方が確実に上手だろうが、彼は黄泉還り。体力にしても、なんにしても、マコトの消耗の方が激しく、一度でも怪我をすれば一気に不利になる。それでも、彼は互角の戦いをしていた。
「……ばかに、しないで」
そう言って、アルトは風を起こす。逃げるなんて、考えられなかった。
周囲の黄泉還りの失敗作達を牽制し、マコトとアルトの周囲に風の鎧を作り出す。とともに――飛んだ。
魔術師の元へ。地を歩くマコトではできないことだ。一瞬のうちに空へと舞い上がり、彼女の前へと降り立つ。
「なんでっ。貴女はっ。そんなに自分勝手なの!!」
ぱん、と、乾いた音が響いた。
そこには、真っ赤になった右のほおを呆然と触る魔術師と、右手の平を赤くしたアルトがいた。
許せなかった。
ずっと、出遭ってからずっと彼女は自分勝手に様々なことを押しつけてくる。そして、自分の思いが通らないとだだをこねる子どものように癇癪を起こす。
ほんの少ししか彼女を知らないというのに、アルトは魔術師のことが嫌いだった。
絞り出すような声で、アルトは言う。
「貴女は一人が嫌だって言うけれど、裏切られたとか辛いって言うけれど、それは自分が独りで周りのことなんてなにも考えてないからでしょう!!」
「それがいけないことなの?」
「だから、裏切られるんだよっ!!」
魔術師が半眼で炎を熾した。火球が辺りを照らしながらアルトを燃やそうとするが、風で吹き消される。それどころか、その風が魔術師の身体を拘束しようとする。
が、その前にアルトの周囲に黄泉還りの化け物達が殺到する。慌てて風で吹き飛ばすが、飛ばしきれない。先ほどより何度も吹き飛ばしていたことに順応してきたらしく、各々が吹き飛ばされまいと抵抗するのだ。
化け物達から逃れると、魔術師から離れてしまう。彼女は、嗤っていた。
おそらく、アルトの言った言葉のほとんどを認識していないだろう。
ツェーンと剣を交えるマコトの互角は続いていた。が、アルトが移動したのを見て、マコトもそこへとさりげなく移動する。
「音川、逃げないのなら……不本意だが、力を貸せ」
アルトはマコトの顔を見て、思わず笑った。滅多に感情を出さないマコトが、苦虫でも潰したように、不機嫌この上ないとばかりの顔をしていた。
「わたし……」
マコトのように誰かと戦うのに慣れていない。誰かを深く傷つける勇気もない。
だから、黄泉還りの失敗作である化け物達を吹き飛ばすことばかりだし、魔術師を鎌鼬で傷つける事ができるのにそれもやれない。玻璃に気付くことも、彼をどうすれば良いのかも思い浮かばない。それなのに、どうにかしたくて逃げることすらできない。アルトの笑うほおに涙が伝う。
「なにもできない」
「だから、手伝え」
マコトが間髪いれずに言紡ぐ。
ツェーンとの戦闘は続けたまま。金属がぶつかり合う音が何度も何度も響く。
滅多に見れない不機嫌な顔で、彼は言った。
「千引玻璃を取り戻したいなら」
「……取り戻す? そんなこと、できる、の?」
「できるから、言っている」
マコトのことを、アルトはもうよく分からなかった。玻璃を殺したセレスティンの裏切り者だったと思えば、殺された友人の仇を討つためにさらにセレスティンを裏切っていた暗殺者で、今はなぜか魔術師を追いかけている。
ただ、その今言った言葉を嘘だと思わなかった。
取り戻せると思いたかったのかもしれないが。それでも。
「……わかった…………いや、違うか」
頷きかけ、アルトは首を振る。手伝うのではないと。
「……お願い……手伝って、マコト!! 私は、玻璃を取り戻したいっ!!」
そう叫んだアルトに、マコトは小さく頷いた。
先ほどから耳障りな声を立てる二人に、魔術師は苛立っていた。
いや、今日の出来事のことごとくが気に入らなかった。
自らに絶対服従で、只人では叶わないほど強い黄泉還りの子供たちが次々に戦いに敗れ去った。
黄泉還りの魔術が成功して間もない初期の頃からいるフィアでさえも、魔術師の元から消えた。
ツェーンも、殺せと命令したはずなのに、目の前で裏切った。
さらに、裏切られたのは自分のせいだとか、のたまう羽虫のような少女も気にくわない。
かみついて離さない犬のようにいつまでも追いかけてくる少年も気にくわない。
家族と楽しく永遠に生きていれれば良かったのに。と、魔術師は苛立って側にいた黄泉還りの失敗作を破壊した。
家族と楽しく永遠に生きるために、沢山のヒトを殺して偽の家族を作って、さらに戦争の道具へと失敗作を流用したり、町を襲わせていたことなど、彼女にはなんでもないことだった。
だから、アルトの言葉は届かないし、この先も変わることはない。
ぼろぼろの少年が少女と共に後ろに下がった。二人で、こそこそと何かを話している。
なにを企んでいるのか知らないが、魔術師の仲間は不死だ。もう死んでいるが故に死なない。魔力が続く限り、いつまでも存在する。その魔力も、魔術師が存在する限り提供されていくので心配ない。
なのに、二人は魔術師を見た。諦めなんて考えても居ないような目で。
気に入らない。
気に入らない。
気に入らない。
「死んじゃえ」
あわよくば黄泉還りの術の実験台に使用としていたことも、逃げようとしていたことも忘れ、彼女はつぶやいた。




