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騙る世界のフィリアリア  作者: 絢無晴蘿
第三章 -黄泉還り-
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03-07-02 生きたかったソレの話




ある少女の話。

どこにでもいるような少女は、たまたま運の悪いことに死んでしまった。

こんなところで死ぬなんて、少女は思っていなかった。

だから、死ぬ間際、死にたくないと願った。


願ったからなのかは分からない。

死にたい以外にも何かを願っていたのかはもう思い出せない。

いや、そもそもそれ以前の過去すらもう、彼女は思い出せない。



「なんで、なんでこんなことになるの?」

少女が泣いていた。

「わたしは、わるいことした? 生きたいって願ったからいけないの?」



何度も殺された。殺される痛みを繰り返した。それなのに、それなのに、死ねない。

いや、そもそも自分は今生きているのか。

死んでいるのか。

苦しくて、苦しくて。

命令されて誰かを殺すのも。

誰かに殺されるのも。

何度も何度も繰り返される。これは一体なんの罰ですか?

もう思い出せないけれど、本当に私はただ運悪く死んだのですか?

私は一体何処の誰で、どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうして


どうして


存在しているの?


ずいぶん前には、生きたかった気がした

でも、もう逝きたい

消えたい

消えたい

きえたい


そんな時に、語部に行ったのだ。

潜入して、情報を盗むために。

やっている事は間諜だ。

けれど、誰かに殺されることも殺すこともなかった。

痛くなかった。

苦しくなかった。

みんな、やさしかった。

裏切り者だってみんなにばれれば大変なことになるだろう。けれど、ばれてないうちは。

こうして、すごしていたかった。



爆発にアイリ達は頭を庇い、しばらくしてようやく顔を上げると、そこには倒れ、手足を魔術で拘束されたノインがいた。アダマストが静かに側に座っている。

ノインは、なにも言わない。

「なんで、裏切ったんだなんて、野暮なことだったな」

感情を押し殺した声で、アダマストは語る。

「お前は、最初から、選択肢なんてなかったんだから」

もしも許されるのなら、選択肢があったのならば――


最初はただ、生きたかった少女は、逝くことを望み、そして泣いた。







小雨が降っている。

マコトは剣を片手に森の中を走る。

湿った地面に慌てた様子で走って行く少女の足跡がくっきりと残っている。

別に逃走に慣れているわけではない彼女を追いかけるのは容易だ。腹の傷も手当てなどできていないだろう、転々と血痕が残っている。が、空を飛ばれれば魔術の使えないマコトには追う手段がない。

音川アルトに空の封鎖を要請したのでしばらくは地上を逃げることになるだろう。だが、それがいつまで持つかは分からない。とにかく早く彼女を捕縛しなければならない。

今、彼女の元に黄泉還りの子供達はいない。今が好機なのだ。

徐々に前から誰かが走る音が聞こえてくる。

姿が、ようやく見えた――が、そこにもう一人。先ほどまでいなかった少年の後ろ姿もあった。

後ろ姿だけでも分かる。

「……クリス・ハルフォンド」

今は、ツェーンと呼ぶべきなのか、それとも千引玻璃と皮肉を込めて呼ぶべきなのか。

小さなつぶやき声だったが、聞こえたのだろう。

「霧原マコトっ」

憎々しげに、ソレは足を止めてマコトを睨み付けた。

「あぁ、そうだったわね。あなたは、『彼』に殺されたんだったわね」

嗤う魔術師に、マコトは剣を向ける。

「殺しなさい、すぐに。ふふっ、こんなところで復讐ができるなんてね」

嗤う彼女は、そう言うとヒポグリフに乗ろうとする。

それはさせられない。空に逃げられないとしても乗ってしまったら捕縛できるか分からない。

懐に隠し持っている短剣を投擲する。一本だけではない。

「は? うそだろ?」

不意を突いたつもりだが、いくつかはツェーンに止められる。が、そのうちの数本はヒポグリフの足を傷つける。

忌々しげに彼はマコトを睨み付けた。

「お前だけは……オレが殺してやるっ」

「……」

剣を振り上げるツェーンを、マコトは無表情でちらりと見ると、ひらりと躱して魔術師との距離を詰める。

今は、彼と戦うよりも先にしなければならない事がある。

「早く、私に害しようとしている奴らを皆殺しにしなさい」

わめく少女は、負傷したヒポグリフを無理矢理走らせようとする。

逃がすわけにはいかない。傷を庇いながら、主人の言うことに従い走ろうとするヒポグリフの翼を、マコトはつかんだ。

そのまま、引きずられるように進んでいく。

その後ろを、ツェーンは追いかけようとした。


「……玻璃」


その声に、思わず足が止まる。


よく知っていた少女の声だった。


振り返れば、彼女がいるとすぐに分かった。


「違う、オレは、ツェーンだ」


自分に言い聞かせるように、彼はそう言って振り返った。


泣きそうな、でも泣くまいと手を握る、音川アルトと旧アーリア皇国で出逢ったアインがいた。

『早く、私に害しようとしている奴らを皆殺しにしなさい』

ツェーンの主人はそういった。

誰か、と指定をしなかった。害しようとする奴らとしか。

だから。


体が自分の意思とは反して動く。


もう、慣れっこになった感覚だったが……それを『少し』だけ怨んだ。

剣を向けられたアルトは唇をかみしめ、アインは彼女を庇うように前に出た。

「貴方と戦うつもりはない、なんて言っても無駄なんでしょうね」

アインが静かにそう言うと、拳を握る。そして、後ろにそっと小声で尋ねる。

「アルト、貴女なら、先に行けるわね?」

ほとんど決定のように言ったが、アルトは言葉に詰まる。

「そ、れは」

目の前に、千引玻璃が存在している。

彼と、もっと話したかった。どうしてこんな事になってしまったのかと。どうすればよかったのか。

けれど。

「……はい」

今、何をすべきかは理解している。

若干の迷いはあるものの、アルトは顔を振って雑念を追い払うと、前を向いた。

風で追いかければ、魔術師とマコトまですぐに追いつくはずだ。

「行って!!」

アインは言うよりも早く、前に出るとツェーンに攻撃を仕掛けた。

そのすきに、とアルトは風を呼ぶとふわりと浮き上がってマコト達の後を追いかける。

今、この辺りは飛ぶことはできないようにと風の精達が邪魔をしているが、アルトだけは別の話だ。

地上で戦うツェーンと、空を行くアルトの目が、すれ違いざまにあったが、それは一瞬のことで、すぐにお互いの姿は見えなくなった。



最近短めの投稿ばかりです。

他の趣味に浮気したり、コロナ騒ぎでちょっとばたついてしまっています。

しばらく、短めの投稿が続くかもしれません……。

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