03-07-01 いきたかったソレの話
ほんの少しだけ、昔の話をしよう。
いや、彼女にとってはほんの少しだけれども、普通のヒトたちにとってはずいぶんと昔の話になる。
そこは、酷く薄暗くて息苦しい部屋だった。
非人道的で外道な術を使い続けていた場所だからかもしれない。
訳も分からず連れて来られて、苦しみ殺された人々の無念がこびりついているようだった。
拭っても消えない血痕。痛みに暴れた人々の残した痕。そして、残された魔術の執り行われた跡。忌まわしいその部屋に、私達はいた。
橙がかった濃い金髪に青の瞳、優しくて、そしてさみしがり屋の女の子。フィーユ・郁・レティーシャ。私の、親友。
もう、私の体は自分の意思では動かない。
そのうちにこの意思も記憶も、失っていくかもしれないという恐怖が忍び寄ってくる。
だから私は、これからとってもひどいことを彼女に言わなければならない。
とってもひどいことを、頼むのだ。
私は、禁を破って死者を黄泉還らせる魔術師を追っていた。しかし、自分の力量も見定められず、愚かにも殺されて利用された。いわゆる、ミイラ取りがミイラになったのだ。
自分はすでに死んでいる。死んだというのに、こうしてこの世界に存在しているのは、禁術によるものに他ならない。
どうやら禁術がちゃんと発動する前にあの魔術師は逃げてしまったようだが、それでも死者がここに存在しているという事実は変わらない。黄泉還りとしては不完全な自分だが、主人である魔術師の最後に残した皆殺しにしろという命令は頭に刻み込まれている。
私の親愛なる友は、自らの危険を顧みずにここまで救いに来てくれたというのに、私はその手を取ることはできなかった。
「スカラ」
優しい子。
彼女を殺そうとする私を、彼女は泣いて止めていた。
「スカラ……私は……」
私が死んだことを理解しているのに、優しい彼女は私を傷つけないようにとしている。
ダメなんだよ。
もう、ダメなんだ。
私は死者で、貴女がどれだけ魔術に優れていようとも、助けることはできない。
死者は蘇らないという理は変わらない。この世界の、決まりなのだ。
私はヒトの道を外れた化け物だ。
「ごめんね、フィーユ。優しい貴女に、こんな役割を押しつけて」
フィーユの持つ剣が頸の皮を薄く切った。
それを見て、彼女は剣を引いてしまった。
きっと、殺せない、殺したくないなんて考えているのだろう。なにか方法があるはずだと。
そんな都合の良い話なんてない。探せば、もっと時間があれば、違う結論が出たかもしれないけれど、よい解決策が見つかったかもしれないけれど、今は間に合わない。
「私は、もう死んでいるの。だから、お願い……私を、ちゃんと殺しきって、フィーユ」
親友の目に涙があふれてあふれて、こぼれ落ちていく。
「スカラ……スカラムーシュ……ごめんね」
優しい子。
すべては私の油断が招いた結末。ソレなのに、後始末をお願いしてしまう私は本当にひどい友だ。
「ありがとう、フィーユ」
一瞬のうちに、私の頸ははねられた。
黄泉還りとして不完全だった私は、そのまま――消滅した。
残された彼女は、どれほど辛かっただろう、苦しんだだろう。
親友を助けることすらせずに殺し、悲しむことすらせず黄泉還りの魔術師を追った冷徹の魔女と呼ばれても、彼女は何も言わなかった。
そんなわけないのに。
もう助けようがなかった私を、泣きながら救ってくれた彼女が、冷徹の魔女なんて呼ばれて良いはずがないのに。
これは、ほんの少し前の話。
私の後悔と、優しいあの子の話。
そして。
願わくは、生きたかったカレが救われることを祈っている。
「あははははははは」
あの時と、同じ笑い声が響く。
爆発で崩れた部屋。見れば上の天上に穴が開いている。ひどい有様のその部屋で、フィアは嗤っていた。
対するフィーユの表情は硬い。
前回、魔術師を追い詰めたときも、フィアはフィーユの前に立った。
親友を殺して、それでも進もうとしたフィーユの前に。
嗤う彼女をフィーユは殺せなかった。だから、今がある。今も、ヒトビトが死んでいく。
フィーユがあの時フィアを倒し、魔術師を捕まえていれば、こんな事にはならなかったのに。
彼女は、フィーユの後悔だ。
「こんどこそ……決着を」
「つけられると良いねぇ? 冷酷の魔女さん?」
フィーユは魔女だ。特に苦手とする属性はないが、特出して得意なものもない。無詠唱で中級の魔術なら連発ができるが、大魔術は難しい。普通の人よりも魔力も技術もある。けれど、災厄の魔女と呼ばれる風術特化のシルフなどと比べると見劣りする。
彼女は万能であり、逆を言えば得意なことのない、魔女。
大量の魔術を息のつく暇もないほど展開していく。だが、攻撃力が足りない。どれほどの魔術に攻撃されようが、黄泉還りであるフィアの体は再生していく。
フィアの動きを止めるには、力が足りなかった。
「そう、その顔。それが見たかったの!」
目を輝かせながらフィアは歌うように言紡ぐ。
「痛いわよね? 苦しいわよね? 体でも心でも何でも良いから、傷ついてぼろぼろになって、痛む姿を見たかったの」
振るわれた剣を風でいなしながら、フィーユは顔をこわばらせた。
「だって、あなたを苦しめている私は、ここに存在している」
フィアは、黄泉還りだ。
「生きているって実感できる」
すでに死んでいる。
「あはははははははははははははは」
狂うことでしか自身を保てなかった黄泉還りは、嗤い続けた。
「私は、あなたのことを何も知らないし理解できない」
静かに、フィーユは言う。
「哀れだと思う。逝けない貴女たちを。けれど、私達は、生きているから貴女たちの行なうことを、許すわけにはいかない」
フィアの魔法が、何か壁のようなモノに当たって消えた。
不思議そうに首をかしげる。
フィーユが結界を作ったわけではないのに。どうしてと。
フィーユは足を止めてフィアを真正面から向き合った。
剣が、フィーユの前で止まる。
「結界……」
しかも、かなり強固なものがフィアを閉じ込めるように作られている。
フィアは辺りを見回した。
フィーユの後ろに従っていた者達が少し離れた場所から結界を作っている。いや、先ほどより数が少ない。上を見れば、開いた天上の穴の上でもなにやら結界を作っている輩がいる。
「はは……」
こんな、あっけない終わりなのか。
フィアは全力で結界へ攻撃を行なう。壊れない。
出られない。
フィーユが、フィアを見つめるその顔には、表情が何もなかった。
どうしてそんな顔をしているのか。
苦しんで欲しいのに。
逝けなかった彼女は、嗤い続けていた。




