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騙る世界のフィリアリア  作者: 絢無晴蘿
第三章 -黄泉還り-
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03-06-02 魔術師のセカイ




降り止まない雨は、髪や服を濡らしていく。

雨の音は周囲の音を消してくれるが、それでもうっとうしいモノはうっとうしい。

これからの黄泉還りとの戦闘はきっと苛烈を極めるだろう。過去のように、死者も出るかもしれない。そんな先を考えると暗くなるが、この雨でさらに憂鬱な気分になっていく。

アルトは、ぬれた前髪を掻き上げながら、最後の確認で地図を見る。

すでに暗記するまで頭にたたき込んでいるが、それでも自分の動きによって死者が出るかもしれないと思うと何度も確認したくなる。

大丈夫、絶対に成功させる。そして……。

気持ちを落ち着かせて、アルトは始まりの合図を待った。

夜が、明ける。

雲であまりわからないが、それでも東の空が少しだけ明るくなっていく。

一番目のジョーカー、フィーユが、アルトに頷いた。

「お願いするわ」

「……はい」

風を、周囲に集めていく。優しく、しかし、望みの結果を得るために強い風を。

数十人のヒトビトを、移動させるために。

風を熾した。



アルトはかつて、風を操れなかった。



風の精霊達に愛された愛し児であるというのに。いや、愛し児であったが故に。

小さな頃から多かった魔力。そして、風の精霊達の守護。それはアルトの身を守ったが、周囲の者達を傷つけた。

アルトが泣けば近くの者達に風の刃が襲い、喜んで笑えば風が吹き荒れる。感情の揺らぎで、ソレが正でも負でも関係なく風が吹き荒れた。

だから、幼少期は祖母に預けられた。

同い年の友人など、作れなかった。

制御できない風が、誰かを傷つけるから。

ようやく風がヒトを傷つけない程度に納められるようになったのは5つの頃。

風が勝手に吹き荒れないようにできるようになったのが、7つの頃。

友だちが誰も居なかったアルトに友だちができたとき、風術師として、風を制御できるようになっていたけれども、絶対に傷つけまいとさらに制御に打ち込んだ。

まるで自分の手足のように、小さな針に糸を通すような繊細な動きすら可能にして。


音川シルフは、災厄の魔女など言われる風術師だ。黄泉還りすら消滅させた、風術師の中でも最高位の存在だ。風の愛し児ではないが、愛し児であるアルトですら凌駕する戦闘力と経験がある。だが、そんな彼女に唯一アルトが勝るモノがある。それが、風の制御。


大切な人を傷つけたくなかった。

そんな思いを叶えた結果だった。



一般的に、一つの属性に特化していると、他の属性を不得意とすることが多いが、そんな中でも雷属性の魔術も得意とするアルトは奇異な存在だ。

雷は光に通じる。光の屈折を利用して移動する集団の姿をごまかしながら、アルトは指定された森へとヒトビトを運びきった。

ばれては居ない、と思うが確実ではない。

速やかに戦闘部隊が出発する。そして、アルトは残された。

拘束したヒトの移送や、負傷者が出たとき助けられるように。何かあったとき、助けを呼べるように。

分かっていて、納得もしてここに来たが、それでも見送るのは辛かった。

雨はまだやまない。

そこに、暗い影が、落ちる。




カリス、アイリ、そしてティアラはアマーリエと共に進む。

森の中に存在した拠点は、思っていたよりも大きかった。

森を抜けると見えてくる、巨大な建造物。周囲の木々は切られ、開かれた整地がある。そこには、いくつかの飛行を行なうための魔具やヒポグリフや飛竜のいる小屋がある。おそらく、これらで移動していたのだろう。

事前に潜入した者達からの情報でこちらは聞かれていたので、数人の魔獣使いや魔術師が黄泉還りが逃亡できないようにと魔獣を眠らせたり、魔具を封印していく。

その作業の終了と共に、みな定位置につく。


「こんにちは。私はアーヴェのジョーカー、フィーユよ。これより黄泉還りの魔術師、およびその協力者を禁術の研究、誘拐、殺人の罪で拘束します。おとなしく、投降しなさい」

拠点に正面からフィーユが突入した。その声と共に、他の入り口や窓からカリス達が突入した。

黄泉還りの魔術師の拠点、だがそこには生きた人間達もいる。黄泉還りの子供達は自らの意思を持ち行動しているが、失敗作達には意思がなく、ただの操り人形だ。そんな彼等を指揮するのに、黄泉還りの子供達は数が少ない。だからだ。

彼等は、何も言わず投降せずに黄泉還りの失敗作を呼び出して抵抗する。それを、アーヴェ側も黙っては居ない。


「カリス、そっちに行ったよ!」

「あぁ、了解だっ」

カリス、ティアラ、アイリ、アマーリエは潜入した一室で、戦闘を行なっていた。

ティアラが魔槍を振るい、黄泉還りの失敗作、動く骨や動く死体の足を吹き飛ばしていく。動けなくなった黄泉還りをカリスが式神太陰の風を操り集め、さらに彼等を結界で閉じ込める。殺しはしない。殺したところで彼等は復活してしまうからだ。ならば、閉じ込める、もしくは行動できないように拘束すればよい。

結界もいつかは壊れてしまうが、だが今回彼等を殺し尽くすことが目的ではない。

黄泉還りの魔術師を拘束することが一番の目的だ。

かつて一度は魔術師を見つけて追い詰めたが、拘束することは叶わず、長いこと彼女は逃げ延びその足跡すら見つからないように隠れ続けた。今回、拘束しなければまた同じ事が起こってしまう。

側でアマーリエとアイリが同じように黄泉還りを倒していく。

「ふぅ、これで最後かしら」

アマーリエが黄泉還りの失敗作を呼び出したヒトを拘束したときには、黄泉還り達はほとんどが拘束されていた。

「あとは、後方の部隊に頼みましょう」

そう言って、進む。

先頭はティアラが行く。

ティアラは魔槍によりある程度の傷ならば問題なく行動できる。彼女を中心に、カリス達は進む。

フィーユ達、正面から突入する本隊が黄泉還りの魔術師が居るとされる区画へ向かうことになっている。カリス達は研究員や黄泉還りの失敗作達を拘束する役割である。

事前に打ち合わせしていたとおりに進んでいく。

もし、黄泉還りの子供達と接触したら、結界などで拘束した黄泉還りの失敗作を壊しながら待機しているウィルベルを呼ぶ事となっている。

ゼクスを速やかに拘束した彼ならば、ある程度の思いがけない出来事でもどうにかできるだろう。他にも数人待機しているらしい。

いくつかの部屋を制圧しながら、次の部屋へと進んでいく。

と――部屋に女性がいた。研究者ではない。服装が私服だ。協力者達とも雰囲気が違う。

彼女が、扉を開いたティアラ達を見て、目を見開いた。

「驚いた。アーヴェね……」

アイリが、息をのんだ。

「ノイン……殿」

かつて、アーヴェの下位組織語部のクイーン……ノイン・ノインがそこに、いた。

「久しぶりね、アイリ」

カリス達の中で、実はアイリが最も星原に所属して長い。アマーリエよりも。故に、他の組織のヒトビトとも顔見知りであることが多い。

アイリは、よく楽しそうに笑っていたノインの姿を覚えている。だが、今はまったく違う。どこか空虚な無表情で、彼女は皮肉げに笑った。

「とうとう、捕まえに来たのね」

「……ノイン殿、どうか、投降を……私は貴女と戦いたくない」

彼女は、黄泉還りの子供達の一人だった……その情報は知っている。だが、改めて対面するとやはり知っていることと理解していることは違った。

彼女と、戦いたくないとアイリは首を振る。

「…………そう、できたら、良かったのに」

ぼそりと、小さくノインはつぶやいた。あまりにも小さなつぶやきは、誰にも聞こえない。

「無理よ。私は、あなたたちを、殺さないといけない。侵入者には、死を……大丈夫、死んだら仲間にしてあげるから」

何も大丈夫じゃない。それでも、ノインの主であるあの魔術師の言葉を繰り返す。

「ノイン殿っ」

「アイリ、下がって!!」

ティアラが、前に出る。魔槍を振るう。だが、届かない。

ノインはティアラの魔槍をひらりと避けると、側の壁に立てかけてあった剣を手に取った。

「ウィルベルを、呼ぶぞ」

ノインに聞こえないように小さな声でカリスがそう言うと式を飛ばす。少しばかり時間がかかるが、すぐにウィルベルが来るだろう。

「……あぁ」

黄泉還りの子供達は主人に逆らえない。きっと、ノインもそうだ。

だから、彼女が戦うのならば、戦うしかない。

アイリは唇を噛みながらも、頷く。

これ以上、説得なんて無意味で、どうにかするには彼女を拘束するしか手段はないだろうから。




アルト、カリス、ティアラ、アイリ達を見送ったテイルは、本部にそのまま泊まり、朝を迎えていた。

朝早いというのに、本部はいつも通りヒトビトが働いている。

未だ戦争の開戦で世界各地で混乱が起きているから。戦争の被害が報告次々にされている。

そんな中、テイルはアマーリエから頼まれた仕事をこなしていく。

仕事が終われば、スワーグの星原支部に戻らなければならない。今、支部にはキーマしか居ないから。

しかし、アルト達は無事なのか……ここから離れがたく、仕事の進みは遅々として進まない。

そして、心配なことはもう一つ。

今回の黄泉還りの魔術師の拠点に襲撃する人員の中に、彼が……マコトいなかったこと。

彼は……玻璃が黄泉還りであることを知っていた。知っていて、星原襲撃時にわざと彼を殺したのだ。

そして、マコトはアインやウィルベルの協力を要請し、黄泉還りの件に深く関わってきた。

今回、アインとウィルベルは作戦に参加している。だが、彼は居なかった。

本当に?

もしや、彼は……。

考えすぎ、なんて思えない。彼は、何を考えているのか、自分では予想できないから。

「テイル、くん」

考え事をしていると、よく知っている声が聞こえてきた。

周囲を見れば、すぐ近くで日野出流がこちらに手を振っていた。

「出流?! 久しぶりだね」

「うん、テイルくん。元気そうで良かった」

まさか、こんな日に会うとはと、テイルはどうしたのかと首をかしげた。

「今日は、ちょっと本部の方に書類を提出に……と、今日があの日だって聞いたから……でも、よく聞いたらもう事前に行っていて、早朝からだったんだね」

「ごめんね、あんまり詳しく話していなかったね」

「ううん。うちはどうにもできないから、いいの……あの、さ、マコトくんはどうしているか知っている?」

「……いや、今回の作戦に参加していないみたいで」

ちょうど考えていたことを出流に聞かれ、テイルは目を伏せる。

「でも、彼の事だから、もしかしたらどこかで参加しているのかもしれないけど……」

「そっか……」

出流は静かに頷いた。

早く、終わって欲しい。早く、帰ってきて欲しい。そう、思いながら、テイルは残った仕事を手で握りしめた。




静かな廊下をマコトが歩く。

足音だけが、周囲に響く。

一番奥に扉があった。

飾り気のない扉。彼はためらいもせずに扉を開いた。

そこに、少女がいた。

かわいらしい家具、おおきなぬいぐるみ、子どもが遊ぶような少女人形のような服を着た少女。

金髪に、蒼い瞳の人形のような娘だった。

「こんにちは、三番目のジョーカー」

彼女は、薄く笑いながらいった。

マコトが、応える。

「……ずっと、会いたかった」

その声は、震えていた。

基本感情をあまり出さない彼が、その声を震わせた。

「…………お前を、拘束する……黄泉還りの魔術師っ!!」

人形のような少女は、笑う。

「ふふっ」

ヒトビトを殺し、殺し、殺し、殺し、殺し、殺し、殺し、殺し、殺し、殺し、殺して、屍の山を作ってきた少女が、笑う。

まるで、純粋に玩具を見つけて楽しむ少女のように。

「うふふふふふ、うふふ。できるのならば、どうぞそうして。魔力を持たない暗殺者さん」

その声と共に、彼女の後ろから女性が現れた。

「そう。彼女を殺せたらね」

不気味に嗤う女が魔術師を庇うように前に出た。

「あら、あの魔女じゃないのね」

そう、不満を言いながら、嗤う。

「フィア」

マコトは、目の前の黄泉還りの子供の名を、つぶやいた。

「えぇ。久しぶりね。星原の子よね? あの時は、本気を出せなかったんですって? あの冷徹の魔女じゃないのは残念だけれど、とても、とても、楽しみだわ」

そうだ。二人は以前出会っている。

星原でダスク共和国にテイルや陸夜達と共に行ったときにフィアとアハトと戦闘となったのだ。

その時、マコトは本気で戦えなかった。暗殺者であった過去を隠していたが故に、その能力を隠しての戦闘だった。

その時のことをフィアは思い出しながら、少年を見る。

黄泉還りの子供と魔術師の前に居るというのに、彼の反応は乏しい。声が震えたくらいで、その表情は無表情を貫いている。

魔力を持たない、元暗殺者。魔法を使えないという不利な条件を持ちながら、セレスティンの幹部に上り詰め、そして裏切ったアーヴェの密偵。三番目のジョーカー。

黄泉還りの魔術師は、世界中のヒトビトを調べて黄泉還りの子供になれる適性者を探してきた。だから、マコトの事も調べていた。

立場や能力は調べれば出てくるが、彼について詳しい過去……暗殺者になる前の彼についてまったく情報がない。黄泉還りの子供達の適性があるのか、分からないが故に注目していた。

彼が、黄泉還りについて調べていることは分かっていたが、まさか一人でのこのこやってくるとは思っていなかった。うまくいけば、実験体として遊べるかもしれない。そう、黄泉還りの魔術師と呼ばれる少女は笑った。





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