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騙る世界のフィリアリア  作者: 絢無晴蘿
第三章 -黄泉還り-
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03-03-05 死したシカバネを殺す



ミュラとネミの二人の足音が、遠ざかっていく。

ソラはその音を聞きながら、部屋を見渡した。

ソラへ手を伸ばす檻の中の黄泉還り達。そして、なにか魔術を執り行おうとしていたのだろう、その残骸と書類。

どうも、拘束していた黄泉還りが逃げ出した、もしくはわざと逃がされて人を襲っているようだが、想定していなかった事態なのだろう。様々な物が残っている。

それを、少しずつ調べていく。

知っている情報が多いが、それでもなにか見落としがあるかもしれない。重要そうな書類を集めて、やがて部屋から出た。まだ、隣にも部屋がある。中に誰も居ないか、扉に耳をつけて音を聞く。何も聞こえない。

そっとソラは扉を開いた。

物置のようで、実験器具が所狭しと置かれている。さらに、ヒトだったなにかも。

大きなガラスの瓶に液体と共にヒトの一部が浮かぶ。

目、足、手、臓器、脳、見ても気分が悪いだけだと、ソラはそっと部屋を出た。さらに、なにかないかと他の部屋を開けていく。

しかし、とくに目新しいものはない。最終的に、最初の部屋へと戻ってきた。

何かあるのならば、この部屋だろう。

――と、足音が聞こえた。

ミュラとネミが戻ってきたのかと思ったが、しかし足音は一つだ。

階段を、降りてくる。

物陰へと隠れた。


「――荒らされた、後か」


少年の声が、響いた。

ソラは、隠れながらも、やってきた人物が黄泉還りではなかったことにほっとする。黄泉還りと戦えるとはいえ、死んでも死なない化け物を何体も相手にするのは精神的に悪い。

聞こえてきた少年の声は、めんどくさそうな、やる気の無いものだった。

檻の中の黄泉還りには興味が無いようで、奥へと向かう。

特に奥には何もなかったはずだが、彼は近くの机をあさると、ため息付いた。

何かを出して、そして部屋を出て行こうとする。

入り口まで来ると、ふと立ち止まり、中をもう一度見た。が、なにも見つからなかったようで、また前を向く。

――彼は、何者なのか。この部屋を知っている、そして、黄泉還りを見ても動揺しなかった。おそらく、彼はこの場所で行なっていたことを知っている。そして、なにかしら重要な物を回収しに来たのだろう。なにかしらの立場の人物である可能性も高い。

なら、やることは決まっている。

「――失礼!!」

入り口近くの物陰に隠れていたソラは、飛びだすと少年の腕を掴み、思いっきりよく背負い投げた。逃げるのは許さないと、彼が立ち上がる前に地面にたたきつけ、腕を拘束する。

大きな件を腰に下げていたが、それを乱暴に外すと、遠くへ蹴り飛ばした。

「きさまっ」

金髪の、まだ若い少年がソラを睨み付けた。暴れようとするが、ソラの方が力が強い。

単純な力比べならば少年の方が強いだろうが、ソラは魔術で力を強化している。

「動かないでください」

自分の立場に気づいたのか、彼は力を抜いて、ソラを睨む。

片手で少年の懐を探る。すると、皮の袋がでてきた。他には何もない。

振ると音が聞こえる。石、のような物がたくさん入っているようだ。

いったい、何なのか。中身に興味を持ったとき、少年の体から炎が巻き起こった。

肌をあぶられて、思わずソラは拘束を緩めてしまう。その瞬間を彼は逃さなかった。

先ほどよりも強い力で彼はソラの拘束を無理矢理外すと、袋を奪い取ろうとした。

それほど大切な物なのか、ならば、渡すことはできない。意地でも渡せない、とソラは彼の手から逃げると、階段を駆け上がった。

後から、遅れて駆け上がってくる音が聞こえてくる。その前に、と袋を乱暴に開けた。

そこにあったのは――紅玉、碧玉、緑柱石、様々な種類の宝石が付いた首飾りや指輪、加工していない原石だった。多種多様なそれは、細工もなにもかもばらばらで無作為に集められたようだった。

こんな物を、彼は取りに来たのかと気が抜ける。どれほど重要な物かと思っていたのに拍子抜けだ。が――。

「返してもらおうか」

立ち止まっていたソラの元に、少年が追いついていた。

先ほど蹴り飛ばされた剣を、ソラに向ける。

ただの宝石だが、それほど大切な物ならば、詳細に調べれば何かしら分かるかもしれない。ならば、返すことはできない。

ソラは無言で懐にそれを入れると、彼に向き合う。

ふと、服が焦げていることに気づく。先ほど、ソラから逃げたときに炎を巻き起こしたからだ。ソラの手はまだ少しやけどで痛い。

だが、彼の肌は何処も焼けていないように見える。

イヤな予感がした。

少年が動く。

剣を振り回すが狭い室内ではうまくいかない。あまり戦闘になれていないのかと思いつつも、ソラは素手で彼の懐に潜り込む。一撃。腹部に思いっきり拳をたたき込む。

うめき声を上げ、たたらを踏みながらもどうにか踏みとどまった少年は剣を振るうが、ふらふらの剣では届かない。

足払い。簡単に転倒した彼の剣を奪うと、先ほどよりも距離を置いて、剣を彼ののど元に突きつける。

「あなたは、何者ですか? この宝石は、何ですか」

少年は、答えない。

このまま拘束して連れて行けるか、考える。

紐くらいなら探せば出てくるかもしれないが、彼は炎術が得意なようだ。簡単に燃やされてしまうだろう。かといって、他になにか良い物があるかと言ったら特にない。

魔術封じが腕にあるが、取り外しは簡単にはできない。

どこからともなく、戦いの音が聞こえてくる。誰かが戦闘をしているのだろう。遠くはない。

「くそ……」

少年が小さな悪態をつく。

もう一度、正体を問おうとしたときだった。

彼は、剣があるにもかかわらず、身を乗り出した。首筋が少し切れる。そして、刀身を掴む。

「なっ」

「何者か? 見れば分かるだろう」

血が、流れて止まった。

傷が、消えていく。

諸刃の剣は、彼の手を切り裂くが、すぐに再生していく。

「よみ、かえり……っ!!」

ただの黄泉還りではない。数人しか居ない意思を持つ黄泉還りの成功体。

面倒な相手だ。

死人を殺すつもりで戦わなければと思ったとき、目の前で炎が燃え広がった。一瞬、思わず目をかばう。

走る音が聞こえる。

そっと目を開くと、目の前には誰も居なかった。少年が走って行く後ろ姿が見えたが、それをソラは追いかけなかった。

「……はぁ」

ほっとして、廊下に座り込む。彼の置き土産の剣を手放すと、廊下に転がっていった。

いったい何が起こっているのか、地下に閉じ込められていたソラには分からない。だが、きっと何かが起こったのだ。彼を追った方が良かったのかもしれないが、黄泉還りを一人で拘束できるとは思えない。見送った彼女は、しばらくすると立ち上がり、歩き始める。

ここから、脱出するために。





闘技場に近づくにつれ、戦闘音がよく聞こえるようになってくる。

剣がはじかれる音、何かが壊れる音。激しい戦いに、ティアラは思わず息をのんでいた。

「ここ、ね」

アインが、職員が出入りする入り口を見つけると、そっとその扉を開けた。

風が、焼けた臭いを運んでくる。

先ほどまでヒトビトで賑わっていた闘技場。観客席も舞台も原型が分からないほどに崩れていた。そこに、女性が二人相対している。

火傷と切り傷が痛々しいフィーユ。そして、服こそぼろぼろになっているが、傷一つ無いフィア。どちらが追い詰められているか、明白だった。

「……ティアラさん、私が出たら、フィーユさんでしたっけ? 彼女と一緒にここから離脱してください。あの黄泉還りは、私が止めます」

「えっ。でも」

「黄泉還りを、私は殺しきれませんが、止めることならできます。それに……近くに、まだ黄泉還りがいます。出来損ないではなく、意思をもち、魔術師に従う子供が。一人ならともかく、それがこちらに合流しては、あまりにも分が悪い」

「……わかった」

「もう少し外が落ち着けば、死神の方達も来るでしょう。一度撤退して体制を整えるべきです」

確かに、と思いつつティアラは頷いた。

「でも、あなたも危険だと思ったら、退いてよね」

「……」

その言葉に、アインは目を丸くしてティアラを見た。

「え、なに? どうしたの?」

「いえ……そんなこと、言われるとは思わず。そう、そうですね」

彼女はなにやら頷くと、先ほどよりも明るい表情でもう一度中を見た。

「準備は良いですか?」

「だいじょうぶ!」

「行きますよ!」

アインが先行して奔る。

一気にフィア達と距離を詰め、そしてフィアを蹴り飛ばした。

突然の乱入者にもフィアはすぐ防御する。が、アインの蹴りは思いの外強く、すぐには動けない。それを良いことに、連続で蹴りが入れられる。

その間に、ティアラはフィーユの元へと走った。

乱入者に驚いて、しかしその隙を逃さず治癒術をかけている彼女は、ティアラの姿を見て、顔をしかめた。

「なんであなたが」

「説明は後で! それより、一度逃げよう!!」

「なぜっ。今彼女を逃がしたら、またいつ見つけられるかっ」

「この近くに、仲間が居るからっ。あたし達だけじゃ彼らを殺せないでしょ!」

「それでも、彼女だけでもっ」

パチンと乾いた音が響いた。

「ジョーカーだから、止められる人が居ないからって、一人で勝手に決めてっ、一人で敵の根城に乗り込んで、一人でやられて、ばかじゃない?! あなたの過去はちょっとだけ聞いた。大切なヒトを殺さなきゃいけなかったって、それはとっても辛いことでしょう。それを誰かにさせたくないって、少しは分かるよ。あたしが言える事じゃないけど。けど、だからって、あんたがぼろぼろになって良いって事じゃないでしょ!!」

一息に言い切ったティアラは、少し肩で息をしながらフィーユを見つめていた。

思わず少しずつ言葉が乱暴になってしまったが、それがティアラの本心だったから、どうにも止められなかった。

「あんたがなにを隠してるか知らないけど、あたしたちはこれでも星原の一員なんだ。ちょっとは、信頼してよ……」

先ほどよりも小さな声で、さらに言いつのる。

フィーユは何かを隠している。それが何か、分からない。それを知りたいわけじゃない。ただ、こんなのはイヤだった。

「……私は」

まっすぐなティアラの視線に耐えられないように、フィーユは目をそらした。

「はい、そういうわけなんで行きますよ」

「……あなた、結構強引ね」

「あたし、後悔だけはしたくないんで」

無理矢理引っ張るティアラに根負けして、フィーユは自ら動き出す。

動き出してからは迅速だった。ティアラとフィーユはすぐに先ほどまでティアラ達がいた扉の前まで来る。その扉を開けようとしたとき、静かに扉が開いた。

そこに、金髪の少年が立っていた。


「――は、り?」


思わず、ティアラはそうつぶやいていた。そんなことあり得ないと、分かっているのに。

彼は、死んだ。彼の遺体を、自分は見た。それに、彼は黒髪で……。

彼は、クリス・ハルフォンドにもそっくりで。

混乱する中、フィーユがティアラを引っ張って後ろに下がらせると、彼女をかばうように前に出た。

「ツェーン……どうしてここに……」

「……」

表情の読めない顔で、彼は二人を見る。

「……面倒なことをしやがって」

玻璃と似ている声。彼は、そう乱暴に言うと、ティアラ達の事など眼中にないとばかりに歩き出す。

「フィアっ。余計なことしやがって、魔術師サマがご機嫌斜めだ。さっさと帰還しろ」

そう、アインと戦うフィアに怒鳴りつけた。



フィアは、かつて人間だった。今は、化け物だ。

死んでも死ねない、化け物。そのくせして、痛みだけはある。

何度も死んで、殺されて、死んで、死んで、苦しんで、死んで、殺されて、それなのに、存在している。化け物。

最初の頃は、もう少しまともだった。

だが、壊れた。

心が耐えきれなかった。

普通の人だったから、致命傷を受け、筆舌しがたい痛みを受け、それでも生きている、そんな状況に彼女は狂ったのだ。

自分の痛みを、他人の痛みを見ることで癒した。自分の苦しみを少しでも他人に知らしめることで正気を保とうとした。彼女は、壊れている。

「あなた、ダレ?」

黄泉還りにされた親友を、殺した女。いつまでもその罪に苦しめられている哀れなフィーユで遊ぶことを楽しみにしていたフィアは、不機嫌だった。

ぼろぼろの彼女をいつ殺そうかと楽しんでいたところに現れたのは、平凡そうな女だった。

どこにでも居る、女性――フィアは知らないが、アインと名乗る彼女が、フィアの剣を止める。

死した者であるが故に、肉体の損傷など考えずに振られる剣は、少しでも当たれば致命傷になり得るものだが、アインは慣れた様子で避けていく。

そして、その目。おびえることなく、怖がることなく、フィアを見るそれには、憐憫があった。

そんな彼女の行動一つ一つが勘に障る。

「こっちを見るなっ」

振り回す刃が彼女をかすめるが、彼女はおびえる様子はない。

それどころか、素手でその刃をつかみ取ろうとする。つかみ取れないと、フィアの体を直接狙う。アインの拳がフィアの顔をかすめた。

痛みが頬に走る。少しだけかすめた場所が、赤く血がにじむが、すぐに消えて無くなる。

痛みはある、だが、黄泉還りには無駄だ。そう嗤いながら正体不明の女を殺そうと剣を振るった。

腹部に剣が刺さる。ニヤリと嗤った。

フィアはうめき声と、苦痛の表情を期待してアインの顔を見た。

「それで、どうしたの?」

彼女は、先ほどとあまり変わらない様子だった。

なにか、いやな予感がして剣を抜いて距離をとろうとした。

しかし、抜けない。剣を持つフィアの手を、彼女は両手で捕まえていた。

離せと叫びながらめちゃくちゃに手を振るうが、彼女は手を離さない。剣がどれほど深く刺さろうと、顔色を変えない。

ごきっと嫌な音と共に痛みが襲った。腕を折られたのだ。

骨はすぐにくっつくとはいえ、少しの間腕は動かない。

ふと、そういえばフィーユはどこにいるのかと思い出す。

彼女を、探そうとするが目の前の女が邪魔をする。そこでようやく気づいた。

彼女はフィーユを逃がすためのおとりなのだ。

そして、もう一つ気づく。

「あら、あなたも不死者なの?」

もしもただのヒトならば、死んでもおかしくないような傷を腹部に負いながら、それでもなお平然と動く彼女を見て、フィアは嗤った。

不死者同士の戦いは不毛だ。

そんな中、声が響く。

「フィアっ。余計なことしやがって、魔術師サマがご機嫌斜めだ」

数年前に黄泉還りになったばかりの小僧の声だった。

ちらりと見れば、ツェーンがいらだち叫びながらこちらに来るところだった。

フィーユもティアラも、ツェーンが何もせずに行ってしまったことにあっけにとられながら、動けずにいる。そして、アインもフィアの腕を放さずに彼を見た。

「さっさと帰還しろ」

「あら、なんで?」

どうせ彼らには自分達を殺すことはできない。それなのに、なぜ? とフィアは首をかしげた。

出来損ないはともかく、今だって彼らは自分を殺せないでいる。

「おまえの独断で動かしたからだろ。これ以上怒らせたいのか?」

「しょうが無いなぁ」

そう言うのが早いか遅いか、フィアの捕まえられていた腕がツェーンによって切られた。

そして、さっさとアインから引き離される。

「ちょっと、腕」

「一本くらいいいだろ。ほら、行くぞ」

腕を残されたアインは、剣を引き抜いて腕と共に捨てると、ティアラ達を見る。

ティアラはともかく、フィーユは満身創痍だ。今、二人を引き留めて戦闘をする――一人ならともかく、二人。合流した以上無謀だろう。たとえ、自身が黄泉還りであっても、彼らを殺すすべを持たないし、生きているティアラとフィーユが居る以上こちらの方が不利だ。

二人とも動かないように、と首を振る。

「あ、そうだ」

ふと、ツェーンが振り返った。

「てめぇらは死んでくれ」

パチンと指を鳴らす。それと共に炎が辺りを燃やした。

地響き、そして周囲で何度も爆発が起こる。

「なっ……っ?!」

いったいいつの間に仕掛けられたのか、それとも最初からあったのか、連続して爆発が起こり、辺りが揺れる。

アインは慌ててティアラたちの元へと走った。

天井が少しずつ、崩れていく。揺れが止まらない。

自分は良い。死んでも死ねないのだから。だが、彼女たちは生きている。

「ちょっと、何コレ?!」

ティアラが慌てるが何処に逃げれば良いのか分からずに叫ぶ。

入ってきた入り口が崩れる。辺りが炎に包まれていく。




そして、賭博場と地下の闘技場は完全に崩壊した。




遅くなりました。一応五話「死したシカバネを殺す」は終了となります。

いろいろ迷走してしまって、ちょっと納得のいかないところがあるので、もしかしたらいつか書き直すかもしれません……

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