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騙る世界のフィリアリア  作者: 絢無晴蘿
第三章 -黄泉還り-
116/154

03-02-01 君と出遭えたキセキ


一度目は、偶然

二度目は、必然

なら、三度目は








シエラル王国、桜都。

美しい白い石畳が続く都に、またしても影が差していた。

昨年のシエラル人への傷害事件が終わって静かで平穏な都に戻ったのもつかの間、今年に入ってまたしても事件が起こっているのだ。


アイリは呪詛返しを得意とする呪術士である。

呪詛返しが十八番ではあるが、他の呪術も得意であるし、陰陽術なども教え込まれていたので使える。

方違えやら占いやら、どこで使えば良いのかわからないものも覚えているので、なんだかんだ働く上で役に立っていた。

失せ物探しの術などはとくにだ。

「どう、でしょうか……」

目の下に隈を作り、憔悴仕切った様子の男性がアイリに必死な様子で問いかけた。

アイリは心苦しく思いつつも、首を振るう。

失せ物探しに使っている水の盆をもう一度見て、口を開いた。

「おそらく、この国の外に出てしまっているか、残念ながら……だと思います」

こういう依頼ではとても申し訳ない気持ちになる、そう思いつつも失せ物探しの術をもう一度行うが、何度やっても同じ答えしか出てこない。

すなわち、失せ物――この男性の行方不明となった娘がこの国からもう出てしまっているか、すでにこの世にいないかという答えだ。

そばで聞いていた彼の妻は、その言葉で目を閉じ、手で覆ってしまう。

この反応も今日だけで何度目だろうか。

アイリはこの異常な事態にため息をついた。


星原、シエラル支部から応援の連絡が来たのは、つい昨日のことだった。

シエラル支部にいる導師と呼ばれる青年によると、ここ一ヶ月で異常な数の行方不明者が出ているのだという。

若い年代が多く、家出や身代金目的の誘拐かもしれないと大々的になることが遅れてしまった。気づいたときには、あまりにも異常な数で、報告を聞いてからすぐに国で調査したが誰も見つからなかったのだという。

星原シエラル支部にも調査の依頼が来たため、導師が何人か人捜しの術を使ったがこの国にはいないという結果しか出なかった。

他の人たちも調べようとしたが行方不明者があまりにも多いので、本部からも人捜しの術が使える者を派遣してほしいと連絡してきたのだ。

「すまないね、休暇の前に後味の悪い依頼を頼んでしまって」

日暮れ後、星原シエラル支部となっている喫茶店でアイリは導師と合流して調査の結果をまとめていた。

本名、年齢、出身地、すべて不明だがなんだかんだでシエラル支部で働いているという青年は、申し訳なさそうにアイリに謝った。

正体は不明だが、精悍な顔つきに誰にでも優しいし仕事もできると評判で、アイリも今回仕事を一緒に行って確かに仕事が早いし正確だと感心してしまう。

だからこそシエラル支部にいるのかもしれない。

噂では、シエラル支部はシエラル王家からいろいろと無茶ぶりされることが多いのだとか。

「いえ、むしろ手がかり一つつかめず、申し訳ないです」

結局、行方不明者の捜索は難航している。一応、西の方向にいるという結果は出たのだが、シエラル王国は中央大陸の東端に位置している。そこから西を探すとなると候補の国が多すぎる。

犯罪者の多いフルキフェル、最近国が荒れているという宗教国家ルクシードベルク巫国(ふこく)、未だに戦火の後が残る旧アーリア皇国。その他にも様々な国がある。そんな中で行方不明者を捜すのがいかに大変なことか。

ただ、今回の誘拐事件はあまりにも大規模だ。おそらく組織によるものだろう。

その線で探っていけば見つかるかもしれないが……。

「実は……隣国の方でも同様の事件が起こっていることが先ほど友人からの情報でわかった。アーヴェ本部の方にも連絡をしたので、もしかしたら本部が動いてくれるかもしれない」

「そうだったのですね……」

確かに、他の国でも同様の事件が起こっているとなると、アーヴェが介入した方がいいだろう。各国につながりがある上に、国同士のいざこざなどに関わらず調査することができる。

「セレスティンがなくなったとはいえ、まだ物騒な世の中だな」

「はい……」

二人はすぐに調査書を完成させたが、夕飯の時間となっていて、シエラル支部支部長夢条天音が夕飯を作って待っていた。

ありがたくいただいたアイリは、後ろ髪を引かれながらも、星原本部へと帰ることとなった。





「アイリー、ちょっと寝坊しないでよー!!」

「すまない、昨日急な依頼が入ってな」

「もー!!」

朝、星原本部アヴィアをばたばたと二人の少女が走る。

走りつつ寝癖を直しながら荷物の確認をするアイリを、ティアラが後ろから押していく。

昨日、アイリは帰ってすぐに横になったものの、考え事をしているうちに眠れなくなってしまって結局寝坊してしまったのだ。

朝食は食べていないし、荷物を確認し忘れている。起きてこないアイリを呼びに行ったティアラも同様だ。

「あっ、お姉ちゃんいたよ!!」

どうやら二人を探していたらしい菫が姉の茜を呼ぶ。

「よかった、はい、これ後で食べて」

星原本部のご飯担当と名高い茜がティアラに渡したのは、少し大きめのふた付きの籠だった。

中から良いにおいがする。

「朝食適当に詰めといたの。あと、出流ちゃんとアルトとカリスとテイルお兄ちゃんによろしくね!」

慌てて走っている二人に合わせて走り、最後は駆け足気味に話すと、茜はよろしくねーと立ち止まって菫と一緒に手を振り二人を見送った。

二人は感謝しつつも足は止めない。

屋敷を出て、どうにか扉のある場所までついたときにはすでに待ち合わせの時間まであと三分を切っていた。

「ど、どうにか間に合いそう……忘れ物ないよね?」

ちなみに、待ち合わせ場所は扉のある場所から徒歩十分ほどある場所なので完全に遅刻だ。

「すまない。とりあえず現地に行って、足らないものは買いたそう」

「よし、じゃあ行こう!!」

大きな荷物を抱えて、二人は扉をくぐった。

行き先はスワーグ国。

山に囲まれ、山を開いて作られた観光地として有名な国である。






スワーグの中でも有名な喫茶店の外の席での待ち合わせ。二人は荷物を引きずりながらようやく到着する。

ちなみに、朝食は移動中にパンを食べていた。

歩きながら食べられるようにとパンにいろいろと挟んでくれた茜に感謝しかない。

「あ、来た来た」

あきらめ顔でアイリとティアラを待っていたのは、カリスとテイルだった。

その横でアルトがココアを飲んでいる。

「すまない、寝坊してしまった」

「一応いろいろ頑張ってみたんだけど、遅れちゃった。ごめん」

「まあ、そんなとこだと思ったよ」

「まあまあ、そう言わず」

カリスをなだめつつ、テイルは二人に席を勧める。

すぐにアルトがお品書きを広げた。

「これ、おすすめだって」

「では、こちらのコーヒーを」

「あっ、私はアルトと同じやつ!」

店員に二人が注文するのを確認して、カリスが話し始める。

「さっき出流から遅れるって連絡が入ったんだ」

流留歌の町の祭りからすでに一月、卯月となり暖かい日差しが降り注ぐようになり、過ごしやすい日が続いている。

以前から星原のスワーグ支部で働いているカリスとテイルから泊まりに来ないかと誘われていた四人は、ようやく集まることができたのだが、まだ出流が来ていないらしい。

ちなみに、星原本部にカリスとテイルは来づらいし、流留歌には出流がまだごたごたで来ることができないため、なんて理由もある。さらに、スワーグといえば観光地。有名な名所が多く、劇の舞台になることも多い。

年末年始がばたばたしてまとまった休みも取れなかったので久々の休暇である。

「そういえば、アルトはここまでどうやって来たの」

「最初は飛んでいこうかと思ったんだけど、潤にいが送ってくれたの」

「またか」

大和国からスワーグ国まで、シエラル王国と比べたらそこまでないが、それでも飛んでいこうと思うアルトがとんでもないと思いつつ、なるほど、とティアラは頷く。

風術が得意ではないので飛ぶなんてできないからよくわからないが、空を飛べる人たちは国を超えて飛ぶとか普通のことなのだろうか。

ちなみにその後、普通だったら魔力持たないぞ、とティアラにカリスがこっそり耳元で教えていた。

そんなことをしているうちに注文していた飲み物が届く。

朝食もそこそこだったアイリとティアラはようやく一息つける。

「そういえば、あたしもアイリもスワーグ初めてなんだけど、どこが一番おすすめ?」

「アルワって山の山頂とかよく舞台になってて観光地として有名だけど」

観光案内所で配っている冊子を見ながらテイルが説明する。

「あっ、それ聞いたことある! この前スワーグに来たときは全然観光とかできなかったから楽しみ」

以前、カリスに頼まれた出流とともにスワーグに来たことのあるアルトがうれしそうに言った。

「この辺りに有名な商店街があると聞いたのだが、そこに買い物に行きたい。有名な食事処やお土産屋があると聞いた」

「あぁ、このすぐ近くだ。でもお土産は最終日で良いだろ?」

「それと、東のスーレイの方で有名な竜脈があると」

「アイリ、おまえいろいろ調べてきているだろ……」

「ふむ、ばれたか」

実は何週間も前からいろいろな人に聞き込みをして図書館でスワーグのことを調べてきている。三日間で楽しみつくすつもりだ。

「とりあえず、これ飲んだら荷物おいてくか」

「さんせー!」

カリスの提案に、ティアラが勢いよく手を上げてココアを飲みきった。



スワーグは坂の多い国だ。

荷物を抱えたアルト達は、どこまでも続く坂道に少しばかり疲れを見せていた。

階段だけでなく、緩やかな坂もあるし手すりも至る所にある、だが、普段あまり坂道を上らない三人はへとへとだ。

「ねぇ、テイル。いつまで続くの……」

観光地から離れて住宅街を進む。

白峰山の麓に住んでいるアルトだが、山を上るがたいていは風で手伝ってもらって上っているのでそこまで山道を登ることになれていない。

「後もう少しですよ。ほら、あそこに見えるのがスワーグ支部ですよ」

「あぁ、そういえばこの辺、見たことがあるような……」

あの時も上るのが大変だったと思い出したアルトはここにまだ出流がいないことを残念に思った。

ここから上ってきた道を見ると、以前と変わらず美しい風景が続いている。

「あれ……?」

ティアラがふと立ち止まり、首をかしげて何かを見ている。

「どうしたの?」

「アルト……あれって……?」

「ん?」

見ると、スワーグ支部のある方から、見覚えのある少女が降りてこようとするところだった。

「あ、アルト! みんな!」

「出流っ?」

遅れると連絡が来たはずの出流がいたのだ。

その後ろには、以前もあったことのあるスワーグ支部の支部長アマーリエが続いてくる。

「ほら、ちょうどよかったでしょ?」

「はい。ほんと、ぴったりです」

いつの間に仲良くなったのか、出流とアマーリエは顔を見合わせてほほえむ。

「師匠?」

「ふふ、そろそろみんなが来る頃だと思ってね。さあ、いらっしゃい」

黒髪に黒眼をもつ彼女は、アマーリエ・ガルディと名乗っているが、なんでもカリスの師匠で陰陽師らしい。本当は茂賀美家の陰陽師だが、訳あって本名を名乗れないのでそう名乗っているのだとか。最上カリスと偽名を名乗っているカリスと同じらしい。

アルト達も最近知ったのだが、カリスの本名は茂賀美(もがみ)迦莉朱(かりす)という。

なぜ出流がすでにいたのかわからないが、二人に案内され、アルト達はスワーグ支部へと足を踏み入れた。

シエラル支部は支部のある建物で喫茶店をやっていたが、スワーグ支部は特にそんな副業は行っていない。中に入ると、依頼人と話すための居間と事務所と資料室などが一階にある。前回はそこまで入らなかったので知らなかったが、二階、三階には職員と客人用の部屋もあった。今回二泊三日で泊まらせてもらうのはその部屋。カリスの友達だからということで、ただで貸してもらえることになっていた。ただ、食事は自分たちで作るか外食だ。

「ここと、隣の部屋、あと、奥に台所があるの。そこも使って良いからね」

アマーリエは二階の部屋をてきぱきと案内していく。

スワーグ支部はできてから数十年経っているが、よく掃除されていてきれいだ。

「三階は私が使っているの。何かあったら呼んでね。っと、ごめんなさい、この後予定があって、これで失礼するわ」

あらかた説明し終えると、彼女はゆっくりと下に降りていった。が、すぐに下から戻ってくる。

「あー、そうそう、もし私の不在の時に困ったことがあったら事務所にいる私の式神に言ってね」

「ししょー、あとオレが説明するからさっさと行きなよ」

「もー。カリスの友達が来るって言うからはりきっていたのにっ。いいじゃない!」

文句を言いながらも、にこにことうれしそうにアマーリエは下へ降りていく。

この二人の師弟関係はとても良好のようで、思わずアルトと出流達は顔を見合わせて笑った。

『こっちは(おぼろ)ちゃんから大切な弟くんを預かってるんだから-』

「あー、もうわかったからうっせーよ!!」

懲りずに一階の方から聞こえてくるアマーリエの声に、真っ赤になりながらカリスは階段から下に向かって叫んだ。

その様子をほほえましそうに聞いているテイルに、そっとティアラがそばに行く。

「あの二人、いつもこうなの?」

「そうですね。だいたいこんな感じです」

「なるほど。ここでもカリスの女難の相が……」

その女難の一端であるティアラにだけは言われたくない。とカリスは思った。

『じゃあ、行ってくるねー』

「さっさと行けー!!」


二泊三日の旅行とはいえ、以外と観光できる時間は少ない。

早めに来たのだから、早く荷物を置いてさっさと観光に行こうという話になり、すぐにアルト達は荷物を部屋に置くと一階に集まった。

「あれ、アイリは?」

「朝ばたばたしてたから、ちょっと荷物を整理してる。行くところとか決めててだって」

くじ引きで同じ部屋になったティアラがアルトに応えた。

「じゃあ、どうしよっか」

ここで一番スワーグに詳しいのはカリスだ。星原本部に来る前はスワーグ支部にいたので最近スワーグに移ったテイルよりも知っている。しかも、星原は何でも屋と言うことで観光案内を頼まれることもあったらしい。

みんなの視線が来ると、少し居心地が悪そうにカリスは応えた。

「アルワの山に行くのなら、ここからちょっとあるから二日目に朝から行った方が良いと思うぞ」

「買い物は最後にするとして、じゃあ、今日はどこに行く?」

「さっきアイリの言ってたスーレイなら、周辺にいろいろ名所あるからいいんじゃないか? 今から出発すればお昼頃にはつけるかな」

時計をちらりと見てカリスは言う。

「おぉっ、さすが案内人!」

「アルト……オレの本職、違うからな」

「すまん、待たせた」

話がまとまってきたところで、アイリが上から降りて来る。

「大丈夫? 忘れ物してない?」

そんなアイリに、真っ先にティアラが声をかけた。

「ああ、後の整理は帰ってきてからで大丈夫だろう」

「それにしても、アイリが寝坊なんて、珍しいね」

理由を知らない出流が首をかしげた。遅れるとしたらティアラが何かやらかしてとかかと思ったが、実際に遅れたのは寝坊したアイリだ。そういえば、とテイルとカリスもアイリを見た。

「そうか? 昨日シエラルのほうで人捜しの依頼が入ってな……ちょっといろいろあったのだ」

「家出かと思ってたら、なんか誘拐事件だったみたいなんだけど、結局いなくなった人が見つからなかったんだって。犯人もわからなくって、アーヴェの本部が動くみたいよ」

言葉の足らないアイリに、ティアラが補足する。それを困ったようにアイリは見ていた。

「あぁ、そういうことか。別に見つからなかったのはアイリのせいじゃないだろう」

責任感の強いアイリのことだから、どうせうじうじと悩んでいたのだろうとカリスがあっけらかんと言う。そうでもしなければ、また独りでため込んでしまうことだろう。

「オレも失せ物探しの術とかできるけどさ、そういうのは本職に任せた方が早いし正確だし、できることは限られてるんだから」

「……あぁ」

「それでは出発しましょうか。積もる話もあるでしょうし、歩きながら話しましょう」

アイリとカリスの会話が終わったのを見計らって、テイルが提案すると、みな一様に頷いた。

どうせ話すのなら、移動しながらでもできる。せっかく観光に来たのだから楽しまなければとみなすぐに準備を整えた。

カリスだけ、奥の事務所にいるという式神に声をかけに行き、少しして全員が玄関口に集まる。時刻はまだ10時になるところ。まだまだ自由に遊べる時間がある。

「んじゃ、出発するか!」

「おー!」「うん!」「そうですね」「うむ」「しゅっぱーつ!」


スーレイまでの道のりは、カリスが先頭を切って案内をした。案内人をしていただけあって、小さな名所などを行く道すがら入れてくるのでそこそこ歩く道のりもそこまで気にせずに歩けるように工夫してある。やっぱりカリスは案内人に転職した方が良いんじゃないのかなんて話しながら、お昼を挟みつつ一行は観光巡りを続け、そのうちに有名な土産物屋のすぐ横の喫茶店でアルトと出流は休憩をしていた。

アイリとティアラはお土産を買いに行き、カリスとテイルはこの辺りの店をひやかしに行っている。アルトも出流もお土産を少し見て、すぐに店を出てきてしまった。観光地なだけあって、人が多い店の中を見回るのに疲れてしまったのだ。それならばゆっくりと景色を楽しみながらお茶する方がいい。

「ねーねー、出流? そういえばさ、流留歌の町もどちらかというと観光地だよね」

「うん?」

白峰山に音川家と日野家の舞踊は大昔から有名だったらしいことを思い出して、アルトは言った。

百年戦争時の大和国の鎖国で観光に来る他国の人こそいなくなってしまったが、最近は鎖国が終わったことで観光に来る人も多くなった。この前の花見も噂を聞いて観光客が結構来ていたらしい。だが、さすがにスワーグほどではない。

「大和国は長い間鎖国してたから、あれだけど、まあ一応観光地って言えば観光地なのかなぁ。本当に好きな人は鎖国してもこっそり密入国して来てたらしいしね」

「……うん、そうだね」

ふと、アルトは思い出す。

玻璃も、そうだったと。

彼と会ったのはまだ百年戦争が終わらず、鎖国されていた次期だ。家族と一緒に他国から来たのだと言っていた。

アルトはぼんやりと景色を見る。大切なことを忘れているような、歯がゆい感覚。なにか少しだけ疑問を感じたが、それが何なのか、うまく言葉にできなかった。

そのとき強い風が吹いた。まるで精霊の悪戯のような風だ。

あっ、と少女の声とともに、どこからか白い帽子が空に飛ばされて、アルトの足下へと落ちてきた。

「……?」

「すみません、それ、私のです!!」

声の主を探せば、車いすを器用に操りながら人混みを縫って進む少女が、手を振っていた。

買い物途中だったらしく、膝や後ろにあるかごに袋がいくつも置いてある。

どこか見覚えのある少女だ。足下の帽子を拾い、アルトは立ち上がる。

「はい、どうぞ。強い風だったね」

「ありがとうございます。……あれ……もしかして、以前お会いした……アルト、さん?」

そう問いかけてくる緑がかった黒髪の少女を何度か瞬きしながら見て、アルトはぽんと手を打つ。

「……もしかしなくても、ソフィちゃん?」

「やっぱり! お久しぶりです。まさか、また会えるなんて!」

昨年のことだが、出流とともにスワーグに来たときに出会った少女を思い出していた。

「ほんと、偶然だね!」

ちらりと周りをみると、以前もその帽子に悪戯をしていた精霊が逃げていくところだった。

もしかしたら偶然ではないのかもしれない。

「アルト、知り合いなの?」

後ろから、小さめの声で出流が聞いた。

「あっ、出流はあの時いなかったもんね……。ほら、出流と一緒にスワーグに来たことがあったでしょ?」

「あぁ、カリスに頼まれて……」

その時のことは、出流もよく覚えている。初めて三番目と契約するフェルナンドと出会い、追いかけて話をしたのだ。

「出流がどっか行っちゃった後、ソフィちゃんにちょっと観光名所教えてもらっていたの」

「その時かぁ」

アルトは、スワーグ支部に出流が戻ってきた後、ずっと考え事をしているようだったのでソフィのことをまったく話していなかったことを思い出す。

「お二人で観光ですか?」

「うん。あ、あと四人いるんだけど、二泊三日で泊まることになってるんだ」

「そうだったんですね! あの丘以外にもいろいろ有名な場所があるんで、ぜひ楽しんでいってくださいね!」

「うん。ありがとう。ソフィちゃんは、買い物?」

「はい。お使い頼まれてて……あ、すみません、そろそろ帰らないと」

ソフィは少し名残惜しそうに言った。

「また、会えてうれしかったです」

そう言うと、ソフィはそっと頭を下げて、家路についた。

出流が時計を見ると、そろそろ集まる時間だ。

また雑談をしながら、二人は会計を済ませると集合場所へと向かった。

今日は調理場を借りて皆で夕飯を作る予定だ。買い物をして早めに戻らないといけない。




今月は二回、できたら三回投稿したいと思っています

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