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騙る世界のフィリアリア  作者: 絢無晴蘿
第三章 -黄泉還り-
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03-01-01 蘇るモノ



これは、むかしのはなし。


戦争に巻きこまれたのか、一人彷徨う少女がいたらしい。

その時代、珍しくもないことだった。

少女を心優しい老夫婦が見つけて家に招いた。

老夫婦と穏やかに十数年過ごし、そして少女は老夫婦を見送った。

悲しみながらも少女は残された家に住み続けたのだとか。


ふと、誰かが言ったのだと言う。


あの娘は、何時まで少女なのだ。と。


少女は何時まで経っても成長しない。

十数年過ぎたと言うのに、少女のままだ。

その後も、何年、何十年経とうと。


あぁ、あれは、バケモノだ。


誰かが言ったのだという。

その後、少女の行方を知る者はいない。

なぜ姿を消したのか……誰も知らない。

少女は化物だったのか、真相は闇の中。


これは、どこかの国の、由来のわからないおとぎ話の、ひとつ。






















「そこはやく場所とって!」

「こっちだよー! ほら、もうすぐ始まっちゃう」

「久しぶりだねぇ」

「さあ、よってらっしゃい見てらっしゃい!」

「今年はどうなる事かと思ったけど、音川の姫さんが」

「おい、坊主。よく前見て歩け!」

「人が多いわね……」

桜が舞い散る川沿いの道で、人々がひしめいていた。

屋台が立ち並び、川の近くでは敷物を敷いて日の高いうちから宴会が始まっている。

そこを圧倒された様子で歩く少年が二人。テイルとカリスだった。

どちらも両手に風呂敷に包まれた弁当やら飲み物やらを持っている。

「あっ、テイル、カリス! こっちこっち!」

道の先で金髪の少女――ティアラが二人に分かるようにと両手を振っていた。

「よかったー! なかなか来ないから迷ったのかとおもっちゃった」

そう言いながら、ティアラは近くの敷物を指差す。

そこには、アイリとそして黒髪の男性が座っていた。二人は楽しそうに談笑をしている。

夕暮れのような赤い瞳の男性は、どこかアルトと似ている雰囲気を纏っていた。

彼の名は、音川玖朗。アルトの父である。そして、アルトの父と言う事は、すなわち、あの、シルフの夫である。

とはいえ、どこからどうみても一般人。話す話しも行動も、あの最悪の魔女とうたわれるシルフの夫とは思えないような普通の常識人である。

「あぁ、始まる前に来れたようだね。よかったよかった」

こっちにおいでとばかりに手を振る玖朗に、カリスとテイルは戸惑いながらも向かう。

「絶好の花見日和だね」

花弁が散り、水面には美しい模様が浮き上がっていた。あたりの人々は盛り上がり、ざわめく声は浮かれている。空は晴天、これ以上ない青が眩しいほどだ。

「そうですね」

テイルは過ぎて行った季節を思い浮かべながら、頷いた。

あれほど忙しかった睦月が過ぎ、如月が過ぎ、弥生――春が来ていた。

二月も過ぎたと言うのに、まだ本部はバタバタしているらしい。

そして、あれから、彼等は一度もマコトと会っていない。

「それにしても、今年は本当に綺麗に桜が咲いて」

「今年はちょっとがんばりましたからねぇ」

いつの間にか、玖朗の隣に銀髪碧眼の青年が座りこんでいた。ニコニコと微笑みながら彼は持参して来たらしい荷物をひろげはじめる。

漬物やら今の時期には珍しい果物やら、いろいろと出して来る彼に星原の四人は呆気に取られて見ていた。

対する玖朗は驚く様子もなくカリスとテイルに席に座らせると不審人物に声をかける。

「しろさん、こんなところにいて良いんですか?」

「今日は祭ですよ? 私がこうして楽しまないで誰が楽しむんですか」

「まあ、そうですね……でも、次からはあまり他の人が驚かない様な感じで来て下さいね」

「あぁ、すみませんね玖朗。それで、君たちがアルトの友人ですね? 私は通りがかりの花見客ですので気にせず今日は楽しんでいってくださいね」

「はぁ」

通りがかりと言うには用意周到な感じでナイフと皿を出して柿や林檎の皮を剥きさらに蜜柑やらを配り始めるあたりかなり計画的だ。しかもちゃんと人数分用意されている。

一体彼は何者なんだと四人の胡乱げな視線を気にせず彼は声を上げる。

「あ! ほら、来ましたよ!!」

それと同時に、川上から笛や太鼓の音が聞こえてきた。

楽器の奏者が乗る小舟が幾つも見え始めた。時々花吹雪が舞いあがる。

「おー、いたいた」

思わず立ち上がったカリスが小舟の後から続いて来る少し大きめの船を見つけて手を振った。

そこには、いつもの袴姿よりも少しばかり動きやすく、そして鈴や飾りがちりばめられている衣装に身を包んだ少女がいた。

楽の音に合わせて舞い踊る姿はまるで胡蝶のようで、その美しさに思わずみな息を飲んだほどだ。

普段のどこか抜けてるアルトとは似ても似つかない。

「何度か練習しているところを見たことあったけど……実際見るとまた違うね」

テイルの言葉に、うんうんとティアラが頷く。

「これはまた……すごいな」

なんと言えばいいのか、語彙が見つからずにアイリは思った事を素直に呟く。

「そうでしょう、そうでしょう。音川と言えば芸に優れた一族ですからねぇ」

どこか、孫を自慢する祖父かの様にそれは嬉しそうに話しだすしろさんと呼ばれる青年に

、カリスは何度か瞬きをして……そしてはっと何かに気付いた様子で、その後複雑な目を向けていた。

なんとなく、正体に気付いたと言うか、気付いてしまったと言うか。それを口にしていいモノか、正体を自ら隠しているのなら、なにも言わずに気付かなかったふりをしておいた方がいいのだろうが……。彼の正体が正体なだけに、無礼を欠いてはまずいしどうすればいいのだろうかと頭を抱える。

おそらく、彼は白峰の神だ。この流留歌の町にある白峰山、そして流留歌を守護する土地神だろう。何度かアルトにその存在を聞いた事があるのと、元々神と深いかかわりがある在るがゆえにその気配に気付いたのだ。

巧妙に神気を隠してはあるが、神々と長い付き合いであったり身近な存在だったりする者はなんとなく気付いてしまうものだ。

「それにしても、おじさんの林檎美味しいねー」

アルトを見た最初の衝撃からすぐ立ち直ったティアラが無遠慮に白峰の神に声をかける。

「ティ、ティアラ……!」

「それにしても、貴方は何者なんだ。アルトの知り合いの用だが……」

「ア、アイリ……」

おじさんとか何者なんだ、とかそんなこと言わないでくれ……仲間たちの中で唯一白峰の正体に気付いてしまったカリスは、その後何度も頭を痛め、胃を痛めていた。


空はすでに日が沈み暗くなっていたが、辺りは灯篭に照らされていくらか明るい。それからも花見は続いた。

未だに花見は終わらない。むしろさらに盛り上がってそこかしこで酔いつぶれた者達が転がっている。

そんななか、カリス達は、あの後仕事を終えてきたアルトの兄である昴や近隣の住人を加えてさらに大所帯となって盛り上がっていた。

そこにやってきたのは少し疲れた様子の音川アルトで、周囲の人々が口々に声をかける。

「あ、アルト! お帰りー」

ティアラが気付いて声をかけると、アルトは微笑んだ。

「ただいま!」

「あれ、さっきの服から着替えちゃったの? 可愛かったのに」

「お祭りの時とかに使う奴だから、さすがに着替えたよ」

あの後も何箇所かで舞を披露したとかで、ようやく暇な時間になったのだとアルトは語る。

「まさか、アルトがここまで舞踊に長けているとは思っていなかったぞ」

「そうでしょー! こう見えても音川家当主ですから!」

「中はなにも変わってない様でなによりだ。それにしてもよい物を見れた。このような花見も良い物だな」

「でしょでしょ」

アイリ、カリス、テイル、ティアラがアルトに花見に誘われたのは数日前の事である。

今年は日野家のいざこざがあり春祭りを中止する事になっていたが、祭はせずともなにかしら行事をやろうと言う事になり急遽花見を行う事になったらしい。

それならばと最近はばらばらでなかなか集まる事のない仲間達を呼んだのだ。

アイリとティアラは星原の本部、カリスとテイルはスワーグ国の支部に、アルトは流留歌の実家と星原本部を行ったり来たりしている。そして、今日来れなかった出流はアーヴェの本部にいる。

「出流、まだいろいろ忙しいみたいだね」

本部にはほとんど縁が無くなってしまったアルトは出流ともう二月会っていない。一応手紙でやり取りしているのだが、出流からの返事は忙しいらしくなかなか来ない。

今回はまだ流留歌には戻れないとの事だったので、流留歌以外の場所ならいけるのかもしれないが、今出流の置かれている状況がどうなっているのか詳しく知らないため何とも言えない。

「そうみたい。時々本部に行くんだけどさ、全然会えなくて……そのかわり、よくアルトのおにいちゃんに会うよ」

「えっ。ヒイラおにいちゃんに?」

家出して、いつの間にか月剣で働いていたヒイラともアルトはあれから会っていない。

いろいろと誤解と言うか擦れ違いと言うか、長年のわだかまりは解消されたにはされたのだが、何年も離れていたのでどう関わればいいのか解らないヒイラとアルトは、あれからなかなか会えないでいた。

「まあ、話したりはしてないけど。元気そうだったよ」

その話を聞いて、なにか思い出したのかカリスが横から口をはさむ。

「あ、アルトさ、ウィルトって奴しってるか?」

「橙色の髪の男の子なんですけど」

一緒になって問いかけて来るテイルに、アルトは記憶を掘り返しながら応える。

「ウィルト……? あ、もしかしてメイザースのウィルト君?」

メイザース襲撃事件の時に唯一屋敷にいた中で生き残った少年だったはずだ。エルバートと一緒に音川家に来た事を思い出しながら聞く。

「そうそう! このまえシェルランドの支部で働く事になったんだって挨拶に来てさ」

「その時、アルトのことを知ってるって聞いたんですよ」

「そうだったんだ!」

今、メイザース家は生き残った者達によって復興がおこなわれている。主にエルバートやグラントによってまとめられているようで、アルトも二人とはよく連絡を取り合っていたがウィルトとはあれっきりだった。どうやら元気そうな様子なのでほっとする。

「新人って言うと、あの精霊の兄弟はどうなったんですか?」

テイルは彼らの顔をどうにか思いだしながらアイリに問いかける。

あまり接点が無かったため、よく覚えていないのだ。

アイリが任務からの帰還中に出逢った地の大精霊とその子ども達。帰る場所を失った翡翠と琥珀、そして人でありながら精霊達に拾われて一緒に育ったのだと言う青年、晶。彼等は現在星原に滞在している。

「あぁ、それなんだが、今度正式に星原に住み込みで働く事になったらしい」

「えっ、まじか」

テイルと同じくあまり接点のないはずのカリスが、なぜか驚いたような嫌がっている様な反応をする。それにアイリは首をかしげながら応えた。

「地の大精霊が正式に代替わりをして、落ち着くまでだそうだ」

「へ、へぇ……あの、アキラって奴もか?」

「ああ、そうだな。晶は代替わりがひと段落した後もそのまま入るかもしれないとのことだが……」

「……」

「どうした」

「いや」

「晶は良い奴だぞ。人の世には疎いが精霊達や動植物についてとても造詣深くてな」

「そういえば、テイルはたしか水の大精霊に会ったんだっけか」

「同じく音の大精霊の捜索って依頼だったけど進展なしだよ。ずいぶん昔に居なくなったらしいから調べるにしても情報が少なすぎて……」

「カリス? なんか話を変えてないか?」

なんだか以前の皇の館での日常が戻ってきたみたいだ。そう笑いながらアルトは暗闇に浮かぶ桜を見上げながら思う。

なぜ、あの日常は続かなかったのかと。

「そういえば、また本部の方でなにやらあったらしいぞ」

「あぁ、誘拐だとか泥棒が出たとか」

「まったく、物騒な……レンデルの方でもいろいろと動いているらしいな」

「ねぇ、今日ぐらいそういう話やめない?」

休日ぐらい仕事の話はしたくないとティアラがつまらなそうに言う。

騒がしい夜は、いつまでも続いた。





少し、時は遡る。


それは、日が落ちる刻。

広く開け放たれた窓から、西日が部屋全体を橙色に染めていた。

部屋には資料の広げられた机といす、大量の本を並べる巨大な本棚、そして壁に額部分に豪華な宝石がはめ込まれた仮面が飾られている。

そこには誰もいない。

いや――テラスに青年がいた。

金髪に濃紺の瞳の青年だった。

片手にグラス、反対には報告書。ちびちびと中の琥珀色の液体を口に含ませながらテラスに寄り掛かり報告書を眺めている。

どれ程経ったか、部屋に来客を知らせるベルが鳴った。

「お呼びですか、王子」

何時の間にいたのか、青年の死角に少女が佇んでいる。ベルは鳴ったが、扉が開く音は聞こえなかった。

青年は驚く事なくいつもの事のように彼女を見ると、微笑んだ。

「ソーラリウル」

名を呼ばれた少女は返事の代わりに一つ瞬きする。

「……君に調査してもらいたいことがある」

「なにをでしょう」

青年が、机に置かれていた紙を指差した。

「レンデル帝国が極秘に旧アーリア皇国領内に作った施設だ。表の顔として賭博場を経営しているが、なにかの研究をしていることまでは突きとめた。」

その施設は戦争の為に動いているのだろうと推測されていた。

しかし、その研究内容がわからない。多くの人々が出入りして誤魔化しているが、なにかしら後ろ暗いことを行っているのは確かだ。

紙面にも詳しく書かれているが、大まかな事を簡単に説明して行く。

「『私』が、必要なのですか」

「……何度も調査の為に密偵を送ったが、帰って来た者はいない」

「なるほど……」

優れた者達を送っても帰ってくる事は無かったのだという彼の話に、ソーラリウルは頷く。たしかに、これは自分の案件だと。

「頼めるか」

「もちろんです。貴方の命令とあれば」

小さく頭を下げると、少女は一歩下がった。

「ところで――ソラ」

「えっ、どうしたの、ビオくん」

突然愛称で呼ばれたソーラリウルは消していた表情を見せた。

二人の暗黙の了解で、ソラ、ビオと愛称で呼ばれる時は立場なんて気にせず昔のように話す事にしているのだ。

「この前言っていた、あの『シルフ』の手伝いっていうのはもういいのか?」

「大丈夫だよ。またあいつら(セレスティン)とやりあうことになるかもしれないけど、まあしばらくは無いと思う」

新年早々迷惑魔女に振り回されていたソラをビオはずっと心配していたのだが、もういいのかとほっと息をつく。

どこでソラのことを知ったのか、災厄の魔女と悪名高い音川シルフがなんだかんだとソラを振り回すのをビオは好ましく思っていない。

「イヤならイヤだとつっぱねて良いんだぞ。むしろ……」

「だいじょうぶ。とりあえず、こっちの調査を進めるね」

机に広がっていた紙を手にとってヒラヒラと振ると、ソラは微笑みながら部屋を出ていった。

それを見送りながら、彼は寂しげに手を振った。ソラは振り返らない。だから、ビオがそんな顔をしているのは気付かない。

本当は、彼はソーラリウルに頼みたくなかったのだ。

本来なら、ソーラリウルに頼む様な案件ではないのだから。

彼女は優しい。ビオが、いや誰かが困っていると言えばなんだかんだ言って助けようとするだろう。だからと言って、彼女にこれ以上迷惑をかける事はしたくなかった。

本当は。

「……どうか、無事に帰ってきてくれ」

きっと、生きて帰還するだろうが、それでも彼は祈らずにはいられなかった。


「魔王殿……」







思えば、すでにそれは始まっていたのだろう。

密やかに、少しずつ侵していくように。



あけましておめでとうございます。

長い間過去編を投稿していましたが、これから第三章を投稿していきたいと思います。

今年は去年よりもたくさん投稿していきたいです。

よろしくおねがいします!


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