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S0-00-06 紫の悪魔と灰かぶり



つよく、なりたかった。


ただ、つよくなりたかった。


どうして、といわれても、わからないけれど。



誰もいない部屋で、彼は独り隅に座りこんでいた。

眼は開いている。しかし、どこも見てはいない。ただ、ぼんやりと息をしているだけ。

どれ程か分からないほど長い間、彼はそんな事をしていた。

いつもなら無断でやってきて嵐のように部屋をかき乱す灰かぶりがそんな彼を外に連れ出すのだが、ここ数日来ていない。だが、それすら気付かないほど彼は追い詰められていた。

きっかけは、唯の問いかけだった。

ただ、なぜ強くなりたいのかと聞かれただけだった。

彼は……紫の悪魔と呼ばれる少年は、ただ、力が欲しかった。

でも、なぜ?

なぜ?

ぐるぐるとそんな疑問を繰り返し自らに問いかける。しかし、答えは、わからない(おもいだせない)

それが、気持ち悪い。

そんな中、時計が九時を知らせる鐘を鳴らした。その音を聞いて、いつもの習慣で彼は動き出す。いつもよりも少し襲い動きで。


「ようやく来たのね」

訓練場には紅破がいた。この時間は自主訓練のためいつもならば紅破はいないはずだが、どうしたのかと問いかける事はなかった。そんな余裕が無かった。

「少し、頼みたい事があるの。いいかしら」

「……」

紅破は黒騎士の統領の一人だ。彼女の頼みを断ることなどできない。

ムラサキは無言で続きを聞く。

「灰かぶりと連絡が取れないの」

「……」

あまり反応のないムラサキの顔に若干の変化を見て、紅破は内心ほっとする。灰かぶりの事をうるさいうるさいと言いつつも気にかけているのだろうと。

「正確には、彼と燈矢、、(とむら)桜桃(ゆすら)(さつき)の五人。飛竜討伐の任務に出てから五日、そろそろ戻ってくる予定だったけれど、連絡が無ければ消息も不明。何らかの不確定事項が起きた可能性が高いわ」

「それを、なぜ自分が?」

ドラゴン討伐に行って生死不明と言うのならば、もっとふさわしい人がいたはずとムラサキは問う。

他の者達……レイグリットならば広範囲の索敵が得意だし、クロウセルならば幻獣などの討伐に適している。蘇芳なら、なにが起こっても対応できるだけの実力がある。他にも、自分以上に適任がいたはずだ。

「連絡が無いからと言って何があったのか解らないからよ。貴方に先行して調査をして貰いつつ、捜索隊編成する事になっているわ。貴方には何があったのか、彼等がどんな状態なのかだけでもいいから調べて欲しいの」

「……」

納得できないことが多い説明だが、これ以上言っても紅破は何も言わないだろう。

無駄なやりとりをする事もない、とムラサキは早々に諦めて頷いた。


ダスク共和国――そこは亜人や獣人が多くする国だった(・・・)。そう、だった、のだ。

その国はもう地図にはない。数年前に休戦となった百年戦争中にレンデル帝国によって植民地とされたからだ。

あまり表だって生きていけない種族がひっそりと住まうのは森の中で、多くの自然あふれた場所だ。

レンデルの植民地となったことで少しずつ開拓されてはいるが、今だ人の手つかずの自然を多く存在する。

そんな場所で、ムラサキは一人ドラゴンが住まうという渓谷を目指していた。正確にはサイもいるのだが、呼ばなければ出てこないし、話しかけて来る事もない。ムラサキもよっぽどのことでなければ呼ばないし、話しかけないのであるいみ独りだ。

ある程度の地理は解っているが、先行して行った灰かぶりたちの足跡を辿りひたすら進む。

数日前に通った場所だろうが、足跡はしっかり残っているし、折れた枝や休憩の跡もすぐに見つかった。

おそらく、灰かぶりたちは順調にこの森の中を進んでいったのだろう。

進みながら、ムラサキは考える。今回の目標であるドラゴンは飛竜だ。報告書によれば、ここ数か月前にこの渓谷に住み始め、ここから近い場所にある村や町を襲うようになったらしい。体長はおよそ三メートルほどの小型。炎の吐息を吐いていたとの事なので子どもでは無くおそらく雌。

襲ってくるのは一匹だけとのことだったが、もしかしたらもう一匹いたのかもしれない。

竜は家族愛が強い者が多いという。雌だけで普段ドラゴンの居ないこの森にいつくだろうか。雌だけでなく、子どもやつがいがいた可能性が高い。灰かぶりたちはその可能性は考えていただろうか。

そうこうしている内に日が暮れはじめる。ドラゴンの住処には一日では着かず、一晩明かす事となった。


夜が明けると、ムラサキは昨日以上に周囲に警戒しながらすすむ。もし、ドラゴンと出逢ったらムラサキだけでは危険だ。それに、今回は灰かぶり達の捜索。彼らの安全を確認する事、そして現状を調べる事が目的だ。

そして、目的地にムラサキはついた。すぐに、その場所だと解った。地面が抉れ、炎に焼かれた木々が炭となり、酷い戦いの痕が至る所に残る場所には、大量の血痕が残されていた。

「……」

その血の痕に、思わず眼を細めた。

おそらく、それは竜の血痕だ。人にしてはあまりにも量が多い。

血痕の近くに、いくつか黒い石の様のものが落ちているのを見つけて、ムラサキはもしやと手に取った。薄っぺらいそれは、とても軽いが硬い。場所によっては、断面で手が切れそうだった。竜の鱗だ。黒いと言う事は水竜か闇竜か、おそらく炎を吐くとのことだったので後者だろう。

いくつか鱗を見つけながら、ムラサキは他にもなにか痕跡が無いかと調べる。幸いなことに、なにかしらの遺体は見つからない。

人も、竜も、だ。つまり、どちらも生きている、と言う事になる……のだが、本当にそうなのか。

人の味を覚えた竜は人を食べる。遺体が無いのは、食べられたからなのか。

血だまりの場所をもう一度、見る。だが、ムラサキにはなにも分からなかった。

結局、数時間調べたが、それ以上の事がわからなかった。もうすぐ日が暮れてしまう。

自分ができる事はやった。後は後続の捜索隊に任せることになるだろう。……しかし、その前にもう一つ、やっておくべきことがあった。

「サイ」

『……なんでしょう』

名前を呼ぶと、少女はずっと其処にいたように、ムラサキのすぐそばに現れた。その目は下を向いている。

「精霊は……魔力に敏感だと聞く」

『……私は精霊と似て非なる物です』

精霊と精霊でないモノの解釈は難しい。昔からの命題になっているらしい。

自らが精霊と名乗っても、精霊と認められないモノもいると言う。九十九神は精霊のような存在だと聞いていたが、サイにとって自分は精霊ではないと認識しているのだろう。

「では、敏感ではない、と?」

『……少しばかりなら』

魔力を持つ者は魔力を感じる事ができるらしい。感知能力が高い者ならば簡単だろうが、魔力のないムラサキにはまったく分からない。こう言う時に面倒くさいのだと思いつつ、ムラサキは聞く。

「なら、この周囲に特異な魔力を持つ者は」

『はい……あちら。北に三つ。おそらく人ではありません』

「……」

「近くに人の気配もしますが場所を確定できません。おそらく、なにかしらの術で隠しているのでしょう」

三つ……おそらく、ドラゴンだろうが、それが三つ。一体だけでない可能性を考えて灰かぶり一行は行っただろうがどうなったのだろう。

これ以上暗くなる前にドラゴンに見つからないように寝床を探さなければならないと気を取り直すと、ムラサキは周囲に警戒しながら進んだ。


激しい戦いの痕が残るあの場所から離れ、しばらく歩いていると、ムラサキはふと立ち止まった。先ほど呼ばれて出てきたサイはもうすでに姿を消しているので彼は独りだ。とくにどうしたのかと問いかける者もいない。

「……」

無言で彼は近くの木を見る。

折れた跡と少しばかりの血痕。おそらく人のだ。

これだけの血の量ならば、死んではいまい。知らず知らずのうちにほっと息をつく。

あたりはもう赤く染まり、日が落ちる所。早くその痕跡を追わなければ夜になってしまう。

先ほどよりも歩く速さを速めると、ムラサキはその小さな痕跡を探しながら進む。

しばらくして、もうあたりが暗くなった所でようやく彼は小さな洞窟を見つけた。

洞窟の近くには幾つも罠が仕掛けられている。

原始的な罠なら分かるが魔術的なものだと自分ではわからない。

再びサイを呼ぶと手伝ってもらいながら罠を避けて通っていく。即席な罠なため、簡単に触らないように進むことができた。洞窟の入口につくと立ち止まり、中に向かって声をかけた。

「……誰かいるか」

おそらく声で灰かぶりは気付くはずだと思いつつ、最低限のことしか言わない。

「……誰だ?」

「うえっ? ム、ムラサキ?! え、なんでムラサキが?!」

すぐに洞窟の中から声が聞こえてきた。

「お、おい、敵かも……」

「ムラサキ! うわっ、本物だ! もしかして迎えに来てくれたの?!」

飛び跳ねながらいつもの少年がうるさく現れた。その後ろから何度か顔を見かけたことのある少年、弔が現れる。

どうやら怪我をしたのは灰かぶりと彼ではないようで、出てきた二人とも怪我をした様子はなかった。

「行方不明になったお前達を探しにと、ドラゴンについて調査に来た」

「うわー、ありがとう! ごめんねー……もしかして竜胆さん心配してた? ちょっといろいろあって帰れなくって……」

「……一応、この後捜索隊も来る事になっている」

ムラサキが見つけられなかった時とドラゴンが灰かぶり達で対処できなかった時の為の捜索隊だ。

「そっか。分かった。とりあえず、中には居る??」

「……」

このまま入口近くにいてドラゴンに見つかっては仕方が無い。三人は洞窟の奥へと入って行った。


意外と洞窟は大きかった。誰かが以前使っていたのかもしれない。

奥では、二人が寝かされていた。重傷なのだろう。少女……確か桜桃、と以前会ったことのある燈矢だ。どちらも包帯を至る所に巻き眠っている。

その二人を看病しつつこちらに警戒心むき出しな灰かぶりよりも年下らしき少年、たしか颯が腕を庇いながらこちらを見ていた。

重傷、とまでは行かないが、右腕を怪我してしまったようだ。聞き手が右手だとしたらかなり不自由だろう。

「一体、どうした」

皆怪我をしている者もいるが全員生きている。とりあえず最悪の事態は回避できたがまだ謎が多い。

ムラサキが問いかけると、すぐに灰かぶりが口を開いた。

「村を襲っていたのは確かに一体のドラゴン、だったみたいなんだけどねぇ……どうやら母竜だったみたいなんだ」

「……子ども、か」

サイが言っていた三体の気配のうち二つは子どもだったのだろう。だが、子どものドラゴンが現れたくらいでは彼等はここまで追い詰められなかったはずだ。

「そう、子どもが二頭。さらに、母親の危機に父親まで現れちゃってね……とりあえず母竜は倒せたんだけど、父竜が突然現れてまあこのありさまにさ」

「……そう」

では、あの血だまりは母竜の者だったのだろう。遺体が無かったのは父竜がその遺体を違う場所に写した可能性が高い。竜は仲間を大切にする種族だ、家族ならばなおの事。

ドラゴンの角や鱗、血、体の全てが魔術の良い触媒になる。薬や防具などにも使われる。討伐されたドラゴンのほとんどは人の手によって切り刻まれ良い様に利用されるため、ドラゴンは同族の遺体を隠そうとするのだ。

「それにしても、ムラサキが来てくれて助かったよ」

「?」

「今のところどうにか隠れているけど、そろそろここもばれそうでね……明日にでも脱出つるつもりだったんだ。ただ、今ちゃんと戦えるのがボクとトムラだけだったからね、どうしようかって相談してたの」

灰かぶりは眠っている二人を見る。

どんな状態なのか分からないが、かなり悪いのだろう。

「ボクとトムラでドラゴン達をおびき出してるうちに三人には逃げてもらう予定だったんだけど……ムラサキが来てくれたのなら、もうちょっと変えられそうだね」

「つーか、保守派のやつが俺らを助けるのかよ」

……ぼそりと、部屋の隅で少年が呟いた。

その言葉に、灰かぶりは顔をしかめながら、言った本人を見る。

トムラは、ムラサキのほうを見ないようにと視線をずらしながら無表情で言っていた。

ムラサキはといえば、とくに気にした様子はなく勝手に荷物をひろげている。

「医療品は足りているか」

「えっ、あー……薬とかほとんど戦闘中に燃えちゃって……あと、包帯も……」

突然話しかけられた颯は戸惑いながらも答える。

「そう。簡単な物なら持ってきた。二人を見せて」

「あ、うん。お願い」

淡々と動くムラサキを見つめ、まったく無視された形となったトムラのほうを何度か見たり見なかったりしながら、颯は違う意味で面倒な感じになったとため息をそっとした。

灰かぶりを見れば、彼は特に気にした様子無くニコニコしている。いつも通りだ。と言うか、少しばかり面白がっている。

いつもならなんやかんやで治めてくれる燈矢が倒れているのでこれは大変なことになったと颯は頭を抱えていた。


翌朝。何度か見張りを交代しつつ何事もなく朝は開けた。

相変わらず周囲にドラゴンはいるようで、サイも何度かムラサキに近づいてきたと注意して来た。まだここは見つかっていないようだが、時間の問題だろう。

とりあえず、食べる物を食べなければ何もできないと、簡単な朝食をとる。

洞窟なので火は焚けない。食べ物もいくつか燃えてしまったのでムラサキが持ってきていた保存食をかじる程度だ。

昨日よりはどうにかなったらしい燈矢と桜桃が起き上り、話しを聞いていた。

「それで、昨日の続きなんだけど……捜索隊が来るとはいえ、とりあえず、桜桃と燈矢をこのままにしておけない。だから、ボクとトムラがドラゴン達の意識を剥かせている間に三人で退避をしよう、って話をしていたんだけど……ムラサキが来たからね、ボクとトムラで注意を引かせている間にムラサキとみんなで退避する方向で行きたいんだけど、どうかな」

「だが、二人だけで残るのは……」

燈矢が危険だと眉をひそめる。

「捜索隊が来るなら、このままここで隠れて、待っていた方がいいんじゃないのか」

トムラの意見に、燈矢が頷いた。

「でも、このまま気付かれずに過ごせるかしら? 現に、この子はすぐこの洞窟に辿り着いたわよ」

そう言うのは桜桃だ。ムラサキのことを何と呼べばいいのか若干戸惑いつつ言った。

「そうなんだよね……ボクもそれが心配で。それと、単純に食料が足りない」

「あ、うん。たしかに」

荷物の整理をしていた颯が頷いた。

「四日ぐらいで戻る予定だったし、持って一日ぐらいだよ」

「まじか」

「因みに、捜索隊はどれくらいで来る予定ですか?」

それまで無言を貫いてきたムラサキに、他人行儀に燈矢は話しかけた。

「自分の一日遅れで出発する予定だった。昨日発見の連絡はした」

「そうですか……」

ムラサキの言葉を信じるならば、今日辺りには捜索隊が来るはずだ。

「なら、やはりこのままここにいたほうが……」

『……ドラゴンの動きが、変わりました。この周囲をうろついている……おそらく、気付かれました』

ムラサキの耳許で声がした。姿を見せないサイが、姿を見せないまま言ったのだ。

サイの事を知らない五人が驚かぬよう、小さな声で。

「……数は」

『三体』

「分かった」

まだ、ムラサキ抜きで議論をしている燈矢達を見る。

「ドラゴンがこの周囲をうろついている。ここから離れる準備を。おそらく、気付かれた」

「失礼ですが、貴方は確か、魔法を使えない上に索敵も苦手だと聞いたのですが……」

「……魔法具と契約している」

「なるほど」

索敵の補助となるような物と契約しているのだろうと燈矢は頷いた。

「気付かれたなら早くここから離れたほうがいいよ。出来るだけこっちに優位な場所を見つけて、さっきの計画で迎撃しよう」

その言葉がいい終わると、すぐに皆行動を開始する。先ほどまでいつ終わるのか解らない話し合いをしていたとは思えない早さだ。

「それでムラサキ、頭数は?」

「三体」

「うわぁ、やっぱりかぁ」

「ドラゴンの大きさは」

「……母竜の倍はあったよ。子どものほうは僕らぐらいの大きさだったけど」

それは、小さな小屋一つぐらいはあるのではないだろうか。これから相対することになるドラゴンの大きさに眉をひそめた。

小さな竜種を見た事はあるが、巨大なドラゴンは見た事はない。書籍で呼んだ程度だ。そんな自分が、本当にドラゴンと戦えるのか……そんな心配が脳裏をよぎる。

「ねぇ、ムラサキ」

「……?」

声をかけて来た灰かぶりのほうを向く。すると、こんな事態になっているのに、灰かぶりは微笑んでいた。

「ありがとうね」

「……」

「あと、さ。大丈夫だよ」

「なにがだ」

「うーん。いろいろと。きっと、大丈夫。怪我してるけど、燈矢も桜桃も強いし、ボクも強いから」

「……」


洞窟の外をトムラが静かに覗く。

「っち、こっちの様子を旋回しながら見ていやがる。大きいのが一体、子どもの姿は見えないけど、どうせ近くにいるんだろ」

後ろに控える灰かぶりとムラサキを見て小さく言う。

「燈矢、桜桃、いけそう?」

「ああ、大丈夫」

さらに後ろにいる颯が心配そうに燈矢と桜桃に問いかけた。

とにかく、戦えない燈矢と桜桃を早めに避難させなければならない。

「トムラ、準備は?」

「誰に聞いてんだ。すぐにやれる」

「分かった。じゃあ、三、二、一、で行くよ?」

「おう」

「うん」

「わかった」

各々、灰かぶりに頷き、応える。

「三、二、一っ!」

軽い爆発音がして、空を飛ぶドラゴンの頭の周りでなにかが破裂した。

目の前で突如起こった爆発に、ドラゴンは姿勢を崩す。その瞬間を逃さず、一行は走りだした。

トムラの得意な炎術の応用で、ドラゴンの目の前で爆発を起こしたのだ。

上手くいけば視力を奪えるし、例え外れても少しでも視線が外れれば燈矢達の逃げる助けになる。

そして、二手に分かれる。灰かぶりとトムラはドラゴンに向かい、燈矢、桜桃、颯、ムラサキは森へ。上空から姿を隠せるように、そして捜索隊と合流するために走る。

「……桜桃、大丈夫?」

一番重症だった桜桃を颯が支えながら逃げていた。

走れるには走れるが、すでに息を切らせているので、すぐに颯は彼女の返事を聞かずに背負って走り始める。

「ごめん、なさい」

「へいきへいき。行こう」

そしてもう一人、燈矢もムラサキの手を借りながら逃げていた。

自分よりも小柄のムラサキに支えられるのは、と思っていたが予想以上に体力を消耗していたために、いっぱいいっぱいだ。

ムラサキも、そこまで力がある訳ではないので、苦戦している。

『こちらに、一つ……おそらく子どもの竜が近づいています』

「……分かった」

耳許でサイの声が聞こえて来る。

ムラサキの事を認めていないが、それでもこういう報告はまめにして来ることに感謝しつつ、ムラサキは颯たちを見る。

腕を負傷した颯、そしてもう颯に背負われていて動けなさそうな桜桃。燈矢はどうにか動けそう、だろう。そう判断する。

「こちらに竜が一頭向かっている。一人でいけるな」

「まって、まさか、一人で」

「戦えるのか」

「……」

戦えるのはムラサキだけ。その無力さに燈矢は歯を食いしばった。

「守りながら戦えない」

「わかりました。颯、行こう」

「う、うん……」

一人、どうにか進み始めた燈矢を確認し、ムラサキはドラゴンのいる方向へと向かう。

サイの指示は的確で、すぐにこちらに向かうドラゴンを見つけることができた。

ムラサキより少し大きめのドラゴンだ。まだ、子どもとはいえ、魔獣や幻獣の中でも知恵を持ち魔法を操る竜達は恐ろしい存在として語られている。

初めて……記憶の中では初めてのドラゴンの姿に、思わず体が強張った。

その一瞬を逃さず、ドラゴンが襲いかかる。鋭いかぎづめが向かって来る。

子どもなため、おそらく炎の息などは吐けないのだろう。

慌てて回避。少し肩が切られ、血がにじんだ。

さらに、噛みつき。首をのばし、ムラサキを狙う。

それは、いつも使っている剣で受け止める。力では勝てないため、すぐに受け流す。

どうにか距離をとり、睨みあった。

ぐるぐると喉の奥から声が聞こえる。

小さいながらも立派な翼を広げ、威嚇する。

風が、吹いた。その瞬間、ドラゴンが動いた。

翼を使い勢いをつけてまた口をひろげてムラサキを喰らおうとする。

回避。それを予期していたように、ムラサキの逃げた方向に棘の生えた尻尾が振り払われる。尻尾だけではない、翼も、体も、全身が凶器だ。腕に、顔に、避け遅れた傷が刻まれる。何度剣をふるっても、硬いうろこに弾かれる。

ならば、狙う場所は一つしかない。

尻尾を避け、剣でかぎづめを防ぐ。拮抗する爪と剣を見て、ドラゴンは大きく口をひろげてムラサキに襲いかかる。

叫び声が響いた。

地獄を見たかのような雄たけび。

ソレは、ドラゴンの絶叫だった。

体は鱗が覆い、身を守っている。ならば――その守りのない場所、つまり眼を潰すだけ。

投擲用の短剣が、ドゴランの右目に深々と突き刺さり、赤い血を流させていた。

突然の事にドラゴンは手を、尻尾を乱暴に振り回していた。

すぐに距離を取ったムラサキにも気付かず、錯乱したようにドラゴンは暴れまわる。

そんな様子に、躊躇いもなくムラサキは追撃する。

二つ目の短剣が左目に突き刺さった。

さらなる絶叫。ムラサキの姿を見失ったドラゴンは暴れまわるが、ムラサキはすでに安全な位置まで逃げていた。

このまま放置したいところだが、ドラゴンには例え眼が無くとも感知能力がある。このままにはしておけない。

ドラゴンと相対するかもしれない、と持ってきていた魔法具をムラサキは迷いなく出した。

暴れまわるドラゴンの周囲に札を置いて行く。ドラゴンがその札より向こうに行かないようにと気をつけながら。

魔力が無い人でも使える、すでに魔力の込められた札だ。事前に決められた言葉でその札に込められた術が展開する。

「『囲め』」

最後の札に手を当てて、ムラサキはその言葉を言った。

術が展開されていく。魔力が流れ、内と外を分断する。

ドラゴンの姿が、青い壁の向こうに消えた。

簡易ながらもある程度の時間作れる結界だ。

元々は中の人を守るためのモノだが、敵を囲めば内部からも簡単には解除できないので簡易な檻となる。

ほっと、息をついた。

子竜とはいえ、初めての敵に相対していた緊張から解かれ、脱力する。

大きなけがはない。だが、全身に傷ができていた。

血が滲み、戦いが終わった後になってほっとしたからか、いまさらながら痛みを訴えて来ている。

『まだです! もう一体がこちらにっ』

周囲を慌てて見回すが、見当たらない。

『気配が……』

すぐ近くにいる。だが、気配が分からない。どこにいるのか……。サイは怪訝そうに言った。

警戒する。

しかし、見つけられない。

その時、すぐ後ろで音がした。その音にすぐにムラサキは反応して剣を向け――

「頭上だ!!」

ムラサキが振り返った先には、先ほど別れたはずの燈矢だった。

慌てた彼の言葉にすぐ上を向くが、それよりも早く炎が燃え上がった。

炎の吐息?! いや、違う。それは、ムラサキの頭上に、まるで彼を守る様に燃え上がっていた。

その炎に、頭上から襲いかかろうとした子竜が怒りの咆哮をしていた。

旋回していもう一度。炎を避けてムラサキに襲いかかろうとする。

その目には兄弟で在ろう子竜の片割れを捕らえたムラサキに対する憎しみがあった。

だが、もう不意打ちの利はない。

襲いかかるドラゴンに、ムラサキは容赦などしない。

ムラサキへの執拗な攻撃は燈矢の安全となる。燈矢は警戒しながらも、まったく彼に意識を向けないドラゴンに魔術を放つ。

二人の攻撃に、竜はすぐに倒れ伏しる事となった。


先ほどの子竜同様、結界を作り終えたムラサキは、傍で木に寄りかかり見ていた燈矢の元へと向かった。

「……二人は」

「戦いに巻き込まれないように隠れています」

「……なぜ」

「ここに来たのかという意味なら……当たり前でしょう」

灰かぶりから聞いてはいたが、かなり短いムラサキの言葉をどうにか訳しながら燈矢は答える。

「一応、仲間なんですから」

ムラサキの反応はとても分かりにくい。もし灰かぶりならば、その小さな変化にも気付いていたかもしれないが、燈矢には分からない。ただ、鉄面皮の彼が何を考えているのか解らないと不気味に思うだけだ。

「それに、灰かぶりの、友達でしょう?」

「……は?」

友達、なんて仲ではない。友達じゃない。

そう、ムラサキは言おうとした。

「灰かぶりは、君の事、大切に思っている。ぼくは灰かぶりが悲しむ姿を見たくない」

「……」

大切? 悲しむ?

どれも、ムラサキには分からない。そんな事を、これまで考えてこなかった。

「……子竜は拘束した」

「そうですね」

しばらく子竜は表に出られない。そして、捜索隊が来ればすぐに処理するだろう。

一応の危険は去った。

「だから……」

「え?」

「……」

ムラサキはなにか口にしようとするが、なかなか言葉にならない。

視線は、何度か灰かぶり達が居る方向へ向かっている。

顔は相変わらず無表情だ。だが、心の中では葛藤があるのかと燈矢は気付いた。

「こちらは大丈夫です。なので、あちらを……灰かぶりと燈矢をお願いします」

ムラサキの言えなかった事は、灰かぶり達を助けに行くだ。それに気付いた燈矢は、世話のかかる子どもだとため息をつきつつ苦笑した。

「私はこの通り、小規模の魔術を操るので精一杯で、あのドラゴンと相対しても足手まといになるだけです。行ってください」

「……」

無言でムラサキは頷く。そして、すぐに走って行ってしまった。

それを見送りながら、燈矢は紫の悪魔と言う人物をほんの少しだけ分かった様な気がしていた。



灰かぶりとトムラは少しずつ追い詰められていた。

時間稼ぎの為にほとんど逃げるだけ、時折隙を見て攻撃をするという戦闘だったが、少しずつ二人の体に傷は増え、そして限界が近づいて行く。

まだ、大丈夫。だが、燈矢達はどうなった? ここに居ない子竜に襲われていないか、無事に捜索隊に合流できたか。心配は足を鈍らせ、さらに動きを繊細さを失っていく。

「あ……」

ふと、灰かぶりが言った。

眼前に、竜の尻尾が迫っていた。

逃げられない。剣で防御しようとしても、間にあわない。そんな瀬戸際だった。

どうにか逃げようとしてもすぐに足が動かず――衝撃に備えた時、目の前に黒い影が現れた。

衝撃音。そして、なにかが割れた音が響く。

「灰かぶり!!」

疲れた様子のトムラの叫び声が響いた。

折れた剣破片が周囲に飛び散る。

灰かぶりは、目の前に現れた少年に思わず瞬きをしていた。

「ムラサキ……?」

見間違えではない。先ほど、燈矢達と共に別れたはずのムラサキが、いる。その事実に、灰かぶりは瞬きをした。

その左手には、衝撃で折れてしまった剣を。その右手には、黒い石のような物を。両手のそれで竜の尾を防いでいる。

「三人は無事だ。子竜は拘束してある」

だから、来たのだと言葉にはしないが、灰かぶりは気付いて思わず微笑んでいた。

「そっか、ありがとう」

目の前には相変わらず巨大で獰猛なドラゴンが灰かぶり達を食い殺そうと襲いかかってくる。それでも、灰かぶりは負ける気はしなかった。



すみません。あと一回……続きます。


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