最近の不動産屋の悩み
今日は辻切南商店会の若手会の寄り合いの日。……寄り合いってのも最近聞かない言葉だな。
そんなわけでいまいち面倒くさい気分で、商工会議所会議室のロの時に並べられた事務机のはしっこの席についた。人数はぱらぱらとまばらだけれど、いつもそんな感じ。
「はい、じゃあ今年度の夏祭りの企画を始めます」
とりまとめの人の名前はわからない。いつもいるけどどうも覚えられないんだよね。聞くのも今更すぎて。でもまあ通称『議長さん』で問題はない。ええと、商工会っていうのは個人事業主、つまり商店街でお店をしてる人とかが集まって、町の色々な企画をたてるところ。目下の話し合いは今度の夏祭りだ。俺は美容院を経営してて、そんな関係で巻き込まれている。でもお祭りは嫌いじゃないし。
「今年もメインは倉科さんにお願いしたいと思います」
誰かがそうつぶやき、拍手が沸き起こる。倉科さんが代替わりした5年前から、メインは固定してる。他は屋台とかをちらほらで、いつのまにかそれも決まって個別のグループにわかれた。
俺は毎年通り倉科さんのグループだ。というか今日来てる倉科さんのグループは俺だけだったので端っこの席に移動した瞬間、倉科さんがため息をついてビクリとした。そういえば倉科さんはさっきの全体会議では、良いとも悪いとも返事してなかったな。毎年のことだから疑問に思ってなかったけれど、負担なのかも。
そう思って表情を伺うと、いささか暗い、というかつまらなさそうだ。
「あの、ひょっとして今年はいいのがなかった、とか」
それはそれで歓迎なんだけど。俺はこの企画苦手だから。
けど倉科さんは漸く顔をあげ、初めて俺をみつけたようにこちらを向く。
「ああ、いえ。例年通り2つ物件を用意しました。ライトなのと、ヘヴィなのと」
その言葉にゴクリと喉が鳴る。ヘヴィなの、かぁ。やっぱりやるのかぁ。
けど倉科さんの表情は晴れない。それはそれとして迷惑なのかも、いや普通は迷惑だよな。毎回責任者を押し付けられてるわけだし。今まであんまり気にしてなかったけれど
倉科さん同年代で、普通の社会人っぽいかんじの人だ。不動産屋さんで、5年くらい前に代替わりする以前は企業で働いていたって聞いた。商工会は先代のお父さんからの付き合いだから、断り切れないのかも。うちの若手会も大体みんなが押しが強い。
お祭りでは毎年空いてる物件を2つほど、企画のために貸切らせてもらっている。思い切って、聞いてみようか。
「倉科さん、毎年メイン押し付けられるの大変?」
「ああいや、それは別にいいんですよ。実験も兼ねてるから」
そういえばこの企画を発案したのは、倉科さんご自身だった。うーん。
「実験?」
「そう、去年まで使った部屋はちゃんと掃除してもらったけど、今年は上手くいったらイベント用にそのまま貸してみようかなって」
「まじか」
正気を疑う。イベント?
「そうするとなんか別の困りごと?」
「……公理さんのところにも外国のお客さん来ますよね」
「俺?」
「えぇ。コミュニケーションとかどうしてます?」
それで思い至った。部屋を外国人に貸すと大人数で住んだり、文化が違って大声で騒いだりゴミ問題で問題になったってニュースをみたことがある。大変だな。
「うちはそんなでもないなぁ。ヘアカタログを見せて選んでもらって、あとはジェスチャーとかで長さを決めて、みたいな。あんまり文句はいわれないな」
そもそもあまり外国人のお客さんこないし。
「そうですか。外国人は退去が大変でねぇ」
「ああ、連絡せずにいなくなったり、荷物おいたままだったり?」
聞きかじったことをこぼしてみたけど、倉科さんは首を左右に振る。
「最終的にちゃんと片づけてくれる人を確保できない人には貸さないんで、それは大丈夫なんですが」
最終的に? 保証人みたいなものかな。
「お金払ってくれないとか?」
「お金は払ってくれますよ、原状回復費用なんで。見える瑕疵は全部」
見える瑕疵?
「じゃあ何が問題なんです?」
「見えない瑕疵、です。だいたい隠れてるんですよね」
見えない瑕疵……。見えない?
嫌な予感でぞわぞわしてきた。
「えっとそれは、つまり……お化け?」
「そうといえばそうなんですけど」
そうしてまた、倉科さんはため息を吐く。けどそれは俺と違って怖いって感じではなく、とても面倒くさそうだった。なんだか混乱する。
「公理さんにとって、幽霊ってどんなものですか」
「え、幽霊? ……怖い?」
そう呟けば、倉科さんはなんとも微妙な表情を浮かべる。
え待って。幽霊は……怖いだろう? 倉科さんと俺は幽霊が見える仲間だ。でも温度差が違うのはこれまでもなんとなく感じてた。
「どうして怖いんです?」
「そりゃ、襲い掛かって来るじゃん」
だいたいの幽霊は意思疎通なんてできなくて、突然現れてひたすら俺を脅かしてくる。夜道で追いかけてきたりさ。
「でもあいつら透明ですよ。無視してても何の問題もないでしょう」
返答に詰まる。そういわれるとまあ確かにそうなんだよ。殴られてもすり抜けるから痛くないし。いやでもそんなことじゃなくてさ。
「びっくりするじゃん。それにやな感じするし。気分的に」
倉科さんは何かを思い直すように首を傾げた。
「そうですね。嫌な感じを出す奴もいます。マイナスイオンの逆というか」
プラスイオンって考えると悪くない気がしなくもないけど?
「倉科さんは恐くないんですか、その、幽霊」
「生きてる人間の方が怖い」
なんか重い。
「まぁ、それはそうかも。けど。幽霊って意味わかんないし」
同じノリで襲ってくるなら生きている人間に殴られた方が痛い。けど生きてる人間はあんなに怒り狂ってたり話通じなかったりはしない。
「そう、そこなんですよね。なに考えてるかわからない。だから怖い。そう思うのはわかりますよ。俺が困ってるのもそこなんです。たいていの幽霊は原因はわからないけれど怒ってるのはわかる」
「う、うん。だから」
「そう。だから怖くない」
怖くない……?
「最近増えてるんですよ、わけのわからない幽霊」
「わけのわからない?」
「ええ。だから今回のライトな方はそれにしてみました。どう扱っていいのかわからなくて」
ライトなほう……?
倉科さんの企画はぶっちゃけ、お化け屋敷だ。
本部にはお化け屋敷を営業していると思われているけれど、倉科さんが扱っているのはマジもんの事故物件で、つまりガチな幽霊がいる。厳密にはただの事故物件を大家さんに同意をもらって立ち入り可能にしてある。ライトなあまり怖くない幽霊と、ヘヴィにガチで怖い幽霊のいる物件。代わりに商工会の費用で最後に除霊する。
倉科さんがおもむろに立ち上がる。するとカラスがカァと鳴いた。
「そろそろ行きましょうか。夜が来る」
「嫌だなあ」
そうして訪れたのは、街灯がぽつぽつつき始めた住宅街の中の、少し古びた小さな木造二階建ての一軒家。
「個人情報なんで詳しくは話せませんが、ここにたくさんの外国人が住んでいたんです」
「たくさん」
そんなに大人数が住めそうにはない。
「そいつらは結局窃盗団で強制送還になって、保証人が綺麗にしてはくれたんですけど確認した後出るようになったんです、幽霊」
「ああ。幽霊って死んでからしばらくして時間差で出ることがあるよね」
「ここに住んでた奴らとは違うみたいなんですよね。どっかから来た幽霊なら保証人に除霊費用も請求できないし。今はお祭り用に円城さんに捕まえてもらってますが」
円城環は呪い師みたいなことをやってる俺の友達で、同じ若手会のメンバーだ。
恐る恐る建物に近づき、倉科さんは何も気にならないように鍵でガチャリと玄関をあけると湿気た幽霊がでそうな臭いがして、後ずさる。ここはライトなほう。子どももOKな怖くない幽霊だ。
足を踏み入れれば確かに、部屋は綺麗でクリーニング済と書かれた紙が下駄箱の上に置いてある。
倉科さんは例年と同じく全然怖がってないようにすたすたと奥に向かえば、確かに幽霊がいた。
環が張った結界と思しきいくつかの石の内側の1メートル四方のスペースに。どういう作用かわからないけれど、誰でも幽霊が見れるようにしてあるらしい。だからお客さんにはホログラフィの設備だから蹴飛ばしちゃダメっていってある奴。
「本当にわからないんですよ。怖くはないですよね?」
「怖くは、ない。確かに」
少し肩の力が抜けた。
初老の外国人の男が壁に向かって祈りを捧げ、謎の踊りを披露している。むしろ何か滑稽だ。
「これ、何してるの?」
「円城さんがいうには宗教的な儀式らしいです。でも何をしているのかさっぱりわからなくてね、どう扱っていいかわからない」
「除霊、すれば……?」
「最近こういう行動に理解が及ばない幽霊が多いんです。多文化共生って難しいですねぇ。同じ国の人に貸したら何か御利益があったりしないかな、シャーマンの霊付き、みたいな」
「なるほど……?」
そう思っている間も初老の幽霊は頭をぐるんぐるんさせて壁に向かって踊っていた。なにしてるんだ? 祈ってる? 家内安全とか?
それで二軒目のヘヴィな方は、玄関を開けるように言われて開けたら包丁を持った女が奥から走り込んできて、その形相とあまりの恐怖に俺は気絶した。
結局のところこのライトな物件は未成年推奨のイージーモード、二軒目はハードモードとして企画が通った。ヘルモードじゃないのかな。直接脅かされる方が怖いよ。
別の「おかしな事故物件」という話の関連の話です。




