第7話 ソフィーア。
夏休みが終わって講義が始まると、クラスの女の子たちに声を掛けられた。
「ソフィーア様?テオフィル様と夏休み中、デートしてたでしょう?見ましたよ。ソフィーア様にしては地味なワンピースでしたけど、お忍びですか?」
「そうそう。二人で日傘をさして街を歩いていましたでしょう?しかもソフィーア様が傘を持って。公園で大胆にもお二人がキスしてるのを見てしまいましたわ!いつの間に?」
「……」
キャーキャーしながら女の子たちが盛り上がっている。
どうも、王都で一番多くの種類を扱っている画材屋に行った帰りらしい。目撃者が多いのもなるほど、である。
「ソフィーア様にはあんな顔なさるのねぇ…テオフィル様。…見ているこちらがうっとりしてしまいましたわ。いつもは無表情ですのにね。それはそれで素敵ですけど!」
「…まあ、みなさん…ご内密にね?」
私がにっこり笑って人差し指を唇に当てると、女の子たちは顔を赤らめて頷いてくれた。
「…まあ、お二人がアカデミアでそっけないのは、ふり、なんですのね?秘密の恋なんて、素敵!」
ソフィーアは…テオフィルのことを調べてもらっていた。
ヘルマン子爵家の嫡男。家同士で決めた婚約者がいた。それがどうも、あの絵のモデルだったエヴェ、という女らしい。
いつもは畑で働いているらしい。貴族籍だが、とても淑女と呼べるような令嬢ではないらしい。…そんなことが分かった。
私だったら…家は裕福だから、何の心配もなく彼に絵を描かせてあげられる。なんなら、父にずっと援助してもらってもいいんだし。
社交は私がやればいい。あの人は人とかかわるのは苦手そうだし。
なにより…あの人の才能を理解し、応援してあげれるのは私しかいない。
あの人が私を選ばないわけがない。
いつの間にかソフィーアはそんなことを考えるようになった。
絵のモデルだって…私の方がいいに決まっている。
公園でのキス…ソフィーアは自分の唇を触りながら…うっとりしてテオフィルを見つめる。
*****
次の年の初夏に、裸婦デッサンが入った。
この課題が終わると、もう卒業制作に入る。
高級娼婦をアカデミアがモデルに頼んでくれる。
構図は4つ。うち一つを夏休み明けに着色して提出することになっている。
デッサンが始まってすぐに、テオフィルが真っ青な顔で医務室に運ばれた。その後主治医が迎えに来て…夏休みまでテオフィルは一度もアカデミアに来なかった。
***
「きゃあ!見ましたよ!ソフィーア様!芸術のためとはいえ…よく脱ぎましたね?」
「…?」
尊敬するような、半ば呆れたような言い方で、クラスの女子に声を掛けられた。夏休み明け。登校してから、他の学生も、私を見て視線を逸らすから…なんだろうとは思った。
「愛、ですね…あのテオフィル様の新人賞のモデルも、ソフィーア様だったのね?」
何の話なのかは、張り出されていた学生の夏休みの課題を見てわかった。
裸婦デッサンの4枚と、着色した一枚。
それをすべてテオフィルは、私を描いた。
体調が優れず、家で描いたということで、評価からは外されたが出来栄えは誰が見ても良いものだった。
モデルの顔は髪で微妙に隠されていてはっきりとはわからないが、流れるような黒髪と……
「いやあ、参ったな。この絵、愛おしい、そんなものでできているな。」
展示されたテオフィルの作品の前で、男子学生がため息をついている。
「ああ。あいつにとってこのモデルは特別なんだな…他の女は描けないのかもな」
「あいつ…裸婦モデル見て、吐きそうになってたもんな」
「いや、あの人はあの人で、綺麗だったけどね」
ソフィーアは急いで家に帰ると服をすべて脱いで、大きな姿見の前に立った。
手が震えている。
長く黒々とした髪、ぱっちりとした青い瞳。
ふくよかな胸。くびれたウエスト。すらりと伸びた四肢。
「ほら…やはり私は美しいわ!」
自分の裸体を鏡に映しながら、スケッチブックに木炭を滑らせるテオフィルを思い浮かべて…ソフィーアはにっこりと笑った。




